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とてもじゃないけどずるい


 部屋の外から足音が響いてくる。もはや慣れ親しんだその音の主が誰だかすぐに分かってしまう。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
 ハンドサインでハートマークを作りつつメイド喫茶風にお迎えしたら俺の目の前で無情にも扉は閉ざされた。
「ちょっとシーモア様、無言で閉めないでくださいよ」
 せめて何かリアクションをしてほしいなあ!

 扉の向こうでため息が聞こえて、仏頂面で戻ってきたシーモアは眉間にシワを寄せて呟いた。
「すみません。あまりにも見苦しかったので、つい」
「シーモア様ったら、ひどーい!」
 再び踵を返して扉を閉めようとした彼にしがみついて引き留める。
 ごめんってば、一人にしないで淋しかったんだよ。マジ退屈で死にそうだったんだ。

 マイカ総老師の在位五十年記念ブリッツトーナメントのオープニングセレモニーで新たなエボンの老師として初お披露目。
 という名目でルカに出かけていたシーモアだけれど、三週間近くも帰ってこなかったので少し心配していたんだ。
 総老師は開幕トーナメントを見届けてすぐ帰ってきたっていうのにな。
 で、ようやく顔を見せたと思ったらシーモアは何やら窶れているというか、雰囲気が異様に荒んでいる。
「なんかあった?」
「……いいえ、何も」
 笑顔の怖さも倍増中だ。まあ、言う気がないなら教えてくれないんだろうけどさ。

「とりあえず、留守にしてる間に俺は召喚士になりましたよ」
 シーモア様が呑気にブリッツ観戦なんぞしてる間にパパパッとね。
 意外にもそれを聞いて彼の機嫌はやや回復したようだ。
「おめでとうございます、ミトラ殿」
「んで、他の寺院はいつ行きましょうか」
「あなたは私の召喚士になりたくなかったのでは?」
 私の召喚士って響きは今でも遠慮したいですがね。
「そりゃあなたをシンにするなんて馬鹿げたことに手を貸すのは御免だけど、召喚獣を集めるのは吝かでないっすよ」
 シンの真実を知ったから尚更、俺もそれを倒したいと思うんだ。

 ワッカとチャップの両親、ルールーの両親を奪ったもの。
 ブラスカ様が命を賭して倒そうとしたもの。ユウナを独りぼっちにしたもの。
 ジョゼの海岸で無数の命を奪い去ったもの。
 ……シンが存在し続ける限り悲しみもまた生まれ続ける。
 その不毛な螺旋の中に俺の大切な人たちが暮らしているんだ。なんとかして解放してやりたい。
 シンを、永遠に倒して、自由な未来を与えてやりたいんだ。
 失うことを怖れながら耐えて耐えて生きるんじゃなく、自分の幸せのことだけ考えて生きられるように。
 誰もが身勝手になれるだけの余裕をあげたいんだ。

 シーモアがいない間、一人で暇だから時々は祈り子とも話をしながらずっと考えてた。
「エボン=ジュが究極召喚獣に取り憑いて新しいシンを作るなら、複数の召喚士で一斉にかかればいいんじゃないかな」
 しかし彼はいつも通りの笑顔で俺の提案を無下に却下した。
「究極召喚を得た複数の召喚士でシンに挑んだ記録ならば既にありますよ」
「……あ、やっぱ試してたか」
「四百年ほど前だったでしょうか」
「駄目だった?」
 息つく間もない波状攻撃で攻め立てれば勝機も見えるかと思ったんだけどな。

「究極召喚でエボン=ジュを倒すことはできません。シンが倒れた時点で、エボン=ジュは既に次の媒体に取り憑いているのです」
「むーん」
 究極召喚でなければシンは倒せない。シンを倒せなければエボン=ジュを引きずり出せない。
 しかして究極召喚を用いてシンを倒した時には、エボン=ジュはすでに次の鎧を纏っている、と。
「ミトラ殿、救われる道がないから絶望と言うのです」
「俺そんなの認めたくないんで」
 じゃあやっぱり究極召喚なしでシンを倒すしかないな。エボン=ジュを、乗り移るべき対象がない状態に追いつめる。
 問題はそんなパワーをどこから確保するかってことだけど。

 ともかく、ベベルでじっとしてても解決策が見つからないことだけは間違いない。
「シーモア様も壮大な自殺願望は諦めて俺と一緒にスピラの明るい未来を探してみません?」
「生憎ですが、」
 素気なく断ろうとしたシーモアだが、珍しく何かを言いかけて躊躇った。しかしそんな表情も一瞬のうちに消え、いつもの薄笑いが貼りついてしまう。
「……絆など無くとも、あなたは私の召喚士になってくださるでしょう」
「そんなことは起こり得ないよ」
 腹黒くて根性曲がりでもすごい力を持ってるシーモアだから、一緒にシンを倒す方法を考えてくれたら心強いんだけどな。
 こんなのが新しいシンになったらと思うと俺が彼の野望に協力するなんて絶対にあり得ない。

