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軽率な行動


 寝台に転がってうとうとし始めたところだった。腹に重たい一撃を食らって目が覚める。
「ぐへあっ!! な、なんだぁ!?」
「あー、ワッカ起きちゃった」
 なぜだか残念そうな顔のメルが俺の上に乗っていた。今日はルーの家に泊まってくるんじゃなかったのか。というか、
「お前……今ので起きねえと思ったのか……?」
 腹の上に飛び乗りやがって内臓吐き出しちまうかと思ったぜ。あれで目が覚めないのは死体だけだぞ、絶対。

 渾身のボディブローがじわじわと効いてくる。
 ちょっと引退試合を思い出しちまう痛みに耐えかねて体を起こしたら、転がり落ちそうになったメルが両腕を俺の首に回して抱きついてきた。
「せっかく夜這いしようと思ったのに」
「よば……!?」
「でも起きてる方が楽しめるよね」
 誘うんならもうちっと優しくしてくれと抗議する間もなく唇が寄せられる。
 まあそっちがそのつもりならさっきの一撃は水に流してやらんでもない、と俺も彼女の腰に手を回すと、メルの舌から微かに酒が香った。
「お前……飲みやがったな」
 道理で言動がおかしいと思った。

 昔は酔うと暴れまわることが多かったのに、今は大抵まっすぐ俺のところに来る。
 一番無防備な時に、無意識に頼ってくるのは嬉しいんだが、それはそれとしてだな。
「ねえ、ワッカ……」
 そ、それはそれとして、この状況は、まずくねえか?
 こいつの方から誘ってくるのも珍しくはねえし、俺としても断る理由はない。でも酒が入ると記憶が飛ぶってのは問題だ。
 今のメルも自分の意思で動いちゃいるが明日はそれを忘れちまう。なのに手出したら、すげえ卑劣な気がするぞ。

 メルは酒のせいか興奮してるせいか、頬を赤らめ瞳を潤ませて完全に出来上がってる状態だ。
「ビサイドの服ってやらしいよね。中だけ脱いだらすぐできるし」
 変な言い方すんじゃねえ、べつにそのためにこんな造りになってるわけじゃないぞ。たぶん。
 でもよく考えたら……メルはオーラカのユニフォームと似たような服を着ている。露出も少ないしスカートよりはいいと思ってたんだが。
 ぶっちゃけるとこのズボンが中と外で分離してんのはトイレに行きやすいようにだ。
 ってことはつまり、ちょっとずらしちまえば、できるんだよな。やらしいと言われるとそんな気もしてくる……。

 なんて混乱してる間にメルは俺のズボンに手をかけてきた。
「いや、ちょ、ちょっと待て」
「やだ」
「お前酔ってんだから大人しく寝とけって!」
「やだ〜」
 楽しそうに笑ってんじゃねえよ。
 そんな無邪気なくせに色っぽい顔されたら、うっかり乗っちまいたくなるだろーが!

 ここまで積極的に体を擦り寄せて来られたら、その気にならないわけがない。
「ワッカは……したくないの?」
 だが、こいつは酔って正体なくしてんだ。ここは冷静な俺がキッパリと。
「私、ワッカのこと好きだから、ワッカとするのも好き。溶けちゃいそうなくらい熱くて、気持ちよくて……」
 キッパリ、と……。
「ねえ……これ、舐めてもいい?」
 はね除けんのは無理だな、うん。

 そりゃよく知りもしねえやつだったら絶対ダメだが俺たちは結婚してんだし、もう何度もやってることだ。
 本来なら何も問題なんかねえんだ。仮に酔ってなくたって同じことだ。
 大体、相手がその気になってんのに断るのは失礼ってもんだろ。
 むしろメルが「したい」ってんのに断ったら、じゃあ嫌なのかって話であってだな。
 俺だってしたい。酔ってようが素面だろうがそれに変わりはない。
 だからここで誘いに乗るのは何も間違ってねえ!

