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すりぬけてしまったもの


 一年、半年、苦しんでる時間は永遠にも思えるのに、過ぎてから振り返ってみるとあっという間だな。
 ユウナは試練を乗り越えて召喚士になった。ブラスカ様の娘なんだし、分かりきってた結末ではある。
 でもやっぱ、キツいな。
 正直なところ一日かかって出てこなかった時はちょっとばかし期待してしまった。
 祈り子様があいつに応えなきゃいい、お前は召喚士になるなって寺院から追い出してくれりゃいいのに、ってよ。
 ……でも、結局こうなっちまうんだよな。
 明日には旅立ち、明後日にはブリッツの試合。そんでそれが終わったら、あとはもう……。

 焚き火を囲む皆から離れたところで、チャップは剣呑な視線を俺に向けてきた。近頃はこんな顔ばっかり見てる気がする。
 本当ならユウナについて行くのは俺だけでよかったはずなのに、なんでルーを止めねえんだろうな。
 ……本人に聞けばいいのに、考えてみるとズーク先生との旅から帰って以来、チャップと腹割って話す機会がなかった。

 苛立ちでちょっと掠れた声が俺を呼んだ。
「どうするつもりだよ」
「どうするって?」
「彼……ティーダのこと」
「ああ」
 チャップの目が、あいつの休んでる家に向けられた。
 最初はチャップに似てんなと思ったんだ。真昼の海みたいな青い目とか、笑った顔とか。
 でもこうして比べてみるとあんまり似てねえな。なんでだろう。

 シンの毒気にやられたと言ってた。しかも症状はかなり酷いみてえだ。このまま放ったらかしてどこへでも行けってわけにゃいかねえよなぁ。
「とりあえず、ルカに連れてきゃなんとかなるだろ」
「ならなかったら?」
「そりゃあ、そん時に考える」
 俺がそう言ったら、チャップは皮肉げに笑ってみせた。
「考えるのは俺なんだろ? 兄貴は彼を放ったらかして旅に出るんだから」
「……ルカに行く方が、ビサイドにいるよりゃマシだろ」

 大会に出場すりゃルカ中の人間に姿を見せられる。ティーダを知ってるやつがいれば会いに来るだろう。
 会えなかったら、オーラカにいればいい。シーズン中ずっと試合に出てればいい。
 人の多いところにいればきっといつか知ってる誰かに繋がるはずだ。
 まあ、ルカに行って以降はチャップに任せっきりになるってのは、否定できねえけどな。

 険悪な空気を見兼ねてか、ルールーが俺たちの方に歩いてきた。
「あの子、チャップに似てるわよね。寺院で見た時、ビックリした」
「そう?」
 ルーに接する時はさすがにトゲトゲした雰囲気も薄れる。
 だがやっぱり、チャップは不機嫌そうだ。一年前まではもっと無邪気でよく笑ってたのにな。
 そうか。ティーダは一年前のチャップに似てたんだ。でも、こいつは変わっちまった。だから本人を見てみると似てるようには思えなくなる。
「何だよ?」
「……いや、なんもねえ」
 何か言いたげに口を開きつつ、ため息さえ俺の前では吐かずにチャップは焚き火の方へ戻っていった。

 ユウナが召喚士になることも、俺とルーがガードになることも、他にもいろんなことに物言いたげにするくせに、チャップは何も言わない。
 一年前にミトラが死んだと告げた日から、あいつは俺に何も言わなくなった。
 そして俺もあいつに何も言えなくなった。

「なあ、ルー。やっぱお前だけでも残らねえか」
「ユウナが旅に出るならついて行く。前から決めてたことよ」
 でもよ、あいつは絶対ルールーを行かせたくないだろうに。
 一年前に運良く帰ってこられて、本当なら今頃は結婚して、二人でビサイドに残ってたはずだった。
 ルー自身チャップを置いて死ぬかもしれない旅に……ほぼ間違いなく死ぬ旅に出るのを、なんで納得してんのか分かんねえ。
「そういうあんたは、ミトラが……いたら、旅に出なかったの?」
「……俺は」

 ミトラがいたらうまいこと言いくるめてユウナを引き留めただろうか。
 それとも俺をガードにさせなかっただろうか。
 でなけりゃあいつも一緒に来ただろうか。
 そんなこと、考えてみるだけ無駄じゃねえか。

 やりきれなくなって家に戻ると、先に休んでいたはずのティーダが起きていた。
「なんか深刻な感じッスね」
 そんなことを言いつつわざと明るく茶化してみせる。

 いきなり海に現れて、水からあがってきた時はチャップに似てると思った。
 この太陽みたいな金髪が日に焼けた赤茶色ならもっと似てただろう。
 でも、ザナルカンドのチームに所属してたとかいって、慌てて「シンの毒気にやられたんだ」と誤魔化す仕草が。
 茶化してふざけて暗い空気を払拭しようとする前向きさが。
 ……どっから来たのかも分かんねえ不安定な存在感が、あいつを思い出させるんだよな。

