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22


 休息を終えていよいよザナルカンドを目指す……というところで邪魔が入った。頂上の少し手前でまたしてもシーモアが現れたのだ。
 どうやって先回りしたのかは分からない。けれど頂上で待っていたのは、やはりこちらが疲労を溜めるのを狙っていたのだろうと思う。
 相変わらず卑劣なことだが、グアドの手下を引き連れずに一人で来たのが敗因だ。
 膨大な魔力と多彩な魔法に苦戦はしたけれど、もう幾度も戦った相手に負けはしない。

「もう邪魔すんなよ!」
 私たち全員が胸に抱いているであろう想いを代弁して、ティーダの言葉が崖に反響する。
 どれほどしつこく甦ろうと結果は同じだ。あの男がユウナを手に入れることは絶対にない。何度だって殺してやる。

 しかし、シーモアが吐き捨てた言葉は私たちに波紋を残した。
――私が新たなシンとなれば、お前の父も救われるのだ。
 彼はティーダに向かって、確かにそう言った。

「私の力でシンになる……」
「戯言だ。忘れろ」
「彼がシンになれば、ジェクトさんが救われる……?」
「行くぞ」
「何か知ってるなら教えてください!」

 答える気はないらしいアーロンに背を向けると、ユウナはティーダに詰め寄った。
「教えて」
 ジェクトはティーダの父親で……ブラスカのガードだった。
 俯いて黙り込んでいたティーダだけれど、やがて顔をあげて静かに呟いた。
「シン……親父なんだ」
 ともすれば雪に埋もれて消えてしまいそうな声だった。でも一言そう吐き出すと、彼の声にも力が戻る。
「シンは俺の親父だ。親父が、シンになったんだ。理屈とか、そういうのよく分からないけど、俺……感じた。シンの中には親父がいる。親父がスピラを苦しめてるんだ。……ごめん」

 馬鹿げた話だ。普通なら信じられるはずがない。だけど彼の言葉には嘘だろうとは言えない真剣さがあった。
 わけも分からないまま謝罪するティーダに向かって、ユウナもまた「ごめん!」と頭を下げる。
「たとえシンがジェクトさんでも……、シンがシンである限り、私……」
「分かってる。倒そう。親父もそれを望んでる」
「父親と……戦える?」
「大丈夫。やるよ、俺」
 シンというのは天災が命を持ったようなものだと思っていたのに、元は人間だったとでもいうのだろうか?
 思い返せばシーモアのやつはベベルでも「新たなシンになる」なんて戯れ言を吐いていた気がする。

 重い空気の中、ワッカが口を開く。
「なあ、その話よぉ……、シンの毒気にやられて夢を見た……ってわけじゃねえよな」
「……おう」
「んじゃ、チャップは……」
 最後まで口にすることができず、力なく首を振る。
「悪ぃけどよ、俺は何も聞いてねえことにしとくわ。頭こんがらがってきたぞ? なんでまたそんなことになっちまったんだ?」
 ティーダの父親が、シン。あり得ないと一笑に付すよりも先に、言い知れない不吉な予感が足元から這い上がってくる。
「行けば分かる。……もうすぐだ」
 ともかくザナルカンドへ。そこに行けば真実が見つかると歩き出したアーロンにつられ、混乱したまま再び足を動かした。

 頂上から、今度はザナルカンドの荒野を目指して山を降りる。行きと違って降りは楽だ。
 麓近くで洞窟を抜けることになり、足を止める。そこには異様な光景が広がっていた。
「な、何だ!?」
 不気味なほどに穏やかな顔をした人間の像が無数に絡まりあっている。
 ユウナはそれを見て呆然と呟いた。
「祈り子様……これ、祈り子様だよ。寺院にあるのと同じ……」
 そのうえ誰かが召喚している真っ最中だという。並外れた力を集める群像から、いったい誰が何を召喚しているというのか。

「ねえ、なんか知ってるんでしょ? 教えてよ!」
「他人の知識などあてにするな。何のための旅だ」
「ユウナの命が懸かってるんだよ!」
 彼は十年前にもここを通り、ザナルカンドに辿り着き、帰ってきたのだ。
 知っていることがあるなら情報は共有すべきだろうに、何も語ろうとしない。
 なおも詰め寄ろうとするリュックを止めたのはティーダだった。
「アーロンの言う通りだ。これは俺たち……俺の物語なんだから」
 それは、ジェクトがシンだという言葉に関わりがあるのだろうか?

