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- ナノ -
20


 マカラーニャに比べるとナギ平原は日差しがある分だけ暖かい。
 ただしガガゼトから吹き下ろす風は冷たく、肌を刺すようだった。
 歩いている間はいいのだけれど立ち止まると途端に寒気が這い寄ってくる。
 また、魔物の数が多すぎるのも問題だ。常に周囲を警戒していなければ休憩さえろくにとれない。

 広大な平原を一日で突っ切ってしまうのは難しい。でも野営は避けたいところだ。
 ナギ平原の中程にさしかかったところで旅行公司が見えてきた。
「こんなとこにも公司があるんだな」
 客なんか来るのかと首を傾げるワッカに何とも言えず黙り込む。
 ここに訪れる者、そして越えていく者は限られている。
 ごく稀に変わり者の旅人が訪れることもあるけれど、この公司を利用するのは基本的に召喚士だけだ。

 魔物を遠ざけ悪天候に耐え、人の来ない平原で建物を維持し続けるのは大変だ。
 苛酷に過ぎるナギ平原の旅で唯一の安らぎをもたらしてくれる貴重な宿。
 これからガガゼトを登らなければならない召喚士に心身を休める場所を提供する、尊い事業。
 しかしながら死出の旅の途上にある召喚士からしっかり料金を取る辺り、あまり胸を張っても言えないのだった。
 リンに金を落とすのも癪だけれど公司で一泊することになった。
 明日中には平原を抜けられるはずだ。ガガゼトにはさすがに公司もないので、ここでゆっくり休んでおきたい。

 この先に進みたくない気持ちと裏腹、夜が明ける前に目が覚めてしまった。
 どうやら全員同じだったようで、寝ぼけ眼を擦りながら早々と起きてくる。
 公司を出たところで僧衣をまとった男が近づいてきた。寺院の追っ手かと拳銃を構えようとした私をワッカが制する。
「あの人は……大丈夫だ」
「知り合いですか?」
「ああ」
 そう言うなり、ルールーが相手に気づいて声をあげた。

「ズーク先生!」
「やあ、久しぶりだな」
 敵意がないことは分かったので銃は腰に提げる。ズークという男はユウナに目をやり、優しげに微笑んだ。
「君がユウナさんだね? ……キノック老師を殺害した犯人には見えないな」
「何だそりゃ!?」
 ワッカが思わず声を荒げた。キノック老師とは、あの小太りの男の名前だったか。
 真犯人はシーモアなのに、濡れ衣を着せられてしまったようだ。

「マイカ総老師から直々の指令が出た。召喚士ユウナとガードがキノック老師を暗殺して逃亡中、発見次第誅殺せよ……、事実上の処刑宣告だな」
 仮にそれが事実だったとしても、罪人がザナルカンドに行こうとしているなら止める必要があるのだろうかと疑問に思う。
 シンと戦って命を落としてくれるならマイカにとっても手間の省ける話だろうに。
 ……そう思うからこそ、こんなやる気のない追っ手しかユウナを探しに来ないのではないか。

「他にベベルの状況は?」
「表向きは静かなものだが、水面下ではごたついている。キノック老師が亡くなったうえに、ケルク=ロンゾ老師が辞任した」
「好都合だな。エボンが混乱すれば、それだけ動きやすい」
 ふてぶてしいアーロンの言葉に苦笑しつつ、ズークは頷いた。
「だが用心したまえ。今や君らはエボンの敵だ。寺院にも近づかない方が賢明だね」
「ご忠告、ありがとうございます」
 ワッカとルールーの知り合いらしいが、その誼で寺院に逆らってまで忠告をしに来てくれるとは親切な僧官もいたものだ。

「先生、それだけを伝えるためにここまで?」
 困惑した様子のルールーが聞くと、ズークは北の空を見つめて呟いた。
「君たちがガードを務める召喚士がどんな人なのか……、些か興味があったのでね」
 どういう知り合いなのかと考え、ふと思い出す。
「今度は最後まで行けるといいね。何よりも君自身のためだ」
「……はい。先生」
 ワッカとルールーは前にも召喚士のガードを務めたと言っていた。その人はナギ平原で旅をやめたのだと。

