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2-05


 肌の焼けつくような感覚で目を覚ました。
 瞼を開くと強烈な光が射し込んで、誰かが顔を覗いてるのに逆光でよく分からない。
 手で光を遮ってみると、緑の瞳が煌めくのが見えた。
「……う……、ユクティ?」
 最初に思ったのは無事でよかったってことだった。地面が揺れ始めて足元にシンがいると分かった時、あいつはそばにいなかった。
 そこからズルズルと今の状況を思い出す。
 さっきまで俺はどこで何をしていたのか。シーモア老師を殺して寺院から追われてきたってことを。

 辺り一面に砂漠が広がっている。俺は日陰に寝かされていて、着込んでいたはずの防寒着は丸めて脇に置いてあった。
 眠ってたのか気を失ってたのかは分からないが、ユクティが介抱してくれたんだろう。
 礼を言うべきところなのにユクティの顔を見られなかった。
「ユウナはどうした?」
「近くには見当たりません。他のみんなも……」

 ユクティが何かを言いかけたが、それを止めた。遠くから猛烈な勢いで機械が近づいてくる。
「待て、敵だ!」
 俺の言葉でそっちを振り向いた彼女は、さっと機械に近寄ると部品を引き抜いてあっさりその動きを止めてしまった。
 なんでそんなに手慣れてるんだと呆気にとられて、こいつがアルベドだってことを思い出す。
「えっと、巡回警備用の機械です。認証スフィアを持ってたら襲われないんですけど、どこかで落としたみたいで」
「どうでもいい」
「そ、そうですよね……」
 言い訳なんかしてんじゃねえよ。べつに俺は、……まだ何も言ってねえだろ。

 それにしても、凍った湖の底にいたはずなのにどうして灼熱の砂漠にいるんだ。
 我が物顔で機械が彷徨いてるところからして寺院から遠く離れたところに来てしまったのは間違いない。
 ユウナや他の仲間ともはぐれちまったし、状況がさっぱり分からねえ。
「……いや、やっぱ説明してくれ。なんでアルベドの機械がうろついてんだ? ここは……マカラーニャの近くじゃねえよな」
 俺の態度はよっぽど感じ悪いはずなんだが、ユクティは気を悪くした風でもなく頷いた。

「ここはビーカネルという島に広がるサヌビア砂漠です。聞いたことありますか」
「知らねえな。どの辺だ?」
「ベベルの南西です。かなり大きな島ですけど、砂漠しかないので……誰も存在を気にかけてないようですね」
 そうらしいな。サヌビアはもちろんビーカネルなんて名前も初耳だ。
 砂漠しかないって、町もないのか? つまり人も住んでないってことだよな?
「最悪だな。どうやって脱出すりゃいいんだよ……」

 なにやら深刻な顔で考え込んでいたユクティだが、しばらくして決心したように東を指差した。
「東に行けば、アルベドのホームがあります」
 そうか。一応、町はあるんだな。あんな機械がウロウロしてんなら近くにアルベドがいるってのは分かる話かもしれない。
 しかし状況が良くなったわけではなかった。
「仲間がユウナを見つけたら連れ帰るはずです。だから……」
 あいつらはずっとユウナを狙ってたんだ。ここがアルベドの本拠地なら間違いなく攫われてるだろう。

「ユウナは無事なんだろうな」
「はい。危害をくわえるために攫ってるわけではないので」
「んなこと当たり前だろ」
「……そう、ですね」
 本人の意思を無視して強引に誘拐してるんだ、どんな事情があったって言い訳にはならない。
 攫われたユウナが無事でいるなんてのは当たり前のことで、もしあいつに何かあったら絶対に許さねえ。
 そう思ってなきゃいけねえってのに……、ユクティが落ち込むのを見ると苦い気持ちが沸き起こる。こんな顔をさせたくないと、思ってしまう。

 とにかく、他の仲間も心配だがユウナがそこにいるならアルベドの集落に行くのが先だ。まずあいつの安全を確保しなけりゃどうしようもない。
「……ホームに、案内します。ただ……大陸に戻っても、この島にアルベドが暮らしてるのは秘密にしてください」
「なんで。疚しいことでもあんのか?」
 アルベドがどこで暮らしてようと興味なんかない。なのに「秘密にしろ」と言われたら疑いたくもなる。

 一番大事なのは「旅を続けたい」というユウナ自身の意思だ。そう認めてガードになったくせに、ユクティはユウナを連れ出すのを渋っている。
 というより、俺をホームとやらに連れて行くのを嫌がっている。それが気に入らない。
「だああっ、もう! いいから理由を言え理由をよ!」
 俺を案内したくないのは要するに、俺が彼女の仲間になんかするかもしれないとか疑ってんだろーが。
 秘密にしろってのだって理由を聞けば納得するかもしれねえのによ。……言えないなら納得できるような理由じゃないんだろ、と思っちまう。
 向こうが俺を信じてないのにどうやって俺がユクティを信じるんだよ。

「誰にも言わないと約束してください」
「理由を聞かなきゃ約束できねえ。お前らが何か企んでたらどうすんだよ」
「何も企んでいません。私たちは、ただ生きているだけです」
「だったら言えるはずだろーが!」
「アルベドにはずっと故郷がなかったんです。この島しかないんです。もし寺院にバレたら、何をされるか……」
「人聞きの悪いこと言うな。いくらアルベド相手だからって、ただ生きてるだけで寺院が何もするわけねえよ」
「でもあなたたちは、アルベドがただ生きてるだけで罪を犯していると考えるでしょう」
「そんなことは……、だから……機械を使わなきゃいいだけの話だろ!」

