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14


 崩れた氷と雪がクッションになってくれたのか、奇跡的に全員が無事だった。
 見上げれば空は遠い。雪に巻き込まれて地面に沈んでいった時は極寒の水中に落ちる覚悟をしていたのだけれど……。
「ここ、湖の下よね」
 不思議そうに呟いたルールーに頷く。
 魔物の一撃によって氷が割れ、落ちた先は湖中ではなかった。
 凍っていたのは表面だけで湖そのものはとうに枯れていたのだろうか。
 さほど厚くもない氷の上を今まで知らずに歩いていたのかと思うと恐ろしい。

 辺りには大昔に滅びたものと思われる町が広がっている。
「マカラーニャの下にも遺跡が沈んでいたんですね」
「氷が溶けないから、誰も知らなかったのかもしれないわ」
 そうかもしれない。そもそもマカラーニャに祈り子が現れてから千年に渡って湖の中を覗き込んだ者はいないのだ。
 知っていたら私たちが発掘に来ていただろう。でも、なんとなく違和感があった。
 遥か昔に湖に没し、その湖が氷に閉ざされて水もなくなって……。
 この静謐な空間に封じられていたにしては建物群の荒廃が激しい。
 似たような状況である幻光河の遺跡よりもバージ島の陰惨な雰囲気に似ていた。

 周辺を軽く散策してきたリュックが、役立ちそうなものは見当たらなかったとため息を吐く。
『都合よく飛空艇でも落ちてればよかったのにね〜』
『こんなところで飛んだら周りの雪が崩れてきて生き埋めになるけど?』
『うぅっ!? そっかぁ』
 機械も万能じゃない。脱出するにはもう少し原始的な方法が必要になると思う。
 遠慮なくアルベド語で話す私たちを見て、ルールーが微笑んだ。
「少し、吹っ切れた?」
「……自暴自棄です」
 ワッカはまともに私と目を合わせてくれないけれど、ようやっと打ち明けてすっきりしたのは事実だった。

 ユウナは落下の衝撃で気を失っていた。とはいっても命に別状はない。
 グアドサラムを発ってから心身ともに疲労しているだろうし、何よりエボンの老師を手にかけたのが堪えているのだろう。
 無理矢理にでも眠って休むべき時だ。
 いやしの水だけ飲ませて、起こさずに見守っておくことにする。

 さっきから退屈そうにウロウロしていたティーダが、同じようにじっとしていられないリュックと話をしている。
「ユウナどんな感じだ?」
「大丈夫だよ、ちゃんと息してるし。ルールーとワッカは?」
「ワッカは見た通りキツそうだな。ルールーは……いつもと変わらない」
 確かに、波乱の展開で衝撃を受けているけれど消沈はしていないようだ。
 シーモアを殺害したことについてどう考えたものか、皆まだ決めかねている。

 超然として見えるルールーを見つめ、リュックは羨ましげにため息を吐いた。
「なんか、かっこいいよね。オトナって感じだし」
「ふーん?」
 同性へのそういった憧れはピンとこないのか、ティーダは首を傾げている。
「ま、あたしもあと五年か六年ってとこかな」
「ふっ……」
「なに鼻で笑ってんのユクティ!?」
 いや、十年経ってもリュックがルールーになることはない。悪い意味ではなく。

 今の言葉は聞かなかったことにして、ティーダはキマリを振り向いた。
「なあキマリ、どうやってここから出ようか?」
「こらぁ、話を逸らすなっ!」
「よじ登るしかない」
「キマリもー!」
 地団駄を踏んで騒ぐリュックにキマリは到って真剣な顔で告げた。
「なりたい者になれるのは、なろうとした者だけだ」
「ルールーみたいになりたかったら、努力せい! ってことだな」
「おっ! がんばるよ!」
「リュックはリュックのままでいい」
「う〜?」

 寡黙なりに励まそうとしているキマリの意図にまったく気づけず唸っているリュックが微笑ましい。
「無駄な努力はするなということですね」
 だからつい、からかってしまう。
「な、なに〜! ユクティ! キマリ〜!」
「あはははは!」
「お前ら、よく笑ってられんな!」
 と、はしゃぎすぎたせいでワッカに怒られてしまった。
「ごめんなさい」
 よく考えたらユウナが休んでるそばで騒ぐべきでもなかった。

