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ゆっくりでいいから


 作法は違えど死者を送る儀式というものはどんな世界でも似通っている。
 静かで悲しく、どこか美しい。
 母親を見送ってぼんやりと海を見ていたティーダに俺は何と言ってやればいいのか分からなかった。代わりにミトラが優しく声をかけてくれる。
「うちに泊まる?」
 だがティーダは気丈に首を振り、一人で家に帰っていった。

 平気と言われても放って帰る気にはなれず、ハウスボートを視界におさめたまま海岸に座り込む。
 強引に泊まった方がいいだろうか。一人にすべきではないだろうか。それとも誰も見ていないところで好きなように泣かせてやるべきか。
 ミトラは何も言わず、今しがた一つの魂が還っていった海の彼方を見つめている。
 ……病弱だった母を亡くし、後を追うように父親も死んだと言っていた。
 かつてのミトラもティーダと同じように、一人で孤独に耐えたのだろうか。

「ザナルカンドには異界送りがないんだな」
「異界送りって、スピラの葬儀?」
「ああ」
 ここでは水葬というものが行われている。異界送りに似ているが、ただ遺体を海に沈めるだけだ。それで死者は幻光虫に還る。
 スピラでそんなことをすれば魔物が溢れるはめになるとは言わなかった。
 ザナルカンドには召喚士がいない。だが異界送りをしなくても、誰も魔物にはならない。
 誰もが己の死をあるがままに受け入れ、旅立つのだ。

 ミトラは異界送りに興味があるようだ。
 死んでからの目標ができて元気になるというのも何やら悲しいが、俺の向かう場所へ共に行けることが彼女に希望を与えたらしい。
 ……俺としては複雑な気分だが。
「スピラには死後の世界があるから葬儀も違うんだ。でもどうやって送るの? まさか死者は全員アーロンみたいなんじゃないよね」
「死人になるのは強い執着を遺した者だけだ。死者が出れば召喚士が異界送りをする。舞によって幻光虫と交信し、死者を送るんだ」
「送るのに召喚士なの?」
「召喚士の仕事はそれだけではないからな」

 なおも質問を続けようとしたミトラは、海からの突風を受けて口を噤んだ。
「大丈夫か?」
「うん。ちょっと寒いけど」
「帰るぞ」
 思わず彼女を抱き上げる。ミトラは慌てていたが構わず歩き出した。
 こんなところで座り込んでいる場合ではなかった。こいつは体が弱いんだ。

「アーロン、ちょっと落ち着いてよ、大丈夫だってば」
「駄目だ。潮風は体に障る」
「あーもう! とりあえず降ろして!」
「おい、暴れるな」
 仕方なく降ろしてやると案の定ミトラは息を切らしていた。
 ほら見ろ……いや、迂闊だったのは俺だ。もっと気遣ってやらなければいけないのに。

 ティーダのことは気にかかる。しかし日も暮れようとしている今まずはミトラを連れ帰らねば。
「あのね、べつに今すぐ死ぬほど弱ってるわけじゃないんだから、そんな過保護にならないでよ」
「だが……」
「いいからそこに座りなさい!」
「……」
 渋々ながら俺が腰を降ろすと、ミトラは俺の膝を割って間に座り込み、背中を預けてきた。
「後ろからぎゅってしてくれたら寒くないから平気」
 これはこれで別の問題がある気がするんだが。
 口論を続けて疲れさせるのも論外だ。仕方がないのでミトラの体が冷えないよう抱き締める。

 あの人は、最後までティーダを案じながらも呆気なく逝ってしまった。
 ミトラを同じ海に沈めさせるわけにはいかない。
 こうして掴まえていれば離さずに済むのだろうか。そう願って彼女を抱く腕に力を籠める。
「ちょっとアーロン、絞めすぎ! 苦しい!」
 ……我儘なやつだ。

