×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
2-09


 決戦の前に、未だ行ったことのない寺院を巡る。
 ナギ平原の崖下にいた祈り子様もそうだが、寺院も把握してない祈り子像が複数あるのは驚いた。
 今こうして立ってるバージ島にしてもそうだ。
「こんなとこに、昔は寺院があったんだなぁ」
「何十年、何百年前かは分からないけれど、それなりに大きな町があったみたい」
 そして寺院も町もシンによって破壊され、そのまま忘れ去られてしまった。
 見つけたのはアルベドだ。飛空艇をサルベージする時に拠点として使っていたらしい。

 祈り子様との交信を終えて、ユウナは異界送りのため廃墟を探索している。
 こういう雰囲気が苦手らしいユクティは一人、幻光虫の少ない部屋で休んでいた。
 魔物や死人は平気なのに霊が苦手ってのはよく分かんねえな。
 グアドサラムの異界に入った時も怖がってる雰囲気はなかったのに。
 とりあえずユクティを一人にしておけなくて、頼まれてもないのに俺も一緒にいるってわけだ。

 廃墟と化したバージ寺院にいた祈り子様は、シーモア老師の母親だった。
「でもなんで祈り子像がここにあるんだ?」
 元は寺院があったなら祈り子像が残ってるの自体は不思議じゃない。
 けど彼女はザナルカンドで命を捧げて祈り子になったはずだろう。
「シーモアが運び出したんだと思う」
「こんな辺鄙なとこにかよ?」
 ユクティが教えてくれたのは驚くべき事実だった。
「ここはシーモアと母親が暮らしていた場所だから」
 ……なんで、エボンの老師サマがこんなところに?

「シーモアは彼が八歳の時に母親ともどもグアドサラムを追放された。知らなかった?」
「グアドとヒトとのハーフだってのは、知ってたけどよ……」
 ビサイドまで聞こえてきたのはジスカル様がグアドにエボンの教えを広めたってこと、ヒトの女性と結婚して子供が生まれたってことくらいだ。
 そのあと彼らがどんな生活をしてたのかまでは知らなかった。
 シーモア老師は、実の父親に見捨てられたんだそうだ。そして未来に絶望した母親は息子を連れてザナルカンドに旅立ち、心中を計った。

 八歳で故郷を追われ、ブラスカ様のナギ節のあと許されて家に戻った。
 その時にはもう、母親も亡くしてて……。
「シーモアはグアドサラムに戻された後もここを訪れていたみたい。たまに、花が供えられていたから」
 死は甘い眠りだとシーモア老師は言っていた。それによって苦痛が癒え、安らぎがもたらされるんだと。
 くだらねえことぬかしてんじゃねえ、って思ってたけどよ。……死んだ方がマシだと思っちまう人生だったって、ことなんだな。

 何とも言えない俺を見てユクティは苦笑している。
「また同情してる」
「そりゃ……するだろ」
 それを知ったからってシーモア老師の行いを全部許せるわけじゃないが、同情すんのは悪いことじゃねえだろ。
 自棄になって許されない罪を犯したのは事実だ。それでも、自棄にさせられたのは老師のせいじゃない……と思う。

 ため息ってほどでもない息を軽く吐いてユクティは明後日の方を向いた。
『ワッカは何でも額面通りに受け取るよね。あまり物事の裏を考えない』
 愚痴にも似た言葉は俺に通じないと思って油断してるから零れたものだ。
 まあ、べつに知らん顔して黙ってるって手も、あるんだけどな。
「言いにくいんだけどよ……リンさんからアルベド語辞書買ったんだ、俺」
 キョトンとして俺を振り向いたユクティだが、その意味を理解して青褪めた。って、そこまで怯えることでもねえっての。

「私がなんて言ったか、」
「悪口言ったのは分かるぞ」
「……悪口じゃない」
「べつにいいって」
 完璧に聞き取れたわけじゃない。だが“額面通り”と“裏を考えない”ってのは分かったぞ。
 そう言われても腹なんか立たないから、ユクティが気にすることはないんだ。
「言葉の裏が読めねえとか、相手の心を分かってねえとか。言われ慣れてるしな」
 反省すべきところなのは分かってるが、もう“俺はこういう性格だ!”って開き直っちまってる部分もある。

