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2-10


 ルカに戻って演説して、ビサイドに帰ろうとしたら引き留められて、ユウナを連れ戻そうとする寺院と一悶着あって。
 なんか全然「シンを倒した!」って実感がないのはなんでだろうな。
 単純に忙しかったせいもある。ティーダがいないからってのもある。いろんなことが急速に変わりすぎて、落ち着いて考える暇もねえ。
 事後処理に駆け回ってるうちに気づけばあの戦いから二週間も経っていた。
 ユクティがビサイドに来たのは、ブリッツのシーズンが終わってすぐのことだった。

 飛空艇から桟橋に降り立った彼女は、いつだったか使っていたサングラスをまた掛けている。
「前も言ったけどよ、似合ってねえぞ、それ」
「うん」
「アーロンさんにもらったのか?」
「決戦の前にね」
「……そっか」
 後から考えてみるとあの時ユクティは、アルベドだってバレねえように瞳を隠してたんだな。

 アーロンさんはユクティの素性に気づいてサングラスを貸してくれたんだ。
 ユクティのことだけじゃなく、ユウナのおふくろさんのことも、他にも始めからいろんなことを分かってたんだ。
 戦いが終わったらもっと話をするつもりだった。だが、もうその機会はなくなった。
 後になって「もっと早く知ってれば」と後悔しても手遅れなことがたくさんある。

「気に入ってんならともかく、無理に隠さなくてもいいんだぜ。ユウナが半分アルベドだってことも誰も気にしてねえし」
 俺があんなだったから説得力ないかもな。でも少なくとも彼女がアルベドだからと追い出される心配はない。
 そう言ったらユクティは、戸惑いつつもアーロンさんのサングラスを外した。

 案内してやれる観光名所もないんで、さっさと村に連れて行くことにする。
「で、なんでリュックもいるんだ?」
「ユクティの保護者です!」
 俺から隠れるようにユクティの後ろにいたリュックが威嚇するように睨んでくる。
「ごめんなさい。すぐ帰すから」
「いや、べつにいいんだけどよ」
 ユクティを一人でビサイドに来させるのが嫌ってか?
 仮にリュックも一緒に住むと言い出したって俺は構わないんだが、シドがめちゃくちゃ怒りそうだな。

 こうして村までの道を歩いてる時なんとなく実感できる。シンはもう甦らない、そしてユウナを死なせずに済んだってこと。
 だが、同時に見失ったものについても思い出す。
「ねえワッカ、ユウナどんな感じ? ちょっとは元気になった?」
「ナギ節を謳歌してる、とはいかねえな。笑ってっけど、ありゃ誰がどう見ても空元気だ」
 ちょうどリュックもあいつのことを思い出してたらしい。
「また、会えるよね……?」

 死んじまったならいつか吹っ切れるのかもしれないが、どうなったのかよく分かんねえってのがな。
 始めは俺が異界に行って確かめてこようかとも思った。でも実行できずにいる。
 もしティーダが異界に現れたら……それはそれで諦めはつくんだろうけどよ。
 ユウナに伝えるとかって以前に、俺がキツいんだ。確かめに行く勇気がない。

 やけにしんみりしちまった俺とリュックを見つつ、ユクティはポケットに引っかけていたサングラスを手にして呟いた。
「これ、アーロンがザナルカンドで買ったんだって」
「エボン=ジュが召喚してたザナルカンドか?」
「そう」
 ティーダや、ジェクト様が生まれ育ったっていう夢の町。
 もうその夢を見る者もないが、そこで買ったサングラスが消えずに残されているのが証になるとユクティは言った。
「彼らは祈り子の夢から生まれたのかもしれない。でもあの瞬間、確かにスピラで生きていた。私たちはそれを覚えている」

 死んじまったわけじゃない。消えてしまったとも思いたくない。
「きっといつか、戻ってくる」
 そう信じるためにサングラスはユウナにあげようと思っている、と。
「……ユウナ、ユクティより似合わなそうだね、それ」
 深刻な顔してリュックがそんなことを言うんで、ついユウナが掛けてるとこを想像して笑っちまった。
 そうだな。夢とは言っても、あいつは実際ここにいたし、俺たちと一緒に戦ったんだ。
 ビサイドの海にいきなり現れた時みたいに、きっといつか戻ってくるよな。