「ハリネズミの寿命ってさ、五年くらいなんだって」
「は?」
 いきなりそんなことを言われて面食らった。
「ハリネズミ知らない?」
「いや、それは分かるが……」
「五年しか生きられないなんて可哀想って思う?」
「お前はハリネズミじゃないだろう」
「私はそうだと思ってるよ」
 ミトラの母も祖母もその母親も、彼女の家系の女は皆揃って短命だったという。
 女に生まれついた時点で、そういうものと納得して育つのだと。

「無茶しなきゃ二十年くらいは確実。三十年はたぶん無理。そういうものって最初から分かってるから、人生短いとか長いとか考えたことないんだ」
 彼女は自分の寿命を受け入れている。だが周りで見ている者は簡単に諦められない。
 そんな同情が煩わしいのだと彼女は言う。
「他人の哀れみに付き合ってたら時間もったいないでしょ。私は私の人生を楽しく過ごしたいよ」
 あと数年の命ならそれを受け入れ、ぐだぐだ嘆くよりも充実した時間にしたいのだと。
「だから、私を可哀想な人にしないで」
 同情するよりも一緒に楽しんでほしい、と。

「さっきの続き、聞かせて。召喚士の仕事って何?」
「あまり楽しい話じゃないんだ」
「それでもいいよ」
 召喚士の話、スピラの話をするなら自然と死の影が濃くなる。俺はそんな話を彼女としたくなかった。
「……あ、話したくないなら無理しなくていいけど」
「そういうわけじゃない」
 だが彼女が異界に行くことを望むなら、やはりスピラについて知ってほしいとも思う。
 死の先にある穏やかな永遠を共に過ごすために……。

 召喚士について話すならば、まずシンのことを説明しなければならない。
「スピラでは千年前に大規模な戦争が起こり、世界が滅びかけた。それを止めるためにシンという存在が現れた」
「それって人間?」
 今のシンはジェクトだ。ならばシンは人間だと言っても間違いではないのだろうか。
 ジェクトとブラスカ様が倒したのも、先代大召喚士のガードだった者の成れの果てだ。
 ……しかし、最初のシンは一体何者だったんだ?

「生物というよりは、災厄のようなものだな。機械によって町が発展しすぎるとシンが現れ、破壊してしまう。スピラでは機械の使用が禁止されているんだ」
「ふーん。ディストピアの支配者ってわけね」
 機械が使えない生活なんて自分は瞬く間に死んでしまいそうだとミトラは呟いた。
 胸を衝かれたが、ややあってそれが彼女なりの冗談だと気づく。まったく笑えん。
「シンは強大で、唯一その身を打ち砕けるのは究極召喚と呼ばれる術だけとされている」
「それを使うのが召喚士?」
「そうだ」

 ザナルカンドの人間にスピラのことを語るのは妙な気分だった。
 この町が千年後に俺の知る廃墟となるのかは分からない。しかし俺たちの歴史は、ここから始まったんだ。
 ミトラは今聞いている異世界の出来事が自分にも関わりのあることだと知らない。

「召喚士はシンを倒すため、究極召喚を求めて旅をする。ガードを連れて、スピラの各地にある寺院を巡るんだ。俺はブラスカという召喚士のガードだった」
「なるほど。じゃあジェクトさんもスピラでそのガードってのになったんだね。で、シンと戦って……」
 亡くなったのか、とも言えずにミトラは俯いてしまった。
「召喚士は究極召喚の力に耐えられず死ぬ。召喚士とガードの旅は……死を目指す旅なんだ」
「え……?」
「ブラスカはスピラにシンのいない平穏な時を与えるため、命を擲つ覚悟で召喚士になった。ジェクトは……ガードになった時、まだそれを知らなかった」
 知らぬまま命を懸ける旅に巻き込まれていた。

 召喚士となり、ガードとなった時点で、それまでの人生は終わったものと思わねばならない。
 俺はジェクトの気楽さに苛立った。ブラスカ様の前で、家に帰ったら妻子に旅の話をしてやるのだと笑うあいつに、いつも腹を立てていた。
 あいつがどれほど遠くからスピラに来たのかも知らずに。故郷に何を残してきたのかも知らずに。
 なのに……あいつはスピラを知り、ブラスカ様の覚悟を知って……自分も命を捧げる覚悟を決めた。

