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「んで、どうしよっか」
ちょっと自棄のような笑みを浮かべてリュックが振り返る。
「重力波を封じられれば、ありったけの砲撃を浴びせて倒せそうなものだけれど」
「倒した後の問題もあるんだよなぁ」
しみじみとしたワッカの呟きに頷いた。
究極召喚はなくなった。待ち望んでいた状況ではあるけれど、ユウナレスカが吐いた捨て台詞が気になっているんだ。
「シンを倒しても、エボン=ジュが甦らせる……ユウナレスカ様は、そう言っていたわね」
「エボン=ジュって何なんだろ。ルールーは聞いたことある?」
「いいえ。でもエボンというくらいだから……」
「やっぱ、教えに関係あんのか?」
エボン=ジュ。考えるまでもなくエボンの教えに関わっているだろう。でも、その名前をどこかで聞いたような気がするんだ。
「エボン=ジュ……えぼんじゅ……えぼ、ん……」
「ユクティ? ど、どしたの?」
口の中で繰り返す。言葉が意味を失い、単なる音の羅列になる。朧気に何かが見えてくる。
「いえ、ゆいのぼ、めの……れん……みり、よじゅ……」
あの詞はザナルカンドの言葉だと思っていた。でも、音だけ並べてみたら……。
手近にあった紙に祈りの歌を書きつける。リュックたちが横からそれを覗き込んだ。
「い……の、れ、よ……エボン=ジュ」
ザナルカンドの遺物が解読できなかったのは、現代とは読む方向が違ってただけなんだ。歌に秘められた本当の言葉はこうだ。
「祈れよエボン=ジュ、夢見よ祈り子。果てなく栄え賜え」
初めて聞く名ではなかった。それは生まれた時からずっと私たちのそばにあったんだ。
「祈りの歌は元々、ベベルに刃向かったザナルカンドの歌。アルベドに伝わった頃は寺院が禁止していた」
けれど止められなかった。だから寺院は歌の意味をねじ曲げ、死者に捧げる鎮魂歌としてそれを教えの中に取り込んだ。
「エボンの教えは、ホントはザナルカンドの教えだったってこと?」
「分からないけれど、エボンの名がベベルに敵対する存在を指していたのは間違いない」
でもエボン=ジュとシンの関係がまだ分からない。
万に一つシンを倒せてもエボン=ジュが新たなシンを生み出す。
エボン=ジュが祈り、祈り子は夢見る。召喚獣は祈り子の夢……死人のように甦るシン。
何かがもう少しで繋がりそうなのに、手が届く寸前で消えていく。
「エボン=ジュが祈り、シンが生まれる……? ガレガ、推測だけでは何にもならない」
「それが人間なのか物なのか、どこにあるのかが問題よね」
「そのエボン=ジュってのもなんとかしなきゃ、シンを倒しても意味ねえんだよなぁ?」
「でもさ、まずシンを倒す方法も考えないと! エボン=ジュがシンを甦らせてるんなら、」
「私たちがエボン=ジュを攻撃したら、シンは黙っていない、か」
困難な道程なのは承知のうえだったけれど、行くべき道が分からないとやはり不安になる。
もし私たちが希望を見つけられなかったらスピラは本当に絶望で覆われてしまう。
「あと四台くらい飛空艇があれば網でもかけてシンを捕らえられるんだけど」
「今さら見つかんないよ〜。これだってやっとの思いで動く状態のを見つけたのに」
「半壊状態の飛空艇を加えるなら数は揃う……」
「それ誰が運転するのさ!?」
本当は、状態のいい飛空艇もビーカネル島にいくつか隠してあるのだ。ただ操作方法がまったく分からなくて飛ばせないだけ。
使い捨てる覚悟で挙動が不安定なものを総動員するなら、シンの動きを止めることも不可能ではない。
「空中分解を恐れてたら新しい機械を試すことなんてできないんだよ。何なら私が乗っても」
「絶対ダメーーー!!」
泣きそうな顔でリュックに抱きつかれ、最後まで言えなかった。
「恐ろしいことをやってるわね」
「ユクティには機械禁止しといた方がいい気がしてきたぜ……」
