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 一足先に飛空艇に戻ってくるとワッカが私を追ってきた。なぜか焦っている彼に一体どうしたのかと首を傾げる。
「おいユクティ、なんで今さらグアドサラムなんだよ!」
「会いたいヒトがいるので」
「……へっ?」
 あんなところ好き好んで行きたくもないけれど、他に心当たりがないので仕方ない。
 私はあの老人の名前も素性も何も知らないんだ。とりあえず、最後に会った場所に行ってみるしかない。

 ふと思う。もしかしたらワッカは、私がホーム襲撃の報復をしにグアドサラムに行くと疑い焦っているのか。
 そんなことするわけないとは言えないけれど、今はそのタイミングではないだろう。
「エボン=ジュの正体を知ってそうなヒトにグアドサラムで会った。話を聞きたいと思って」
 私がそう言ったら案の定ワッカは安堵の息を吐いた。やっぱり疑っていたんだ。
 無理もないこととはいえ、信頼されていないにもほどがあって少し落ち込んでしまう。

「グアド族なら分かるけどよ、ヒトなのか?」
「うん。博識そうな老人だった。異界や祈り子について詳しかったし、エボン=ジュのことも何か知ってるんじゃないかと」
「そりゃもしかして、メイチェンって学者の爺さんか」
「知ってるの?」
 思わず期待を籠めて見つめたら、ワッカは「知り合いってわけじゃない」と首を振る。
「旅の途中で何度か会ったんだ。もうグアドサラムにはいねえと思うぞ」
 どうやら彼は神出鬼没でスピラのあちこちに現れては歴史を調査しているらしい。

 私が飛空艇に戻ってきたのは一人でメイチェンを探しに行こうとしていたわけじゃない。
 ただ念のためスフィア波検索装置で彼のいそうな場所を探してみようと思っただけだ。
 そうと知ってワッカはようやく緊張を解いた。……本当に、心の底から信頼されてないらしいな、私は。

 ともかくメイチェンがグアドサラムにいないのなら、検索装置をフル稼働しなければならない。
 まずは各地の旅行公司近辺から探していく。私が検索装置を弄っていると、背後でワッカの声がした。
「今のうちにケジメつけたいことがあってよ」
 私に言っているのかと思って振り返ったけれどワッカは背を向けている。族長と話しているようだ。
「俺、アルベドのこと何も知らなかった。知らないくせに話を聞こうともしねえで……毛嫌いしてたんだ。だから、ええと、その」
 呆気にとられて見守っていると彼は更に驚くべき行動に出た。
「俺が悪かった。すんませんでした!」
 族長に向かって、頭を下げたのだ。

 アニキは呆然としてワッカを見つめている。族長は偉そうにふんぞり返っている。
「気にすんじゃねえ。俺だってエボンの民ってやつが大ッ嫌いでよ。お互い様だ」
 そう思うならあんたも頭を下げろよと内心で毒づきつつ、あの親父にとってはあれが精一杯友好的な態度だということも分かっている。
「ま、世の中にゃいろんなやつがいる。良いやつもいれば嫌なやつもいる。そんだけの話よ」
 その言葉で自分の偏見も改め謝罪する意思があると示しているつもりなんだ。たぶん伝わっていないけれど。後で私からワッカに言っておこう。

 よそ見していたせいで検索装置は妙な場所を示していた。マカラーニャの森を上空から見たって何も分からない。
 北に移動して雪原を確認する。いない。ナギ平原にもいない。今度は南下して……あ、見つけた。
 雷平原を一人でうろうろしているヒトがいる。
 顔までは確認できないけれど、小柄ながら矍鑠とした老人だ。雷をものともせずに歩いている。あんなヒトは他にいないだろう。

 常に動き回っていることが幸いしたのか、意外と簡単に見つかった。
 ユウナたちが戻ってきたら雷平原に向かってほしいとアニキに伝えたところでワッカに腕を掴まれる。
「あー、あともういっこだけ……」
 まだ族長に話があるらしく、ワッカはそちらに視線を据えたまま私を引き寄せた。
「こいつ、ビサイドに連れてってもいいっすか?」
「……は?」
 一体なにを言い出したのかと私も族長も、アニキまでも硬直してしまった。
「ワッカ、あの……、逃げよう」
「へ?」
 困惑する彼の背中を押してブリッジから脱出する。慌ててドアを閉めたところで部屋の中から怒号が響いた。

