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2-01


 チョコボをレンタルできる人数でもなし、ミヘン街道を歩いて越えようと思ったら必ず途中で野宿を挟むことになる。
 この辺で宿をとって休んでおくべきだとは分かっていた。屋根と寝台がこれから先では貴重なんだ。
 正直なところまだ試合で負った傷が響いてて、体がキツいのも事実だった。
 だが、心身ともに休めるかっていうと話は別だ。
 アルベドの店に泊まるくらいなら野宿の方がマシだった気もする。

 わけの分かんねえ機械が置いてある派手な部屋では寛ぐ気にもなれず、適当に店の外をぶらついていた。
 ユウナとティーダが海を眺めながら何やら話し込んでいる。やっぱあの二人、急速に親しくなっちまったみたいだ。
 ティーダが本当にガードになったのは計算外だった。もちろんそれ自体は嬉しくないわけじゃないが、今後を考えると不安も大きい。
 このままいったら……ユウナもあいつも傷つくはめになるだろう。
 散々忠告したが、しかしまあ、結局なるようになるしかねえんだよな。
 どういう結末になろうとユウナには自分の好きなようにする権利がある。

 もう日は落ちて討伐隊の連中も引き上げた後、人通りはなくなっている。
 と思ったら無防備にミヘン街道を歩いているやつがいて、案の定道の外れから飛び出してきた魔物がそいつに襲いかかる。
 一撃は寸前で避けたようだが、そのまま尻餅をついてしまった。
 駆け寄る暇もなくブリッツボールを投げた。
 吹っ飛ばされて幻光虫に還った魔物を呆然と見つめていたのは……、ルカを出たところで会ったやつだ。
 ユウナを助けてくれたっていう、確か名前はユクティだっけか。

 俺が近寄ってボールを拾い上げると、彼女は相変わらず呆けたままの顔をこっちに向ける。
「ワッカ……」
「大丈夫か?」
 よっぽど怖かったのか、ユクティは腰を抜かして立てないようだった。
 仕方ないので手を差し伸べると、戸惑ったように立ち上がる。
「あ、ありがとうございます」
「おう」
 見たところ武器も持ってねえらしい。自殺願望でもあるのかと疑いそうになった。

「んで、何やってんだ。日暮れに武器もなしでミヘン街道を歩くなんて無謀すぎんぞ?」
 ろくに荷物も持たず、身一つで野宿するつもりだったわけでもないだろう。
 アルベドの店に泊まるのが平気なやつなのかもしれないが、それにしたってこんな時間まで街道を彷徨いてるもんじゃねえ。
 ユクティは沈んでいく太陽に目を向けながら困惑したように呟いた。
「数時間前まで、魔物も少なかったんですが」
「そりゃそうだろ」
 戦闘経験のない一般人がここを抜けるなら、日暮れ前に町まで行くか、予め討伐隊に連絡しといて護衛してもらうかしなきゃいけない。
 ……まさか知らなかったってのかよ?

 あまりの世間知らずっぷりに俺が驚いてたら、そんなこと気にも留めずにユクティはアルベドの店を見上げている。
「公司に泊まるんですか?」
「あー……アーロンさんが言うから仕方なく、な」
「そうなんですね」
 ユウナが休めるようでよかったとユクティは呟く。もしかしたらユウナを追いかけてきたのか?
「召喚士の旅、片時も休まずに歩き続ける過酷なものだと思っていました」
「いくらなんでもそんなわけねえだろ」
 そりゃ急ぎの旅ではあるが、ビサイドからザナルカンドまで休まずに歩き続けられる人間がどこにいるよ。
 ガードの心情的に急ぎたくないってのも、あるしな……。

 急に何か思い至ったらしく、彼女は首を傾げた。
「あれ? でもワッカ、オーラカのキャプテンですよね。ガードと両立できますか?」
 俺のこと知ってたのか。ってそりゃそうだよな。ユクティはルカでユウナを助けてくれたんだからブリッツを見に来てたに決まってる。
 ん? でもユウナを助けたってことは、あの試合は見てなかったんだよな?
 ……ゴワーズのファンだから他のチームは興味ないってか。よくあることだ。べつにいちいち気にしねえ。
「ま、確かに両立できねえよ。だからあの試合でブリッツは引退した。こっからはガード一筋だ」
 俺がそう言ったら、なぜかユクティは目を見開いて驚いた。

