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 召喚士を死なせたくない。ユウナを助けたい。そんなシンプルな願いが、いつの間にか世界を変えるなんて大袈裟な話になっていた。
 一年前、ただ漠然と「機械でシンを倒せたらいいな」なんて思って戦場に赴いた時とは違う重圧だ。
 それでも私はここに立っている。プレッシャーに耐えられるのは強くなったからというより、そばに仲間がいるからだと思う。
 守るべきものがここにあり、自分の果たすべき役割をきちんと理解している。
 余計なことは考えない。私は私の為すべきことを成すだけだ。

 飛空艇の甲板に出ると、空に歌が響いていた。
「聞こえるよ! みんな歌ってくれてる!」
「……本当だわ」
 ベベルで出会ったあの頼りない監督官が、寺院を通してスピラ中に伝えてくれたんだ。
 空飛ぶ船が祈りの歌をうたう。それが聞こえたら、みんなも一緒に歌ってください……。
 世界を覆い尽くすかのような歌声は願いがひとつである証だった。
 誰も犠牲にすることなく、スピラに生きるすべての人と共にナギ節を迎えたい。そんな想いを風に乗せて幻光虫が運んでくる。
「期待に応えるッス!」
 やがて静かにシンが現れた。いよいよ……決戦だ。

 主砲がエネルギーを溜め始める。機械による破壊の力に反応してシンが震え出した。
「おいおいおいおい……、なんかやばいぞ!?」
 ジョゼの海岸で無数の命を消し飛ばした、あの重力波が来る。
 肌が粟立った。けれど視線は逸らさない。シンの周りの景色が歪み、強烈な閃光のあとに山が引き裂かれるのを見た。
 直撃は免れたものの飛空艇は強風に煽られて傾いた。

「だ、ダメなのかな? 歌じゃ大人しくなんないの!?」
 甲板にへたり込んで叫ぶリュックを抱き起こし、シンが破壊して抉れた大地を見る。
 確かに、ゾッとするほど莫大なエネルギーだ。でも……。
「駄目じゃない。この船も町も避けてる」
 祈りの歌が期待した効果を発揮している証拠だ。本当に“駄目”だったのなら私たちは今の重力波で消し去られていた。
「シンの意思にジェクトが抗っているのだろう」
 アーロンの言葉に皆、希望を抱く。

 しかし安心してばかりもいられない。
 歌のお陰で人としての意識が保たれているのだとしても、重力波そのものを撃たずにいられるほどの理性は残っていないのだ。
「撃ち落として大人しくさせようか」
 そして風穴をあけて中に突入する。全員が臨戦態勢を整えたところで飛空艇が大きく揺れた。
「わわ、シンに引き寄せられてるよ!?」
『ルホッサエ! てめえら中に戻れ!』
 無線機から族長の声が響くけれど、もう遅かった。シンは目の前だ。

 ちょうど関節の辺りだろうか。シンの腕の付け根が光っている。
「あそこ、なんかあるッスね」
 思えばシンをこんな風に間近でゆっくり観察したことなんてなかった。
 こうして肉体の構造を眺めてみると……あれはあれで、ちゃんと“生物”に見えてくるから不思議だ。
「付け根に集中攻撃を食らわせて根元から腕をもいでしまおう。バランスを崩して落ちるかもしれない」
「ユクティ、ちょっとコワイよ……」
 仕方ないじゃないか。紳士的に戦ってる余裕はないんだから。

 エフレイエと戦った時の要領で、役割分担をこなしながらシンの腕部にありったけの魔法や弾丸を食らわせる。
 とどめに主砲による雷撃を与えれば、シンの腕にあったコアから光が消えた。
 巨体が大きく傾いた隙に反対側へ回り込んで同じ行程を繰り返す。シンは両腕を失った。
 あとは背中の、羽のような部分にも光が見えている。あれを壊せば撃墜完了というところへ無線機越しにアニキと族長の言い争いが聞こえてきた。
「あちゃ〜。主砲、壊れたってさ」
「さすがに無茶しすぎたかな」
『仕方ねえ。戻れ! 作戦練り直〜し!』