 私が謝ったらなぜかワッカは言葉に詰まっている。そして代わりに怒り出したのはリュックだ。
「ユクティ、あたしとワッカの扱い違いすぎない!? ってゆか前から思ってたけどその丁寧な言葉遣いも変!!」
「それは仕方ないでしょう」
 エボンの言葉はリンに教わったから、客商売向けの馬鹿丁寧な口調になってしまうんだ。
 リュックには前も「ユクティに似合ってない」と不満を言われていたので改善しようとは思っているのだけれど。

 やはり相当うるさかったのだろうか、微かに身動ぎをしたかと思うとユウナが目を覚ました。
 疲れた顔をしているけれどひとまず怪我もないようでホッとする。

 水を飲み、落ち着いたところでユウナはぽつりぽつりと語り始める。
「シーモア老師に、ジスカル様のことを聞こうと思ったの。そして寺院の裁きを受けてもらいたかった」
「結婚はその引き換え?」
「うん。必要なら、そうしようと思ってた」
 あの男は答えてくれたのかと問えば、ユウナは力なく首を振った。
「……私のやったことって、何だったんだろう。もし、最初から皆に相談していたら……」

 自責の念に駆られ始めたユウナをアーロンが叱咤する。
「もういい。しなかったことの話など時間の無駄だ」
「そんな言い方しなくてもいいのに!」
「ならばユウナの後悔を聞けば満足するのか」
「そんな言い方、しなくてもいいのに……」
 もしユウナが最初から私たちに相談していたとしても、結局は同じことになったと思う。
 ガードは召喚士の意思を守るものだから、ユウナの決めたことに異を唱えようとはしないのだ。

 アーロンが言いたいのは「自分を責めるな」ということだとは分かっている。でも……。
「あなたは愚痴を吐いたことがないんですか? 後悔しないのは反省しないのと同じです」
 過ぎたことをくよくよしているだけかもしれないけれど、この時間はユウナにとっても私たちにとっても無駄ではないと思う。
 ルールーは私の言葉に頷いた。
「……そうね。私も、ユウナの後悔を分かち合いたい。ガードだもの」
 後悔しているのだと互いに理解していなければ、また同じ過ちを繰り返すことにもなりかねないのだ。

 グアドサラムの異界に入ることを拒んだ時にも感じたのだけれど、アーロンはどうも過去を振り返ることを極端に嫌がっている節がある。
「決めるべきは今後の身の振り方だ。旅は続けるんだな」
 ユウナは迷わず頷いた。しかし表情は暗い。
「はい。……でも、寺院の許可が得られるでしょうか」
「召喚士を育てるのは祈り子との接触だ。寺院の許可や教えではない。お前に覚悟があるなら、俺は寺院と敵対しても構わんぞ」
「アーロンさん!」
「すっごいこと言うなあ〜」

 元エボンの僧兵とは思えないアーロンの言葉に対する反応は様々だった。
 ユウナは困惑している。好意的に受け取ったのはリュックとティーダ、おそらくキマリもそちら寄りだ。
 そして明確に批難の目を向けたのはワッカとルールーだった。
「俺は反対だ」
「ワッカ……」
「俺たちは犯した罪を償わなくちゃならねえ。確かに、シーモア老師のことは……あまり好きじゃなかった。ああ、ミヘン・セッションの時から気に入らねえと思ってたし、殺されそうにもなった。けどなあ!」
「それでもやはり、罪は罪。裁きを受けるべきです」
 その言葉は、私の胸にも突き刺さった。

 事情があったとしても正当防衛だとしても、暴力に暴力で応えて私たちが老師の命を奪ったのは事実だ。
 もし相手がエボンの民ではなかったら、私もおそらく素直に罪を認めていただろう。
「でもさ、さっきのやつら見たろ。その裁きって、公正なのか?」
 不安そうに尋ねるティーダに、ユウナも迷いを捨てきれずにいるようだ。
「……ベベルに行こう。聖ベベル宮のマイカ総老師に事情を説明する。それしか、ないと思う」
 端から拠り所のない私たちとは違い、ユウナや……ワッカたちは、エボンの教えのもとで生きているのだから。
 胸を張って自分の選んだ道を歩くためにも、犯した過ちは明らかにしなければいけない。

