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迷惑防止


 海沿いの道を延々と歩く。辺りの景色は目まぐるしく姿を変えた。
 これがスピラであれば海岸線などただまっすぐに伸びる道が続くだけだ。しかしザナルカンドではそうもいかない。
 町中に巨大な建物が敷き詰められているのを見た時は驚いたが、その建物群が海辺のギリギリにまで続いているのを見るともはや呆れてしまう。
 こんなにもたくさんの家が必要になるとは、一体ザナルカンドにはどれだけの人間が犇めいているんだ。

 ジェクトの家は意外にも喧騒から離れた静かな海辺にあった。
 その家は地面に接しておらず、海上にふらふらと浮かんでいる。持ち主の性格を如実に示しているようだ。
 ミトラによれば、こういう住居をハウスボートと呼ぶらしい。
 人気選手となったジェクトがこの家に住んでいるので急速に流行したそうだ。
 ……何かに縋りたがり、流されやすいのはスピラもザナルカンドも同じだろうか。

 いくつかのハウスボートが並んでいる。どれがジェクトの家か尋ねようと振り返り、ミトラがやけに遠くにいるのに気づいて驚いた。
 すぐ後ろをついて来ていると思ったんだが。
「アーロン……待って……」
 全力疾走でもしてきたかのように息を切らしているわりに足が遅い。仕方なく彼女の方へ戻る。
「本当に体力がないんだな」
「……ごめんね。ちょっとだけ……休ませて」
 やはり日頃から動かなすぎるんだ。いくら便利な機械が身近に溢れているからといって、生活のすべてを頼っているからこうも鈍る。
 もう少し運動した方がいい。……などと言ったら、また機嫌を損ねるだろうか。

 ミトラが息を整えるのを待ってジェクトの家に足を踏み入れる。
 テレビジョンで見たジェクトの妻が疲れ果てた顔で俺を出迎えた。
「あなたは……?」
「俺は、アーロンという者だ。ジェクトにあなた方の面倒を見るよう頼まれた」
 そう聞くなり彼女の瞳にほんの僅かな光がともる。
「ジェクトの友人? 彼がどこにいるか、知ってるんですか?」
「いや……あいつは……もう、いない。遺体を持ち帰ることもできなかった。……すまない」
 せめて形見の品でもあればよかったのだが、すべてはザナルカンドに……ここではない廃墟に置き捨てられたままだ。

 しばらくの間、彼女は俺の言葉が理解できないかのように呆然としていた。
 やがて目許が赤く染まり、涙ではなく怒りが滲み出す。
「嘘よ」
「嘘では……」
「帰ってください!」
 目の前で乱暴に扉が閉められる。
 ミトラを振り向いたら、呆れた顔を返された。……やはり俺が悪いのか。

 今日はもう駄目だろうとミトラが言うので肩を落として退散することになる。
 ジェクトの息子にも会えず仕舞いだ。まったく、前途多難だな。
「向こうは半ば諦めつつも『生きててほしい』って願ってるんだよ。それをジェクトに頼まれたって期待させといていきなり突き落とすなんて最悪。ちょっとは相手の気持ちを考えて話しなよ」
 耳が痛い言葉だ。考えてはいたんだ。いや、考えたつもりだった。
 だが実際に彼女を目の前にして、ジェクトの死を伝えなければ、あいつの妻子を守らなければという想いだけが先行してしまった。

 そもそも、ジェクトがどこでどうして死んだのか、このザナルカンドに住む者に一体どうやって伝えればいいんだ?
 俺は未だミトラにさえ話せていないというのに。
「大体、自分の面倒も見られない人に『あなた方の面倒を見るよう頼まれた』なんて言われても困るよね」
「う……」
「具体的に何をどう面倒見るつもりなんだか。ジェクトさんの代わりでもやるの?」
「そんなつもりは、」
「ノープランで何しにここまで来たの?」
 もう勘弁してくれ。いちいち尤もすぎて心が折れそうだ。

 具体的にどうするつもりだったのかと問われると、確かに俺は何も考えていなかったのだと思い知らされる。
 ジェクトは息子を心配していた。俺は彼を守ってやるつもりだった。
 しかし母親の目から見て、いきなり現れた見知らぬ男に大事な息子を預けられるわけもない。
 俺が為すべきは、ジェクトを喪ったあの母子が不自由なく暮らしていけるように見守ることだ。
 そのために何ができる? 俺に誰かを助ける力などあるのか?
 そもそも俺自身が、あらゆる面でミトラに頼らねばザナルカンドで暮らしていくこともできないのに。

「ミトラ、彼女の相談に乗ってやってくれないか?」
「はあ?」
 剣呑な視線を返されてしまって、つい怯む。
「なんで私がそんなことをしなければいけないの? 何の縁もなく、ジェクトのファンでもないのに? 彼女が知り合いですらない私に何を相談したいと思うの?」
「だ、だが、お前なら……あの二人に何をしてやればいいか、理解できるかと」
「私と彼女では違いすぎる。彼女は他人の私よりも周りにいる友人にでも頼った方がいい」
「……そう、だな」

 何の縁もなく知り合いですらない俺を拾ってくれたのだからミトラならば彼女らを助けてくれるのではないかと思ってしまった。しかしそんな期待は身勝手すぎるな。
 ミトラの言う通り、いきなり彼女が助けになると言い出しても向こうだって困るだろう。
 なら……俺は一体、どうすればいいんだ?

