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13


 寺院手前の道でリュックたちに追いついた。
 ここから先は道が狭く、バイクで通れないので降りたついでに私たちを待っていたようだ。
「ユクティ……」
 薄々何かを察していたのか、リュックは私の顔を見て安堵の息を吐いた。

 一方、仏頂面でバイクから降りるワッカを見守りつつルールーは何も言わない。
「ワッカ、乗ってきたんだ?」
「……」
 でもせっかくルールーが触れずにいたのにティーダが無頓着に指摘してしまったので台無しだ。
 案の定ワッカは忌々しげにティーダを睨みつけている。
 あんな口論をした後でアルベドの機械を利用したのは不本意だろうし、私に無理やり乗せられたのも屈辱だと思う。
 そこは黙っているのが大人の気づかいだろう。

 寺院に足を踏み入れようとすると、僧官が慌てて制止にかかる。
「待たれよ! ここはアルベド族が来てよい場所ではない」
 ティーダたちは既に敷地の中。やはり私とリュックはすんなり入れてもらえない。
 汚らわしいものでも見るような僧官にアーロンが尊大な態度で告げた。
「そいつらもユウナのガードだ」
「アルベド族が?」
 眉をひそめた僧官をまっすぐに見据え、リュックが胸を張る。
「あたしはユウナを守りたい。誰にも文句は言わせない」
「ガードに血筋など関係あるまい」
 大召喚士のガードにそう言い放たれ、僧官は不満げながらも退いた。

 寺院の中なんてどこも同じだと思っていたけれど、意外とそれぞれに特徴があるものだ。
 ジョゼ寺院では……まだワッカが優しかったせいかもしれないけれど、嫌な気分にはならなかった。
 しかしマカラーニャ寺院は居心地が悪い。冷気と相性が悪いせいか、ここの僧官長がシーモアだからか。

 祈り子の間に向かおうとしたところで宿所の方から悲鳴が聞こえてきた。
「ジスカル様!!」
 因縁めいた名を聞いては放っておけず、私たちはそちらに向かう。
 女官が腰を抜かして何かを見つめていた。こちらにに気づくと彼女は部屋の中を指差す。
「ゆ、ユウナ様のお荷物が……」
 ユウナの鞄からスフィアの光が漏れ、陰気な男が虚空に話しかけていた。

『わしは……間もなく死ぬ。我が子によって殺められ、死ぬ。……それは受け入れよう。わしが不甲斐ないばかりにあやつは苦しみ……歪んでしまった』
 異界から這い出ようとしていた死人。ユウナが送り帰した時に彼が落としたスフィアがこれか。
『わしの言葉を聞く者よ……シーモアを止めてくれ。息子を……頼む』
 ユウナを悩ませ、結婚を決意させたもの。

 再生を終えるとスフィアは勝手に巻き戻り、また始めから同じ言葉を繰り返した。
 息子のことがよほど気がかりで離れ難いのだろう。それなら死ぬ前にすべてを清算して逝くべきだったな。
「何なんだよ、これ……」
 ワッカはジスカル=グアドに敬意を抱いていた。その彼を殺したのがシーモアだと知り、衝撃を受けている。
「道理で迷うわけだ。これほどの大事だったとはな」
「殺されるに足る理由はあったようですが」
 アーロンは意味ありげに私を見つめ、こう言った。
「“殺されるに足る理由”などというものはない」

 リピートしているスフィアは無視してユウナの荷物を拾い、アーロンは部屋を出る。
 後に続こうとするティーダにワッカが詰め寄った。
「お、おい、どこ行くんだ?」
「シーモアはヤバイ。ユウナを助けに行かないと」
「相手はエボンの老師だぞ」
「んああもう! じゃあワッカはここにいろよ!」
 もしかしたらその方がいいかもしれない。
 父殺しがユウナと結婚しようとしているのだ。たぶん、穏やかな話し合いにはならないだろう。

 祈り子の間に続く扉の前にはシーモアとグアドの兵士が陣取っていた。
「シーモア!」
「お静かに、ユウナ殿が祈り子と対面中です」
「もうガード面ですか」
 シーモアは目を細めるだけで返事をしない。
 間もなく彼の背後で扉が開き、祈り子との交信を終えて出てきたユウナが私たちを見て瞠目した。