 と思ったんだが、朝になったらやっぱり後悔が押し寄せてきた。
 あああ俺はナニやってんだぁ!? 普段ならともかく酒飲んでワケ分かんねえメルに手出して……親父さんたちに顔向けできねえ!
 つーか十年前の俺がこんなこと知ったら間違いなくブチキレて俺をボコボコにしたうえでバージ島の海にでも沈めてるぞ!

「ん……ワッカ、おはよー」
「お、おう……」
 目を覚ましたメルに思わず飛び上がる。
 し、心臓が痛え。せめて昨夜のことを覚えてて怒るなり照れるなりしてくれりゃいいんだが。
「あれ私、帰ってきてたっけ?」
「あ、ああ。昨日の夜中にな」
 案の定、メルは綺麗さっぱり忘れていた。
 うぅっ……本当に問題なかったんならこの罪悪感は何だってんだ!?

 寝台でゆっくり起き上がったメルは、体に違和感を抱いたようだった。
「なんか……だるい……」
「すみませんでした」
「えっ? 何が?」
 やっぱ駄目だ。いくら誘ってきたのは向こうでも覚えてねえ時点で完全にメルの意思で誘ったとは言えないよな。

 察しのいいメルは俺の顔見て何があったか理解したようだ。
「私もしかして昨日酔ってた?」
 そりゃもうべろんべろんだった。
「何したの?」
「いや、お前はあんま何もしてねえよ」
 どっちかっていうと、なんかしたのは俺の方だ。
「害はねえから心配すんな」
「なんでニヤニヤしてんの?」
「に、ニヤニヤしてっか?」
「いやらしい顔してる」
「うぐっ」
 おかしい。心から深〜く反省してるってのに、俺の顔はニヤニヤしてんのか? なんでだ!

「えっ……私そっち系でやらかしたってこと?」
「やらかしたっつーか、むしろよかったっつーか、まあ、その、何だ……ああいうのも、あれはあれで」
「ああいうのって何!?」
 合意じゃなかったようで気が咎めるのは確かだが、あれはあれで。
 ……メルが素面でさえあればな。でも素面だったら、絶対に言わねえし、やらねえだろうしなあ。悩ましいところだ。

 腑に落ちない様子のメルはさておき身仕度を整えてたら、玄関からリュックが顔を出した。
「おはよー、二人とも起きてる?」
「よお、来てたのか」
 俺の顔を見た途端、リュックはニヤニヤと笑い出した。……こういう顔してたらそりゃ反省してるようには見えねえよな。
「ワッカ、昨夜はお楽しみだった〜?」
 なんで知ってんだよ。

 着替えを済ませたメルが声に気づいて駆け寄ってきた。
「リュック〜! 私お酒ダメって言ったでしょ!」
「飲んでて気づかないかなぁ」
「飲めないのに気づくわけないじゃん!?」
 ああ、なるほどねえ。昨夜いつ来たのか知らないが、リュックもルーの家に行ってたんだな。でもって。
「リュックが飲ませたのか」
「あれ、ワッカ怒ってる……?」

 若干怯えてるリュックの手を固く握り、頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「え、うん。どういたしまして〜」
 結局それなんだ。いろいろ反省すべき点はあるが、俺としては、いい思いをした。
 怒るわけねえよな。むしろリュックには感謝して然るべきだ。

 しかしメルはそうもいかなかった。
「……」
 ものすんげえ冷たい視線が俺に突き刺さっている。
「やべえ」
「なになに?」
 久しく見てなかったが、あれはマジに怒ってる顔だ。

「リュック、昨日のお酒、まだあるでしょ?」
「ん? う、うん、あるよ」
「出して」
 おろおろと見守ることしかできない俺の前でメルは五本の小さな酒瓶を受け取った。そして俺を振り返り、真顔で告げる。
「今夜はこれ飲んでルカで遊んでくるから」
「……はあっ!?」
 何言ってんだ、こいつは。まだ酔いが残ってんのか?
「馬鹿やめろ、人前であんな状態になったら……!」
「あんな状態って、どんな状態?」
「そ、それはだな、」
「教えてくれなきゃどうなっても知らないんだから」
 どうなってもって、どうなるつもりなんだよ。

