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 霊峰ガガゼトはエボンの聖なる地でありロンゾが守る不可侵の領域だ。
 究極召喚を求める召喚士とそのガード以外が訪れることは許されない。
 実際に自分の足で歩いてみると、確かに生半可な気持ちだけで足を踏み入れるのは危険だと分かる。
 信仰以上の、絶対的な“力”がなければガガゼトは越えられないんだ。

 この時期は降ったばかりの雪が足場を危うくし、あちこちで雪崩が起きて歩くだけでも死の危険がつきまとう。
 私たちの一行には黒魔道士であるルールーがいるからまだマシだ。彼女が魔法で気温を調整してくれる。
 もし魔法に頼らず自力でこの山を登り詰めようと思ったら、凄まじい重装備と豊富な経験と高い技術力が必要になるだろう。
 そんな険しい道程で魔物にも対処しなければいけないのだから最悪だった。

 強力な召喚士とガードでなければ入ることさえできない御山。
 にもかかわらず、そんなパーティですら命を落としかねない危険が随所にある。
 結果として無念の死を遂げた召喚士たちが恐ろしい魔物となり、またガガゼト攻略の難度を高めている。
 死が新たな死を呼び寄せる、ここはそんな場所なんだ。

 山肌に洞窟を見つけ、魔物がいないことが確認できたので休息をとる。ルールーの魔力も皆の体力も限界だ。
 ユウナは多くのガードを連れているけれど、普通の召喚士は一人二人しかガードをつけないのが一般的だという。
 少人数では役割分担もままならず、この霊峰も足を休めることなく一気に越えてしまうらしい。
 かつてのブラスカもそうだったとアーロンが言っていた。
 足を止めれば死あるのみという執念だけでザナルカンドを目指す。だからこそ、ここで命を落とすと魔物になりやすいのかもしれない。
 ユウナを志半ばで倒れた者に続かせるわけにはいかない。ゆっくりでもいい、せめて着実に歩んでいきたい。

 深く入り組んだ洞窟だった。雪を避けて休めるのがありがたい。
 雪のない季節なら楽だったろうかと考えて思い直した。
 こうして吹雪いている時期だからこそ、魔物の数がまだしも少ないんだ。
 もし夏の盛りだったら休まず歩き続けなければいけなくなったと思う。

 焚き火のそばで眠るユウナたちの邪魔をしないよう、もう少し奥まったところに腰を降ろす。
 エボンの会話辞典なんて開くのも久しぶりだ。基礎を覚えてしまうと勉強しようという気も薄れた。
 いつの間にか読み耽ってしまっていた。ワッカに声をかけられて顔を上げる。
「何やってんだ?」
 もう交代の時間かと立ち上がろうとした私をワッカが制した。
「まだ時間じゃねえって。……ちゃんと休んどけよ」
 どうやらいつまでも仮眠をとらないので心配して見に来てくれたようだ。

 洞窟入り口の見張りを他の誰かと交代してきたらしいワッカだけれど、なぜか焚き火の方へは行かず私の隣に座り込んでしまった。
 一緒にいて寛げる相手でもないのに、どうして彼は私に寄ってくるのか謎だ。
 自分に試練を課しているのだろうか。だとしたらやめてほしい。彼がそばにいるだけで私の心は乱される。

「それ……アルベド語辞書か」
「はい。リュックがうるさいから、言葉遣いを学び直そうかと」
 私の手元を覗き込みながらワッカは気のない調子で呟いた。
「あとで俺も借りていいか?」
 思わず目を見開いて凝視してしまった。
「んだよ、その顔は」
 ばつが悪そうに「嫌ならいい」と言う彼に、慌てて嫌なわけではないと首を振る。驚いただけなんだ。
「あ、でも、できれば……新しいのを買ってもらいたい。私のはちょっと……」
 書き込みも多いし、勉強の跡が見えすぎてしまうので恥ずかしい。

