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英断の口づけ


 だだっ広いナギ平原を歩きながらティーダが俺に声をかけてきた。
「なあ、この剣ミトラに返した方がいい?」
「ん?」
 彼が使っているのは一年前に俺がワッカに借りた剣だ。
 こういうものを借りたら返すためにどこからでも帰って来られる、なんて豪語してたのになあ。
 実際、何かを預かってなくたってスピラから離れられなくなってたんだから関係ないけど。
「ワッカにもらったんだろ。じゃあ使ってなよ。でも全部終わったら返しに来てくれてもいいぞ」
 今そういう、自分を世界に繋ぎ止めるための何かが必要なのは俺じゃなくてティーダだろうからな。

 ワッカの剣はティーダの手に馴染んでいるようだった。
 彼はスピラに来てから初めて剣を握ったというわりに、俺よりずっとうまく使いこなしていると思う。
「うーん」
 しかし何を悩んでいるのかティーダは剣と俺を見比べながら唸っていた。
「やっぱイメージと違うッス。あのドレスが強烈すぎたのもあるけど」
「えっ」
 いや、それはもう忘れてくれよ……。というか俺は一体どんなイメージを抱かれてたんだろう?

 マカラーニャを出る時にユウナのガードを改めて紹介されて分かった。ティーダが祈り子の言ってた「螺旋の外から来たあの子」だ。
 夢のザナルカンドからやって来た、現在のシンであるジェクトの息子。そりゃあ彼なら螺旋を断ち切ってくれるだろうな。
 彼自身が今どこまで知っているのかは分からないが、父親の有り様を知ったら決して放置はしないはずだ。
 もちろんティーダがジェクトの轍を踏むこともないと思う。シンを巡る悲劇はここで終わりだ。
 だけど……エボン=ジュを倒したらきっとザナルカンドは消滅し、ティーダも消えてしまう。

 祈り子は俺に、ユウナとティーダを見守ってほしいと言っていた。
 そして外の世界から来た俺には運命を変えられるとも。
 具体的に何をすればいいのかは分からないが、要は世界を飛び越える力が重要ってことなんだろう。
 俺はたぶん夢のザナルカンドにも異界にも行ける。それが強味だ。
 スピラだろうが夢の中だろうが死者の世界だろうが、俺にとってはすべて等しく“異世界”だからな。
 だから……エボン=ジュを倒してしまっても、きっと……俺がティーダを、連れ戻せる、ってことなのだろうか?

「ミトラってさ、ワッカの大事な人なんだろ?」
「んっ?」
 ボーッと考え事をしてたから聞き逃した。が、忍び寄ってきたワッカがティーダに襲いかかったので会話は中断される。
「なぁにを勝手なこと言ってんだぁ?」
「うわっ!? ちょっ、ワッカ、やめッ! ギブギブギブ!!」
 おお、これは見事なコブラツイスト。スピラにもあったんだな。……じゃなくて。
「えっと、ごめんティーダ。聞いてなかったからもっかい言ってくれ」
「その前に助けて!?」
 ワッカが怒ってるってことは悪口でも言ったのかな。

 とりあえずワッカを宥めてティーダを救出すると、彼は俺を楯にするように背中に隠れてしまった。
 どことなくチャップに似てるせいか多少やんちゃでも許してしまうんだよなあ。
「で、なんて言った?」
「聞くなよ。くだらねえことだ」
「ミトラが死んだと思って、ワッカがへこみまくってたって話!」
「てめっ……余計なこと言うなってんだろが!」
「チャップがピリピリしてたのだって、ワッカが沈んでんのに責任感じてたから、だもんな。だからミトラが帰ってきたら全部解決っていうか」
「お前ちょっと向こうで話つけっか、なあ?」
「遠慮しまッス!!」
 やめて! 俺を挟んで争わないで! ってのは置いといて。

 チャップがピリピリしてたってなんで、と思ったんだが、よく考えたら当たり前のことだった。
 俺が生きてるってビサイドには伝わってなかったんだ。
 つまりワッカもチャップもルールーも俺が一年前に死んだと思い込んでいた。しかもチャップを庇っての死、だ。
 こいつらのことだからワッカは弟を気遣って何でもないみたいに振る舞っただろうし、チャップはそんな兄貴にもどかしい思いをさせられただろう。
 俺がいなくなってへこんでたらしいことに嬉しさもあるけれど、よりによって俺がワッカの足枷になっていた悔しさの方が大きい。
 周りに気遣ってばっかいないで自分の幸せを追い求めてほしいと思ってたのに。