 俺が寝台に腰かけると、ティーダは好奇心を抑えられないって顔で尋ねてくる。
「ミトラって誰?」
 さて、誰なんだろうな。今となっちゃ俺も、自分があいつの何を知ってたのかよく分かんねえ。
「討伐隊に入ってたんだ。去年シンと戦って……やられた。俺がそれを知ったのは大会の当日でな」
 去年の大会は気が散って無様なもんだった。それを聞いてたティーダは、そのせいだったのかと納得している。
「じゃあ、ミトラの敵討ちのためにガードになったんだ」
「そのつもりだったんだけどなぁ」
 なのにズーク先生のガードになったらなったで、ブリッツのことが気になってザナルカンドに行く覚悟が決まらなかった。

 まったく、自分が情けなくて逆に笑えてくるぜ。
 俺たちの両親を、ルールーの両親を、大事なもんを奪い去ったシンを倒すために、ユウナを旅に出さないために、ガードになるって決めたのによ。
 ブリッツに現を抜かしてる場合じゃねえだろうよ。
 優柔不断な自覚はあったが、仇討ちひとつも真面目にやれねえのか俺は、ってな。
 でも……あいつが……死んだってことを、未だに納得できてねえ自分もいる。
 またどっからかいきなり現れて、くだらねえこと言いながら笑ってくれんじゃないかって。
 あの時に言いかけたことは何だったのか、考えても全然分かんねえから……どこかに出かけてるだけみたいな気がしてなんねえんだ。

 広場では焚き火が小さくなりつつあった。人影も疎らだ。明日には出発だから、ユウナもそろそろ寝なくちゃならない。
 今夜チャップはルールーの家に泊まってくるだろうか。たぶん、俺とはあんまり顔を合わせたくないだろうな。
「なあ、チャップは……ミトラとなんかあったのか?」
「あいつはチャップと一緒に討伐隊に入ったんだ。そんでちょっと引き摺っててな」
「ふぅん……」
 本当のところを言えば引き摺ってるのは俺のせいなのかもしれない。

 ミトラが俺を庇って死んだ。
 そう言ってあいつの持って行った剣を差し出してきたチャップは、助けを求めるような顔をしていた。
 俺は何を言ってやればいいか分からなかった。
 だから笑って「お前が生きててよかった」と言ったんだ。
 あの時のチャップの、絶望に突き落とされたような顔が忘れられない。
 ……なんて言えば正解だったのか、今もずっと分かんねえ。

「ま、次の大会が終わるまでだ。そしたらチャップはオーラカに残って、俺もガードに専念すっからよ」
 もう忘れて、なかったことにして、眠るだけだ。どうせユウナの旅が終わったらその先なんてねえんだし。
 俺はルールーをチャップのところに帰すために、あいつを守って旅をする。……それだけだ。

 夜が更けて朝が来て、自分がどれくらい眠ったのかよく分からなかった。
「よう、ねぼすけ」
 欠伸しながら起きてきたティーダに剣を差し出したら、一気に目が覚めたらしい。
「お前にやろうと思ってな」
「すげえ……もらっていいのか?」
「おお。使ってくれ」
 しかしティーダが嬉しそうに剣を受け取ったところで、突き刺さるような視線を感じて振り返る。
「……」
「チャップ……」
 何か言われるかとも思ったが、あいつは何も言わずに浜へ向かった。オーラカのやつらと合流して先に桟橋へ行くんだろう。

 剣を持ったまま困惑したようにティーダが見上げてくる。
「えっと、ホントにもらって大丈夫なのか?」
「気にすんな。……あー、その、ミトラにやった剣なんだ。だから……」
 嫌なら無理に受け取らなくてもいい。
 死んだやつが最期に持ってたものなんて縁起でもねえしな。
 ……そう言おうとしたんだが、思いの外ズシッときて口に出せなかった。

 いろいろ察したらしいティーダは剣を太陽に透かし見て、強いて明るく言った。
「もらっていいならもらうッス。役に立った方が、ミトラも喜ぶだろうし」
「そだな」
 ミトラだったらそう言うだろう。俺たちよりティーダの方がよく分かってるらしい。
 あいつだったらきっと、俺とチャップがこんな風になってんのは望まない。
 分かってんのにな。馬鹿みてえな仲違いしてんじゃねえって、ただそんだけ言ってくれりゃ終わる話だってのに。

 あいつだったらなんて言ったか。あいつだったらどうしたか。考えてみればたぶん答えは出るんだろう。
 だがミトラのことを考えようとするたびにあの言葉が蘇る。
――我慢してるうちになくしちゃうかもしれないだろ。

 手を伸ばす余裕がある時に欲しがっておくべきだったのか。
 あちこち迷うのは根を下ろさないせいかもしれないと言っていた。
 俺がしっかり引き留めておけばあいつはどっかに消えたりしなかったのか。
 だけどもう遅いなら、どうしようもねえなら、仕方ないだろ。
 俺は……何かを欲しがったとか、そんな記憶ごと、もう忘れちまいたいんだ。




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