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捧げの身にも似合いましょう


 俺が討伐隊に入ると言って止めなかったのはミトラとユウナだけだった。
 でもワッカとルールーが反対するのを見て気が変わったのか、ミトラも敵に回ってしまった。
「いやべつに反対してんじゃないよ。だけど、せめてシーズン終わってからじゃ駄目なのか?」
「それだと作戦には間に合わないだろ」
「うーん」
 ブリッツシーズン開幕まで二週間を切っている。でもダットも入ったし、俺が抜けてもメンバーは足りてるんだ。
 間に合わなくても大丈夫。みんながブリッツを楽しんでる間に、俺たちでシンを倒す。そしてトーナメントが終わる頃には……お祝いだ。

 ルールーは怒って見送りに来てくれなかった。
 ワッカは峠で俺の分まで祈りを捧げている。
 ミトラは、なんだか考え込んだまま黙っていた。
「じゃあ、俺も行こっと」
「えっ?」
 何を言い出したのかと呆気にとられる俺の肩をポンポンと軽く叩いて、ミトラが無駄にいい笑顔を見せる。
「大丈夫、チャップのことは俺が守るよ。安心して身を任せたまえ」
「いろんな意味で遠慮するよ」
「ええー、ひでえ」
 守ってもらわなきゃいけないほど弱くない。……ワッカもミトラもルーも、過保護なんだよ。俺はそんなに頼りないのかって嫌になる。
 正直なところ、今回の作戦を成功させて見返してやりたい気持ちもあった。

「てわけで、ワッカに言ってくるわ!」
「え……」
 そう言うなりミトラは祈りを捧げているワッカの方に駆け出した。
 まさか、本気でついてくるつもりなのか。
「よおワッカ、俺もチャップと一緒にジョゼ行ってくるね!」
「……は?」
 いやいやいや、いくらなんでも軽すぎるだろ!
「何だと?」
「あれ……怒ってます?」
 そりゃ怒るよ。兄ちゃんでなくても怒るよ。
「チャップ、どうしよう」
 そんな状態になってから俺に助けを求めないでほしい。

 祈りを中断したワッカが立ち上がり、苛立ちを圧し殺しつつミトラを見下ろした。
「何のつもりだよ」
「いやだからさ、俺も討伐隊に入ってシンと戦っちゃおうかなって」
「お前……俺とこいつのやり取り聞いてたろ?」
 あれをまた繰り返させる気かとワッカが唸る。
 反対を押し切って飛び出そうとしてる俺が言うのもなんだけど、今回ばかりは兄ちゃんの言うことが尤もだと思う。
 俺たちが散々やりあってるのをそばで見てたくせに、どうして今になってミトラが俺と一緒に来るなんてことになるのか。

 なんでそんな考えに至ったかを説明するでもなく、ミトラはいきなりワッカの両頬を引っ張った。
「ほらほら辛気くさい顔してないで笑って」
「いてーっての、引っ張んな!」
「俺たちがシンを倒してくるから。ワッカは何も心配しなくていい」
「あのな、倒せるわけねーだろ! 今までの召喚士様がどれだけ苦労したと思ってん、」
「大丈夫だ」
 ミトラにまっすぐ見つめられてワッカは何も言えなくなった。
 俺からは見えないけど真夜中の海みたいな彼の瞳が目に浮かぶようだ。
 吸い込まれそうなあの瞳に見つめられると、なんだか何でも信じられる気になっちゃうんだよな。

「アルベドの機械でシンを倒せたら、召喚士様の苦労ってやつも必要なくなるし、シンに怯えて暮らす日々も終わるだろ」
 その機械はエボンの教えに反してる。だからワッカは渋い顔してるんだ。でもさ……。
 教えに従ってたって、いつまでも償いは終わらないじゃないか。
 俺たちがのんびりしてる間にルーはまた旅に出てしまうかもしれない。
 ブラスカ様の後を追うようにユウナが召喚士になってしまうかもしれない。
 そんなことになるくらいなら、俺は教えに従って身を守るよりも自分の手で未来を切り開きたい。

 召喚士の旅とは違って死ににいくわけじゃないんだとミトラは言う。
「未来を変えるために戦ってくる。だから……」
 そして何かを言いかけて、ばつが悪そうな顔で頭を掻いた。
「あー、やっぱいいや」
「何だよ。……言えよ」
「帰ってから言う」
 今さらだけど、本当に俺と一緒に来るつもりなんだ。
 でも俺に付き合ってとかじゃなくて、ミトラなりに考えがあってのことなら、べつにいいんだけど。
 ……正直言って心細くないわけじゃなかったから、ミトラが来てくれるのは嬉しかった。