「……ごめんな」
 思わずそう呟いたら、ティーダとじゃれていたワッカが気まずそうに固まった。
「お……、お前が謝ることじゃねえだろ」
 でも俺が自分で一言連絡入れてりゃ終わる話だったんじゃないか。
 俺が死んでチャップが責任感じて、ルールーとの結婚も踏ん切りがつかなくて。
 それを見てたせいでワッカもなおさら自分の幸せなんてそっちのけにしちゃって。
 もしかしてユウナが召喚士になる決心固めたのも俺のせいかと思うと、ほんと、もう……。
 自分の人生前向きに進めないのを俺のせいにしてんじゃねえ馬鹿野郎ども! なんて思うんだけどな。
 それだけ大事に想われてるってこと自体は、嬉しいんだ。

 ナギ平原の真ん中で旅行公司に泊まることになった。
 こんなところで商売やっていけるのか謎だけど、休む場所なんてないと思ってたからありがたい限りだ。
 陽が傾いて暗くなりつつある部屋の中、互いのベッドに座ってワッカと向き合う。
 ここまでゆっくり話す暇もなかったから改まるとなんか恥ずかしいな。
「あのさ」
「ん? 何だよ」
「あー、えっと……」
 俺が生きてるって知らないとは思ってなかったから一年間どうしてたか聞くつもりだったのに、きつい思いをしただろうと知っては何も聞けない。
 今の彼を前にして、俺が話すべきことって言ったら……。

 一年前、ジョゼでシンを倒してビサイドに帰って言うつもりだった言葉がある。
「確認なんだけど、ワッカ、まだ結婚してないんだよな」
「当たり前だろ。んなこと考える余裕なかったっての」
 俺が死んで、チャップが落ち込んで、ユウナが召喚士になるって言い出して。いろいろ……あったんだろうな。でも……。
「これから先は考えてるのか?」
 旅を終えたら今度こそ未来は変わる。チャップはルールーにプロポーズするだろうし、そうしたらワッカは自分のことを考えてくれるだろう。
 もし彼の望む未来が“可愛い奥さん”や“血の繋がった子供”なら、俺の欲しいものも違ってくるんだ。

 ワッカは口を噤んで何かに耐えていた。
 その目を見ていたら、欲しいものは既に見つかってるんじゃないかと思えた。
 ただ、言い出すことができないだけで。
「もうすぐユウナが死ぬって時にそんなこと考えらんない、ってのは無しで、旅が終わったあとどうしたいか教えてよ」
「……それを見ねえふりすんのは無理だろ」
「ユウナは死なせない。シンのことは、俺が絶対なんとかする」
 一年も行方不明になってた俺が言ってもあれだけど、信用してほしい。
 ザナルカンドに行ってユウナ自身の意思は確認するけれど俺のやることは変わっていない。

 だけどワッカは、ますます深刻な顔をして俯いた。
「お前が代わりに死ぬつもりなのか」
「……は?」
 お前って俺? 代わりって誰の? 死ぬって、なんで?
「え!? なんでそうなっ……ああ! 俺が召喚士になったから究極召喚使うんじゃないかって?」
 ビックリした。予想外すぎるぞ。
「んなわけないって。俺は死ぬ気ないよ」
「そ、そっか。違うんならいいんだ。いや、良くはねえけど、だから、お前が死なねえなら……でも……ああくそっ、ややこしいぜ」
「ちょい待って、一旦お互いに落ち着こう」

 なるほど。ユウナを死なせないために俺が究極召喚を得るつもりじゃないかと思ってたんだな。
 道理で妙な感じがしてたわけだ。物言いたげにするくせに何も聞いてこないし。
 で、違うとなれば安心だけど、それはすなわちやっぱりユウナが死ぬってことになるから、素直にホッとすることもできなかったわけだ。
 一つの誤解のせいでワッカの中ではえらくややこしい事態になっていたらしい。
 ワッカやルールーに究極召喚の真実を話すのは構わないんだけど、こいつの場合ユウナに隠せないだろうからなあ。悩みどころだ。

「俺が召喚士になったのはシーモア様への恩返しのためだよ。そんで、その件についてはもう終わってる」
 究極召喚を使うのは最初から承諾してないし恩返しのうちに入れてない。
 彼に「召喚士になってくれ」と言われてそれは叶えたんだからもう任務完了だ。そういうことにしておこう。
「俺は誰に頼まれても究極召喚なんか使わないよ。だって死にたくないし」
 ハッキリとそう言ったら、ワッカは少しだけホッとした顔を見せてくれた。