 私たちの旅の無事を祈ってズークは去っていった。懐かしむような視線を向けていたワッカに尋ねる。
「旅をやめた召喚士は批難されると言ってませんでしたか」
「先生は、それでもベベルに戻ったんだ。誰も知らない田舎に引っ越して、静かに暮らしてくこともできたのによ」
 召喚士は旅を続けることがすべてとされる。きっとベベルで芳しくない扱われ方をしているだろうに。
「私たちに忠告したことで、目をつけられなければいいんですけど」
「そうだな……」

 ユウナはナギ平原に立っても迷いを見せなかった。寺院と敵対する立場に置かれて一層、彼女の決意は固まったようだ。
「でも寺院はともかく、普通の人たちも旅をやめた召喚士を責めるんですか?」
 もし仮にユウナが旅をやめたとて、ここに来るまでに出会った者たち全員が急に彼女を白眼視し始めるとは思えない。
 しかしワッカは「そうなるのが普通だ」と言う。
「ナギ節が来れば感謝はするが、結局みんな召喚士自身のことなんて知らねえからな。……勝手に期待して、宛が外れりゃ失望しちまう」
「ビサイドの人たちも、ですか?」
 故郷から英雄が出れば嬉しいだろうが、仲間が生きている方が嬉しいはずじゃないか。

「家族みてえに暮らしてたんだ。ユウナが旅をやめて、生きて帰ってくれりゃ、みんな喜ぶだろうよ。でもな……」
 そうは言いつつワッカはため息を吐いた。残念だが、喜ぶだけでは済まないのだと。
「現実に俺たちを守ってくれてんのは寺院の教えなんだ。……その道を捨てたやつをもう一回受け入れんのは、難しい」
 ……なんとなく分かる気がする。
 集団生活には秩序が必要だ。ルールを破れば批難を受けるし、掟破りを安易に許す者も白い目で見られる。
 私たちアルベドだって外から来たブラスカを拒絶し、彼を受け入れた小母さまを追い出した過去がある。

 仮にユウナが旅をやめたとしてビサイドの人たちは内心ホッとするだろう。でも……。
「旅をやめてくれたら嬉しい。そんでも、元通りにゃなれねえんだよ」
 旅の中断を認めるのは寺院の否定にも繋がる。これまで命を捧げた召喚士に顔向けできない。
 帰ってきた召喚士を笑顔で迎えたくても……秩序を守るため、拒絶しなければならないこともある。

 ガガゼトへと続く登山口の手前で道が別れていた。崖を回り込むようにくねった細道をティーダが覗き込む。
「こっちの道は?」
「それ、谷底に降りる道よ」
 答えたのはルールーだ。
「よく知ってんなぁ。……あん?」
 前回の彼らの旅はナギ平原の途中で終わったのではなかったか。でもルールーはその道を知っているようだった。
「……そうね、行きましょうか。祈り子様がいらっしゃるわ」

 ルールーに先導されて崖下に降りていく。
 谷底の奥まったところに暗い洞窟が口を開けていた。闇の中にやたらと大量の幻光虫が舞っているのが不気味だ。
「おい……、ここか?」
 ワッカの問いかけに頷いたルールーは、彼女にしては珍しく沈痛な面持ちだった。
「私が初めてガードを務めた召喚士、ここで死んだの」
 たとえば、かつては寺院だったものが千年のうちに破壊され廃墟となったということはあり得る。
 しかしここはどう見ても祈り子像を置いておくような場所ではなかった。

「うぅ〜。なんでこんなところに祈り子があるんだろ?」
「それ、俺に聞くかぁ?」
 いかにも何か出そうな雰囲気が怖いのか、リュックはティーダに縋りつきながら歩いている。
「昔、寺院から盗まれたそうよ」
「アルベドが盗んだのですか?」
「それは分からないけれど」
 寺院に反発したヒトがという可能性もある。でも祈り子像なんて機械もなしに盗めるとは思えなかった。

 いずれにせよ、随分と大胆な手に出たものだ。
「でも何のために?」
「祈り子がなければ召喚士は修行にならん。修行が足らねば究極召喚も手に入らん。究極召喚がなければシンとは戦えん」
「そしたら召喚士も死なない?」
 期待に満ちたリュックの視線を受け、アーロンは肩を竦めた。やはり盗んだのはアルベド族じゃないかな。
「ま、似たようなこと考えたやつが盗んだんだろうな」
「犯人の気持ち……ちょっと分かるッス」
 しかしそれでルールーの仕えた召喚士のような死者を出してしまったとしたら、反省しなければならない。