 語りかけるようにティーダが手を伸ばす。その指先が祈り子像に触れた瞬間、彼は弾かれたように飛び退いた。
「うわっ!?」
 そのまま倒れ込み、起き上がらない。慌てて駆け寄ったがティーダは意識を失っていた。
「お、おい! どうした!?」
 脈は正常、呼吸もちゃんとしている。
「眠ってる……?」
 祈り子像が何かを仕掛けたようには見えなかった。ティーダは唐突に倒れてしまったんだ。

 不意に思い出したのはグアドサラムで出会った老人の言葉。
――召喚獣は祈り子の夢が召喚士の精神を通じて、そう、現実の世で形になったもの。
 無数の祈り子像に触れて、夢に巻き込まれた……そんな考えが浮かんできた。
 ティーダの表情に苦悶の色はない。本当に、ただ眠っているだけなんだ。

 幸いにもティーダは数分で意識を取り戻した。皆それぞれに安堵の息を吐く。
「もー、すんごく心配したんだからー!」
「大丈夫?」
「……うん」
 しかしティーダの表情は晴れない。
「どう、したの?」
「何でもないよ。気ぃ失って、夢見てた。皆に呼ばれて……目が覚めた」
 どんな夢を見たのかとは尋ねさせてもらえない。
「よく寝たし気力回復! んじゃ、行くッス!」
 ティーダは、あの祈り子たちと同じ夢を見たのだろうか。
 去り際、濃密な幻光虫を纏う群像に触れてみたけれど、ただ毒気に似た気分の悪さがあるだけで何も起こらなかった。

 目に映る景色の中から雪の気配が消え、ザナルカンドの荒野が黄昏に染まる。
 足取りは重いけれど、迷いのないユウナに引きずられるように歩いていた。
 廃墟の構造が記録通りなら、じきにエボン=ドームと呼ばれる巨大な建物が見えてくるはずだ。
 そこに着いたら、ユウナは究極召喚を手に入れてしまう。

 思わず足を止めてしまった私をワッカが振り向いた。
「……行こうぜ」
 彼女が進み続けているのだから、ガードも行かなければならない。
 だけど考える時間がほしい。まだ何も思いついていないんだ。
「ワッカは、ユウナの旅が……終わった後、どうするか考えてる?」
「さあな。考えたくねえ」
 たぶんそうだろうと思った。みんなそうなのだろう。

 この期に及んで旅をやめさせたがっているリュックやティーダ、ユウナの覚悟を汲んで従っているキマリやルールー、アーロンも。
 そしてもちろん、命を擲つ決心をしているユウナ自身も。
 これから訪れるであろうナギ節を生きている自分の姿なんて、誰も思い描くことができない。
 ずっと抱いていた違和感はそれなんだ。

「召喚士ズークが旅をやめた時、あなたはホッとしたと言ってた。それはどうして?」
「そりゃ……ブリッツのことが気になって、半端になってたからな」
 つまり、生きて帰ってやらなければいけないことがあったというわけだ。
「……じゃあ、なぜ今回の旅の前には引退してしまったの?」
「ガードに専念するために決まってんだろ。もう半端なことはしたくねえ」
 もう後ろは振り返らない。生きて帰れなくても後腐れがないように、すっぱり片づけてきたということだ。

「召喚士の旅には危険が付き纏う。ザナルカンドに着く前だって、いつ死ぬかも分かんねえ」
 しかも大抵の場合は異界送りなんかされないんだ。
「召喚士がシンを倒しても……そいつを送ってくれるやつはいない。だから……」
 だからもしもの時に迷わないため、予め死を受け入れておかなければならないんだ。召喚士もガードも。
「だけど、誰も未来を生きることを考えてない。死にに行くために旅をして……シーモアの言ってることと同じみたいだ」
――スピラの悲しみを癒したくはないのか。滅びの力に身を委ねれば、安らかに眠れるのだ。
 生きていれば苦しみは続く。死ねば楽になる。覚悟を決めるふりをして、楽な方に逃げているだけじゃないのか。

 そんなの覚悟じゃない。生きることから逃げてるだけだ。
 苦しみながらでも生きる方法を探すことを、諦めただけだ。
 一年前の戦いでは、みんな……誰も、自分が死ぬなんて思ってなかった。
 アルベドも討伐隊も、生きるために、生きて帰るために戦った。チャップだって同じだったはずなんだ。
 誰かのために死ぬとか、かっこつけて……そうやって手に入れた未来で幸せになる自信もないくせに。
 ……自分が死んでも構わないと思っている者が、どうやって召喚士を止められるというのか。

 私はどうなのだろう。この命と引き換えに誰かを救えるなら、自分の生と引き換えにそれを得ようとするだろうか。
 ユウナと生きて帰りたい。本当なら彼女は小母さまと、そしてブラスカと共にホームに迎え入れられるはずだった。
 彼女の両親は既に亡く、ホームも壊れてしまったけれど……新しい未来を彼女と一緒に歩んでいきたいんだ。
 ユウナが死ぬのは嫌だ。彼女に生きていてほしい。
 だけど、もし私が命を差し出すことで、別の誰かが救われるとしたら。
 それが自分よりも大切な人の命だとしたら。
 たぶん、私も……同じ道を選んでしまう。




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