『ユクティ! てめえ今さら、絶対ぇ許さねえぞコラァ!!』
 なんで私が怒られなければいけないんだ。
『親父! ドアが壊れる!!』
 どうやらアニキが押さえてくれているようなので、今のうちにワッカを連れてブリッジから離れることにした。ああ、後のことが思いやられる……。

「や、やっぱ、まずかったか?」
 倉庫の辺りまで逃げてきたところでワッカは戸惑ったように私を見つめた。
 まずいも何も、なぜいきなりあんなことを言ったのかと問えば、彼は予想外の言葉を吐いた。
「うちのチーム、俺が抜けてティーダが入ったけど、そんでもギリギリでよ。しかもあいつまでガードになっちまったんで結局人数が足りねえんだよな」
「ん……、ん?」
「シンを倒したら俺もコーチは続けるつもりだが、もうちっとなんとかしねえと優勝がまぐれ当たりになっちまうだろ」
「……」
「頼めた義理じゃねえのは分かってる。けど頼む! この通り!」
 ……分かった。ビサイドにではなくオーラカに連れていく、と言いたかったんだな。

 言葉足らずというか鈍感というか、ワッカは族長に誤解されたのに気づいていない。なんだか気が抜けてしまった。後で族長に説明するのが面倒だ。
「べつにオーラカに入るのは構わないよ」
「おおっ、マジか!?」
 むしろあなたの方こそいいのかと聞きたいくらいなのだけれど。
 どうせサイクスのやつらには一度お灸を据えなければいけないと思っていた。オーラカを強くすればうちのやつらにもいい刺激になるだろう。
 それに、私も……嬉しかったから。

 ユウナたちが戻るのを待って飛空艇は南へ飛ぶ。
 私とワッカは雷平原に降り立ち、ユウナはマカラーニャ寺院で祈り子に話を聞くことにしたようだ。
 公司を目指して歩いてゆくと雷鳴に紛れて唄が聞こえてくる。
「越すに越されぬ雷平原、行く手を阻む稲光……」
 とうに廃れた古めかしい唄を、この危険な荒野で呑気に歌う奇人に歩み寄る。
「昔々、ここは有名な旅の難所でしてな。そこへある男が現れ、旅人を雷から守るため、平原中に避雷塔を建てて回ったのですわ」
 またしても彼は唐突に語り始めた。

 多くのエボンの民同様に避雷塔の由来を知らなかったらしいワッカが塔を見上げて呟く。
「そんなやつの名前が、なんで残ってないんだろうな」
「……残るところには残ってる。その人はビリガンという名前だった」
 私の言葉にメイチェンは頷き、道の外れにある未完成の塔を指差した。
「彼はそれ、そこの塔を建てている時に、雷に打たれて死にました。ビリガンはアルベド族。歴史には残らん名ですわ」
 ワッカの視線を感じたけれど、何とも言い難くて黙っていた。

「またお会いしましたな」
「先日は名乗りもせずに申し訳ない。私はアルベドのユクティ」
「いやいや。こちらこそ、ご挨拶を忘れておりまして。あたしはメイチェン。スピラの歴史……真実を知るべく旅をしとります」
 彼は私の瞳を覗き込み、何やら満足げに頷いた。
「異界にお行きなすったようだ。探し物は見つかりましたかな?」
「はい。随分と遠回りはしたけれど」
「悩み考える時間も、生きてゆくには必要なものですな」

 それで何用かと問うメイチェンに早速尋ねる。
「エボン=ジュについて教えていただきたいのです」
「ザナルカンドの召喚士ですな」
「え、」
 知っていればと期待してはいたけれど、あまりにもあっさり答えを得て呆然としてしまった。

「千年と少し前の、機械戦争当時。ガガゼトを攻め登るベベル軍は、雪山に響く歌を聞いたんですわ」
 この世のものとも思えぬ歌声に肝を潰して兵士は逃げ出した。退却する軍を追うように、シンが現れたという。
「後にベベルの偵察隊が山を登り、ザナルカンドの滅亡をその目で確かめたのです。住民は一人残らず消失。その代わりガガゼトには夥しい祈り子様がいて……、歌っておったのですよ」
 それを聞いて私たちは思わず目を見合わせた。あの群像……あれは千年前の、ザナルカンドの住民だった?

