×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
11


 マカラーニャの旅行公司で一泊し、外に出るとシーモアが寄越した迎えが来ていた。
 グアドのしきたりだとかでユウナは一足先に寺院へ向かった。
「んで、どうするッスか? 迎えが来るまで公司に戻ってる?」
「ここで待てって言われてもキツいよなぁ」
 ティーダとワッカがそんな会話を交わす傍ら、機械音が聞こえた気がして耳をすませる。

 近づいてくる……、スノーバイクの音だ。思わずリュックの手を引いて走り出していた。
「リュック来て!」
「あっ! うそ、襲撃!?」
 ユウナとグアドの行く手を阻むように丘の向こうからバイクが飛び出してくると、皆も後を追ってきた。

 スノーバイクを軽く蹴散らして乗り手が逃げ去ったところで、丘から新手が現れる。
 この嫌な飛行音は……ガンナーに加えてシーラーを持ってきたな。
『リュック! ユクティ! 邪魔するならこれが相手だ!』
 やっぱり、ユウナを誘拐するのが目的なのに破壊力重視の馬鹿マシンを持ち込んだのはアニキだった。
『やっちまえ!』
 返り討ちにしてやる! と言いたいところだけれど、あれが相手では本気を出さないと無理だろう。
 ちらりとワッカを窺った。
 森にいるうちに言っておけばよかった。不意打ちで偶然バレるくらいなら、自分の口から言うべきだった。

 こちらに向かって突進してくるガンナーとの間に前衛が立ちはだかる。ユウナが錫杖を構えたけれど、召喚獣は現れない。
「ど、どうして……?」
「黒魔法も使えないわ!」
 シーラーが幻光虫を抑制しているからだ。魔法や召喚が使えないばかりか、このままでは私の銃も威力が落ちる。
「ワッカ、あの飛んでる機械を狙ってください」
「お、おう!」
「リュックは足をお願い」
「りょーかいっ!」
 砲身がアーロンたちに向いている隙に距離を詰め、パーツを剥ぎ取っていく。

 リュックがガンナーの脚部を破壊したところでシーラーが落ちた。
 私はすかさず拳銃を取り出し、最大出力で砲口に向かって撃ち放す。
 砲身は破壊した。これで頼みのレーザーも放てないだろう。
「ってお前、その武器……」
「もう魔法が使えます!」
 向けられた視線を強いて無視し、ユウナたちに告げる。
 召喚獣イクシオンとルールーの強烈な雷魔法によって、ガンナーは完全に沈黙した。

 煙をあげるガンナーからアニキが慌てて転がり出る。
『お、お前ら、親父に言いつけるからな!』
『あたしたちユウナのガードになったから。みんなで護るから、ユウナは大丈夫!』
『ホームには帰らない、私は自分の思うようにする』
『……くそっ! どうなっても知らねえぞ!』
 忌々しげに吐き捨てて、アニキも逃げていく。あいつに族長の怒りは削げないだろうな。まあ、仕方ない。自分で選んだこと……だから。

 安全が確保されるとユウナは再びグアドの一行に連れられて寺院へと向かった。
 ワッカは、壊れたガンナーの残骸をじっと睨みつけていた。
「なんでアルベド族の言葉、知ってんだ? なあ?」
 迷いつつも振り返り、私たちを見つめる視線は未だ半信半疑。
 うまい嘘をつけば、きっとまた信じてくれるだろう。でもそんなことはできなかった。
「私とリュックはアルベド族です」
「……さっきの、あたしのアニキ」

 沸き上がる怒りを押さえ込むように俯いていたワッカだけれど、耐えきれなくなって“仲間”を見る。
 気まずそうにしている皆が始めから私たちの正体を知っていたのだと、彼は気づいた。
「なんで黙ってた」
「あんた、怒るでしょ」
「当たり前だろ! 最悪だぜ。反エボンのアルベド族と一緒に旅してたなんてよ」

