×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
18


 水の中をたゆたうような心地好い感覚で目を覚ますと、ワッカが私の顔を覗き込んでいた。
『ああ……、私、異界に行けたのか』
 グアドサラムに呼び出されているのだとしたら腹立たしいけれど、また彼に会えたのは嬉しい。
 死んだはずの私が未だ生者のように思考しているのだから、異界は実在したと言うことだろう。
 やはりあの幻は生者の心に住み着いた死者の想いだったんだ。

 それにしても目の前で必死な顔をしているワッカはまるで現実のようだ。
 私を抱き留める腕は温かく、声もはっきり聞こえるし、頬を軽く叩かれると痛みもあった。
「おいこら! しっかりしろって!!」
 生きている時と変わらない。私が声を発すればあちらに届きそうなくらいに。
 異界では死者の姿に会えるだけで、会話は交わせないはずだけれど。
 ……ここは本当に異界なのだろうか?

 そもそも接触できる時点でおかしい。死者の姿を形作る幻光虫にそこまでの密度はないはずだ。
 よくよく周りを見てみれば、ふわふわした感覚に包まれているのは実際に水中にいるからだった。もしかして……。
「……私、死んでないんですか?」
「当たり前だろーが、馬鹿!」
 怒られてしまった。シーモアに向かってグレネードをぶっ放したのとほぼ同時に、僧兵の一斉射撃で蜂の巣にされたように思うのだけれど。

「怪我、治ってる……?」
「治しきれてないけどな」
 不可思議なワッカの言葉に首を傾げた。まさか彼が治してくれたのだろうか。
 ところどころ弾丸の跡があり服に穴が開いているけれど、傷は塞がっている。出血もない。
 ただ泳ごうとすると少し足首に痛みが走った。
 私が右足を気にしていると、ワッカはそこに手を翳し、幻光虫を活性化させて傷を癒してくれた。
「使えるようになったんですか」
「ま、火事場の馬鹿力ってやつだな」
 彼がこの水路で私を発見した時、穴だらけで血を流しつつ脈拍も弱っていてかなり危険な状態だったらしい。
 自分でも死んだと思っていたくらいだ。……また彼に助けられてしまった。

 それにしてもシーモアを襲撃した段階で殺されなかったのは意外だ。
「その場で処刑が妥当かと思いました」
「お前なぁ……。ったく、なんか企んでるとは思ってたが……無茶してんじゃねえよ」
「でも、シーモアのやつは吹き飛ばしてやりました。ヨー=マイカも殺してしまったかもしれませんが」
 ユウナ誘拐と卑劣な結婚式に関わっていたのだから自業自得だ。
 とはいえ、ついでにエボンの総老師まで殺したとなるとワッカが激怒してもおかしくない。
 そう思ったのだけれど、彼はなんだか複雑な表情を浮かべている。

「シーモア老師も……マイカ総老師も、死んじゃいねえよ。いや、もう死んでたっつーか……」
 どういうことだろう。シーモアが既に死人だったのは分かっているけれど。
「ということは、マイカも死人だったんですか?」
「……」
 その沈黙は肯定だろう。なるほど、理解した。
 ユウナが異界送りを舞おうとした時、シーモアは余裕を見せていたのにマイカが焦って止めたのはそういう理由があったわけだ。

 ワッカはショックだろうけれど、私にとってエボンの上層部が嘘つきだなんて今さらだった。それよりも。
「シーモア、無事だったんですか」
 私だけではなくワッカもこんなところに放り込まれているのは、彼らも結局追っ手に捕まったということだ。
 あの後にまたシーモアと顔を合わせたのだろうか。
「祈り子様に会ったあと、俺たち全員裁判にかけられてな。そん時に二人ともいたぞ。……残念だけどよ」
 確かに残念ではある。でも、また殺せばいいだけのことだから構わない。

 ともかく、まずは他のみんなを探すことにした。
 私は水に放り込まれたお陰で命拾いしたようなものだけれど、ユウナやルールーもここにいるとしたら大変な思いをしているに違いない。
 迷宮のような水路を抜けて、最初に見つけたのはリュックとティーダだった。
「ユクティ! もうバカバカバカバカバカバカ! 次あんなことしたら罰金500万ギルだからね!?」
「高いですね」
「命の値段にしたら安すぎるよ!!」
「まったくだな」
 無茶をしてリュックに怒られるのも照れ臭いけれど、ワッカが彼女に同意するのを見て嬉しくなってしまう。
 なんだかもう、救いようがないって感じだ。