 シンの再生力は脅威だ。そのうえ飛空艇は相変わらず重力に引き寄せられ続けている。
 艦内に戻って主砲を修理する余裕は、たぶんない。
「このまま行くッス! 勢いがある時は勢いに乗る! これ、ブリッツの鉄則!!」
「だな。ここまで来て退くってのは男じゃねえ!」
「女子もいるんですけど〜!」
「リュック、私たちも行こう!」
 考えなしにシンの背中へと飛び移っていく面々の背中を眺め、ルールーは苦笑している。
「どうやって戻るのか、とか考えないのよね」
「まあ、無謀な突撃が道を切り開くこともたまにはあるから」
 無線機で族長にワイヤーを出してもらうよう頼んでおく。シンが落ちる時、みんな自力で帰ってくるだろう。

 ルールーには魔法がある。彼女はこのまま甲板からコアを攻撃してもらうことにした。
 シンの背中、羽の根元辺りでは召喚獣が飛びリュックの手榴弾が舞いルールーの魔法が煌めき、何が起きているやら分からない。
 あれだけ派手にやっていれば戦力は足りるだろう。私は次の一手の準備をする。
 数刻と経たず、コアを破壊され尽くしたシンが飛行する力を失って落ちてゆく。
 背中に乗っていたリュックたちも慌てて甲板に戻ってきた。

 すでに陽が傾き始めている。ベベルの町に墜落したシンは、殺されるのを待っているかのようにじっと飛空艇を見つめていた。
 祈りの歌が、ますます大きく響いてくる。絶対的なものに思われたシンが地に墜ち、スピラの人々の心に希望が宿ったんだ。
「祈りの歌で呼びかける。こんな簡単なこと、もっと早く知ってたら……」
「知らなかった過去を悔やんだってどうしようもねえ。大事なのは、これからどうするかだろ」
 もっと早く知っていたら、一年前も先日のミヘン・セッションでも死者を出さずに済んだかもしれない。
 でも、そう。ワッカの言う通りだ。大事なのは過ちを繰り返さないこと。

「今なら正面から乗り込めるかな」
 飛空艇はシンの頭部、真正面へと回り込んだ。
 砲身の向きを調整する。さっきまで甲板になかった兵器を見てリュックが瞠目した。
「えっ……ユクティ、ナニソレ?」
「砲台」
「それは見たら分かるけど! そんなのいつ用意したのさ!?」
「今」
 正確に言えば砲台を修復したのは何年か前、設置したのはリュックたちがシンの背中にいる間だ。
 稼働し始めれば強力だけれど下準備に時間が必要なのが機械の欠点だな。

「もう主砲は動かせないけれど、こいつで攻撃すれば……またあの重力波を撃ってくる。シンの口が開くはず」
「んで、中に飛び込む! てわけッスね」
「充填するまでシンを抑えてほしい」
 祈りの歌がある。シンの中で、ティーダの父親も耐えてくれている。
 あの時と同じにはならない、そう信じたいのに、シンに兵器を向けるのが恐ろしくて堪らない。
 スイッチに手をかけたまま硬直した私の肩を誰かが叩く。振り向いてみると、ワッカだった。
「大丈夫だ。こっちは任せろ。だから……頼むぜ」
「あ……」
 その瞬間、思いがけない記憶が鮮やかに蘇った。

――大丈夫だ。こっちは任せろ。君はみんなを頼む。

 あの時は何を言ってるのか理解できなかった。でもワッカの言葉を聞いてピースが嵌まるように音が繋がる。
 チャップは私に、通じないと分かっているくせにエボンの言葉でそう言ったんだ。そして私を安心させるように瞳を覗き込んで微笑んだ。
 彼はワッカと同じ色の瞳をしていた。自分が死ぬなんて思いもしない、希望の光で満ちた瞳。
 故郷の家族を守りたい、大切な人をシンの恐怖から解放してやりたいんだ。俺たちはおんなじだ。
 エボンもアルベドも関係ない、一緒に生き残ろう、と……そう言っていたんだ。

 主砲ほどではないにせよ、直撃すれば外郭に穴を開けるには充分な破壊力。兵器の気配にシンが反応する。
 機械の準備が整うまで時間稼ぎを。そう命じられた討伐隊の者たちは重力波に巻き込まれて呆気なく死んでいった。
 けれど今は違う。脳裏に何度も何度も蘇る光景は、もう二度と繰り返さない。
 祈りの歌が風に乗って聞こえるたびにシンは戸惑い、仲間たちの絶え間ない攻撃が重力波を完全に封じていた。
 エネルギーが高まる。破裂しそうな暴力の塊を解放する。
 爆音と同時にシンの頭部に穴が開き、飛空艇は光の中へと飛び込んでいった。