 リュックは、まだ十五歳だ。自分たちの歴史を否定されたら全力で反論してしまう。
「あたしたちエボンに反対なんかしてないよ」
「お前ら禁じられた機械を平気で使ってんじゃねえか! 分かってんのか? シンが生まれたのは人間が機械に甘えたせいだろうがよ!」
「しょーこは? しょーこ見せてよ!」
「エボンの教えだ! 教訓もたくさんある!」
「答えになってな〜い! 教え教えってさあ、もっと自分の頭で考えなよ!」
 外に出ても変わらない堪え性の無さは危険なのだけれど、あの父と兄に囲まれて自制心を育めというのも無理な話だった。

 直情的な彼女の気質は好ましく思っている。それでも今は、ワッカに突っかかるリュックを止めた。
「リュック。それは私たちにも言えることですよ」
「なんで止めんの!? ユクティもエボンになっちゃったわけ!?」
「私たちだって何も知りません。シンがどうして生まれたのか、あなたは分かる? 機械のせいではないと言える? エボンが嫌いだから、間違っていると思いたいだけです」
「で、でも……」
 私たちだって、明確な答えを持っているわけじゃない。正しさを競っても意味がない。

「けっ、教えを馬鹿にして結局それかよ」
 侮蔑も露な言葉で、治まりかけたリュックの激情にまた火がついてしまった。
「でも! 教えだからって何も考えなかったら、いつまで経ってもこのままだよ! 何も変わんないよ!」
「変わんなくてもいいんだよ!」
「じゃあシンが復活してもいいの!? もしかしたら、それ止められるかもしれないんだよ!」
 召喚士を攫ってしまえば彼らが犠牲になることはない。その間にシンを倒す方法を探せばいい。
 そんな理想的な夢を思い描いてきたけれど、現実的にナギ節のない間シンをどうするかという考えは……何もなかったな。

 エボンの民は教えに忠実だ。彼らはアルベドの正しさを一片たりとも認めることはない。
 なのにワッカは、なぜか苦しそうだった。
「俺たちが罪を償いきればシンは復活しない」
「どうやって償うのさ!」
「教えに従って暮らしてれば、いつかは償えるんだよ!」
 まるで彼自身それを信じきれていないかのようだ。
 ……ユウナに向かって、ナギ節を心待ちにしていると語る人々のように。
 悲しい結末なんて誰も望んでいないのに、他に縋るものがないからそれが唯一の道だと自分を騙している。

 平行線に陥った会話に疲れたのか、リュックは絶望的な顔でため息を吐いた。
「なんか、話になんないね……」
 そう、話になんて、なるわけがないんだ。私たちの歴史は互いに否定し合うばかりだったのだから。
 エボンの教えは機械を拒絶し、機械に親しむからというそれだけで私たちを迫害してきた。
 そして私たちは、アルベドを拒絶するというそれだけでエボンは間違っていると決めつけてきた。

「だけど、もしそれが本当だったら?」
 愕然とするリュックの視線、剣呑なワッカの視線、そしてルールーたちの困惑するような目が私に向けられる。
 ヒトの視線は苦手だ。じっと見つめられればそれだけで痛みを伴う気がした。
「機械を使い続けてるせいで、償いが終わらないとしたら? エボンの教えが正しいとしたら?」
「ユクティ、なに言ってんの!? シンが生まれたのは機械のせいなんて、証拠はなんにもないじゃんよ! ユクティだってそう思うから、一年前にも……」
『私が生きてるのは一年前に兵器を使わなかったからだ』
「……え?」
 一年前からずっと、その痛みは酷くなり続けていた。

 誘拐という強行手段に出たのはユウナが召喚士になってからだけれど、その前から究極召喚への疑念はあった。
 そうして討伐隊との合同作戦が打ち立てられたんだ。誰かを犠牲にすることなく、シンを倒すという希望を胸に、私たちは集まった。
 でも結果は……。
『ホームに帰れたアルベドは後詰めにいた私だけだった。機械のそばにいた人はみんな跡形もなく消し飛ばされた』
 ただ信じたくないというだけで目を背けてきたけれど、それはまさにエボンの教えの正しさを証明するかのような光景だった。

