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 マカラーニャの森に入ると冷気が厳しくなってきた。
 祈り子の力で寺院のまわりは常に凍りついているような状態だ。
 この森にまで雪の脅威は迫っていないけれど、暑い砂漠に慣れ親しんだ私たちには辛い気候だった。
 広大で深い森、一気に抜けてしまうのは難しいというので泉のそばでしばし休憩することになる。
 夜までに森を抜けたら、雪原の手前にある旅行公司で一泊できる予定だ。

 食事を終えて各々リラックスする。私は防寒具を着込んで木陰に座り、リュックと話し合っていた。
『ユウナの結婚、どう思う?』
 リュックはなんとも言えない顔でうーんと唸る。
『旅をやめてくれるならそれもいいかなって思ったんだけどさ、なんかね……』
『うん……』
 なんか、ね。あんな悲愴感の漂う覚悟と共に結婚なんてするものじゃない。

『ジスカル=グアドって、シーモア老師のお父さんなんだっけ?』
『そう。九年前にヨー=マイカの宥和政策で老師に任命されて、一ヶ月前に急死した』
『で、不穏な死に方したから死人になりかけてたんでしょ? ……な〜んかヤな感じ』
『スフィアを見てユウナはジスカルの何かを知ったんだろう』
 そしてその何かを解決するために、シーモアに近づこうとしている。結婚を条件に彼と交渉するつもりなのだ。
『あの腹黒そうな男にユウナが勝てると思えない。無謀すぎる』

 私の言い様にリュックは苦笑している。
『ユクティ……そゆことエボンのやつらの前で言っちゃ駄目だよ?』
『分かってるよ』
 べつにシーモアがエボンの老師だから嫌いなわけじゃないんだけどな。
 ただ個人的にあの男の持つ不気味な空気が恐ろしく感じるだけだ。
 できる限り近づきたくないし、ユウナを近づけたくもない。
 表面上優しく見えても彼の瞳には明確な拒絶が宿っているんだ。
 何のつもりでユウナに求婚したにせよ、心から誰かと和するつもりなどないに違いない。

 ユウナに、何をするつもりなのか話してほしいと思う。そうしてきちんと彼女を手伝いたい。
 でも私にそれを言う資格があるだろうか?
『リュック。私、アルベド族だって言っては駄目かな?』
 唐突な私の問いにリュックは目を丸くした。
『言ったらもう、ついて行けないと思うよ。寺院だって入れるわけないもん。召喚士のガードがアルベドなんてさ』
 それはそうだろうけれど本当なら追い出されるはずだというならば黙っているのは卑怯だとも思うんだ。
 寺院に対してはともかく、せめて仲間には告白するべきではないのだろうか。

 元はと言えばユウナのガードになって一緒に行こうなんて私が言い出したせいで、リュックまでアルベドであることを隠さなければいけなくなってしまった。
 私がみんなに……ワッカに本当のことを知られる勇気を持てば、せめてリュックは堂々とガードでいられたかもしれないのに。
『ごめんリュック。私の嘘に巻き込んでしまって』
『はぁ? 何言ってんのさ! あたしだってユウナを守りたいもん。ユクティに言われたからってだけでくっついてきたわけじゃないよ!』
『……そっか』
 確かに、勝手に責任を感じるのもいけないな。でも……未だ迷いは消えない。

 消沈しているように見えたのか、リュックは心配そうな顔で私を覗き込む。
『ねえ、ワッカと何かあった? なんか言われた?』
 やっぱり態度に出てしまっていたのだろうか。私のせいで彼が濡れ衣を着せられては気の毒だ。
『何もない。だって彼は私がアルベドだと知らないんだから、何も……』
 何も知らされていないから、ワッカは私に対して正当な感情を抱くことができない。

 うーんと考え込み、リュックは「バラしたいなら、それもアリかも」と言い始めた。
『頭固いし、エボンの教え信じちゃってるけどさ。ワッカも根はいい人だと思うんだよね。ユウナのガードだし!』
 共に旅をしてきた私たちが打ち明けたら、アルベドに対する見方を変えてはくれないだろうかと。
『ティーダは全然平気だったし。キマリは分かんないけど、ルールーとおっちゃんもフォローしてくれるんじゃないかな!』
 希望に溢れたリュックの言葉を聞いて、自分が無意識に何を目論んでいたのか気づいてしまった。
 今の私はユウナのガード、彼の仲間だ。その時間を積み重ねることで、真実を話した時の心証を少しでも良くしようとしている。

