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無傷の狗


 やっとの思いでシンのコケラってのを倒して、その場に寝っ転がっちゃいたいくらい疲れた。
「きっつぅ〜」
「はは、悪かったな。ついお前を呼んじまった」
「ガードは大変ッスね」
 剣なんて使い慣れてないし普通の魔物と戦うのだって緊張すんのに、いきなりボス戦に引っ張り出されたって感じだ。
「でもお前、バトルの方も才能あるみたいだぞ」
「やめてよ」
 そんでコケラじゃなくて“シン”本体と戦うんだろ? 俺ほんと、ガードなんかできんのかな。
 ……なんてこと考えてる自分にビックリした。結構やる気になっちゃってるみたいだ。

 とりあえず平和になったんで、また階段をのぼって寺院を目指す。もう疲れたんで競争はナシってことで。
「んで、コケラって何なの?」
「シンの体から剥がれて置き去りにされた魔物のことよ」
「放っておくとシンが戻ってくる。さっさと退治しちまわないとな」
 船の上で見た光景を思い出した。そりゃ……大変でも、倒さなきゃ駄目なんだろうな。

 ゆっくり歩きながら、ふと思いついたようにワッカが呟いた。
「そういや、あれだ。ザナルカンドにも魔物はいるのか?」
「ん〜。あんまいない。たまに出ると大事件だな」
 そもそも武器を持ち歩くのだって危ないから禁止だし。スピラみたいに魔物だらけだったらそうはなってない。って、しばらくしてから気づいた。
「あっ! ザナルカンドのことなんて信じてないくせにさ」
 でもワッカは前みたいにからかったりはしなかった。
 ただすごく真剣……っていうか、深刻な顔をしてた。

「考えたんだけどよ。シンにやられた人間は死ぬんじゃなくて、どっか別の世界に運ばれんじゃねえかって。んで、ある日ひょっこり帰ってきたり……」
 誰の話をしてんのかはなんとなく分かったけど、どんな発想だよって突っ込める空気でもない。
 妙な緊張感に戸惑ってたら、静かに割り込んできたのは後ろからついてきたチャップだった。
「ミトラは死んだんだ」
 ……なんか、そこまで冷たい目しなくてもってくらい、怒ってるんだけど。

 別の世界って、たとえばザナルカンドとか?
 そりゃ都合いい考え方かもしれないけど、死んだ人がどっかで生きててほしいと思うのは、そんなに怒ることだと思えなかった。
 ……なのにチャップは仇を見るみたいな目でワッカを睨みつけてる。
「あいつは俺の代わりに死んだんだよ」
「お前は関係ないってんだろ」
「ミトラはどこにも運ばれてなんかいない。俺を庇って死んだんだ! 兄貴だって分かってんだろ?」
 こういう空気……苦手、だな。

 ビサイドで話を聞いた時、ワッカはもう乗り越えてんのかと思ってた。でも違ったみたいだ。
「あいつは、どっかに消えただけだ。来た時と同じようにな」
 なんかもしかして一番重症なのかもしれない。だからチャップは怒ってんのかな。
 ミトラが死んだって事実から目を背けるみたいにして、ワッカは一人でさっさと階段をのぼっていった。
「異界に行ってみる勇気もないくせに」
「チャップ」
 吐き捨てるようなチャップの言葉を咎めてルールーたちもワッカの後を追いかける。
 あとには俺とチャップだけが残された。

「……仲悪いってわけじゃないんだよな?」
 念のため聞いてみたら、今初めて俺がここにいることに気づいたような顔でチャップが苦笑する。
「悪いな、みっともないとこ見せて」
 仲悪くないんだよなってのには、返事しないんだ……。

 身近なやつを亡くして動揺すんなってのも無理な話だよな。
 一年で立ち直れないのが長すぎるのか短すぎるのか、俺には分かんないけど。
 最初に会ってからずっと感じのいいやつだったチャップが、ミトラの話をする時だけすげえピリピリした雰囲気になる。
 だからチャップはそいつの死を引き摺ってるんだと思ってた。
 さっきの「俺を庇って死んだ」ってので、ああそれで、って納得しかけたんだけど。