 思えば昔からメルは酔っ払って暴走した内容を知りたがった。
 知らなきゃ反省もできないと言って、恥ずかしさに耐えつつ自分が何をやらかしたのか真面目に受け止めていた。
「いや、でもな、今回のは反省することでもねえし、お前は忘れといた方が幸せだと思うぜ」
「恥ずかしくてもいい。自分がしたこと忘れちゃう方が嫌!」
 そう言われても……昨夜メルが何したかって、「夜這いしに来た」って言うだけなら簡単だがそれは本人も感づいてる。それ以上のことは……。
「お、俺の口からは説明できねえ!」
「そんなにそんなだったの!?」
 そりゃもう、ちょっと忘れらんねえ夜だったぜ。

 説明しろ、いやできねえと言い合う俺たちを見つめ、リュックが事も無げに言ってのける。
「素面でもっかいしたらいいじゃん」
「そういうこっちゃねえんだよなぁ」
 昨夜のあれは酒で理性吹っ飛んでるからできたことだろう。
 いつもなら恥ずかしがって絶対しないような、言わないようなことをノリノリでやったんだ。
「じゃあさ、もっかい飲んでスフィアで撮っとけば?」
「おいリュック、なにサラッとすげえこと言ってん、」
「分かった。それでいこう」
「メルさん!?」
 驚きすぎて思わず敬語になっちまったぞ。

 スフィアで撮っとけばって、あれを撮影して後で見るつもりなのか? なんだその楽しそうな……じゃなくて、いや、やめとけって。
「寺院で録画スフィアもらってくる」
「おいメル!」
 なんつってもらう気なんだお前は。そんな理由で空スフィアをもらえるわけねえだろ。
 仮に誤魔化しても僧官長にはなんとなくバレて小言を食らう気がするぜ。俺が。
「落ち着けって。お前酔っ払ってワケ分からない状態の自分の姿なんか見たいかよ? 素面で見んのキツいと思うぞ?」
 俺はめちゃくちゃ幸せだったが、もし俺がメルなら忘れたいし俺にも忘れてほしいに違いない。
 まあ、だからこそメルも自分が何したのか気になるんだろうけどよ。

 俺はささやかな思い出として胸にしまっとくから、なかったことにして忘れろと言うのにメルは納得しない。
「だってワッカ喜んでるじゃん!」
「そ、そりゃまあ……」
「たまにはいいかも、くらい思ってんじゃん!」
「すみません……」
 でもよ、あれで喜ぶなってのは男やめろって言うのと同義だろ。
 ついそんなことを溢したら、メルはますます激怒してしまった。
「普段の私とは違ってて、私は全然なんにも覚えてないのにワッカは喜んでて、そんなの浮気と同じだよ!!」
「……はあ?」

 酔っ払った嫁を抱いたら浮気だと怒られてる俺。意味が分かんねえ。なのになぜか、リュックまで同調し始めた。
「う〜ん。そっか。そう言われるとそうかもね〜」
「んなっ、なんでそうなんだよ!?」
「だってメルは覚えてないんだし、ワッカだけが知ってるなら、メルにとっては昨日のメルは他人と一緒だよね」
 どんな理屈だ? つーかメルは、怒ってるんじゃなくて悲しんでたってのかよ?
「ちょっと待て濡れ衣だ! いや、濡れ衣なのかもよく分かんねえけど、とにかく浮気とかじゃねえよ!」
 そりゃメルには実感ねえんだろうけど、俺が抱いたのは間違いなくメルだ。なんで浮気を疑われなきゃならねえんだ。