 俺のことも結局は説得できなかったからか、ワッカは重いため息ひとつで言いたいことを全部吐き出した。
 そして立て掛けてあった剣を手に取る。俺が……受け取るのを拒否した剣だ。
「どうせお前もいらねえっつーんだろうけどよ、武器がいるんなら持ってけよ」
 アルベドの兵器があるから剣なんていらない。
 そう言ったけど、本当のところ“兄貴に用意してもらった武器”なんて戦場に持って行けないだろ。
 俺だって意地とかプライドとか、あるんだから。

 チラッとこっちを振り向いて、俺にだかワッカにだか分からないけどミトラが尋ねた。
「俺が借りてもいいの?」
 好きにすればいいだろ。どっちみち俺は持ってくつもりないし、ワッカがミトラに渡したんだから決めるのはミトラだ。
「よかった。こういうのがあったら、返すためにどっからでも戻って来られそう」
 大袈裟だな……。

 もうそろそろ浜に向かわないと船が来る時間だ。俺が歩き出そうとすると後ろからワッカが声をかけてきた。
「チャップ」
 振り向くかどうか、すごく迷った。この期に及んでまだなんか言われるのかと思うと無視して行ってしまおうかと。でも、
「ハックショーーイ!」
 ミトラが馬鹿みたいにでかいクシャミをしたもんだから、つい振り向いてしまう。
 やべえって顔して両手で口を押さえてる彼を見たら俺もワッカも笑ってしまった。
「ま、お前のやりたいように、やって来いよ」
「……うん。行ってくる」

 港までは見送らねえからなと言ってワッカは村に帰っていく。
 未来を変えるために。……そうだよな。きっとシンを倒して帰ってくる時には、いろんなことが変わってるんだ。

 船を乗り継いでルカに向かい、そこからは宿を経由しながらミヘン街道を進む。
 チョコボに乗ろうかとも思ったけど、まだ時間もあるし戦闘の鍛練ついでに歩いていくことにした。
 ミトラは意外と戦闘慣れしている。でも剣は苦手らしく、スフィア盤を見る限り魔法の方が得意みたいだ。まあ、まだ何も習得してないんだけど。

「そういや、ルッツ先輩は留守番なのか」
「今回の作戦は新兵の訓練も兼ねてるらしいから」
 ルッツは討伐隊に入って半年くらいになる。ルカやキーリカ付近の海で何度か実戦も経験済みだ。
 この作戦はかなり実験的なもので、ルッツみたいなベテランは貴重だから温存される。
「なんか成功率低そうな感じっすね」
「縁起でもないこと言うなよ」
 新兵ばかりなのは、戦死しても被害が最低限に押さえられるからって面もないとは言えない。
 だけどきっとそれだけじゃない。今まで究極召喚しかないと思っていた救済の道が他にも開かれたなら……。
 俺たちの作戦が成功したら、きっとスピラは大きく変わるはずだから。新しい意思が必要とされてるんだ。

 ジョゼ海岸に辿り着いたのは作戦開始前夜のことだった。
 作戦の最終確認をして、配置の説明を受け、休息のため司令本部で眠りについた翌朝。
 俺たちが扱うべき兵器のもとに案内された。……なんか、緊張してきたな。
「ヨエダ、スイッチ。トキセ、サヤッサナ、マッキャガ!」
 兵器を前にしてアルベド族は一生懸命、身ぶり手振りで使い方を説明してくれてるらしい。ただ、何を言ってるかは全然分からなかった。
「……なあ、なんて言った?」
「俺がアルベド語なんて分かると思う?」
 ミトラと二人で首を傾げ合っていたら、アルベド族はガクリと肩を落とした。

 寺院やルカにも機械はある。スフィアモニターやなんかは田舎者の俺だって触ったことがある。だから機械の兵器でも普通に扱えると思ってたんだけど……。
 さすが教えに反した兵器というか、目の前のこれはどう動かしたものやらさっぱり分からなかった。
「うーん。とりあえず、これがスイッチなんだろ?」
 ミトラがレバーを指差して尋ねたら、アルベド族は頷いている。
「こっちにメーターっぽいのがあるから、エネルギー充填されたら照準合わせて発射すりゃいいんじゃない?」
 また頷いている。……本当に通じてんのかな。

 作戦の内容自体は単純なものだ。海岸にシンが現れたらアルベドの兵器で一斉に攻撃する。
 俺たちがやるべきことはといえばタイミングを合わせて兵器を発動するだけ。
 そう、機械は操作方法さえ分かれば誰でも扱えるんだ。
 召喚士だとかガードだとか、選ばれし人々を犠牲にする必要もなく、誰だって守りたいやつを守るために戦える。

