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 マカラーニャ湖では寺院と敵対しても構わないなんて話していたけれど、まさか本当にそうなるとは思わなかった。
 魔物と化したシーモアを打ち倒してベベルを脱出したものの、ユウナたちは自身の置かれた状況に落ち込んでいる。
 志はどうあれ今やエボンの反逆者となってしまったのだ。
 それでもきっと彼女は、旅をやめはしないのだろう。
 ユウナが旅をするのは寺院に好かれるためではなく、ただ彼女がスピラを愛するがゆえだから。

 正直、元々が寺院から嫌われるアルベドである私は何のショックも受けていない。
 リュックやティーダ、とうにそのつもりだったらしいアーロンも同様だ。
 けれど「裁きは受けねばならない」と言っていたルールーは、とうの寺院に裏切られてさすがに落ち込んでいる。
 もっと重症なのがワッカだった。
 彼らにとっては、寺院の……エボンの教えこそが心の支えだった。唯一の希望だった。
 その教えの嘘が暴かれたうえに寺院からも見放され、反逆者として追い立てられれば消沈するのも当たり前のことだった。

「ワッカ……あの、」
 大丈夫かと聞こうとして口を噤む。聞くまでもなく、大丈夫なわけがない。
 大体、アルベドの私が慰めようとしたところで嫌味っぽくなるだけかもしれない。
 立ち去って一人にしてあげるべきだろうかと悩んでいたら、彼はなぜか小さく笑った。
「ったく、やってらんねえよな。教えが絶対だと思って生きてきたのによ、とうのベベルは機械だらけで、総老師様は死人で……」
 今まで信じてきたものは何だったのかと呟く声が掠れた。

 エボンの総本山であるベベルには機械が溢れていた。それもただ生活を豊かにするための機械ではなく、人を傷つけるための兵器が。
 機械は排斥すべきもの。機械を使うものは罪人。その罪があるからシンは生まれた。
 困難を耐え抜いて生き、いつか罪が許される時が来たら、シンは永遠に甦らない。
 そう教えられ、そう信じて生きてきたのに、とうのベベルが罪とされる機械を当たり前のように受け入れていた。

「馬鹿みてえだよな。軽蔑していいぞ。お前らにはその権利があるしな」
「私にそんな権利はありません」
「アルベドはずっと理不尽な扱いを受けてきた、機械は悪くなかったんだって、怒るとこだろ」
「機械のことはともかく、あなたには私を憎む権利がありました」
「……べつに俺は……ユクティが憎かったわけじゃねえよ」
 機械を持つことが罪ではないならどうしてアルベドだけが槍玉にあげられたのかと腹は立つ。
 でも、それとワッカのことは別問題だ。

 彼はチャップを死に追いやった原因だからこそ機械を、アルベドを憎んでいた。
 たとえ彼がエボンの民でなかったとしても、相手がアルベドでなかったとしても、それは同じだったはずだ。
「私はグアド族が憎いです。大切なものを奪われたら、怒るのは当たり前です。教えが間違っていたとしても、あなたの憎しみは正当なものです」
「……」
「グアド族にもいろいろな人がいると、思うけど……そんな理屈で、片づくことじゃない……」
 亡くしたものが愛しいからこそ、奪ったものを憎むんだ。ワッカを軽蔑する気になどなれるはずもなかった。

 シーモア以外のグアドまで進んで害するつもりはない。ただ私は、二度とグアドサラムに行くことはないだろう。
 母さんの遺体を見つけた瞬間から、グアドへの無関心は憎悪に変わっている。自分でも何をするか分からないんだ。

 ワッカは私をじっと見つめた後、困惑したように俯いた。
「グアドのやつらを恨むなとは言わねえよ。俺にはそんな資格ねえからな。でも……やめた方がいいぜ」
 悲しみを忘れるために誰かを恨んでも、その恨みは後で自分に返ってくると彼は言う。
 もしかしたら、アルベドを嫌っていたことを後悔しているんだろうか。
 エボンの教えが信じられなくなったせいで、これまでの自分を責めているのかもしれない。……そんな必要ないのに。