 リュックたちも他の仲間を見つけてはいないようだ。
 ベベルには“浄罪の路”が二つあるそうだから、もう片方に放り込まれたのかもしれない。
 一見するとその場で処刑するより優しく思える方法に、ティーダが首を傾げる。
「これってどういう処分なんだ?」
「さてなぁ。野垂れ死に狙いってやつかもな」
 武器を取り上げて魔物の蔓延る迷宮に閉じ込める。
 死体は幻光虫に分解されて水に溶け出してしまうだろうし、死にきれなければ次の罪人を襲う魔物となる。
 陰険なやり方ではあるけれど、手間はかからないし効率的だ。

「出口……あるのかなぁ」
「水が流れてるんだからどこかには続いてます。最悪の場合、外に届くまで壁を壊し続けましょう」
 穴を開けてしまえばそこが出口になる。そう言ったら、ワッカは呆れたようにリュックに目を向けた。
「なあ、ユクティってリュックの……つーか、あの親父さんの親戚か?」
「ううん。血は繋がってないんだけど、なんか似ちゃったんだよね」
「失礼ですよ二人とも」
 私はあんなに考えなしじゃないし、とりあえず困ったら壊しておけばいいなんて大雑把なことは……。
 ……。
 全然、似てないから。

 しかし壁を壊すにしてもどうやるのかとリュックが尋ねた。当然ながら全員武器を取り上げられている。
 でも周りは全部水なので幻光虫を集めさえすれば何でも作れるのだ。たとえばこう、手で掬って結晶化させるだけでもいい。
「なにそれ!」
「水の魔石」
「なんで!?」
「これだけ水があったら作り放題ですよ」
 ついでに壁からパーツを剥がして骨組みを作り、簡易式の剣とボールも精製する。
 作りが甘いので何度か魔物と戦ったら分解してしまうけれど、作り直すのも簡単だから脱出までは持つだろう。

「さ、さすがホームにスフィアプール作っちゃうだけあるよね」
「ええっ? マジかよ」
「ユクティは幻光虫を操るのめっちゃくちゃ得意なんだよ!」
 なんでリュックが胸を張るんだ。
「設備管理兼コーチだけど、チームに入れるくらいはブリッツ強いんだからね!」
「……」
 なぜか深刻な顔でワッカが黙り込んでしまったので焦る。もしかしてサイクス戦のことを思い出しているのだろうか。

 水の流れを探りつつ、迷宮の出口を目指して泳いでゆく。途中で巨大な魔物に遭遇した。
 ベベル突入の際に襲ってきた守護龍エフレイエだ。しかし荘厳な美しさのあった姿は変わり果て、禍々しい有り様となっている。
 まるで死人みたいだ。魔物でも死んで現世に留まることがあるのだろうか。
 空中戦の時は人数が揃っていたけれど、このメンバーだけで戦うのは少々厳しい。回復薬を用意しようと隠し持っていたフェニックスの尾を取り出した。
 その瞬間、エフレイエは苦悶に乱れながら消滅した。

 いきなりの出来事に、四人揃って呆気にとられる。
「……?」
「??」
 水中なので話し合うことができず、何をしたのかと身振りで聞かれて私も「分からない」と手を振って答えた。
 フェニックスの尾は傷口に幻光虫を溶かして構成しなおし肉体をあるべき姿に戻すものだ。
 だから……一度は死して不安定な肉体となったエフレイエを分解したとか、そういうことだろうか?
 よく分からないけれど、楽に済んでよかったと思っておくことにしよう。

 エフレイエはどうやら出口を守っていたようだ。扉を潜った先に梯子があり、そこから水路を脱することができた。
 出てきたのはグレート=ブリッジの近く。橋の上によじのぼったところで、別の場所から出てきたユウナたちがこちらに向かって手を振った。
「ユウナ〜! よかった、ほんっとよかった〜! 心配したよ〜!!」
「うん……、ありがと」
 しかし再会を喜び合っている暇はなかった。