 つい先日にも同じことが行われたではないか。
『リュック。族長はどうしてミヘン・セッションにアルベドが参加することを許可したんだろう?』
『それは……だって、究極召喚以外の方法が必要だからだよ。今度こそうまくいくかもしれないから!』
 私たちが召喚士の身柄を確保して、旅をやめさせて、その間も死と破壊を振り撒くシンを倒すために。
 ……過ちをそうとは認めず、同じことを繰り返した。
『そして一年前と同じ結果になった。兵器を使った者は死に、教えに従順な者だけが遺された。……彼らを犠牲にして召喚士を救うのと、死ぬと分かってて召喚士に旅をさせるのと何が違うんだろう』

 重い沈黙を破ったのはアーロンだった。
「リュック! これは動くのか?」
 いつの間にかスノーバイクのもとへ移動し、転がされていたそれを起こして乗り込もうとしている。
 リュックは一度私を見上げ、唇を引き結ぶと彼の方へ駆けていった。
「……あれに乗ろうってのか? まさかアーロンさんまでアルベドじゃないだろうな」
「アーロンは違います。アルベドなら聞かなくても操縦できますから」
「んなこた分かってんだよ!」
 思わず謝ろうとした私をティーダが制した。

「変だよ、ワッカ」
「何が」
「アルベド族だって分かったら、急に怒るなんてさ。ここまで仲良くしてただろ」
「知ってたら仲良くなんてしてねえよ」
 これが普通だ。ごく自然なエボンの民の反応なんだ。
 ティーダは毒気にやられて、そんなことまで忘れてしまったのだろうか?
「俺、スピラのことはよく知らないけど……アルベド族がどんな人たちなのかは全然知らないけど、リュックは俺を助けてくれた。リュックはリュックだよ」

 リュックをフォローしてくれるのはありがたい。でも私は庇われることなど望んでいない。
 私を見つめる純粋な信頼の籠る視線は、侮蔑より憤怒よりも鋭く突き刺さった。
「ユクティだってさ、ルカでユウナを助けてくれたじゃん」
「攫ったのも私です」
「でも、逃がしてくれたんだろ! そのあとはずっとユウナを守ってくれてた。ワッカだって、見てたろ?」

 ユウナのことを出されると弱いのだろう、ワッカは助けを求めるようにルールーを振り返る。
「ルー……」
「アルベド族を知るいい機会。そう考えてみない?」
 けれど望む答えは得られなかった。
 苛立たしげに舌打ちをして、ワッカは一人寺院に向かって歩き出す。
「放っておけ。簡単には受け入れられまい」
「……ごめんね」
「あんたが謝ることないわ」
 和解できるかは分からないけれど、リュックはきっと受け入れてもらえるだろう。
 彼女の明るさはユウナの旅に必要なものだ。ワッカだって、本当はリュックを嫌う理由などないのだから。

 不和を抱えたままでいつ来るかも分からないグアドの迎えを待つこともできない。
 私たちはアニキの残していったスノーバイクに乗ってユウナを追いかけることになった。
 ただ、一向に乗り込もうとしない私をリュックが不安そうに見つめてくる。
「ユクティ……あたしのこと、怒ってるの? アルベド嫌いになっちゃったの?」
「そんなわけないでしょう。私も……アルベド族ですから」
 気づいてしまっただけだ。私たちも公平ではなかったこと。エボンと同じくらい、盲目だったということ。
 いや……とうの昔に気づきかけていたことに、ちゃんと向き合う決心がついただけ。

「私はワッカに話しておかなければいけないことがあります。先に行ってください」
「でも……、一人で大丈夫? あの人かなり頭に血がのぼってるから」
 心から心配してくれている様子のルールーに、気持ちが温かくなる。
「たぶんもっと怒らせてしまいます。場合によっては、ここでガードをやめるかもしれません。……私はそれだけの罪を犯しているから」
 だけど言わなくてはいけない。たとえどんなに憎まれたとしても、それは彼の権利なのだ。
「……先に行って、ユウナと待ってるからね!」
 気丈に叫ぶリュックを乗せてバイクが走り去る。私もワッカの後を追い、歩き出した。




|

back|menu|index