 日が暮れて、空には月がのぼり始めていた。
 もう少し休んだら夜が明ける前にこっそりと寺院を通りすぎて、ナギ平原に向かう予定だ。
 私はワッカに促されるまま彼の隣に腰かけた。
 彼がアルベドのことを受け入れようとしているのは嬉しく思う。でも、代わりにエボンを憎もうとしているならそれは間違っている。
 矛先を変えることで無理やり許されるなど真っ平だ。
 エボンの教えに嘘があったからといって、アルベドが正しいと決まったわけでもないのだから。
 知らずに思い込んではまた同じことの繰り返しになる。

「エボンの教えは胡散臭いと前から思っていました。でも、それがシンの生まれた頃から存続してきたのは事実です。嘘の中にも真実が紛れていると思います」
「真実、ねぇ……」
 疲れた顔で天を仰ぎつつ、ふと思いついたようにワッカが呟いた。
「ホームで聞いたんだけどよ。アルベドは、究極召喚を使わせないために召喚士を攫ってたんだってな」
「あ……」
 それを聞いて私も一つ思い出した。

「あの、ルカでユウナを誘拐したのは、私でした。あの時は本当にごめんなさい……あなたの引退試合を台無しにするようなことを」
「……あぁ? ああ。もしかして、最初に会った時に謝ってたのはそれか?」
 彼の言葉に頷いた。このことに関してはミヘン街道で一度謝っているのだけれど、それは無効だと思う。
「あなたは私がアルベドだと知ってると思っていたので……」
 でもワッカ自身は何を謝られているのか理解してなかった。だから改めて、謝っておきたかった。
「べつに、もういい。結局オーラカが勝ったんだしな。……それより、召喚士の話だ」

 召喚士を攫う動機について、気持ちは分からないでもないとワッカは言う。
 けれどガードをしている以上、彼らは諦めと共にユウナの死を許容しているのも事実だ。
「究極召喚は確かにシンを倒せます。でもその平穏は一時のこと……解決には、なりません。アルベドは召喚士を犠牲にせずシンを倒し、永遠に甦らせない方法を探してます」
「んな都合のいい方法があると本気で思ってんのかよ。エボンの教えでは、……」
 するりと自然に口から出てきた言葉に気づいて、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 信仰の形が変わったとしても、無理してエボンの教えが嘘ばかりだと思い込む必要はない。私は慌てて言葉を継いだ。
「エボンの教えはシンが生まれてからできたもの。きっと彼らも私たちと同じことを願い、探したと思います」 
「……でも見つからなかった。『シンの復活は避けられない』……それが総老師サマのお言葉だ」
「ワッカは、ヨー=マイカが死人だと知らなかったんでしょう?」
「ったりめえだろ。知ってたら尊敬なんかすっかよ。死人は異界へ。そう教えてきたのはあいつら自身だってのによ」
「私たちには知らないことがたくさんあります。きっと、シンのことも知ってるようで全然知らない」
「だから一番いい方法が必ずどっかにある、ってか?」

 まだ諦める段階ではないんだ。私たちは、知ろうと思い、それを探し始めたばかりなのだから。
「たとえばシーモア。殺しても殺しても甦るあのしぶとさはシンに似ています」
 死んでも現世に留まるなんて、シンでなくても可能なことなのだ。
 エフレイエだって死んだあとにまた甦ったじゃないか。
「もしシンが死人のようなものだとしたら、今いる召喚士全員でシンを異界送りしてみるとか?」

 ワッカはしばらくポカンと口を開けていたけれど、やがて乱暴に頭を掻いた。 
「ってどんな発想だよそりゃ!」
「前例がないなら試してみるべきかと」
 究極召喚以外ならどんな方法だって一度は試してみるべきなのだ。ただし、失敗したら二度目を繰り返してはならない。
 そもそもアルベドでは究極召喚でのシン討伐を“失敗”として受け止めている。
 だって甦ることが分かっているなら、倒したことにならないじゃないか。