「疚しいことがないなら、撮っても平気でしょ」
「いやいやいや、だから俺じゃなくてお前が嫌がれよ、そこは」
「私だって昨夜どんなだったか見たいもん!」
「み、見たいのか?」
 どんな辱しめだよ。もしかしてそういう趣味でもあるのかと思ったが、メルは慌てて「違う」と手を振った。
「い、いや、みっ、見たいわけじゃないけど、でも、自分のやったことちゃんと知りたいから……」
 見たら絶対、恥ずかしくて死にそうになると思うんだがなあ。
 酒のせいでやらかしたことなんて、そりゃちょっぴり願望も入ってたかもしんねえけど、理性も羞恥心もなくしてるのに“自分自身”とは言えねえだろ。
 あんまり責任を求めすぎんのもどうかと思うが。

「しゃーねえな。じゃあ、いっこだけ約束しろ」
「なに?」
「録画したスフィアは絶対に消すな。あとで俺が噛み締めるように見てても文句言うなよ」
「か、噛み締めるように見る必要はなくない?」
 いや、必要ある。メルが恥ずかしかろうと思うだけで、そもそも俺自身はもっかいやるのも録画すんのも吝かでないんだ。
 だが昨夜の恥ずかしい姿を見ちまったらメルは二度と繰り返さないことを誓って完全に禁酒するだろう。
 せっかくなら俺は、この思い出を噛み締めて生きる……!
「それが恥ずかしいってんなら最初からやるな」

 負けず嫌いなメルは「できないならやめてもいい」と言ったら絶対にやる。
「い、いいよ。消さなきゃいいんでしょ?」
 ちょっとそれを狙ってた部分もある。
「約束だぞ」
「分かった!」
 ほんと扱いやすいよな、こいつ……。
 寺院に向かって走り出しながら、メルは念を押すように俺を振り向いて叫んだ。
「今夜ちゃんと覚えててよね!」
 そりゃ忘れろって頼まれても忘れらんねえくらいだけどよ。
「がんばらないとだね、ワッカ」
「……おう」
 しかし二日連続であれは、ちっとばかしキツい気もするぜ。

 メルが走り去ると、リュックが真面目な顔して振り向いた。
「でもさ、メルがお酒に弱いのは聞いてたけど、なんにも覚えてないってのは気をつけといた方がいいよ」
「聞いてたなら飲ますなよ」
「だってさ〜、ワッカがメルに飲ませないようにしてたんでしょ? だからずっと弱いんじゃないの?」
「う……」
 言われてみると……そうかもしんねえな。酔うと暴走するうえにそれを忘れちまうから、なんとしてもメルには飲ませないようにしてきた。
 だからあいつは酒の味もろくに知らない。知らなかったから、リュックに飲まされた時も気づかなかったわけだ。

「今回はあたしだったから、おふざけで済んだけど。外で騙されて飲まされたらどうすんのさ?」
「うぅっ!?」
 酒飲んでルカで遊んでくる、なんて……今回は止められたが、もし俺の見てないところで知らねえ野郎に飲まされてたら。
 確かに……危ないなんてもんじゃねえよな。
「毎日ちょっとだけでも飲んで、せめてどれくらいで記憶なくしちゃうのかはメルが自分で把握できた方がいいと思う!」
「だからあいつに飲ませたのか?」
「そだよ。ワッカはメルに過保護すぎっていうか、過剰防衛なんだよね。危ないことから遠ざけたって、それが危ないって分かんないままなんだよ」
 うーん。ぐうの音も出ないくらい正論だなあ。

 昔は常に俺があいつを見てる前提で、それこそ“危ないものから遠ざける”ってことしか考えてなかった。
 でも、俺が見てない時にも安心していられるようにするのが本当に“守る”ってことなんだろう。
「やっぱリュックはしっかりしてんなぁ」
「そうでしょそうでしょ〜?」
「なんで嫁の貰い手がないんだろうなぁ」
「えっ? そ、それは余計なお世話なんですけど!!」
 暴れて俺の家を破壊するくらいならいいが、昨夜みたいなことが他所で起きたら大変だ。
 これを機に、酒に慣れさせてやるか。……強くなったらなったで、ちょっと淋しい気もするけどな。




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