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言葉の暴力


 本を読んでいたら俯いた拍子に髪が垂れてきた。かきあげても忘れた頃にまた落ちてきて視界を遮る。
 ……すこぶる鬱陶しい。

 ハサミを持ってリビングに行くとアーロンはノートパソコンのマニュアルを前にして唸っていた。
 そんなの熟読したってどうせ全部は理解できないんだし、必要な操作だけ覚えてしまえばいいのに。融通がきかないんだから。
「ねえアーロン、髪切ってくれない?」
 無駄に頭を悩ませているアーロンの肩を叩いたら、彼はなぜかものすごく驚いた様子で振り向いた。
「お、俺に言ってるのか?」
 うちには他にもアーロンがいるのかと呆れつつハサミを手渡す。彼はそれをまじまじと見つめていた。
 ハサミは見たことあるでしょうに、何をそんなに驚いてるんだか。

 髪の切れ端が襟から入り込んで肌についたら痒くなる。何か被っておかないといけない。うーん、ごみ袋でいいか。
 袋に穴を開けて頭から被り、準備万端で椅子に腰かけてアーロンに背を向ける。
 彼は未だ固まっていた。立ち直るのが遅い!
「適当に短くするだけでいいから」
 べつにプロ並の高度なテクニックを期待しているわけではないと言えば頭の後ろでため息が聞こえた。
「こんな繊細な作業を俺に頼むなど正気の沙汰とは思えん」
「大袈裟だなあ」
 ハサミでじょきじょきやるだけの作業のどこが繊細なんだ。

 意識していなかったけれど、私の髪は背中の辺りまで伸びている。
 前に切ったのはいつだったか。もう結構な時間が経っていたんだと実感する。
 なおも躊躇しているアーロンに肩の辺りを指で示し、振り向いた。
「この辺からバサッと切っちゃって」
「……そんなに切るのか」
「どうせ私は外に出ないし、誰にも見られないんだから失敗しても大丈夫だよ」
 スピラではあの巨大な剣で魔物を薙ぎ倒してたっていうのに髪を切ることの何が怖いのか、アーロンはやけに渋っていた。

 本当なら美容室に行くべきなのだろうけれど、拘束時間が長くなるから嫌なんだ。
 その長時間を他人と話して過ごすのも嫌だし、他人が体に触れるのも嫌だ。
「いつもは自分でやってるんだけどね」
 でもアーロンに触れられるのは平気だ。自分でだって切れるけれど、要するに甘えているんだ。
 そう伝えたらアーロンはもう一度ため息を吐きつつ、私の髪をまとめて手に取った。
「うまくできるかは分からんぞ」
「アーロンにならめちゃくちゃにされてもいいよ……?」
 髪を握る手にグッと力が入って頭が引っ張られた。
「妙なことを言うな! 手元が狂う!」
 髪型の話だってば。まあ、それ以外の意味で受け取っても構わないけれど。

 時々とても完璧主義で半端な仕事を嫌うアーロンは、できないと言いつつきれいに毛先を揃えてくれた。
 ただし私の髪は僅かに短くなっただけで、結果的には切った意味があまりなかった。
「元の長さと全然変わってないじゃん」
「……やれるだけのことはやった……」
「変なところで小心だなあ」
 どんなに神経使ったんだというくらいアーロンがぐったりしているので、仕方なくハサミを奪って自分で大雑把に切り捨てる。
 肩よりちょっと短くなったかな。うん、スッキリした。

 静電気で張りついていた髪の木っ端ごと、被っていたごみ袋を脱いで捨てる。
 床に落ちた髪は掃除機が始末してくれるだろう。あとは今夜シャワーで頭を洗い流せば完了だ。
 一仕事した満足感で顔を上げると、何やらアーロンが青褪めて私を見つめていた。
「あれ、どっか変? うまく切れたと思うけど」
「い、いや……豪快すぎて引いただけだ」
 失礼なやつだな。

 髪を短くすると首も肩も気分も軽くなって気持ちがいい。
 そのわりに長く伸ばしているのは、こまめに整えるのが面倒だというのもあるけれど、一気に切った方がスッキリする、という理由の方が大きかった。
 背中まで、時に腰まで伸びてしまった髪を思い切って短くする瞬間。
 代わり映えのしない日々を送る私には得難い開放的な気分を味わえるのだ。

 アーロンは短くなった私の髪に未練がましい視線を向けていた。
「もしかして、髪長い方が好きとか?」
 それなら切るべきではなかっただろうかと毛先に触れてみる。
 でもアーロンは、「そういうわけじゃない」と首を振った。
「無頓着さに驚いただけだ。お前は自分で自分を美人だと言うわりに、身嗜みに拘らんな」
「素体がいいから余計な手を加える必要がないんだよ」
「……」
 黙ってるけれど何を考えてるかはよく分かる。「真顔で言うことか」って思ってる顔だ。