 無意識に足が止まり俯いていた俺を見つめて、ミトラはため息を吐いた。
「用心棒でもやる? あの二人が静かに暮らせるように、うるさいやつらを追い払ってあげるとか」
「お前の言っていた報道陣というやつか?」
「それもあるけど……“ジェクトの代わり”になりたい輩とか、いろんなのがいるでしょ」
 なるほど。確かに、名を売りたいがために母子を利用しようとする輩は多そうだ。……そういう人種は寺院でもよく見かけた。
「あなたがやるべきは、あの二人を悲劇の主人公にしないことなんじゃない?」
 窘め叱り飛ばしつつミトラは俺を助けてくれる。本当に、彼女には頭が上がらないな。

 それにしても……ジェクトの妻に追い返されて痛感した。
 素性すらまともに告げられない俺は、やはりどう考えても不審者だ。
 俺が彼女の立場だとしたらそばに寄せつけたいとは思わない。だからこそ、気になる。
「俺のような者がいつまでも住み着いているのは迷惑じゃないか?」
 ザナルカンドを訪れて以来なし崩し的にミトラの家で寝泊まりしている。
 ミトラは俺を追い出そうとしない。どこから来たのかとも聞かない。黙って俺を受け入れてくれている。
 その寛容にいつまでも甘えていていいのだろうか。

 ミトラは何を考えているのかよく分からない顔をして俺をじっと見上げた。
「迷惑だったらどうするの?」
「他に宿でも探して、」
「お金ないのに?」
「……野宿には慣れている」
「一瞬で捕まっちゃうってば」
「その時は逃げる」
「警察に追われてる人が周りウロウロしたらあの親子も迷惑だろうね」
「……」
 拠り所のない俺はミトラに助けてもらわなければ友との約束を果たすこともできない。
 だが、そうだとしても……、彼女に迷惑をかけたくないんだ。

 追い出されれば困るだろうが、何とでもなる。なんとかしてみせる。
「俺に同情して追い出せないのだとしたら、そんな必要はない。これまでに受けた恩だけで充分すぎるほどだ」
 そう口にするのはなかなか困難だったが、ミトラは迷いなく答えた。
「べつに私は迷惑じゃないよ。自分以外の人がうちにいてくれるの、嬉しい」
 彼女の微笑みに抱いた想いは住み処を失わずに済んだ安堵感だけではなかった。
 ……迷惑をかけていなくてよかった。俺がいることで何か彼女の役に立っているなら、よかった。

 しかし改めて考えてもミトラがなぜ俺を住まわせてくれるのか謎だった。
 今まで頭から抜け落ちていたが、彼女が怪しげな男を家に入れていることを誰も咎めないのもおかしな話だった。
「ミトラの家族はどうしているんだ?」
「今は一人だよ」
 それはつまり……そういうことだな。

 彼女は特に表情を暗くするでもなく、携帯端末を取り出して俺に写真を見せてきた。
「これ私のお母さん。私にそっくりで美人でしょ」
「……」
 自分で言うのもどうかと思うが確かに美人だな。
「で、こっちがお父さん。いかにも金持ちのスケベ親父って感じでしょ」
「……」
 俺は何と返せばいいんだ。頷くのも申し訳ない気がする。

 ミトラの言い方はどうかと思うが、彼女の両親は言葉通りの外見だった。
 美しく儚げな女性の肩を抱くのは下心が滲み出た顔をしている歳の離れた中年男。
「随分と……なんというか……」
 釣り合いが取れていない? 政略結婚のような? 駄目だ、素直な感想を言おうとすると間違いなく失礼になる。
「アーロンでも気を使って言葉を濁したりするんだねえ」
 ……こいつは俺を何だと思っているんだ。

「お母さんは生まれつき病弱でね。三十まで生きたら奇跡って言われてたんだ。お父さんは見た通りの成金親父だよ」
 母親についてはなるほど薄幸そうな見た目をしている。しかし父親については、表現が明け透けすぎて何も言えなかった。
 ともすれば父親を嫌っていたのかと思いそうになる。
「まあ簡単に言うとお父さんが金に飽かせてこの薄命の美女の人生を買ったわけ」
 自分の父親に対してあまりな言い種だが、ミトラの声音は深い愛情に満ちていた。

 何も知らなければ邪推してしまいたくなる外見の二人だ。しかし写真の中で微笑む一家は揃って幸せそうだった。
「いろいろ言われたけど、うちの両親は仲良かったよ。お母さんが死んですぐ、お父さんも後追っかけるみたいに逝っちゃったし」
 ……幼い頃のミトラも共に写っている。これが最後の思い出だとすれば、彼女は何年も一人で生きてきたのだろうか。
「ま、口煩いこと言われもせずに一生遊んで暮らせるお金だけ遺してもらって、私ってめちゃくちゃ恵まれてるよね」
 彼女の言葉は安易な同情を拒絶しているように思えた。

「せっかく遺した金でミトラが怠惰に暮らしていては両親も浮かばれんだろうな」
「そうだね。得体の知れない男拾って面倒見ちゃうような娘だもん心配だろうねー」
「……」
 本当に、心配だ。強かに生きているように見えてミトラはいつもどこか投げ遣りだった。俺のような男を躊躇なく拾ってしまうのも問題だ。
 彼女はもっと自分を案じるべきじゃないか。

 用心棒でもしてはどうかとミトラは言った。この地では甚だ無力な俺にできるのはそれくらいだろう。
 ジェクトの忘れ形見を守るために俺はここにいる。そして約束を果す術を探せるのはミトラのお陰だ。
 ……彼女のことも守りたい。この恩を返さなければ死んでも死にきれないだろう。
 俺がそばにいることで、彼女から不幸を遠ざけられたら、と……死人の分際でそんな風に願ってしまう。




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