 村に着いて、とりあえず二人を俺の家に案内する。
「んで、どうしてこんなに時間かかったんだ?」
 シンを倒したらユクティはビサイドに来るって話だった。いつまでも姿を見せないから気が変わったのかと思ってたんだ。
 もしかしたらビーカネル島に帰ってホームを復興したいんじゃねえか、とか……いろいろ考えた。

 だがユクティは今日まで来られなかった事情をあっさりと話した。
「契約期間中にチームをやめると違約金が発生してしまうので」
 ってそんな理由かよ。
「それに、シーズン中に別のチームに異動するのは外聞がよろしくない」
「ま、まあ、そりゃそうか」
 そっちは仕方ねえな。大会の真っ最中に他のチームのコーチを引き抜くなんて無理な話だ。

「じゃあ次のシーズンからは……オーラカのメンバーってことでいいんだな?」
「もちろん」
 そのためにビサイドに来たんだとユクティが頷くのを見て、うっかり頬が緩む。そんな俺にイラッとしたのかリュックが蹴りを入れてきた。
「いてっ! な、何だよ」
「ユクティは高いんだよ。払えんの〜?」
「うっ!」
 やっぱそうか? 一応は金も用意してるんだが、駄目ならコーチはしなくていいからせめて選手登録だけでも……。

 頼みの綱だったティーダが行方を眩ましてるんで、今のままだと次のトーナメントは出場すらできねえ。
 かといってあんまりユクティに甘えるわけにもいかねえし、と頭を悩ませてたらユクティはとんでもないことを言い出した。
「お金なんていらない、と言いたいけれど、それだと登録できないから1ギルでいいよ」
「へ?」
「はぁ〜!?」
 何言ってんだと激怒したのはリュックだった。

「ユクティってばワッカに甘すぎ! サイクスからは高い契約料とってたくせに〜!」
「リュックの言う通りだ。そこはちゃんとするべきだろ。チームの一員だからこそ、金は受け取ってもらわねえと困る」
 罪悪感とか惚れた弱味とかで遠慮してるんだとしたらそんなもんはお断りだ。俺とリュックに言われ、ユクティもそれならと頷いた。
「じゃあオーラカメンバーの金額と同じでいい」
「言っとくが、ものすげえ安いぞ?」
 アルベド・サイクスがいくら払ってたのか知らないが、オーラカの貧乏っぷりを舐めてもらっちゃ困るぜ。……いや、自慢にもなんねえけどよ。

 どっちにしろサイクスとオーラカでは仕事内容が違うから、料金が変わるのは当たり前ってのが彼女の言い分らしい。
「サイクスとの契約料が高いのはそれに見合う仕事をしてたから。オーラカの人に同じトレーニングは提供できないし、安くなるのは贔屓でも差別でもないよ」
 それはまあ、そうかもな。さすがにアルベドのホームで使ってたであろうトレーニング用の機械をビサイドに用意すんのは無理だ。
 寺院がどうの機械がこうのって以前に、作る場所もなけりゃ材料もない。
 まだ拗ねちゃいるが、リュックも渋々ながら納得したようだった。

 機械ってのは便利な分だけ作るのにも維持するのにも金が必要だ。
 そんな機械に囲まれたアルベドのホームに比べると、ビサイドは稼げない代わりに金が必要になることもない。
 ここで暮らすなら、契約金が安くてもユクティが生活に困ることはないと思う。
「あー、そういや、お前の住むとこなんだが……」
 ユクティがビサイドで暮らすってんで、まだ言ってないのを思い出した。
「その……ここでいいか?」
 討伐隊の宿舎はタダじゃ泊まれねえし、他に提供できる場所もねえんだ。