 宮殿からお付きをぞろぞろ引き連れたシーモアが歩いてくる。
 そして演説広場で僧兵を指揮していた小太りの男をこちらに向かって突き飛ばした。
「キノック!」
 既に事切れている。老師の仲間をも殺したのか。
「シーモア、てめえ……!」
「私は彼を救ったのだ。この男は、権力を得たばかりにそれを失うことを恐れ、安らぎも知らず追いつめられていた。だが……もはや思い悩むことはない。永遠の安息を手に入れたのだ」
 陶酔したような話し方に総毛立つ。
「死は甘き眠り。ありとあらゆる苦しみを優しく拭い去り……癒す。ならばすべての命が滅びれば、すべての苦痛もまた癒える。そう思うだろう?」
 この男は、本心から善意で彼を殺したんだ。

 無意識に腰元へ手をやり、そこに拳銃がないことに苛立った。先ほどシーモアを吹き飛ばした小銃も奪われて行方不明。
「あなたが必要なのだ。さあ、ユウナ殿。共にザナルカンドへ。最果ての死者の都へ。死の力を以てスピラを救う、そのために」
 じりじりと距離を詰めてくる。今度は閃光弾を投げても長いブリッジを逃げ切るのは難しい。
「あなたの力と命を借りて、私は新たなシンとなり、スピラを滅ぼし、そして救おう」
 いったい何の話をしているのかとは思うけれど、それよりもユウナを守らなければと突破口を探して周囲を見渡した。

「キマリ!?」
 悲鳴じみた声に顔をあげる。俊敏な動きで飛びかかったと思うとキマリの槍がシーモアに突き刺さった。
「目障りな。よかろう、ならばお前にも安息を……」
 しかし胸から槍を生やしているというのにシーモアは平然と笑っている。
 芝居がかった仕種で手をあげると、背後にいた僧兵たちが悶絶しながら倒れ込む。
 幻光虫となった彼らはシーモアの肉体に取り込まれていった。
 これは……グアドの、魔物を創る術に似ている。仲間の肉体を糧にして自ら魔物になろうとしているのか。

 キマリの槍はすでにシーモアに取り込まれ、離すに離せない状況だった。
「走れ! ユウナを守れ!」
「な……何言ってんだ!」
 戸惑うティーダにアーロンが剣を突きつける。
「行け」
「おっさんふざけんなっ……」
「行けと言っている!」
 一本道のグレート=ブリッジを逃げ切るには他に兵のいない今がチャンスだ。
「くっそおおおお!!」
 苦悶の表情を浮かべつつ、踵を返して走り出した。

 しかし橋の半ばにもさしかからずにユウナは足を止めた。
「キマリを置いて行けません……」
「やつもガードだ。お前を守ることがすべてだ」
「でも!」
 ガードに死を命じるならば私も共に。それがユウナの言葉だった。放って逃げられるわけがないんだ。
「アーロン、『ガードはいつでも召喚士の味方だ、好きなようにやってみろ』ですよね?」
「……そうだよ! ああ、俺もキマリもガードだ! ユウナの行くとこ、どこでもついてく!」
「どこでも?」
「んで、守る!」

 久しぶりに清々しい笑顔を見せたユウナが駆け出し、雪崩れるようにガードがその後に続く。
「キマリ〜! 一人でかっこつけんな!」
「おらぁ! 俺も混ぜろ〜!」
「あたしもやっちゃうよっ!」
 日頃はクールなルールーまでも嬉しそうな顔で彼らの暴走に加わった。
「私も走ります」
 ため息を吐いて彼らの背を見送りつつ、アーロンの唇は微笑んでいる。
「嬉しそうですね」
「お前は行かないのか」
 もちろん私も行くつもりだけれど、その前にやることがある。グレート=ブリッジの方から敵が来ているのだ。

「あれを片づけて、教えに反する武器を拝借しようかと」
「……時と場合によるらしいからな。今は非常時だ、マイカも許すだろう」
 そうあってほしいものだ。
 守りたい、生きたいという意思よりも大切なものなどない。
 それがユウナを守るためならば、多少教えに反しても許してほしい。




|

back|menu|index