 海の方を指差して、ミトラが変な片言でアルベド族に話しかけた。
「シン出てくる。アルベド、エネルギー溜める。俺たち援護する。オーケー?」
「モルカアナンダ、ホフミフヨソガ!」
「イエス! よし、ハートで通じた!」
 ドンと胸を叩いて任せろとミトラが笑う。アルベドの青年もよく分からないまま豪快に笑った。
「すっごい不安だなあ……」
 とにかく“スイッチ”って言葉は通じてたから、シンが現れたら兵器をそっちに向けて発射すればいい。
 それだけだよな。うん。緊張することは……ないんだ。

 アルベド族が去り、あとは作戦開始の合図を待つだけ。それにしても。
「ミトラってアルベドの機械に抵抗ないんだな」
「んー。俺もっと文明の進んだとこから来たし」
「ああ、ルカの生まれなんだろ?」
 だとしても慣れすぎてる気がするけど。こんな兵器、ルカにだってないだろうに。
 改めて思い返すと不思議なやつだよなって思ってたら、ミトラは俺の横で変な笑みを浮かべていた。
「フフフ……」
「なんだよ、気持ち悪いな」
 やっぱり訂正する。不思議じゃなくて、不気味なやつだよ。

 ふとミトラが真顔になる。ろくでもない冗談を言う時の顔だ。
「なあチャップ、俺がワッカに手出したら怒る?」
「へ?」
 手出したら? 殴るとか叩くとかって意味、じゃないよな、たぶん。この場合。
「え、ミトラって、兄ちゃんのこと、」
 す……好きなの? って聞くのもなんか意味が分からなくて呆然としてたら、ミトラは顔を赤らめて俯いた。
「そうかもなーとは思ってたけど、やっぱそうみたい。俺ワッカに笑っててほしいんだ」
 そしたら元気になれるから。だからシンを倒したいんだと、そう言って笑うミトラは嬉しそうだった。
 ……そんなの俺に言われたって、好きにしたらとしか言えない。反対する理由なんか、ないだろ。

 昼を過ぎたところで作戦開始の合図が鳴らされた。海面が競り上がり、巨大な影がジョゼ海岸を暗く染める。
 間近で見るのは初めてだ。あれがシン……俺とワッカの両親を、ルーの両親を殺したもの。
 海岸線のあちこちでアルベドの機械が唸りをあげる。俺たちの兵器もエネルギーを溜め始めた。
 激戦になると思ってたのに、シンは意外にも大人しくしていた。それがかえって不気味だ。
「向かってこない……?」
「様子が変だな」
 やがて小型のものから順に準備が整い、シンへの一斉射撃が開始される。

 あちこちで閃光が瞬いた。目が見えなくなりそうだ。アルベドにゴーグルを借りるべきだったかもしれない。
「チャップ」
 ミトラが何かを言っていた。でも俺の視線はシンに吸い寄せられた。
 爆炎をあげてシンに殺到しているかに思えた攻撃は……届いていなかった。シンの周りを厚い膜のようなものが覆っている。
 やつは、未だ無傷だ。そしてその膜が一瞬、大きく膨らんだ。
「チャップ伏せろ!」
 隣にいたはずのミトラが俺の前に飛び出してきて、それきり世界から音が消えた。

 父さんと母さんも同じものを見たんだろうか。一瞬で自分のすべてが真っ白になる、あの強烈な光。
 あれならきっと、恐怖を感じる暇なんてなかっただろうな。そんなくだらないことに少しだけ安堵した。

 冷たいものがいくつも顔に当たって眉をひそめる。瞼を開くと、晴れてたはずの空はどんより曇って、雨が降り始めていた。
「……ミトラ? どうなったんだ?」
 体を起こそうとしたところで違和感に気づく。
「うあっ……」
 右半身がうまく動かない。痛すぎて、痛みを感じきれないみたいに。
 無事な左腕を支えにして体を起こすと、辺りには絶望が広がっていた。

 二度と動かないであろう機械の残骸と呻き声のひとつもあげずに転がっている人の群れ。
 雨が血溜まりを海に押し流そうとしている。
 あの光……シンが発したものだった。こっちの攻撃を全部はね除けて、まるごと押し返すみたいな衝撃波……。
 周りにあった兵器が操縦者ごと粉々に吹き飛ばされるのを視界の端で辛うじて見ていた。

 俺は、配置されたはずの場所とは違うところに転がっていた。
 弾かれて崖から落ちたのか。兵器がうまく楯になったのかも。
「ミトラ……どこだ……?」
 ……違う。あの衝撃波が来る寸前、俺の前にあいつがいた。ミトラが、俺の前に。
「ミトラ……ッ!!」
 名前を呼ぶたびに心臓が壊れそうなほど痛んだ。一緒にいたんだ。近くに吹っ飛ばされてきたはずなんだ。
 返事が聞こえるはずだ。見渡せばすぐに見つかるはずだ。なのに……。
 俺のすぐ前に、俺を庇うみたいに、持ち主をなくした剣が突き刺さっていた。




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