 俺の言葉にユクティとリュックは改めて家ん中を見回している。
「ここっていうと?」
「宿屋じゃないよね? 空き家でもないみたいだし、誰の家なの?」
「いや、俺ん家だけどな」
 え? って感じに目を瞬かせる二人に、なんとなく気まずい空気が流れる。

 ユクティはなぜだか渋い顔をしていた。
「ワッカ、再三言ってるのに忘れてるのかもしれないけれど、私はあなたが好きなんだ」
「おう。忘れてねえよ。だから……べつに一緒でもいいかと思ったんだが」
「そんな、無防備すぎる」
「……ん?」
 つーかこいつは、何を怒ってんだ?
「自分に下心を抱いてる相手を同じ家に住まわせるなんて。一つ屋根の下で私だって自制できるか分からない。襲ってしまうかもしれない」
「は?」
 いやいやいや……、逆だろそれ。俺の台詞だろ!

 どうにもズレたユクティの言葉にさすがのリュックも心配そうな顔をしている。
 提案した俺が言うのもなんだが、ユクティはもうちょっと警戒心を持つべきだよな。リュックの口からも言ってやれ。
「ホントにいいの? ユクティ、寺院のすぐ近くで暮らせるの?」
 ……そこじゃねえだろ!
 確かに親父さんの件もあるし寺院のそばで暮らしてユクティがキツくないのかって心配もあるけどよ。
 目下の問題は、未婚の娘が男の家に転がり込んでいいのかって話だ。ユクティは娘って歳でもねえけど。あ? じゃあいいのか?
 いや良くねえよな……なんか俺までワケ分からなくなってきたぞ。

 とりあえずリュックは、ユクティが俺の家に住むってのはべつにどうでもいいらしい。それはそれで心配になる。
「そりゃワッカがいるし、ユウナやルールーだっているし、大丈夫だとは思うけど……きっと、嫌なこともたくさんあるんだよ」
 まだお互い受け入れる準備を始めたばかりの段階だ。歩み寄るにしても早すぎるんじゃないかとリュックは言う。
 だがユクティは、傷つく覚悟はできていると答えた。
「嫌われるのを怖がって隠れて生きても、何も変わらない。私は彼らを知りたい。そしてアルベドのことを知ってほしい。だから、ヒトのそばで暮らしたい」

 俺も、ビサイドで暮らして彼女が絶対に傷つかないとは言えなかった。
 こんなド田舎の島だし偏見も少ない方だが、そんでも少し前の俺みたいにアルベドを嫌ってるやつがいないわけじゃねえ。
 旅の途中で俺たちが見つけた真実が広がって、寺院の嘘も明らかになって、スピラはこれから変わっていくだろう。
 その変化は痛みを伴う。誰だって、変わる時には傷つかずにいられない。
 でも俺は……俺も、ユクティを知るために、変わりたいんだ。

 まあ、リュックが心配する気持ちも、離れたくないって気持ちも分かるんだけどな。
「そう淋しがんなって。ユクティに会いたきゃいつでも遊びに来いよ」
 俺がそう言ったらリュックは頬をふくらませて睨みつけてきた。
「結婚したわけでもないのに偉そうに言わないでよね! まだユクティはワッカのじゃないんだから!」
「いえ、私はとっくにワッカのものだよ」
「だってよ」
「もーー!! なんかすごいムカツク!!」
 頭を抱えて憤慨するリュックから目を逸らし、ユクティは肩を震わせている。……そう遊んでやるなよ。
 意外と性格悪いよな、と思うのに、それすら好ましいんだから困ったもんだ。

 初めて会った時のユクティは大人しくておどおどしてて、守ってやりたくなるようなやつに見えた。
 一緒に過ごしてくうちにそれが誤解だったってのはもう分かってる。
 向こう見ずで大雑把で豪快なところもあるし、自分にも他人にも驚くほど厳しかったりもする。
 世間知らずで頼りないやつだとはもう思ってない。だが、最初とは別の意味で危なっかしくて心配だ。
 きっとこれからもまた、知れば知るほどユクティの印象は変化するだろう。
 時に傷ついたり傷つけたりしながら、未だ知らない未来に向かって……、一緒に歩いていくんだ。




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