『……ワッカの弟、一年前に討伐隊に入って、ジョゼ海岸で亡くなったんだ』
『え……?』
 この一年間、私がどれほど無様な姿を晒して生きてきたのかリュックは知っている。だから困惑していた。
『で、でもさ、それユクティとは関係ないよ。そりゃ可哀想だけど……ユクティが生きてるのと、その人が死んじゃったのは、』
『関係あるんだよ』
 惨劇の中を一人で生き延びてしまったことに罪悪感を抱いているわけじゃない。
 アルベドの仲間に対してはそうだったけれど、それはみんなを喪った悲しみを癒すための逃避だった。
 でも彼に関することは違う。
『チャップが死んだのは私のせいなんだよ』

 リュックが何か言おうとしたところで、慌てて口を手で塞いだ。視線が私を通りすぎる。
 振り向くと、ワッカがこっちに近づいてくるところだった。
「何やってんだ?」
「もー、女子の秘密の話を盗み聞きしちゃ駄目だよ!」
「んなこと言われても……、つーか聞いてねえよ」
 どうやらアルベド語での会話は聞こえていなかったようで、リュックもホッと息を吐いていた。
「そろそろ出発するってよ」
「……分かりました」
 立ち上がると湿った泥で服が汚れている。染み着いて、払っても落ちなかった。

 私がユウナたちの方へ歩き出したすぐあとに、リュックは早口でワッカに捲し立てた。
「あのねワッカ、ユクティはヒトに厳しいけど、自分にはもっと厳しいんだよ。何か失敗したら罪悪感でいっぱいんなって、一人でずっとへこんじゃったり……」
「リュック!」
 慌てて駆け戻って口を押さえようとするものの、身軽に逃げられる。
「誰かの役に立てるように、がんばってる。役に立たなきゃ生きてちゃ駄目なんじゃないか、なんてバカなこと考えるくらい、この一年ずっと落ち込んでて!」
「リュック! 怒りますよ!」
 ついに彼女はワッカの背中に隠れてしまった。

「なんかあったとしても、ユクティは一生懸命やってるから。怒らないであげて」
「えっと……何の話だ? 俺べつに怒ってねえんだけど」
「これから先の話! どんなことがあっても、ユクティを嫌いにならな、」
 ここまでだ。さすがに耐えられなくなり、回り込んで脇から彼女を抱えあげると思いきり投げ飛ばした。
「いったぁ!」
 地面に叩きつけられたリュックが悲鳴をあげる。……自業自得だ、愚か者。ワッカを楯にすれば私から逃げ切れると思ったのか。

 一連の攻防を呆然と見ていたワッカは、腰を擦るリュックを見下ろして頭を掻いた。
「きれいに投げたなぁ……意外と容赦ねえな、ユクティ」
「本当だよ! かよわい女子なのに〜!!」
 かよわい女子は人が必死で隠したがっていることを勝手に告げたりしないものだ。
「それ以上なにか言ったら、次はサボテンダーの巣に投げ込みますよ」
「ううっ、わーーーん! ユウナ〜〜、ユクティがいじめるよ〜〜〜!!」
 泣き真似をしながら走り去る背中を見送ってため息を吐く。ダメージが軽い。私も鈍ってるみたいだ。
 ……リュックが気を使ってくれているのは分かるけれど、まったくもって余計なお世話だった。

「あー……なんつーか、仲いいな?」
 ふと我に返ればワッカと二人で取り残されていることに気づく。
 慌ててリュックの後を追い、ユウナたちの方へと歩き出した。
「リュックは……私の家で育ったようなものだから、お互いちょっと、遠慮がなくて」
「俺にも遠慮しなくていいんだぞ」
 一瞬その言葉の意味が分からず、つい振り向いてしまうとワッカもこちらを見ていた。
 このところ視線さえも避けていたのに久しぶりにまっすぐ見つめ合う。彼の瞳に私が映っている。

「失敗くらい誰だってするだろ。んなことで誰も嫌いになったりしねえって。だから、その……あんま気張りすぎるなよ」
「……取り返しのつかない失敗だってありますよ」
「まあ、それはそうなんだけどな」
 少なくとも私の犯した過ちをあなたは許さないだろう。
 そう分かっているから、何も言えないんだ。
 なぜ異界で私の前にチャップが現れたのか。
 私がワッカを好きになってしまったということも。
 私のすべてが、きっと彼を傷つけてしまう。




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