 ヒトの言葉は充分に使いこなせるようになったと思っていた。でも細かな口調まで行き届いていなかった。
 前からリュックにも変だと指摘されていたけれど、ワッカに「危なっかしくて頼りないと思ってた」と言われて痛感した。
 私の話し方は、私の性格と相当かけ離れているようだ。
「翻訳機があればいいのに。アルベド語で話したら、自動でエボンの言葉に変換されるような」
「んな機械まであるのか?」
「ないけど、たぶん作るのはそう難しくない」
 記録スフィアの応用で、聞き取った言葉を登録してある別の言葉に変換するよう設定すればいい。
「でも、それがあったら誰も知らない言葉を学ぼうとしなくなると思う」

 ホームにいた頃は、あったら便利だと思いついた物はすぐに作っていた。
 たとえばサイクスのトレーニング器具。練習用スフィアプールの他にルームランナーやピッチングマシーンだって失敗を繰り返しながら山のように作った。
 機械があることで生活は豊かになる。それは間違いない。でも……便利で終わる話だろうか。
 私が辞典を開き、学ぼうとするのはそうしなければ言葉が通じないからだ。もし翻訳機があればわざわざ学ぶことはなかった。

 こうして危険を冒しながら旅をしていても思うことだ。
「ガガゼトを登りながら、召喚士が飛空艇を持っていたら、と想像してた」
「それがありゃ旅の途中で命を落とすようなこともないってか?」
「便利で安全なのは事実です。でも、修行にもならない、って思った」
「かもな。実際ユウナも……俺たちも、旅を通してビサイドにいた頃よりずっと強くなってるしよ」
 危険は多いけれども私たちは危なげなくガガゼトを歩んでいる。それぞれがユウナを守ることに専念しながら。
 立ち向かうべき危機があるからこそ抗うための力を得ようとするんだ。

 もし一足飛びに寺院だけ巡って、飛空艇でザナルカンドに飛んでいたら……。
 彼女がスピラ中の景色を目に焼きつけることはできなかった。
 旅の途上で出会った人々が、ユウナの姿や想いを知ることもなかった。
 そして何より、私たちは未熟なままシンと戦うことにもなりかねなかった。

「何だって便利な方がいいと思ってた。でも便利すぎるものは人を腐らせる。線引きをするために、教えのようなものは必要なのかもしれない」
 ある程度は苦労しなければ成長もできない。けれど誰だってできるなら苦労なんてしたくないものだ。
 寺院のやり方は過剰だし一方的すぎると今も思っているけれど、根本的に間違っているとも言い切れない。
 生きてゆくために必要なことを、親が子供に教えるようなもの。
 強いて言うならアルベドは甘やかしすぎて、寺院は厳しすぎる。互いの主張を受け入れあってこそ真実に手が届くんじゃないかと思える。

 私がエボンの教えに理解を示そうとすると、なぜかワッカは嫌そうな顔をする。思い返せばマカラーニャでもそうだった気がする。
「……なんでそうやって素直に、教えを理解しようとできるんだ?」
「素直に、じゃない。私だって、ずっと何も知らずにエボンの民を毛嫌いしてた」
「だったら尚更、」
「私はただ、ワッカが好きだからエボンを理解しようと思えただけ」
 先に彼の優しさに触れたから、偏見の目で見てエボンを知ったつもりになっている自分に気がついたんだ。

 もしかしたら彼は、自分が未だアルベドを認められずにいることをフェアじゃないと感じているのかもしれない。
 でもそれは仕方ないだろう。私と違って、ワッカにはアルベドを理解したくなるようなきっかけもなかったのだから。
「あなたは私を憎んでいい」
「んだよそりゃ……」
「それはべつに理不尽じゃない。アルベドを受け入れてくれたら嬉しいけど私は、」
「チャップのことはお前のせいじゃねえって言ったろーが」
 言い切ってから、彼はふと首を傾げた。
「いや、言ってなかったか? ……と、とにかく、俺はお前のせいだなんて思ってねえ。だから憎んでいいとか何してもいいとか、勝手に決めんなよ」