 だってよ、どんなに考えたってそいつの思ってることを全部理解できるわけじゃないだろ。
 むしろ下手に考えて分かったつもりになっちまう方が危険なんじゃねえのか。ちょっと前までの俺みたいに、偏見で凝り固まっちまうかもしれない。
 どうしてそんな思考に到ったのかだって、本当のところはそいつ自身にしか分からないんだ。
 シーモア老師が自分の人生をどう受け止めてたのかなんて、他人が想像して意味あんのかよ。
 反省してるとか後悔してるとか、逆に自分は正しいと思い込んでたって、そんなもん彼の自由だろう。
 俺は彼が気の毒だと思う。そして、それでも彼のやったことは許せない。ただそれだけだ。

 いろいろ考えねえのは事実だと言う俺に、ユクティは「悪口のつもりじゃない」と繰り返した。
「あなたは何でも、見たまま聞いたままを受け止めてくれる。確かに察しの悪いところはあるけれど、私はあなたの愚直さを愛してる」
 ……いや、だからな……。
「おめえは、もうちっと言い回しとか、勉強した方がいいと思うぞ」
「何か間違った?」
 間違ってるかどうかは俺の知ったこっちゃねえ。でもなあ。
「大袈裟すぎんだよ! か、感謝してるとか、嫌いじゃないとか、そんな程度でいいだろ?」
 いきなり愛してるなんつー強烈な言葉を出して来られたら心臓に悪いんだよ。

「あなたの鈍さに感謝はしてる。でも嫌いじゃない、だとニュアンスが違う。私は、あなたを」
「あーもういいって!」
 また言われそうになって慌てて遮ったら、ユクティは落ち込んでしまった。
「い、いや、だから、お前の気持ちをもういいって言ってるわけじゃねえよ!」
 んな愛してる愛してる連呼されたらド直球すぎて恥ずかしいだけだっての。

 にしても、シーモア老師の過去を知っていながら少しも同情してないのは気にかかる。
「シーモア老師のこと、まだ恨んでるのか?」
「私が彼に同情することはない。あの男は幸せになる努力を放棄して、足掻くことを諦めて、楽な方に逃げただけだ」
 そりゃそうかもしれねえけどよ。ちょっと冷たすぎないか。
 彼女がシーモア老師を憎むのは無理もない。ユクティに彼を許す気がない限り、俺も彼女を許してはいけないようで……、嫌なんだよな。

 だが、もう彼のことは正直どうでもいいと彼女は言った。
「アルベドは異界を信じないから、死んでしまったら……それで終わり。悲しくても受け入れるんだ。もう、復讐には拘らない」
「お前が泣かないのは無理してるだけかと思ってた」
「無理してなかったとは言わないけど、大丈夫。母さんたちが迷ってるとは思ってないから」
 あとは思い出を抱えて生きていくだけだと、そう言って切なく笑う。
 母親の死を無念に思いつつも、ちゃんと受け止めて乗り越えて、前を向こうって思えるなら。だったらなんで。

「じゃあ、なんでチャップの死は受け入れらんねえんだ」
 思わず声を荒げたらユクティは戸惑ったように俺を見上げてきた。
「だってエボンの民は、死者の想いを心に残すから、」
 アルベドとは違うんだなんて、よりによってお前がそれを言うのかよ。
 何も変わんねえよ。チャップだって、今はもう自分の死を受け入れてんだ。

「あいつは異界にいただろ。穏やかに……笑ってた。お前を恨んでるならジスカル老師みたいに迷い出てきたはずじゃねえか」
 大体だな……こんなこと言ったらあいつに悪いけどよ。
 異界でチャップがどう思ってるかより、生きてる俺がお前を許したいって気持ちの方が、大事なんじゃねえのかよ。

「あのな、この際だから念を押しとくが、もう俺に、憎んでもいいとか何してもいいとか言うな」
「で、でも」
「黙って聞けよ!」
 肩を掴んで引き寄せる。ガガゼトの時みたいにうっかり手を出しちまいたくなった。
 いいんだよな? 問題ねえよな。こいつは俺が好きだとか言うし、何してもいいってんなら、俺がユクティを好きになったって。
「チャップの死に責任を感じるなら、勝手に感じてろ。でも俺はお前を憎まねえ。それより、できれば……前みたいに戻りたいっつーか、前より……」
 前より親密になれたらいいと、思ってるんだが。