 何もしなくても美人だっていうのは事実だもの。
 鏡を見ればお母さんにそっくりの整った顔がある。謙遜すればお母さんまで「美人じゃない」と言うことになる。
 だから私は自分の容姿を素直に誇る。
 まあ、そっくりなのは顔だけではないのだけれど。
 似なくていいところまで似てしまう。我が家の血はよっぽど濃いのかもしれない。

 なんとなく気まずい空気になって、さりげなくアーロンから目を逸らした。
「大体、見せる相手いないのにおしゃれしても虚しいでしょ?」
「俺が見るだろうが」
「えー……」
 アーロンに見せたって甲斐がなさそう。だって、どうせ気が利いたことなんて言うわけないし。
「実入りが少ないのに外見磨く努力するのはめんどくさいよ」
 私は生まれ持ったものだけで満足だとソファーに寝転がる。
「……お前の怠惰は体の弱さではなく性格からくる問題のようだな」
 なんだ、そんなこと今さら気づいたの?

「でもいいじゃん。歳とったら手入れしなきゃ美貌を保てないでしょ? 私の性格だと絶対に面倒臭くて何もしないだろうし。無頓着でいられるのも若さゆえかな」
 労せず美しさが手に入るのは若いから。いくら母親譲りの美人といっても、何もしなければある年齢を過ぎた時に私の外見的魅力は価値を失う。
 そうしてずっと輝きをなくさずにいるのはちゃんと自分を磨く努力をし続けてきた人なのだ。
 長生きしても私はそれを活かせない。ならば一番きれいでいられるうちに死ねるのは、ある意味では幸運だと思う。

「ミトラなら年老いても可愛らしいと思うがな」
 思わずって感じでそう呟いてからアーロンは気まずそうに顔を背けた。
 私が“年老いる”ことがないのを思い出したんだろう。べつに、そんな言葉尻までいちいち気にしなくてもいいのに。

 彼が謝ってしまう前にさっさと話題を逸らすことにした。
「アーロンって、元の世界で結婚関係の恨みをかったことあるでしょ?」
「な、なぜ知ってるんだ!?」
 慌てて振り向いた彼にやっぱりなと納得する。
「無自覚に女泣かせまくってそう」
「人聞きの悪い……」
 寺院に勤めていながら遊ぶ暇などあるか、とか、ジェクトじゃあるまいし、とかなんだかぶつくさ言っている。
 でもね、若くて美人だってくらいしか取り柄のない相手に「年取っても可愛いと思う」なんてさらっと言っちゃうのは、罪深いよ。

 堅物で無愛想な朴念仁のくせに時々ふとそんなことを言う。
 というより、まったく他意がないからこそ無自覚に心を掴んでしまうのか。
 優しくされて勘違いしてその気になって勝手に盛り上がって、いざ彼に自覚がないと知って失望して怒って騒いで。
 召喚士のガードになる前は寺院でそれなりの地位にあったと聞いた。
 どんな騒動が起こったのか、推して知るべし、だよね。

 事情はまったく分からないし憶測だけれどきっとうっかりその気にさせたアーロンも悪いと思う、なんて勝手に納得していたところ。
 これ見よがしなため息を吐いて、アーロンが私を睨んでいる。
「お前こそ、可愛いと言われたらもっと喜んだらどうなんだ。それとも俺に言われても嬉しくないか?」
 ……ん?
「あ、無自覚じゃなくて自覚的に褒めてくれたんだ?」
 それはちょっと意外だ。単にポロッと溢した言葉かと思ってた。

「私のこと可愛いと思うの?」
「……思ってなければ言わん」
「まあ私が美人なのは私も知ってるけどね」
「顔が整っているのも事実だが、そんなもの、べつに……俺は、お前の可愛くない性格も含めて、い、愛しいと思っ……」

 年甲斐もなく真っ赤になってそれきり黙ってしまった彼を見て思う。
「アーロンって可愛いなあ」
「なっ……!?」
「顔は全然可愛くないけど中身は可愛いよね」
 ちょうど私と真逆だと笑ったら、彼はため息を途中で引っ込めてガクリと肩を落とした。
「俺はそんなこと言われても嬉しくない」
 私も可愛くない性格だから、嬉しいとか素直に言えないんだよ。
 頬がゆるみまくってるのは自覚してる。照れてないでこっちを見てくれたら、私が喜んでるのは丸分かりなのに。

 年取っても可愛いだとか、こんな性格なのを知ってるくせにそれでも愛しいとか。
 ……ほんと、殺す気なのかって感じだ。
 動悸が止まらないじゃないか。




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