「どうして……」
「ジスカルのスフィア見たぞ!」
 やや遅れてアーロンとルールーも追いつき、その背後には迷いを抱えつつもワッカが続いた。
「……殺したな」
「それが何か? もしやユウナ殿も御存知でしたか」
 ふてぶてしく尋ねたシーモアに、ユウナは強い眼差しで頷いてみせる。
「ならば、なぜ私のもとへ?」
「私はあなたを止めに来ました」
 この期に及んでシーモアは貼りついたような笑みを浮かべていた。
「なるほど。あなたは私を裁きに来たのか」

 望みもしない結婚を決意したのはシーモアの過ちを質すため。しかしどうやら彼にその気はないようだ。
「ユウナ、こっちへ」
 彼女を阻もうとしたグアドを銃で脅す。もう一人はキマリが警戒している。
 ユウナはシーモアを窺いつつも私たちの方へ戻ってきた。
 ガード全員が彼女を庇うようにシーモアの眼前に立ちはだかる。まだ困惑しているワッカでさえ、ユウナをあの男に渡すつもりはない。

「命を捨てても召喚士を守る、誇り高きガードの魂……見事なものです。ならばその命、捨てていただこう」
 その言い様にユウナは眦を吊り上げた。
「シーモア老師。ガードは私の大切な同志です。彼らに死ねとおっしゃるのなら、私もあなたと戦います」
 望むところだとでも言いたげにシーモアは禍々しい召喚獣を呼び出した。
 始めからこうするつもりだったかのようだ。結婚を申し込んだ相手を傷つけることに一切の躊躇も見せない。
「祈り子様、力を貸して!」
 ユウナもまた、つい先ほど交信を終えたばかりの祈り子を呼び出した。

 半分なりともさすがはグアド族というべきか、シーモアの魔力は膨大だ。
 召喚獣を繰りながら遠慮なく魔法を放ってくるなんて明らかに異常だった。
 しかしそれでも、こちらに数の利がある。
 ティーダがシーモアを牽制し、アーロンとキマリは召喚獣を抑え、ワッカとルールーがその隙をついて攻撃し、私とリュックで二人のグアドを排除する。
 本拠であるマカラーニャ寺院でユウナの召喚獣は圧倒的だった。意外なほど呆気なくシーモアは倒れた。

 彼が息絶える寸前、ユウナはシーモアに寄り添った。
 ……殺されるに足る理由などない。果たしてそうだろうか。
 死すべき罪を犯した人間なんてざらにいると思う。ただ、それを赦してくれる人も中にはいるというだけの話だ。
 ユウナはシーモアを断罪するためにやって来た。でもそれはつまるところ、彼が罪を償うならば許すつもりだったということでもある。
 彼女はシーモアを見捨てたのではなく、裁きを受けてもらいたがる程度には慕っていたんだ。

 扉が乱暴に開かれ、マカラーニャ湖までユウナを迎えに来た付き人たちが雪崩れ込んでくる。
 彼らは地に伏せた主人の姿を見て瞠目した。
「おお、シーモア様!? い、いったい何が!」
 何が起きたのかなんて見たままだけれど、おそらく私たちが咎められるだろう。
「お、俺は……」
「ワッカ、気にすんな。先に手ぇ出したのはシーモアだ」
「なんと! あなた方が!」
 敗者が倒れた今ではそれも証明できない。

 殺意を滾らせるグアドに頓着せず、アーロンがユウナを振り向いた。
「ユウナ、送ってやれ」
 すでにシーモアの体からは幻光虫が溢れ始めている。やはり殺されたとなると魔物化も早いようだ。
 しかし異界送りの舞を始めようとしたユウナを、シーモアの付き人がはね除ける。
「おやめなさい! 反逆者の手など借りません!」
 彼らは召喚士に委ねることなく主人の遺骸を運び去った。
 グアドは十年前からエボンの民になっていたはずだけれど、未だ完全に迎合したわけではないのだろうか。

 あれでも一応シーモアはエボンの老師でありマカラーニャの僧官長。
 先に仕掛けてきたのは向こうでも、ユウナは召喚士としてまずい立場に追いやられてしまった。
「反逆者……」
「もう……終わりだ……」
 項垂れるユウナとワッカに、ティーダが焦って叫ぶ。
「だって、悪いのはシーモアだろ。それを説明すれば分かってくれるって!」
「そう簡単にはいかんだろうが……、とにかくここを出るぞ」