この飛空艇を見つけるまでに私は五回ほど試運転からの爆発、緊急離脱を体験している。……今さらなんだけどな。
まあ、飛空艇が揃ったとしてもシンを捕まえておけるほど頑丈な網がない。だからどちらにせよ私の案は却下だ。
そうとも知らず必死の形相で頭をひねっていたリュックが顔をあげる。
「あっ、祈りの歌!」
「ん?」
「ほら、シンが大人しくしてたことあったよね」
シンと言えば出会うだけで死を覚悟しなければならない恐怖の権化。それが大人しくしていたことなんて……いや、確かにあった。
「マカラーニャの湖で。あたしたち、シンの上に立ってたことも気づかなかった」
「そういえば……歌が止まるまで、シンは身動きもしなかったわね」
「じゃあ、シンが歌を聞いてたってのかよ?」
シンが祈りの歌を聞いて心を静めるなんて荒唐無稽に思えるけれど、よく考えればあり得なくはない。
「シンを生み出しているのがエボン=ジュで、祈りの歌がエボン=ジュを讃えるものなら……子守唄のようなもの?」
「それにシンは、ティーダのお父さん、なんだよね。きっとまだ心が残ってるんだよ」
「祈りの歌でシンの動きを止めて、その間にエボン=ジュを討つ、か」
言葉にすると卑劣な感じがするけれど、私たちには手段を選んでいる余裕がない。
顔を見合わせると、ワッカやルールーの表情にも微かな希望が芽生えていた。
歌についてはなんとかなる。スピーカーを最大出力にしてやればシンにも届くだろう。
できれば世界中の人にも一斉に歌ってもらって、通信スフィア越しにそれを流したいところだ。
もう一つの問題、エボン=ジュの正体と居場所についてはキマリたちからの提案でマイカを尋問することとなった。
エボンの名を戴いているくらいだ、寺院には未だ秘密があるに違いない。
「また寺院の嘘を暴くことになるわね」
疲れたように笑ったルールーを、リュックが気遣わしげに窺った。
「あのさ、あたしたちで行ってこよっか?」
たぶん強引な手段を取らざるを得ない。これまで教えを信じてきたワッカやルールーには酷なことだ。
けれど二人とも、留守番をするつもりはないと言う。
「行くなら全員一緒だ。……ここまで来たら、ちゃんと知りてえしな」
飛空艇をグレート=ブリッジに横付けし、なぜか無人の門を潜る。ベベル宮に到達する直前でようやく兵が駆けつけてきた。
「反逆者ユウナ! よくもおめおめと姿を見せたな!」
「ちっ……面倒なことになりそうだぜ」
しかし飛空艇が接近した時点でもっと警戒しているかと思っていた。やはり混乱が続いているのか、他の僧兵が集まってくる気配もない。
今のうちに彼らを黙らせれば密かに侵入できるかもしれないと銃を構える。
「エボンの名のもとに成敗……」
「待ちなさ〜い!」
が、新手が現れてしまった。それも兵ではなく巡回僧のようだ。
息を切らしながら走ってきた彼女に門番が敬礼をする。……なんだか、ちぐはぐだな。
「あなたたち、ユウナ様になんてことするんですか! ユウナ様が反逆者だというのはアルベド族が流したデマです!」
「はあっ!? なにそれ!」
「マイカ様が仰ってました」
憤るリュックを軽く往なしつつ彼女は門番に下がっているよう指示を下す。
聞き捨てならない言葉もあったのだけれど、下っ端にしか見えない彼女がそれなりの権限を持っていることの方が気になってしまった。
兵士がいなくなるとリュックは改めて怒り始める。
「アルベドのせいってどういうことさ〜!」
「あの、本当は私にもよく分からないんです。寺院全体が、どたばたしていて……私も昨日いきなり呼ばれて、門衛の監督を命じられたんです」
それはまた、よほど深刻な、
「人手不足のようだな」
と言おうと思っていたらアーロンに先を越された。彼女は気を悪くするでもなく「そうなんです!」と頷いている。
やっぱり、悪い人ではなさそうだけれどベベルを守る門衛の監督官という風格はない。