「話はついたようだ」
「アーロンさん、一緒に来てくれますか?」
「事を荒立てたのは俺だからな」
 反省しているとは思えない態度のアーロンに、ティーダが肩を竦めた。
「そうそう! 大抵アーロンが話をややこしくすんだよな」
「だよねえ〜。キマリがガーッて吠えて、おっちゃんが突っ走ってさ」
「ついて来いと言った覚えはない」
「仲間が行ったら、ほっとけるかっつうの! な?」

 緊張に固まっていたユウナの表情が綻んだ。
「……ありがとう」
「は?」
 さりげない言葉がどれほどの効果をもたらしたのか、ティーダは自覚がないようだ。
「仲間、かぁ〜」
「へ、へへ……」
 仲間なんて、当たり前のように言われると慣れないから戸惑ってしまう。

 これからどうするかは決まったけれど、どうやって脱出するのかという問題が残っていた。
 遺跡をよじ登るにしてもユウナやルールーには難しい。
 おそらくユウナの召喚獣に往復してもらって一人ずつ脱出することになるだろう。
 ひとまずは彼女をゆっくり休ませ、その間に私は気晴らしがてらその辺りを散歩することにした。

 頭上にはマカラーニャ寺院の底が見えている。光と共に祈りの歌が降り注いでいた。
「この歌、祈り子が歌ってんだってな。アルベドでもそうなのか?」
 振り向くとティーダが立っていた。幻光河でもそうだったけれど、彼はいきなり背後にいるからびっくりする。
「アルベドでは、ベベルに対する抵抗の歌とされています。ザナルカンドの子守唄ですね」
「え!?」
「えっ?」
 何を驚いているのだろう。

 ティーダは寺院を見上げて何か考え込んでいた。それでふと、ルカに発つ前にリュックと話したことを思い出す。
「ザナルカンドから来たって、本当ですか?」
 ばつが悪そうに頭を掻きつつティーダが頷いた。
「リュックから聞いた? まあ……あれだ、シンの毒気ってやつッスよ」
「でも本当なのでは?」
 リュックに話を聞いた時は何を馬鹿なと思っていた。毒気にあたったとしてもそこまで酷い記憶の錯乱は聞いたことがない。
 でも実際、ティーダの雰囲気は少々異質だった。今は……彼が本当にザナルカンドから来たとしてもあり得ない話ではない気がしている。

 あまりしたくない話だったようで、ティーダは話題を変えた。ならばそれ以上は聞くまいと思う。
「そういやさ、最初に会った時リュックが俺をルカに連れてってやるって言ってたんだよな」
「ああ、ルカにはあらゆる人が集まりますから」
 実際ティーダはルカで知人であるアーロンと出会ったというからその判断は正しかった。
「ビサイドに流れ着いて、ワッカも同じこと言ったんだ。『俺が面倒見てやる、ルカに行けばなんとかなる』って」
「……ワッカらしいですね」
 ティーダにしても私にしても、幻光河でリュックと出会った時にもそうだった。

 面倒見がよくて、根は優しい人なんだ。何も知らない相手でさえ当たり前のように受け入れてくれる。
 そんな人に、自分のことを知られたがゆえに嫌われるのは……、辛いものだ。
「エボンのこともアルベドのこともよく知らないけど、そんでも俺を助けてくれた。だからさ……ちゃんと仲直りできるって。大丈夫ッスよ」
「そうですね。リュックが受け入れてもらえたらそれでいいです」
「いや、ユクティも……」

 ティーダが言い終える前に地面が揺れ始めた。
「な、何だ?」
「地震でしょうか」
 遺跡群が崩れるかもしれないと慌ててユウナたちのもとに戻る。
 そこで恐ろしい事実に気づいた。
 マカラーニャ湖の底に沈んでいた古代の遺跡……だと思っていたけれど、ここは湖底ではなかったんだ。
 揺れが激しくなり大量の幻光虫が舞い上がる。
 私たちは、シンの背中に立っていた。




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