 近くでよく見たら、彼女の緑眼には渦巻き模様が入っているのが分かる。
 変わった瞳だな。なんつーか、ビサイドの海を思い出す色だ。
「……それは、あの……ごめんなさい……」
 ぼーっと見てたんで一瞬なにを謝られてるのか分からなかった。よく考えてもやっぱり分からない。
「なんでお前が謝んだよ?」
 俺がブリッツを引退したからって、ユクティが謝ることじゃないだろうが。

 妙な空気になって困ってたところへユウナが戻って来る。
「ユクティ、また会ったね。どうしたの?」
「えーと……幻光河に知り合いがいます。一緒に、家に帰ろうと思います」
 ああ、なんだ。ちゃんと連れがいたんだな。しかし幻光河までは一人ってことか。そいつはちっと心配だ。
「そうなんだ……じゃあ、そこまで一緒に行けないかな?」
「いいんじゃねえか。武器も持ってないし、やけに世間知らずみたいだし、危なっかしいからなぁ」
 ここで別れたら「あいつ無事に帰れたのか? 魔物にやられてんじゃないか?」って心配になるだろう。

 宿に戻って夕食ついでに改めてお互い自己紹介を済ませ、彼女は幻光河までの道連れになった。
 ガードでもない人間がついて来るのにルーやアーロンさんはいい顔をしなかったが、特に反対もしなかった。
 どうせ行き先は同じなんだ。一人くらい道連れが増えたって構わねえよな。

 夜が更け、眠れなくて部屋を出たところで廊下をウロウロしているユクティを見つけた。
「何やってんだ」
「!! わ、ワッカ……! 私は不審者ではないです」
 大慌てで弁明するもんだから笑ってしまった。
「そりゃ知ってるよ。ルーに用でもあんのか?」
 夜に訪ねるのが気まずいなら俺が呼んでやると言ったが、ユクティはなぜだか必死に止めてきた。
 部屋の前で迷ってたみたいに見えたんだけどな。

 どうやらユクティも眠れないらしく、待合室に向かう俺のあとについてきた。
 もしかしたら話し相手が欲しかったのかもしれない。
「あの、ユウナのお父さんは、大召喚士ブラスカ……様、なんですよね」
「ああそうだ。って、今さらだな」
 ユウナが従召喚士になった時、ビサイドからスピラにあるすべての寺院に報せがいった。世界中があいつの顔と名前を知っている。
 あの大召喚士ブラスカ様の娘だ。誰もがナギ節を期待してユウナを見る。
 改まってユウナの父親が誰かを確認してくるやつなんてユクティしかいないだろうな。……よっぽど世間知らずなのかね。

「父親がナギ節のために死んでしまったのに、どうして娘が召喚士になるんですか。ブラスカ様が死んだ時、ユウナはきっと、悲しんだでしょう」
「……ブラスカ様の娘だからこそ、じゃねえかな」
 意味が分からない、とでも言いたげにユクティは首を傾げた。
「ブラスカ様だって、召喚士になるって決めた時、ユウナを置いて行きたくなかっただろうよ。それでもシンのいない世界をユウナに見せてやるために、覚悟を決めたんだ」
「そんなの変です。ブラスカ様の時と同じ、ユウナのナギ節を喜ぶのは、彼女を大切に思わないヒトだけです」
「そうかもな。でもよ、ブラスカ様から受け継いだ、大事なものを守りたいって気持ちは……誰にも奪えねえだろ」

 声を潜めつつユクティは怒っているようだった。
 こいつはユウナのナギ節を望まないんだ。そう知っただけで嬉しくなる。……いいやつだな。
「あなたはどうしてユウナを止めないんですか? 彼女のナギ節を望むんですか?」
 ユクティは怯えるような顔をしていた。そんなことを聞かれて俺が怒ると思ったんだろうか。
「止めたに決まってんだろ。でも……あいつは聞かなかった。俺たちがいくら叱ろうが宥めようが懇願しようが、自分の意思を曲げなかったんだ」
 本音を言えば旅なんかやめさせてしまいたい。だが、そうはできないんだ。