 閃光で目が眩んだのかと思った。しかし幻光虫が濃密すぎて周りが見えないだけだ。
 猛スピードで飛空艇が駆け抜け、視界が開けた先には広大な景色が広がっていた。
「これが、シンの中?」
「なんだか……」
 異界のようだ。静謐で穏やかな花畑がどこまでも続いている。
 いくらシンが大きいとはいえ体内にこんな空間が収まるわけはない。しかし飛空艇はどこまでも飛んでゆく。
 風の代わりに幻光虫が舞う光景は、悲しげなのに、美しい。
 
 やがて着陸できそうな場所を見つけておそるおそる足を着けた。
 幻ではなく、ちゃんと地面がある。シンの体内にいるということを忘れてしまいそうだ。
 シンの頭に開けた風穴が異界に通じていたのだとでも言われた方が納得できる。
「どっちに行けばいいんだろう」
 道なき道の先にはザナルカンドに似た黄昏の荒野が広がっていた。
 エボン=ジュはシンの中にいる、とはいっても居場所は分からないのだ。

 途方に暮れる私たちをよそに、ティーダが歩き出した。
「案内は任せるッス!」
「キミ、道分かんの〜?」
「たぶんな」
 殺風景な荒野の先、機械仕掛けの都市が蜃気楼のように浮かんでいる。千年前のザナルカンドの景色……彼のいた町をなぞっているのだ。
 シンの内部は死者の記憶によって創り上げられているようだった。
 通りの向こうにスタジアムがある。ティーダによると、ジェクトはそこにいるという話だった。
 そしてエボン=ジュもジェクトと共にあるはずだ。

 荒野を越えて町に足を踏み入れる。ルカや在りし日のホームでさえ及びもつかない光の群れが私たちを照らし出した。
 聳え立つビル群を見上げてワッカは呆然と呟いた。
「あの明かり全部に人が住んでたんだなぁ」
 箱ひとつの中に数十、数百の命。そんな建物が町いっぱいにひしめき合っている。
 それほど多くの人々がどうやって同じ場所で生活していたのか、私には想像もつかない。

「こんなにたくさんの想いがあったら、争いが起きるのも無理はない」
 一人と一人ですら分かり合えないこともある。あまりに多くの人間が集まれば受け入れ難い存在も増えるのだ。
「世の中には良いやつもいりゃ嫌なやつもいる、ってか」
 昔の私なら大勢と争うよりも関わらないことを選んでいたと思う。嫌なものからは目を背けてしまえばそれで終わりだ。
「でもよ、争っても知りたいって思えたら、そっからいくらでも変わっていけるんだよな」
「……うん。今は私もそう思う」
 まったく違う心を持つ大勢が互いを認め合いながら暮らしている。それはやっぱり、すごいことなんだ。

 大通りに差し掛かり、ワッカは呑気に伸びをしながら歩いている。
「あー、ブリッツしてえ」
 いつもならティーダやリュックを「気楽なこと言うな、緊張感を持て」なんて叱っているところだろうに。
 意外に思って凝視していたら、私の視線に気づいた彼が苦笑をこぼす。 
「シンを倒した後のことなんか考えたくもなかったのによ。今は頭ん中そればっかりだ」
 やりたいこと、知りたいことがたくさんありすぎて、終わった後どうするかという考えばかりが頭を巡る。

 言われてみると私もそうだ。シンに風穴をぶち開けて中に飛び込んで以来、本当にエボン=ジュを倒せるのかなんて不安は綺麗になくなっていた。
「気合い、入れ直さねえとな」
「……いいと思う。緊張しないでいつもみたいに戦って、当たり前に勝てばいい」
 エボン=ジュを倒すための戦いではない。私たちが目指すものはその先にある。
「これはただの前哨戦だ」
「強気だなぁ、おい」
 勢いがある時は勢いに乗る。あとはもう、何も考えずゴールに向かって一直線に進むだけだ。




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