 異界で私の想いに応えたのだから、チャップは自分の死が私のせいだなんて思っていないはずだ、とは言っていた。
 理屈はそうかもしれない。チャップは自分の意思で前線に出たのであり、私が彼を殺したわけではない。
 でも原因を作ったのは私だ。ワッカには私を憎む権利がある。
「私はあなたが好きだと言ってるのに。……望みがないのに猶予を与えるのは酷だと思う」
「だからよ! わ、分かんねえだろが。お前だってこれから俺を嫌いになるかもしれねえし、俺だって……」
「そんなことはありえない」
 ワッカがワッカでなくならない限り、私が彼を嫌うことはあり得ない。
 そう言い切ったら彼は、何かを言おうとしつつ途中で諦めたようにため息を吐いた。

 しばし沈黙が満ちた。気まずさに耐えかねて手の中の辞典を弄ぶ。
 そばにいてくれて嬉しいのに、ワッカは一体いつまで私の隣にいるつもりなのかとも思ってしまう。
「なあユクティ。お前なんで俺なんか好きになったんだ?」
「え……」
 そんなものは一瞬の心の動きだから、なぜと聞かれても少し困るけれど。
「……私の瞳を見て、笑ってくれたから、かな」
「はあ? そ、そんなことかよ」
 彼にとっては“そんなこと”なのだろう。そのさりげなさが軽やかに私の心を奪い去ったんだ。

「瞳の渦巻きはアルベド嫌いでなくても知ってることだから、ワッカは私の素性を分かってると思ってた」
 私たちがゴーグルを手放さないのは海底遺跡での作業のためでもあるけれど、ヒトの視線を避ける意味合いも大きいんだ。
 エボンの民が私たちの瞳を見て浮かべる表情は、嫌悪か侮蔑がほとんどだった。
「この模様を見ても笑顔でいてくれるヒトなんて初めて会った」
「べつに俺は、目の色なんか興味なかったし目が原因で嫌ってたわけでもねえし……というかだな、つまり誤解してたってことだろ?」
「それは違う。好きになるきっかけは、ただの“きっかけ”だから」
 あの時ワッカが私の目を見て笑いかけてくれなければ、私の心は今も偏見に満ちていただろう。
「あなたは私の世界を変えたんだ」

 そこから先は積み重ねだった。
「ミヘン街道で魔物に襲われた時も、助けてくれた」
「んん……?」
 何だそれはとでも言いたげなワッカに苦笑する。
「覚えてない?」
「ああ、いや……思い出した。そうだ。お前、夕暮れ過ぎのミヘン街道が危ないってことも知らなかったろ。なんだこの世間知らずはって思ったんだよな」
 往来で拳銃を使えなかっただけで、本当なら危険なんてなかったのだけれど。
「アルベドは自分のことは自分でやるのが基本だから、当たり前みたいに助けの手を差し伸べられるとビックリする」
 外では孤独で、危険に瀕しても助けてもらう宛なんてない。何だって自分の力で切り抜けられるようにしておかなければいけない。

 確かに彼の優しさは、私がアルベドだと知らなかったからこそ与えられたもの。誤解と言えば誤解には違いない。
 でも、そのように出会ったからこそ私は彼を好きになる機会を得られたんだ。
 そして誤解ゆえの優しさは消えたけれど、今でも隣に立つことを許されている。
「きっかけなんてどうでもいい。私はあなたが好きだし、好きになってよかった」
 たとえ報われないとしても。

「……きっと、迷惑だとは思うけれど」
「だから決めつけんなってんだよ!」
 苛立ったようにワッカが私の腕を掴む。気を抜いたせいで体勢が崩れ、引かれるまま彼に凭れるように倒れ込んだ。
「俺は……」
 私を憎めと言えばそれは嫌だと。報われるはずもないのにと言えば決めつけるなと。
 期待させるようなことを言って軽々しく近寄ってくるのはやめてほしい。
 それとも彼は私をまた誤解させたいのだろうか。

「あの、」
「ユクティ〜、交代の時間っとぉ!? お、おお邪魔しました〜!!」
 明るく入ってきたかと思うとリュックは大慌てで踵を返した。
 我に返ってみれば、触れ合いそうなほどに顔が近い。何を誤解されたのか気づいた瞬間カッと頬に熱がのぼった。
「ティーダに代わってもらうから大丈夫! ごゆっくり!」
「リュック! 私が行くから!」
 慌てて彼女の後を追う。……雪が降ってるのが嘘みたいに熱い。




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