 しばらく進むと行き止まりの小部屋があった。奥でぼんやり光っているのが祈り子だろう。
 その手前で幻光虫が集まって形を成し始める。
「グアドの魔物か!?」
「違う。死者だ」
「いてっ、おいユクティ、何だよ」
「す、すみません」
 思わず隣にいたワッカの腕を掴んでしまい、慌てて手を離す。
 大丈夫。死人も撃てば死ぬのだ。吹き飛ばせば倒せるのだ。冷静になれ。

 形作られたのは魔物ではなくヒトの姿。しかしその瞳に理性の光はなかった。
「ギンネム様……もう、人の心はなくしてしまわれたのですね」
 ユウナが異界送りを始めるとギンネムは怒りの形相で突き進んでくる。ルールーの黒魔法がそれを阻む。
 かつての主を前にルールーの表情からは苦痛の色が消え、ただ信念のみで敵に相対していた。
「ガードとしての務め、最後まで果たさせていただきます」
 召喚士のガードは、命を捧げるだけではなくこんな覚悟も背負っていたんだ。

 魔物と化しつつあったとはいえ元は一人のヒトだ。さほど苦戦はしなかったけれど、どうにも辛い戦いだった。
 崩れ落ちたギンネムは今度こそユウナの手によって送られ、その空っぽの肉体も幻光虫へと還っていった。
「不思議ね。もっと悲しいと思ってた。人と別れることに慣れすぎたのかな」
 大切な人との別れは何度繰り返したって慣れるものではない。

「慣れたんじゃなくて、強くなったんだろ」
 ワッカの言葉を聞いて、ルールーは優しい微笑みをユウナに向けながら呟いた。
「……そうだね」
 召喚士に目の前で死なれ、それでもまた前を向いて旅に出ることができた彼女は本当に強い人だ。
「そうだといいね」
 ギンネムがそれを誇る心もなくしていたのが残念でならない。
 でもルールーにはユウナがいる。この絆は今もまだ続いているんだ。そして……なんとしても守らなければいけない。

 ユウナが祈り子と交信している間、ガードは複数に別れて魔物を討伐しておくことにした。
 かつてギンネムは袋小路に追いつめられて死んだのだ。同じ轍を踏むわけにはいかない。
 キマリがユウナのそばで守り、他のメンバーは二人一組で魔物が集まらないよう洞窟に散る。それにしても。
「なぜワッカと一緒に……?」
「嫌なのかよ」
 そうじゃなくて、単純に「なぜ?」と思うだけだ。
 私とリュック、ワッカとルールー、アーロンとティーダで組むのが自然ではないだろうか。
 ちなみにリュックはティーダと組んでいる。私はまったく頼りにされなかった。

 実のところ私もこういう場所は苦手だ。
 グアドサラムの異界は思っていたよりも優しい雰囲気で受け入れられたけれど、死者の念が漂うかのような幻光虫の溜まり場は息がつまる。
「お前もしかして、死人が苦手なのか?」
 私はよほど挙動不審だったのか、ワッカがそんなことを聞いてきた。
「死人が得意なヒトなんているんですか」
「まあ、そうだけどよ」
 魔物なら平気なんだ。肉体が歪み変質しただけで、あれはあれで別種の“生物”だから。
 でも死人は違う。肉体を喪ったはずの彼らは魂だけ、意思の力だけで現世に存在し続けている。

「アルベドは異界を信じません。肉体が朽ちれば魂も朽ちるもの。血と肉を持たない命というのは理解を越えていて……苦手なんです」
 機械のように、分解して中身の構造を知れるシンプルなものが好きだ。説明のつかないものは苦手だ。
「つまり怖いんだな」
「苦手なんです!」
 私がそう念を押すと、ワッカは楽しそうに笑った。その顔を久しぶりに見た。
 説明のつかないもの、理解の及ばないものは本当に苦手だ。たとえばこういう胸の高鳴りも。
 私が彼に惹かれても報われるわけがないのに、想い続けてしまう、この感情も私は……怖い。




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