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2-04


 半年前に通った時もマカラーニャの景色は好きになれなかった。
 森の辺りはまだいいが雪原に出ちまうと寒いわ歩きにくいわでろくなもんじゃねえ。気分は最悪だった。
 ビサイドの熱い浜辺に帰りたい。そのまま海に入って、どこまでも泳いで遠くに行ってしまいたい。
 雪なんか嫌いだ。凍りつくほど冷たいくせに頭が冷えるわけでもない。
 周り全部を染める真っ白な雪が何もかも拒絶してるように見えてくる。歩いてるだけで苦痛だった。

 先に行ったやつらはもう見えなくなっている。後ろからついてくるやつの姿も俺が振り向きさえしなければ見なくて済む。
「ワッカ、我慢してバイクに乗ってもらえませんか。みんなに追いつけないです」
 防寒着の袖を掴まれた気もするが、振り払って無視した。
「乗りたきゃ勝手に乗れよ。俺に遠慮しなくていいぞ? アルベドならアルベドらしく、機械を使えばいいだろ」
 むしろなんでこいつは俺の後ろを歩いてるんだ? そっちの方が謎だろ。
 隠し持ってた本性晒したんだ、もう嘘なんか吐く必要もなくなったじゃねえか。

 話にならないって部分では、リュックの言ったことは正しいよな。
 俺はアルベドの話を聞きたいと思わねえ。やつらの言い分なんぞ理解したくもない。
 それは向こうだって同じだ。エボンのことなんか何にも知らねえで、端から間違ってると決めつけて教えを無視してんだからな。
 話になんか、なるわけがないんだ。
 見下して嫌って拒絶して、関わらない。今までずっとそうしてきた。これからもそうするのが筋だろう。

「ミヤオフヒシ、ミフキアハミア……」
 意味の分からない言葉が聞こえてきて苛立ちながらつい振り向いてしまう。
「なに言ってっか、分かんねえよ」
 困ったような顔をしてユクティが立ち止まる。かなり重量のありそうな機械をまだ引っ張って歩いてるのに驚いた。
 説得すれば俺が乗るとでも思ってんのか。触りたくもないってのによ。

 アルベド語を聞くのは嫌いだ。これに関しては一年前のことがきっかけじゃねえ。
 俺がオーラカに入って初めてルカで試合に参加した時、当時のサイクスは決して他のチームと会話しようとしなかった。
 先代のキャプテンが挨拶をしても答えず、チームのやつらとアルベド語で何かを言って笑い合っていた。
 通りすぎていく客を見て、他のチームのメンバーを見て、スタジアムのスタッフを見て、意味の分からないことを言っては笑っていた。
 もしかしたらただ雑談してただけかもしれない。だが俺はあの時からずっとアルベド語が大嫌いだ。
 こっちが理解できないのを分かっててわざとそれを使うなら、つまるところ言葉を交わす気なんかないってことだ。

 やつらと違い、ユクティは自分が何を言ったのか伝えるつもりらしい。何を言われても反論しようと俺も口を開く。
「あなたを愛しています。たぶん、ミヘン街道で初めて会った時から」
 だが、確かにエボンの言葉なのにユクティが何を言ったのか一瞬理解できなかった。

 教えを罵倒してんのか俺を責めてるのか、あるいはリュックのフォローでもしてんのかと思ったら……。
「は……、お、お前、馬鹿か? この状況でそんなこと言われたって、俺は……」
「分かってます。ラミゾシ、伝えておきたかっただけなので」
 そんなことは重要じゃないとでも言いたげにそのまま流されて頭が混乱した。

「私はエボンの教えのことを何も知りません。でもユウナと旅をして、教えも部分的には正しいのかもしれないと思うようになりました」
 いきなり教えを肯定するようなことを言われて戸惑う。
 確かにさっきも……、途中でよく分からなくなったが、リュックと口論してたってことはアルベドの主張に反発してるみたいだった。

