2-03
妙なことに巻き込まれたのは確かだが、それは別としてグアドサラムに立ち寄る機会に恵まれたのは感謝している。
ズーク先生の時には素通りして雷平原に行っちまったからな。
どっちにしろ、あの時は俺自身もまだ異界に行けるような心境じゃなかったんだが……。
この先もう戻ってくることはないかもしれないと思えば、今のうちに機会があってよかったんじゃないか。
ユウナがブラスカ様に会ってる間に、俺もチャップに顔を見せておこうと思った。だが、ちっとばかり妙なことが起きた。
俺が崖に立つ前に幻光虫が集まり、懐かしい姿形を作り上げる。
「チャップ……?」
始めは俺が呼び出したのかとも思った。しかし今のは明らかに、目の前で呆然としているユクティに反応して出てきたんだ。
「ユクティ、チャップのこと知ってたのか?」
俺を振り向いたユクティは一瞬愕然としたあと、痛ましい表情で目を伏せた。
「……彼が……チャップだったんですか……」
一瞬で頭ん中を記憶が駆け巡った。しかしやっぱり今までにユクティと会った覚えはない。彼女がビサイドに来たことはないはずだ。
チャップも俺に負けず劣らず島からほとんど出てなかったんだが、ルカに行った時にでも知り合ったのか?
俺もチャップの交友関係を全部把握してたわけじゃねえしなぁ。
「ごめん、なさい」
「べつに謝るこたねえだろ。でも、どこで知り合ったんだ?」
ビサイド以外でチャップを知ってるやつに出会えたのは嬉しいことだ。なのにユクティはなぜだか、深刻な顔して俯いている。
「私は、一年前のジョゼ防衛作戦に参加していました」
「ああ……、そうだったのか。じゃあお前も討伐隊でチャップと?」
「……」
無頓着に聞いてから、黙り込んでしまったユクティを見て我に返る。
一年前の作戦に参加してたってことは、ミヘン・セッションで起こった惨劇……あれと同じ光景を目にしたってことじゃねえか。
しかもその時ユクティは一緒に戦ってた仲間を目の前で亡くしてるんだ。
「悪かった」
俺が頭を下げると、ユクティはますます消沈してしまった。
「生き残って討伐隊を抜けたってことは、嫌なもん見たんだろ。……思い出したくないよな」
「いいえ……」
そこでチャップと知り合ったのかなんて迂闊に聞くべきじゃなかったんだ。
他人の気持ち、特に女の気持ちが全然分かってないとチャップやルーにもよく言われたっけな。
自覚してるつもりでもそうそう治るもんじゃねえ。まったく、嫌になる。
本当はチャップの話を聞きたかったが、ユクティの辛い記憶をこれ以上つつき回すわけにもいかない。
最初の予定通り崖っぷちに立って、チャップの幻と向き合うことにした。
「すぐ会いに来るつもりだったけどよ。半年前は……まだ気持ちの整理がつかなくてな。すまん」
異界に現れる死者は皆そうだとは言うが、穏やかな顔をしてるのを見ると悲しいながらもどっかでホッとする。
「お前になんとなく似てるやつが現れてな。そいつと一緒に旅してるうちに……思った。お前もどっかで生きてるんじゃないかってよ」
もしかしたら異界に来てもチャップは現れないんじゃないか、なんてな。
ズーク先生の時も無意識にそう願っていた。グアドサラムを素通りして安堵した部分もあったんだ。
「……でも、やっぱりお前は異界の住人なんだよな。はっきり分かったよ」
それを確かめるのが嫌だった。都合のいい妄想に浸っていたかったんだろう。
でもまあ、実際会っちまうと案外すんなり諦めもつくんだな。
「そっちは、どんなところなんだろうなぁ」
不意に隣で小さな声が聞こえた。ユクティがなんか言ったようだ。
「んっ? 今なんつった?」
「……」
「おい、ユクティ……? どうしたよ」
気づけばユクティは落ち込むどころか真っ青な顔で地面を睨みつけている。
具合でも悪くなったのかと慌てて覗き込んだら、やっと顔を上げた彼女は皮肉げな笑みを浮かべていた。
「あなたといると自分がひどく薄汚れた人間に思えます」
「……へ!? な、なんだそりゃ、どうしてまた?」
一体なにがあってそんな強烈な言葉が出てきたのかさっぱり分かんねえ。
「思える、じゃないですね。実際……とても醜い」
「ユクティ!」
困惑する俺を振り向きもせず、ユクティは逃げるように異界の外へ走って行った。
ユクティが走り去って俺も混乱しているせいか、チャップの幻は消えていた。
「何なんだよ……」
思わず愚痴っぽく呟いてしまったが受け止めてくれる相手はいない。
俺が辛いことを思い出させちまったせいか? だとしても、なんでユクティが自己嫌悪するんだ。自分の気遣いの無さに俺が落ち込むんなら分かるけどよ。
あんな顔……、させるつもりなんてなかったんだ。せめて謝らせてくれたっていいだろーが。
ユウナがブラスカ様と話を終え、異界から出たところでユクティと目が合ったが、すぐに逸らされる。
俺は何をやっちまったのかと聞きたかったのに騒ぎが起きてそれどころじゃなくなった。
……ジスカル老師ほどの御方を迷わせる想いってのは何なんだろうな。