 寺院は……俺たちはただ教えに反する行いをやめさせたいだけだ。
 アルベドが禁じられた機械なんか使わずにいれば何も争うことなんてなかっただろう。
 好きな場所で、好きなように暮らしていけばいい。寺院だってそこまで反対する権利はないんだ。
 だがユクティは、どうしても納得しない。
「私の父親は……、私が生まれる少し前に、今の族長と一緒に大陸でアルベドのホームを作ろうと試みました」
「……もしかして、追い出されたのか? でもそれは、」
「いいえ。寺院の近くにアルベドが住むことを拒絶した僧兵に、殺されました」
 寺院を信頼できないだけの理由があるのだと、そう言って。

 アルベドは流浪の民だと思っていた。けど彼らが一所に集まらないことに、意味があるとは思っていなかった。
 この誰も知らない島に集まって暮らしてると知ってもべつに何とも思わなかったんだ。
 当たり前だろう。……仮にアルベドが教えに反し続けていたとしても、それを理由に殺していいはずがない。
「エボンは私たちが集まり、寄り添って暮らすことを許しません。そこに機械があろうと、なかろうと」
 ただ過ちを犯したってだけで命を奪う理由にはならない。なってはいけないんだ。
 それじゃあ、償うことさえ許さないのと同じじゃねえか。

 口を開きかけたが、自分でもなんて声をかけようとしたのかは分からなかった。
 結局なにかを言う前にリュックの声がして有耶無耶になってしまった。
「ユクティ〜〜!!」
 後ろにはティーダたちも続いている。やっぱユウナはいねえか。アルベドのホームに行くしかないな。
 もしユクティが俺を連れて行きたくないなら、……なんかもう、どうでもよくなっちまった。
 もしかしたらまだ攫われてないかもしれないんだ。俺は俺で別行動したっていいだろう。
 あんなことを聞かされたら無理やりアルベドのホームに案内させるわけにもいかなかった。
 ……自分が信頼されない真っ当な理由を聞かされるのは、キツいもんだな。

 元気いっぱいで走ってきたリュックはすぐさまユクティに駆け寄った。
「ユクティ大丈夫? 何も言われてない? 変なことされてない?」
「大丈夫、それに失礼ですよ。私はワッカになら何をされてもいいと思ってるから」
 ……あぁ!? な、なんだよその言い方!
「けどさ、ってええっ! 待ってそれどういう意味!?」
「ばっ……だから、人聞きの悪いこと言うな! 俺が何するってんだよ!?」
 今にして思えば、こいつが時々やけに極端な言葉を使うのはエボンの言葉に慣れてないからだったんだな。

 俺とリュックに詰め寄られてキョトンとしていたユクティは、自分の言葉選びがまずかったことに気づいたのか言い直した。
「ワッカには私に対して復讐する権利があるという意味です」
 ……そういう問題でもねえよ。
「もういい、お前ちょっと、黙ってろ……」
 思わず凄んじまったらユクティは助けを求めるような顔をリュックに向けた。
 俺がユクティを憎むとか許さねえとか、復讐する権利があるとか、なんでそんなことまで勝手に決められなきゃいけねえんだよ。
 そりゃ今は、まともに顔合わせることもできそうにないが……端から和解する気なんかないってことかよ。

 俺とユクティの妙な空気に戸惑っていたリュックだが、意を決したような顔で俺を見つめる。
「あ、あのさワッカ。みんなにはさっき言ってたんだけど、この島のこと……」
 アルベドのホームがあるってんだろ。
 また同じやり取りをしそうになり、気まずそうな顔でユクティが割って入る。
「ごめんリュック、もうワッカに言いました」
「えぇ!?」
 驚きつつもリュックは期待に満ちた目を向けてくる。
「んで、秘密にしてくれるって?」

 ユウナがアルベドのホームにいるはずだと聞かされた時、考えたのは「じゃあ迎えに行かねえとな」ということだけだった。
 それ以上の何を考えるってんだ? アルベドがどこに住んでようと俺には関係ないだろ。
 寺院に言うとか言わないとかそんなこと、秘密にしてくれと頼まれるまで考えもしなかった。
 だがユクティは条件を出したんだ。“ユウナのところに案内してほしければホームのことは誰にも言わないでくれ”と。
 結局のところユクティだって俺を信頼してねえってことだろ。かつて寺院がやったような無茶を俺もやりかねないと思ってるわけだ。
 ……でもそれも当たり前だよな。なのに、なんでこんな腹立ててんだ、俺は。

 俺が黙っていたせいでリュックは不安そうな顔になり、ティーダが突っかかってくる。
「なあ、今はさ、アルベドがどうとかいうよりユウナを探す方が優先だろ? 黙ってるって、約束してやれよ!」
 べつに俺は……最初っから、アルベドの住処を寺院にバラすつもりなんてないってんだよ。
 そんなことは本当にどうでもよかったんだ。
「わーったよ。案内、頼むわ」
 視界の端でユクティがこっちを向くのが分かったが、振り返ることはできなかった。

 ホームに連れて行きたくないのは寺院に虐げられてきたせいだ。
 自分がアルベドだって言えずに隠してたのは俺を信頼してないからだ。
 憎む権利があるなんて言えるのは、俺に許されたいと思ってないからだ。
 そういうことの一つ一つが……無性に腹が立って仕方なかった。




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