「アーロン、話したくないなら無理しなくてもいいよ」
 黙り込んだので心配になったのか、ミトラが振り向いて俺を見上げた。
「いや、聞いてほしい。ずっと誰かに聞いてほしかったんだ」
 彼女に話したところで懺悔にもならない。ただ俺の心が楽になるだけだろう。だが、もう、駄目なんだ。
 ジェクトの死を知ったあの人が日に日に弱っていくのを見て、ついに命尽きるのを見届け、一人残されたティーダを見て……耐えられそうにない。
 俺は一体ここで何をしているのか、分からなくなってしまった。

「ブラスカが死ぬのは分かっていた。俺たちはそれでも旅を続けた。だが……旅の終わりに知らされたのは、究極召喚を得るためにガードの命が必要だという事実だった」
 ミトラの口が何かを言いかけてまた閉ざされる。そこで死んだのが俺かジェクトかで迷ったのだろう。
「命を捧げたのはジェクトだった。あいつは俺に妻子を託し、ブラスカと共に逝くことを選んだ。究極召喚でシンを倒せる、それでスピラに平和が訪れるという教えを信じて……」
 だがその信仰は裏切られたんだ。

 俺の話を聞くために振り向いていたミトラの細い肩に顔を埋める。
「……シン、倒せなかったの?」
「ジェクトが究極召喚の祈り子となり、ブラスカが彼を召喚して、シンは倒れた。……そして、ジェクトが新たなシンになった」
 ミトラが苦しそうに息を吐いた。抱き締める腕に力が籠りすぎていたのに気づき、慌てて緩める。
「それはシンを倒す術なんでしょ? どうしてジェクトさんが……」
「究極召喚が唯一の救いなどとは、まやかしだったんだ。ブラスカもジェクトも真実を知らないまま……死を選んだ」
 シンとなったジェクトはいずれ次の召喚士に倒されるだろう。そしてスピラは……何も変わらない。

 俺はあの時、激情に任せてユウナレスカに挑むべきではなかったんだ。
 生き残った俺がスピラを変えなければいけなかったのに。
「……俺は何も為し遂げられなかった」
 ジェクトは今もシンとなってスピラに取り残されている。ブラスカも無駄死にだ。
「何も変えられなかった。彼らの犠牲を意味のあるものにできなかった。俺は何も……何もできなかった」
「でもアーロンはここにいるじゃない。ジェクトさんとの約束を果たすために」
「俺がザナルカンドに来たところで、何の意味があるんだ!」

 俺が真実を伝えたせいで彼女は儚くなってしまった。残されたティーダにしても、俺は親の代わりなどできない。
 スピラを救いたいというあの二人の切なる願いも……叶えてやれない。
 死人である俺にできることなど何もないんだ。

「意味ないなんて、言わないでよ……」
 泣きそうな声に愕然として顔をあげる。
「あなたは私の人生を変えた。それは意味のないこと?」
「ミトラ」
 短すぎる命でも懸命に生きようとしている彼女に何を言ったんだ、俺は。
「ジェクトさんやブラスカの死に後悔するのは、無理もないけど……その後悔のお陰であなたはここにいるんだよ。無駄死にだなんて……言わないで」
 自分の無力を悔やみながら、あいつらの覚悟を汚してどうする。

「俺に、できることがあるだろうか」
 誰だってそこに在るだけで何かを変えることができるのだとミトラは真摯に告げる。意味のない生も意味のない死もないのだと。
「何だってできる。あなたは、まだここにいるんだから」

 俺は無力だが、ここに在る限り可能性は無限に広がっている。
 もう一度スピラに渡り真実を明らかにすることだってできるかもしれない。
 俺一人で成せなくても、そうやって少しずつ変えていけば、いつか……。
 ブラスカやジェクトの覚悟が未来に繋がっていく。その果てにスピラが救われたならば彼らの犠牲は無駄にならない。
 あれほど重かった後悔が力に変わっていくのを感じた。
 無駄にしてはいけないんだ。無駄になどさせなければいい。俺はそのためにザナルカンドに来たんだ。




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