「突如現れたシンを巡り、ベベルの民は噂しました。ザナルカンドの民は祈り子となってシンを生んだのではないか、その術を行った者こそ……ザナルカンドを支配していた、召喚士エボンではないかと」
「最初の召喚士とはユウナレスカではなかった?」
「ユウナレスカ様の父君ですな」
「え!?」
「じゃ、じゃあユウナレスカ様はザナルカンド側の人間なのか?」

 エボンの秘術、召喚魔法を編み出したのはユウナレスカだと思っていた。エボン寺院は彼女の遺志によって作られたのだと。
 機械の町が生んだシンを倒し、人々を守るために、教えが生まれたのだと思っていた。
「やがてシンは甦りました。ベベルの民はシンを恐れ、エボンの怒りを鎮めるべく、エボンを讃える教えを広めたのです。これがエボン寺院の始まりですわ」
 エボンが元は寺院の敵だったと言えるはずもなく、歴史は改竄された。

「シンが生まれたのは、ベベルのせいだったってのか?」
「でも……シンを生んだのはザナルカンドだった」
 ワッカの受けた衝撃は相当なものだろうけれど私も混乱していた。
 機械による暴力がシンを生んだという点で寺院の言い分は正しかった。しかしその暴力を振るっていたのがベベルだったという点を、寺院は隠していた。
「穏やかに眠れぬ憎しみの心が、死してなお破壊の夢を見続ける。なんとも悲しい物語ですわ」
 どちらが間違っていたとかどちらが悪いとか、罪を詰ることは言わずメイチェンは淡々と事実だけを語った。
 それをどう捉えるかは私たち次第だ。

 公司に向かうメイチェンを見送り、私たちはユウナと合流するためマカラーニャを目指す。
「マイカは知っていたと思う」
「だろうな」
「知ってたなら、エボン=ジュを倒そうとしたはず」
「で、失敗して諦めたってか」
 寺院は嘘をついていたけれど、彼らは確かに私たちの先達でもある。私たちが思いつくようなことは先に試しているはずなんだ。
 虚構で塗り固められているとしても“エボンの教え”はエボン=ジュを倒す試行錯誤の痕跡だった。

「ねえ……召喚士はなぜ寺院を全部巡らなければいけないんだろう」
「表向きには究極召喚に耐える精神を養うため、って話だな。あと……まあ、ガードとの絆を作るためか」
「シーモアは寺院を巡っていないのに究極召喚を手に入れた。すべての祈り子と対面しなくても究極召喚は得られる」
「確かにそうだな。なんで寺院は、スピラを旅しろなんて言うんだ?」
「きっとそれが鍵なんだ」

 お互い頭脳労働は不得意だけれど、考えなければもう後がない。
「究極召喚がねえんだから、今シンを倒せば甦らないはずだよな?」
 もう答えは目の前だ。怖じける心を叱咤するように雷鳴が轟いた。
「究極召喚じゃなくてもいいとしたら。エボン=ジュが、祈り子の夢……召喚獣をシンに作り変えるなら」
「召喚獣さえいればエボン=ジュがシンを甦らせちまうってのか」
「寺院が召喚士にすべての祈り子との交信を求めるのは、それが理由なのかもしれない」
 少なくとも彼らが諦め、絶望する前にはそうだったんじゃないか。

 シンを倒せばエボン=ジュはべつの召喚獣を鎧として新たなシンを創り上げる。
 それを倒し、また倒し、スピラに存在する祈り子の数だけ戦い続けた果て、鎧うものをなくしたエボン=ジュとの対決が叶う。
「ユウナに言うの、キツいな」
 召喚獣は祈り子と召喚士の絆の証。これまでずっとユウナを支え、助けてくれた者たちを倒さなければエボン=ジュには届かないなんて酷な話だ。
「でも……きっと彼らも、眠りたいと思う」
 この選択が、せめてスピラに生きたすべての者に安らぎをもたらす希望であれと願う。もはや私たちにできるのはそれだけだ。




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