 だが、ユクティもアルベドだ。機械を使うことを否定してるわけじゃない。
「だけどすべてが正しくはない。アルベドでも、機械を使っても必ず死ぬわけじゃないです。教えに反しながら生きている者はたくさんいます」
「だったら何だよ。そりゃラッキーだったな、とでも言えばいいのか?」
「線引きの場所が間違っているのでは、ということです。部分的に正しくても教えのすべてが絶対的なものではない」

 何を以て間違ってるなんて言えるんだ。
「禁じられた機械を使うのが罪じゃないなら、なんでチャップは死んだんだ?」
 機械を使えばシンに殺される。その現実がすべてだろう。これ以上のどんな証拠が必要なんだ。
「なあ、お前そばで見てたんだろ? あいつはなんでシンに殺されたんだよ?」
 あと何人が殺されれば認めるんだ。アルベドが機械を使い続けるのは、人の過ちを認めたくないだけじゃねえか。

 この辺りの雪みたいに冷えきった顔をして、ユクティは呟いた。
「チャップは、本当は死ぬはずじゃなかった」
 お前に何が分かると言いかけて口を噤む。
 ユクティはチャップが死んだ時に何が起きたのか知ってるはずだ。あいつがどうして死んだのか、知ってるんだ。
「……一年前の作戦では、討伐隊のヒトに兵器の操作を教えるためにアルベドが指導につきました。チャップに機械の操作を教えたのは私です」
 俯いたまま、息を絞り出すようにユクティが語る。
「で? あいつが死んだのは、お前のせいじゃない、お前は悪くないとでも言わせたいってか? そりゃ無理な話だよなぁ?」
「いいから、聞いてください」

 聞きたくない。
 ほんのちょっと前までユクティの考えてることを知りたいと思ってたはずだった。
 なのに、こいつがアルベドだと分かった途端その声を聞くのさえ苦痛に思える。
 今さら本当のことなんか知りたくない。知っても無駄だ。
 ユクティが何を言おうとしてるかなんて分かりようがないのに、嫌な予感が足元から這い上がってきた。

「当時の私はエボンの言葉も知らず……その、あなた方を、毛嫌いしていたので、あまり熱心に教えませんでした。チャップは兵器を使いこなせなくて……前線ではなく、司令部に配属されました」
 前線に出てなかったのにどうしてチャップは死んだんだ。司令部を守ってたなら生きてたはずだろ。
「戦闘準備の最中、彼は片言のアルベド語で、私と持ち場を交代したいと言いました。後詰めで待機するはずが、私に代わって前線に出て……」
 ミヘン・セッションの時と同じように。前線で機械を使ったルッツが死に、ガッタが生き残ったみたいに。
「アルベドも機械も関係ないです。チャップは、私のせいで、死んだ」

 ユクティが顔を上げると、嫌になるほど綺麗な瞳が見えた。ビサイドの海を思わせる緑色が、似てもないのにチャップの面影を偲ばせる。
「……それを……俺に聞かせて、どうしてえんだよ。仇でも討たせてくれるってか?」
「はい」
 迷わず頷いた彼女に愕然とする。こいつは何を言ってんだ?
「私が生きているのは彼のお陰です。あの時、本当は死ぬはずだったのに、チャップの犠牲によって助かり、彼の代わりに生きているだけなんです」
 違う。誰にも、誰かの代わりなんてできないんだろ。チャップが死んだのは、あいつが死んだのは……。

 教えに従わなかったからだ。罪と知りながら殺戮のために機械を使ったからだ。
 償いを捨てて同じ過ちを繰り返すやつがいるから。アルベドみたいなやつらがいるから、シンはいつまでも消えない。
 だからユウナが旅をしなきゃならない。だからチャップは……死んでしまった。
「エボンの教えの通りに私が死んでいたら、あなたの弟は死ななかった」
 遠ざかろうとするユクティに、無意識に手を伸ばしていた。
「ユクティ……ッ!」

 必死に腕を手繰り寄せて、そのまま雪道に倒れ込む。今の今までユクティが立っていたすぐ後ろの雪庇が崩れ、谷底へと落ちていった。
「どうして……」
「知るかよ!」
 思わず彼女を突き飛ばしていた。離れた途端に体温を見失い、本当にユクティが死んでいないのか自信がなくなる。
 助けるつもりなんてなかった。手を伸ばした瞬間、突き落としてやりたい気持ちも確かにあった。でも……そんなことできるわけない。