「ミトラはさ。三年前にどっかからビサイドに来て……、それからずっと一緒だったんだ。変なやつだけど、いいやつだった」
「どっかって?」
「お前と一緒だよ。自分がどっから来たのか、分からなかったんだってさ」
 だから勝手に重ねて見てるんだって、そう言ったチャップはなんか……ワッカに怒ってるより自分を責めてるみたいで痛々しかった。
 もしかしてミトラは俺みたいにザナルカンドから来たのかな。
 それでワッカは、俺を見て期待したのかも。ミトラはシンに乗って元いたところへ帰ったんじゃないか、なんて。
 ……もしそうなら、俺はワッカの考えが正しいって信じたい。

「ワッカは、死んだって思ってないんだな。あの……異界送り? してないとか?」
「死体が見つからなかったんだ。シンに跡形もなく吹き飛ばされて、俺の近くにあったのはあいつの持ってた剣だけ」
 ああ、そんでワッカがこの剣を俺に渡した時、チャップが怒ってたのか。
「縁起悪いよな? 嫌だったら手放していいよ」
「形見なんだろ。そんなこと言うなって」
 ワッカはよく分かんないけど、チャップはたぶんミトラが自分を庇って死んだってこと気にしてるんだろう。

「チャップはさ、ミトラが死んだの、自分のせいだと思ってんのか?」
「……」
 黙って俯いてるけど「その通りです」って言ってるようなもんだった。
「それって良くないッス。なんか……可哀想だろ。守りたいから庇ったのに」
 自分が死んだせいでワッカもチャップも傷ついたまんまで、ミトラだって悲しいと思う。
 そりゃ俺はそいつのこと知らないし、どんなやつだったのかも分かんないけど、身を挺して庇うほど大事なやつが自分のせいで傷ついてたら悲しいだろ。
 そう言ったらチャップはやっと顔をあげて少しだけ笑った。
「……うん。ウジウジしてんの、死んだ人のせいにしちゃ駄目だよな」

 もうユウナたちはかなり上の方にいる。俺たちもちょっと急ぎ足で歩き出した。
「ミトラがここにいたらなんて言うと思う?」
「うーん。真面目くさって『そんな顔しないで。君は涙より笑顔の方が魅力的だよ』って感じかな」
「え、思ってたキャラと違うんだけど!」
 死んじゃったって最初に聞いたせいか、なんかもっと儚いイメージだったッス。
「ふざけたやつだったんだ。シリアスなのは苦手だって、笑ってればそのうち幸せの方から勝手にやって来るんだって。……なのに、俺……」
「いいやつじゃん」
 だったらなおさらミトラは、ワッカとチャップが自分のせいで気まずくなってんの、嫌だろ。

「この剣、やっぱ使わせてもらう」
 水面みたいな刃に俺の顔が映って、その向こうに透き通った空がある。
 ミトラが最後に持ってたもの。縁起悪いとかは思わなかった。だって最初に見た時から、ビサイドの空と海みたいに綺麗な剣だって思ったんだ。
「ガードやるかは……分かんないけど。でもミトラもきっと、悲しい思い出になってんの、嫌だと思う」
 俺が使うことでなんかが変わってくなら、それはそれでいいんじゃないかな。

 ふと気づいたらチャップは懐かしそうな目で俺を見てた。
「全然、似てないんだけどな」
「ん?」
「ごめん。なんでもないよ」
 そういや俺とチャップは顔が似てるらしくて、全然そうは思ってなかったけど今のはちょっと似てる気がした。

 もしミトラがザナルカンドか他のどっか別の場所に運ばれたんだとしたら、それを信じるのもいいと思う。
 生きてるかもしれない、そう信じるだけで救われる気持ちだってあるだろ。
 でも昨日の……シンのやったことを見てると、現実受け入れろよって言いたがるチャップの気持ちもなんとなく分かってしまった。
 ミトラの死をなかったことにしようとしてるワッカも、それを受け止めたいのにできないチャップも、なんか……。なんか、やりきれない。
 こういうモヤモヤした悲しい気持ち全部シンのせいで生まれてきたもので、そのシンを作り出したのは千年前に機械の町に住んでたやつら……ってのが。
 なんかすごく、やりきれない。

 階段をのぼりながらチャップがぽそっと呟いた。
「俺がルーにプロポーズしてないの知ったら、怒るだろうなぁ」
 それってやっぱ、ミトラの死に責任感じてるってことだよな。
「でもワッカはさ、チャップのせいじゃないって言ってたじゃん」
「そう思うなら兄ちゃんも、自分の幸せ考えてほしいんだ」
「チャップ……」
「ワッカに笑ってほしいって、あいつ、それだけを望んでたのにな」
 守りたくて命を擲ったのに、自分がいないせいで誰かを傷つけるなんて……、報われないよな。




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