グアド族は異界に親しみ、死を肯定的に受け止める種族だ。すぐそこに異界を抱えた集落で一生を過ごしたのに、迷い出てくるなんてよっぽどのことだ。
異界を訪ねるのは自分の気持ちに整理をつけるためだけじゃない。そこに現れる死者に顔を見せてやるためでもある。
俺はしっかり生きてる、だから安心して眠れと言ってやるために、異界では涙を見せないのが暗黙のルールだ。
だとしたら死者が眠れないのは生者の想いが引き留めてるせいなんだろうか。
迷ってるのは死者じゃなくて俺たちの方なのかもしれない。
ユクティは、なんでチャップの魂を呼んだんだろうな……。
葛藤を抱えたままマカラーニャを目指して雷平原を進む。
いろいろ気になることはあったが、とりあえずユクティが集中砲火を食らってるのが気掛かりすぎて全部吹っ飛んだ。
まるで引き寄せられるみたいにほとんどの雷はユクティに向かって落ちてくる。
最初は律儀に避けてた彼女も、次第に面倒くさくなってきたのか剣で適当に振り払い始めた。
「大丈夫かよ。ユクティ、なんかやたら狙われてんな」
「なぜでしょうね」
心配しただけだってのに、白々しくとぼけて彼女は俺から距離をとる。思わず肩を落としてしまった。
なにも逃げることないだろうよ。しかもそんなにあからさまに。
たぶん原因は俺の方にあるんだとは思うが、理由も何も言わずに避けられるのはさすがに納得いかねえ。
逃げられて俺が落ち込むとユクティは気まずそうにしている。だから、怒ってるとか嫌がってるとかではないと思う……思いたい。
それでも絶対に近寄らせてくれない。目も合わせようとしない。
まだ先は長い旅だ。このままだと気まずいなんてもんじゃねえ。
リュックの懇願でまた旅行公司に泊まることになった。
アルベドの店だとか、もう今はそんなことどうでもよかった。それよりユクティだ。
雷に怯えるリュックをからかってるティーダたちをよそに、自分もさっさと部屋に引っ込もうとしたユクティを捕まえて、廊下の端に追いつめる。
「なあ、俺なんかしたか?」
こんな尋問みてえなやり方はしたくないが、普通に聞いても逃げられるんだから仕方ねえよな。
「何もしていません。私が勝手に卑屈になっているだけです」
「つってもよぉ……異界で、チャップに会ってから変だぞ。理由くらい話してくれよ」
もしかしたらチャップが死ぬ前に喧嘩でもして気まずいのか。でなけりゃあいつに惚れてでもいたのか。
単に一年前の作戦について忘れちまいたいから、俺の顔見てチャップのことを思い出すのが嫌なのか。
いろんな可能性を考えてみたが、結局は本人に教えてもらわなけりゃユクティの気持ちなんて知りようがねえ。
べつに何かしら理由があって俺を避けてるなら……それはそれで、仕方ないだろう。嫌だと言うなら俺も無理に追い回したりしない。
でもな、その理由すら教えてもらえねえのはちっと酷くないか?
じっと返事を待っていたが、ユクティは俺から目を逸らして廊下の奥に視線を向けた。
「ユウナ、大丈夫でしょうか」
思わずでっかいため息を吐いてしまう。その話はしたくないってか。
確かにジスカル様を送って以来ユウナがなんか悩んでるようなのも気になるけどよ。
「そのうち自分で言い出すって。俺たちガードは、それまで待ってやろうぜ」
あいつにもタイミングってもんがあるだろう、と思ってから、墓穴を掘ったことに気づく。
「じゃあ私のことも、言えるまで待ってくれますか」
「そ……それは……」
ユウナは何かを悩んで、迷っている。それはたぶん俺たちガードに話すべきことだ。
しかし言わないのは、ユウナ自身がまだ自分の気持ちを決めかねてるってことだ。
話すべき時が来たら、ちゃんと自分から言ってくれるだろう。
……ユウナを待ってやるなら、ユクティのことも同じように待たなきゃフェアじゃねえよな。
「わーったよ。お前が言いたくないってんなら、待つ」
俺がそう言うとユクティは心からホッとしたような顔をした。
「頑張って、近いうちに言いますから」
時間はかかっても話してくれる気があるんだから、嫌われたってわけじゃ、ないよな。
せめてそれだけでも確かめたいんだが……。
もし「俺が嫌になったから避けてんのか」と聞いて「そうだ」って言われたら、しばらく立ち直れねえ気がする。
しばらくというか、嫌われたまま一緒にザナルカンドを目指すのはめちゃくちゃ苦痛だ。
そんなはずないと信じたいが、ユクティに嫌われる理由なんか絶対にない、とは言い切れなかった。
考えてみたら、ユクティが俺をどう思ってんのかなんて想像したこともないんだよな。
ミヘン街道の旅行公司で話した時も、ジョゼ寺院でも、異界でも、ユクティに話を聞いてもらうと俺は心が楽になる。
肩肘張らずに素直な本音を打ち明けられるんだ。
でも、あいつが何を考えてるかってのは、あまり聞いたことがなかった。
……仲間内でも結構あいつと話してる方だと思ってたが、俺は、ユクティのことを何も知らないんだ。
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