「私は合流しないかもしれないと伝えてあります。ここで死んでも誰にもバレませんよ」
 ふざけんなよ。お前はユウナのガードだろ。あいつのため以外に、簡単に命を捨てんじゃねえ。
「あなたはただ目を閉じて振り向かずに歩き出すだけでいい」
 怒りでどうにかなりそうだった。気づけば俺はユクティの胸ぐらを掴んでいて、ぶん殴りたい衝動を抑えるために彼女を抱き締めた。
「お前が死んで今さら何になるんだ。チャップは帰ってこねえんだよ。どうしたって、あいつはもう生き返らねえんだよ!!」

 どれくらいそうしていただろうか。二人して雪の上に座り込んでたせいで体が冷えきっていた。
「……私、ついて行かない方がいいですか?」
「知らねえよ。ユウナに聞け」
 俺には関係ない、今までそうしてきたように勝手にすりゃいい。もう何もかもどうだっていい気分だ。
 ただ、マカラーニャの森で聞いたリュックの言葉が頭の中で回っていた。

『ユクティはヒトに厳しいけど、自分にはもっと厳しいんだよ。何か失敗したら罪悪感でいっぱいんなって、一人でずっとへこんじゃったり……』
 失敗くらい誰だってするだろ。俺だって……取り返しのつかねえ過ちを犯してきたんだ。
『役に立たなきゃ生きてちゃ駄目なんじゃないか、なんてバカなこと考えるくらい、この一年ずっと落ち込んでて』
 過ちを犯した人間が生きていられないなら、もうシンなんて永遠に消えないってことじゃねえか。
 生きるのは償うためだ。許されるためだろう。勝手に死のうとすんのは、償いを止めるのと同じだ。

 徐に立ち上がったユクティは、腹を括った顔で俺の腕を掴んだ。
「ワッカ。すみません」
「謝って済むと……どわっ!?」
 投げ飛ばされるかと思ったが、さすがに無理だったらしく機械の後部に押しつけられる。
 自棄になってたせいでつい大人しく乗ってしまった。

「もう寺院に向かわないと。ユウナのために我慢してください。……彼女はリュックのことを知っていました。アルベドを憎むことは、ユウナをも傷つけます」
 意味が分かんねえ。ユウナは関係ねえだろ。……そりゃあいつは、ユクティやリュックがアルベドでも気にしないだろうけどよ。
「憎むのは私だけにしてください。私は何をされても抵抗しませんから、首を絞めたくなったらいつでもどうぞ」
「……自棄になりてえのは俺の方だってんだよ」
 機械が走り出すと周りの景色が凄まじい勢いで後ろに飛び去った。
 風を食らって目が痛い。なんとなく、アルベドが常にゴーグルをしてる理由が分かった気がする。

 目の前で機械を運転しているユクティを見ながら、こいつは寒くないのかとくだらないことを考える。
「俺を避けてたのはアルベドだってバレないようにか」
「……打ち明けて、嫌われたくなかったからです」
 そういやさっき意味の分からないことを言われたのを思い出した。あれ、流してよかったのか?
「報われるわけねえのに、まだ俺が好きだってのかよ」
「私がワッカを嫌う理由はありません」
「お前、馬鹿だろ。あんだけのこと言われりゃ普通……、嫌になるだろーが」
 俺がアルベドを嫌ってるように、こいつもそうしてくれれば楽になれたんだ。
 なのに何をまかり間違ってあんな言葉が出てきたのか、本気で分かんねえ。

「私を傷つけたのは、自分がしたこととしなかったことの結果だけです」
「……」
 なんかもう、いろいろ考えんのが面倒くさかった。とりあえずあらゆる意味でユクティに腹を立てている。
 今まで黙ってたことも、チャップのことも、俺がこいつをどう思うかを勝手に決めてることも、何もかもだ。
 いずれ考えなくちゃいけない。だが今は、こんな疾走する機械の上で突風に煽られてる今は、まともに考えられるわけがなかった。




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