「それにユウナも、ザナルカンドに着いたら『究極召喚は要らない』って言うぞ。賭けてもいい」
「なんだよそりゃ。あいつがどうしてそんなこと言うんだよ」
「理由は、今は説明できない」
 俺がすべてを話しても駄目なんだ。究極召喚の真実を知ればユウナは旅をやめるだろうけれど、それじゃ結局、俺に言われたから従うだけになる。
「説明せずに信じろってか?」
「ごめん。でも大丈夫なんだ。ザナルカンドに行っても、ユウナも俺も、誰も死なない。約束する」
 勝手な言い種だなって自分でも思うよ。だけど仕方ないんだ。
 俺のやることは決まっているけれど、それでユウナやティーダの選択を狭めたくはないからな。

 ……なんか話ずれちゃったな。改めて一年って長いと思う。すれ違ってた想いが多すぎて、話さなきゃいけないことがいっぱいある。
「俺さ、ワッカのこと好きなんだ」
「へっ? い、いきなり何だよ」
 スピラに来て困ってた俺を拾ってくれた恩もあるし、慕ってるだけかと思ってたけど、そうじゃないって気づいたのは随分と前のことだ。
「最初はもっと、自分の幸せ考えて……誰か好きになって、結婚するなりしろよって思ってたんだけど」
 今は違ってしまった。幸せになってほしいという気持ちは変わらないけれど、ワッカが結婚したら、俺は嫌だ。

 ワッカは俺が一年前に言おうとしたことを気にしていた。
 鈍い彼のことだから察しなんてついてないんだろうが、俺の言葉を気にしてくれているのは嬉しかった。
「あの時、ビサイドを出る時、俺は……」
 俺も身勝手になってしまおうと思ったんだ。欲しいものに手を伸ばして、この世界に根を下ろそうって。
「結婚なんかしないで、俺だけのものになってほしいって、言おうとしてた」
 会えないまま一年経って……いい加減、誰か好きな人できて結婚してるかもなって思ってたけど。
 もし誰もいないなら。まだ欲しいものが決まってないなら、俺……。

 徐に立ち上がるとワッカは俺のベッドの方までやって来て隣に腰かけた。
 震えるように息を吐いて、ようやく出た声は掠れている。
「後悔してたんだ。手を伸ばす余裕があるうちに欲しがっとくべきだった、お前の言う通りだったな、ってよ」
 なくすことを恐れて手を伸ばす勇気がなかったけれど、運命ってやつに横から奪われるくらいなら、さっさと自分の手で捕まえておかなきゃいけないんだ。
 気づけばワッカの瞳がすぐ目の前にあって、唇に柔らかなものが触れていた。
「……俺も、ずっとミトラが欲しかった」
 これはもう押し倒していいってことだよな。

「おいミトラ、ちょっと待て」
 呆気にとられたのかしばらくされるがままになっていたワッカだが、俺が彼の服を脱がせようとしたところで我に返って俺の手を掴んだ。
「俺がこっちかよ!?」
「え、そうだろ?」
「なに当たり前みてえな顔してんだ」
「普通は体格いい方が譲らないか?」
「そういう問題じゃねえだろ」
 俺が下になるよりワッカが下になる方が負担は少ないと思うぞ。主にサイズ的な意味で。

 べつに俺は下になるのが嫌ってわけじゃないんだけど、明日も朝から歩き回らなきゃいけないのを考えるとなあ。
 念のため確認ってことでワッカの股間に手を伸ばしてみる。
「だっ、に、握るな!」
 うーん。やっぱ思ったよりでかい。身長体格に見合わないやつもいるけどワッカは見合っちゃったみたいだな。

「こういうことだ」
「いや分かんねえよ」
「こんなん入れたら明日動けませんって」
「俺は動けなくなってもいいってのか!」
「ワッカは後衛だから多少いいだろ!」
「……」
「……」

 膠着状態を破ったのは、いつの間にか部屋に入ってきていたティーダの声だった。
「あのさ、俺も同室なんッスけど。仲良くするなら外でやってくんない?」
 あ、ワッカが死んだふりして誤魔化そうとしてる。
 そうか。ティーダもいるんだった。じゃあ今日は無理だな。半端に盛り上がってるこの気持ちをどうしろと?
 もうアーロンたちの部屋で寝てくれればいいのに。あっちはベッド二つしかないけどさ。




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