「ねえユクティ〜、前に見落としてた機械があったんだけどあれって、」
 張り詰めた空気をぶち壊す明るい声に、ガクッと力が抜けた。そこまでガガゼトと同じにならなくていいってんだよ。
「リュック……」
「あ、あれ? うそっ! あたし、またやっちゃった!?」
 いや、お前は悪くない。悪くないぞ。でもな、ちょっとどころじゃなく、すげえ邪魔だった……。

 あわてふためいて立ち去ろうとするリュックにユクティが声をかける。
「どんな機械?」
「や、後でいいってば!」
「兵器? それとも生活家電? どこにあった?」
「うーー、東の、居住区っぽいとこ……通信関係の機械だと思うケド」
「ちょうど欲しかったんだ。見てくる」
「でも完全に壊れてるやつだから〜、今すぐ行かなくても……!」
 追い縋るリュックを無視して、ユクティはいい笑顔で俺を振り向いた。
「ごめん、ワッカ。また後で」
「……おう」

 項垂れつつ「ゴメンナサイ」と涙目で謝るリュックに、もう笑うしかない。あんな楽しそうな顔されたら引き留められねえだろ。
「あいつ、機械好きだよな。アルベドなんだから当たり前だけどよ」
「うーん。あたしたちの中では、むしろ機械に否定的な方なんだよ?」
 一年前からは特に、教えが禁じるような機械はユクティも嫌っていたらしい。
 ただし生活を豊かにする機械や、ブリッツのトレーニングに使える機械は別なんだと。
「いろいろあったからね。誰かの役に立つことしなきゃー、誰かを助けるもの作らなきゃー、ってそればっかりでさ。そういうの見るとはりきっちゃうの」

 この一年間、ユクティがどんな想いで過ごしてきたのか、俺は知らない。
 リュックから見ると彼女の性格は別の意味で危なっかしく見えるのかもな。
「でもよ、そういう性格なら、それはそれでいいんじゃねえのか」
「え?」
「究極召喚がなくなった時、ユクティも嬉しそうだったしよ。“誰かのため”があいつの幸せってだけの話だろ」
「ワッカ……」
 役に立たなきゃ生きてちゃ駄目、なんてのは頂けないが、誰かの役に立って嬉しいなら彼女にとってもいいことだ。

「あいつが、俺になら何されてもいいって言うんならよ。ビサイドに来て嫁になれってのもありだよな」
「……えぇ!?」
 これが終わったらビサイドに来てオーラカに入るんだし、そっから先は時間の問題だよな。
 シドには反対されたけどよ。つーか、リュックも反対みたいだが。

「仲間が“エボンの民”と一緒になんのは嫌ってか?」
「そんなんじゃ……。ユクティがヒトを好きになるのはいいことだよ。……で、でも、結婚すんのはいいけど、ユクティがお嫁に行くのはイヤ!」
「おめえもそろそろ姉離れしろな、リュック」
「やだ〜! それならワッカがビサイド出て飛空艇に乗っちゃえばいいじゃん!」
「あいつをビサイドに連れてけば肝心な時に邪魔されることもねえんだろ〜なぁ」
「うぐっ、痛いところを……っ! ていうかワッカ、いきなり思いきり良すぎじゃない!?」
「べつにヤケクソになってるわけじゃねえぞ」

 ただ、戦いが終わったあとのことばっか考えちまうだけだ。
 シンなんかどうでもいいって言うとあれだけどよ。それはもう、旅の終着点じゃなくなってんだ。
 今までずっと、シンを倒したら何もかも終わりだと思ってた。
 スピラにはナギ節が訪れるかもしれないが、ユウナの命で買った平穏なんて甘受する気になれなかった。
 今は……“これから”のことを考えられる。未来が希望で埋め尽くされてる。
 シンもエボン=ジュも、さっさと倒してその先のことしか頭にないんだ。




|

back|menu|index