「最初は絶対に行かせねえって思ってた。けどよ、もし逆の立場だったら、たぶん俺も同じ道を選んでたんだよなぁ」
「ナギ節のために、犠牲になる道をですか?」
「俺もユウナに死んでほしくねえよ。あいつを守るためなら自分が死んだっていい。……その想いは、同じだろ」
 ユウナが何を考えて召喚士を目指したのか、あいつの気持ちが分かっちまうから、止められない。
 だからこそ、ユウナのナギ節を望まないユクティを好ましく思う。

 どうしても納得がいかないらしい彼女は俺に、究極召喚以外の方法を探さないのかと聞いた。
 なんとなく窓の外に目を向ける。誰もいない静かな夜ってのには、一年経ってもまだ慣れない。
 今夜はユクティが話し相手になってくれて助かった。
「俺の弟な、シンに殺されたんだ。ユウナが召喚士になるって言い出したのはそのすぐ後だった」
「それは……」
「ユウナを死なせない方法か? そんなもん探したくても、俺たちには時間がねえんだよ」
 もたもたしてる間に守りたいものを失っちまうかもしれない。そんなのは、もう御免なんだ。

「ユクティはユウナに旅させたくねえのか」
 気まずそうにしつつもユクティは頷いた。
「優しいな。普通は召喚士が旅をやめたいなんて言ったら批難されんのによ」
「覚悟だけ背負わせて、逃げることを許さないなんて酷いです」
 覚悟なんてさせたくない。逃げちまえばいいと、いつも思ってんのになぁ。

 チャップのことを思い出したせいか、聞かれてもないのについ余計なことまで話してしまう。ユクティは静かに聞いていた。
「俺とルールーは、前にも召喚士のガードをやったんだ。その人はナギ平原で旅をやめてな。……あん時は正直、ホッとした。ユウナもそうしてくれないかって、期待してるんだけどなぁ」
 でもユウナはズーク先生とは違う。頑固だし、一度言い出したら聞きやしねえ。
「死にたくないって、思ってほしいですね。生きてほしい。……ユウナも、他のどんな召喚士だって、彼らが一番、ナギ節を生きる権利があるのに」
「そうだな」

 ユウナの旅が終わっても、たぶん俺もルーもナギ節を迎えることはないんじゃないか。
 少なくとも俺は、そこでどうやって生きていけばいいのか全然分からねえ。
 弟が死んで、妹みたいに思ってたあいつまで……いなくなったら。
 あいつらの幸せを見届けるために生きてたってのに、それから何を目的に明日を生きればいいんだよ。
 本当は召喚士のガードが一番、こんな旅に意味なんかないと思ってんだよな。

 改めて窓の外を見たら、いつの間にか月はえらく高いところに昇っちまっていた。
 俺はいいとしてもユクティは眠っておいた方がいいだろう。
「話し相手になってくれたお陰でちっとは緊張がなくなったぜ。ありがとな」
「いえ、私の方こそ……」
 俺がいつまでもここにいたら、気を使って休めないかもしれない。……癪だが部屋に帰るとしよう。
「明日のためにそろそろ寝とくか。ユクティもゆっくり休めよ」
「はい。おやすみなさい」

 ユクティの視線は柔らかかった。たまに俺から逸れて思案げに俯くのもありがたかった。
 あいつは俺の本音を全力で理解しようとしていた。言葉一つたりとも否定せずに、まっすぐ俺の話を聞いてくれた。
 絶対に否定されないと感じたからこそ素直に吐き出せたのかもしれないな。
 ユウナに旅をさせたくない、だがあいつを止められない。その気持ちはどっちも本物だから、矛盾を説明しろなんて言われても困るんだ。
 意地を張る必要のない相手だったからか、自分の気持ちを誰かに話したのは久しぶりだ。
 今なら……アルベドの店でも気持ちよく眠れるような気がした。




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