 そもそもジスカルだって本当に異界送りをされたのかどうか。
 シーモアは族長の地位にあるのだ。お付きの者たちが何も知らなかったとは思えない。
 ジスカル=グアドはグアドとヒトの和を望んでいた。それは果たして一族の同意を得ていただろうか。
 もしかしたら、シーモアの父殺しでさえ内部に協力者がいた可能性もなくはない。

 祈り子の間を出て早々に寺院を立ち去ろうとしたら、出口はグアドに塞がれていた。
 躊躇うユウナを庇うように、アーロンが前に出る。
「申し開きの機会をくれ」
 しかしグアドは聞く耳を持たなかった。
「他の老師たちへは私が報告しておきましょう」
「と、言うと?」
「シーモア様はエボンの老師である前に、グアドの族長です」
 つまり彼が犯した罪の事実をねじ曲げたいので私たちは永遠に黙っていろ、というわけだ。

 出しっ放していた銃を構える。ティーダも再び剣を抜いた。
「やる……ってことッスか」
 ユウナはもちろんワッカやルールーは容易に動けない。彼らは本来、敬虔なエボンの民だ。道を切り開くなら私が……。
「ま、待ってよ! ほら、あのスフィアを見れば分かってくれるって〜!」
 私を引き留めるように袖を掴んでリュックが叫ぶ。今さらジスカルの言葉が役に立つとは思えないな。

 シーモアの付き人は、宿所に放置してあったはずのスフィアを取り出して皮肉げに笑ってみせる。
「これのことですかな?」
「やっぱり、知っていたんですね」
 先代の族長を殺して頭をすげ替えた。大した忠誠心だ。
「グアドの問題はグアドが解決します」
「トコミワダウハモ」
「ユクティ〜! 挑発しちゃ駄目だってば!!」
 どうせ通じないんだから構うものか。

 敵が仕掛けてくる前に、最初に動いたのはキマリだった。
「どけ!」
 正面にいたグアドを槍で薙ぎ払う。すぐさま反撃に転じてきそうな者は私が銃で足を撃ち抜いておく。
 もう人数の利はない。もたもたしていたら囲まれて終わりだ。
「行くぞ!」
 アーロンの一声で全員が駆け出した。

 銃とボムで敵を足止めしつつバイクを目指す。幸いにもそれは破壊されることなく来た時のまま放置されていた。
 この状況ではさすがに迷う暇もないようで、ワッカも躊躇せずに乗り込んだ。
「どこ逃げりゃいい!?」
「森へ、あそこなら隠れられます!」
「りょーかいッス!」
 一台に二人ずつでちょうど。無駄に二人乗りの大型バイクで来てくれたアニキに感謝しなければいけないな。

 ティーダを先頭にひたすら雪道を疾走する。殿は私だ。
「ユクティ、追っ手が来てるよ!」
 ちらりと振り返れば確かに猛スピードで追って来る影がある。巨大な魔物と、小型の魔物に乗った術師が二人。
 追いつかれはしないだろう。でもあれが森まで追って来たら厄介だ。
「ワッカ、ハンドルをお願いします!」
「は、はあっ!?」
 問答無用で手を離して体ごと後ろを向いた。

「げっ! おい、マジかよ!!」
 ワッカは否応なしにハンドルを握ったけれど、いきなりの操縦は難しい。早く片をつけないと。
 彼の肩越しに銃を構えて狙いを定める。曲撃ちの練習でもしておけばよかったと後悔しつつ何発目かで術師を撃ち抜いた。
 しかし魔物の方は止まらない。的が大きいので当てるのは簡単だけれど、拳銃ごときで撃たれても平気なのだ。

『くそが。リュック! グレネード貸して!』
『そんな余裕ない〜! 逃げ切るしかないってばっ』
 逃げ切るのは無理だ。凍りついたマカラーニャ湖に差しかかると魔物は眼前に迫っていた。
 強靭な脚力で跳躍してくる。思わず銃を構えたけれど、やつの狙いは私たちではなかった。
 捨て身で飛んできた魔物は着地と同時に渾身の力で拳を降りおろす。
 氷が割れ、何が起きたのかを把握する間もなく私たちは湖の底へと落ちていった。




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