 信じられないものを目にしたような顔で私を見ていたワッカだけれど、やがて肩の力を抜いて尋ねてくる。
「……あのよ、お前って、本当はどういう……やつなんだ」
「どういう、とは?」
「なんつーか……最初はもっと頼りなくて危なっかしいやつだと思ってた。でも……違うんだろ?」
『それは単にあなたの前で猫を被っていただけだ』
「あ?」
 アルベド語に眉をひそめた彼に何でもないと首を振る。
 どうして突然そんなことを聞くのか謎だけれど、私の本性が族長に似た大雑把で乱暴な性格だと思われているとしたら心外だ。

「私の口調は私に似合ってないらしいですね。参考にする人を間違えました。リュックに言わせると、アーロンの話し方が近いらしいですけど」
 近々エボンの言語を学び直そうとは思っている。その時にはアーロンを真似ようかと言ったら、ワッカはげんなりしていた。
「少なくとも、頼りなくて危なっかしいやつではないでしょう」
「いや、危なっかしいのは間違いねえよ」
「……そうでしょうか」
 確かに戦闘能力が高いとは言えないけれど、それは仲間と一緒に戦うことに慣れていないだけだ。
 一人旅をしている時に危機を感じたことはない。自然と慎重になるし、守らねばならない者もないのだから。

 憎んでいたはずのアルベドが無惨に殺され、信じていたはずのエボンの嘘が暴かれ、ワッカの価値観は揺らいでいる。
 私へ向ける想いも改めようとしているようだった。それが喜ぶべきことなのかどうか、私には分からない。
「アルベドを理解しようとしてくれるのは嬉しいです。でも、私がしたことは……変わりません」
 機械についての考えが変わり、アルベドを受け入れてもらえても。
 ……チャップが私のせいで死んだ事実は変えられない。私が命を差し出してすら変えることができないんだ。
「お前を許せるかって聞かれると、正直言って分かんねえ。でもな……」

 大きく息を吸い、ため息を吐き損ねたような声で彼は呟いた。
「異界でチャップに会った時、俺は嬉しかったんだ」
 ワッカの視線は森をさまよい、何かを探しているようだった。
「あいつのこと知ってるやつがいて……覚えてくれてるやつがいて、よかったと、思ったんだ。……死んじまったけどよ。チャップはちゃんと生きて、いろんなもんを遺してったんだってな」
 でも、私はチャップのことをろくに覚えてもいなかった。彼の死に涙も流さなかった。
 異界に赴いてチャップを呼んだのが他の誰かなら、たとえばミヘン・セッションで死んだ青年ならば、ワッカはもっと心から救われたのに。

「あいつは……ルーを守るために討伐隊に入ったんだ。だから、女の後ろで守られてんのが嫌だったんだと……思う」
 彼は「お前のせいじゃない」と言おうとしている。本当は私のせいでチャップは死んだと責めたいだろうに。
 きっとホームが襲われるのを見て、母さんが死んでいるのを見て、弱っている私を責めることに気が咎めるのだろう。
 それだけだ。そんな私には不相応の優しさで……。
「無理をする必要はないです」
「うるせえ、聞け。……できるなら、お前を……憎みたくねえんだよ……」

 一時の同情で家族の仇を許すべきではないと私は考える。
 でも憎むのが辛いと言われたら、私の我儘で断罪を求めるわけにもいかなかった。
「俺はチャップを引き留められなかった。腹は立ったけどよ、あいつが決めたなら、やりたいようにやりゃいいと思って……止めなかったのが間違いなら、俺だって同じだ」
「そんなことは……!」
 あなたは悪くないと叫びたかったけれど、続く彼の言葉に遮られる。

「チャップは異界に行ったんだ。それはもう、変えらんねえ。でも、お前が呼んだら現れた」
 お前の心にチャップがいたから充分だと彼は言う。
「少なくともあいつは、自分が死んだのはユクティのせいだなんて思ってねえよ」
 だから、許せるかは分からないけれど、許したいのだと。
 この人はどうしてこうも優しいんだろう。断罪を求める私にとって彼の優しさは、かえって酷なほどだった。




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