 ふとため息のような微笑のような息を漏らしつつ、シーモアが囁く。
「実は数日後に結婚式を控えているのです」
「誰の?」
「私の」
 ……この人と結婚しようという猛者がいたとは驚きだ。
「えっと、おめでとうございます?」
「ありがとうございます。式には出席していただけますか?」
「まあ、それくらいは。一応恩人のおめでたい話だし」
 だったら寺院巡りは結婚式の後ってところかな。結婚するついでにシンになりたいなんて馬鹿な夢も捨ててくれたらありがたいのに。

 結婚と聞いて俺の思考はまたもビサイドに飛んでいた。
 チャップとルールーはいい加減に結婚したかな。ワッカはどうしてんのかな。
 この一年の間にもしワッカが結婚してたら、わりとショックだ。
 でもまあそれはそれで諦めもつくだろう。
 ちょっと悲しいけど、それでもずっとビサイドにいたいという気持ちに変わりはなかった。

 一人しんみりしていたら、何とも言い難い表情で俺を見つめていたシーモアが「ああ、そうだ」と顔を上げる。
「いろいろあったので忘れていましたが、ビサイド・オーラカは優勝しましたよ」
 ああ、ブリッツのトーナメントの話か。セレモニーのあとしっかり観戦してたんだな。俺は見れないってのに自分だけ。
 でもビサイド・オーラカが優勝するなんてべつにいつものこ、と……。
 ……ん? ビサイド・オーラカが優勝しましたよ?

「はあ!? え、嘘だろ!?」
「そこまで驚きますか」
「そりゃ驚くよ! どんな奇跡が起きたんだ!!」
「……スピラの真実を話した時でもそうは驚きませんでしたね、ミトラ殿」
 いやだってオーラカが、初戦で辛うじて勝ったとかじゃなく優勝したって? 何だそれ、他の全チームが急遽欠場でもしたのか!
 それより驚くべき出来事なんて異世界中探してもあるだろうか。
 正直シーモアが結婚するとかそんな些細な驚きは吹っ飛んでしまうほどの衝撃だった。

 でも、事実が脳に浸透してくるとじわじわ喜びが沸き上がってくる。
 そっか。オーラカ、優勝したんだ。二十三年越しの悲願……ワッカの代で達成できるなんて至上の幸せだよな。
 みんな喜んでただろうなあ。優勝カップを手にして嬉しそうなワッカの顔が目に浮かぶようだ。ううっ、泣けてきた。

「……俺も見たかったな」
「そのうち御本人からお話を聞けばよいでしょう」
「そーだな。ビサイドに帰ったら、」
「いいえ、あちらの方がベベルにいらっしゃると思いますよ」
 でもまだブリッツのシーズンは終わってないのに、ワッカが何のためにベベルに来るんだ。
 俺がそう首を傾げる間もなく、シーモアは衝撃の事実を次々と投げつけてきた。

「ビサイド・オーラカのキャプテンはその試合で選手を引退したようですね」
「は?」
「その後は召喚士ユウナ殿のガードとなっておられました」
「えっ」
「実は私が結婚を申し込んだのはユウナ殿なのですが」
「ちょっ」
「数日後には式のためベベルにいらっしゃるでしょう」

 ちょっと待って、情報量が多すぎて処理が追いつかない。
 なに、ワッカがブリッツ引退したって? なんでだよ、せっかくオーラカが優勝してこれからって時だろう。
 んでユウナのガードになった? いやいや、まずユウナはいつの間に召喚士になっちゃったんだよ!
 なんでワッカがガードやってるんだ。ルールーとチャップはどうした? なぜユウナを止めない?
 で、シーモアの結婚相手がユウナだって? 男の趣味が悪すぎるぞユウナ!
 そして祈り子が言ってた「もうすぐ来る俺の知り合い」はやっぱりユウナだったのか!

「あー駄目だキャパオーバー、頭痛くて吐きそう」
「おや、大丈夫ですか?」
 心配してるふりしつつさりげなく距離を取らないでいただけますか老師様。

 ユウナが召喚士になったというのは、まあ分かるよ。みんなそれを心配してたからな。
 あいつが召喚士になったらキマリは当然としてワッカもチャップもルールーも自分がガードをやると言い出すだろう。
 それは、いい。いざとなったら俺が力ずくでも止めるだけのことだ。
 しかしシーモアがユウナと結婚するってのは、その意図は、許容範囲を越えている。

「お前ユウナを巻き込む気かよ」
「さて、どうなのでしょう?」
 シーモアが望み通りシンになるためには召喚士が必要だ。
 彼は俺にその役を望んでいたが、俺は究極召喚なんか使う気がない。
 だからユウナを巻き込んだのか?
 それとも、あいつを死なせたくなけりゃ代わりに俺が協力しろってことか?
「……シーモア様って、いい人だけど性格ねじ曲がってるよな」
「一言余計ですよ」
 そんな楽しそうな笑顔しても許されないっての。




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