「はっきり言って、寺院はかなり混乱しています。もう酷いんです! 僧官たちが皆で責任を押しつけ合っている有り様で……!」
「あーそれよっかさ、マイカ総老師に会いたいんだけど、できる?」
「あ、はい。大丈夫だと思います」
長くなりそうな愚痴を遮ってティーダが割り込むと彼女は快く頷いて、裁判の間で待つよう言い置いて踵を返していった。
……まさか、勝手に入れと? エボンは本当に大丈夫なのだろうか。
「ちょっと〜、アルベドの流したデマってなに〜!?」
「気にするな。マイカもユウナに頼るしかないのだろう」
なおも怒っているリュックをアーロンが窘める。
大方、ユウナの処刑宣告あたりから民心が離れつつあったのだろう。
寺院に都合の悪い存在とはいえ、どうせユウナはシンを倒して死ぬとマイカは思っている。だから安心して手のひらを返したんだ。
それに何でもアルベドのせいにしておけば批難を免れられるなんて、寺院の常套手段だから。
『アルベドは水中活動が多いから濡れ衣を着せやすいんだろうね』
「……ユクティなにそれ、駄洒落?」
冷たい目を向けてくるリュックにワッカとティーダが首を傾げている。
「なんつったんだ?」
「いいから、早く行こう」
「めちゃくちゃ気になるッス」
深く考えられると恥ずかしいからやめて。
裁判の間では既にヨー=マイカが待っていた。死人のくせに心労が多いようで、見るからに疲れきっている。
でも同情心は湧かないな。
「マイカ様。お聞きしたいことがあります」
「今さら何を知ろうというのだ。早くシンを倒せばよかろう。ユウナレスカに見え、究極召喚を得たのではないのか?」
「いいえ、ユウナレスカ様は私たちで倒しました」
「な、何と!?」
「もはや召喚士とガードが究極召喚の犠牲になることは二度とない」
エボンの総老師の愕然とした表情。ちょっと見物だ。
あまりの事実にすぐには理解が及ばなかったのか、しばらく目を見開いて固まっていたマイカはやがて唇を震わせて怒り出した。
「千年の理を消し去ったというのか、この大たわけ者どもが! 何をしたか、分かっておるのか。シンを倒す唯一の方法であったものを……」
「決めつけんなよ。別の方法、考えてる」
「そのような方法などありはせぬわ! スピラの救いは失われた。もはや破滅は免れぬ。エボン=ジュが創り上げし死の螺旋に落ちてゆくのみよ。……わしはスピラの終焉を見とうない」
「ならば尻尾を巻いて異界に逃げるか」
そうしてくれても構わないけれど、先に知っていることを吐いてもらわなくては。
諦めと絶望に巻かれて項垂れるマイカを叱咤するようにユウナが問う。
「終わりにはしません。マイカ様、教えてください。エボン=ジュとは何なのですか?」
瞼を閉じ俯く姿は祈っているようだった。やがて顔をあげたマイカは、腹立たしいけれどザナルカンドに赴く召喚士のような目をしている。
死を受け入れ、その先にある景色を見た者の表情だ。
「死せる魂を寄せ集め、鎧に変えて纏うもの。その鎧こそシンに他ならぬ。シンはエボン=ジュを守る鎧、それを打ち破る究極召喚を、お前たちが消し去ったのだ」
しかしその覚悟はつまるところ、生からの逃避でもあった。
「もはや誰も倒せぬ」
幻光虫が舞い、ヨー=マイカの肉体は消え去った。
「ふざけやがって! 好き勝手ほざいて逃げやがった!」
結局エボン=ジュが何なのかは分からない。それをなんとかしなければシンの復活は防げないという事実を再確認しただけだ。
「……」
「ユクティ?」
心配そうに覗き込むリュックに何でもないと手を振って、踵を返す。
「私ちょっとグアドサラムに行ってくる」
「え!? な、なんで!」
調べたいことができたんだ。エボン=ジュの正体が分かるかもしれない。
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