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- ナノ -
09


 平和っていうのはそうそう長続きしないものなのか。
 オーラカのまさかの優勝が決まって喜ぶ暇もなく、新たな困難が押し寄せてきた。
 魔物だ。
 スフィアプールにも、観客席にも、どこからか魔物が溢れ出してきたのだ。

 ああもう、やっぱりもう少しちゃんとケアルをかけておけばよかった!
 とりあえず応戦してはいるものの、ワッカはもうボロボロだ。
 試合終了そのままに魔物と戦ってる場合じゃない。
 武器がないから戦えはしないけど、オーラカのメンバーも水中なら自在に泳いで魔物を撹乱するくらいはできる。
 ティーダと共にワッカを守ってくれてはいるようだ。
 控え室に戻るより、観客席に脱出しちゃった方がよさそうだな。

「ルーは客席に行って、ユウナたちと合流して!」
「メルは?」
「観客の誘導を手伝ってくる」
 モニターで見る限り、客席の魔物は討伐隊が対処してるから平気そうだ。
 それより問題なのは魔物から逃げるため通路に押し寄せている観客。
 連絡橋を渡って港の中央広場に集めるべきなんだけど、そこへ行くまでにパニックに陥ったら大変だ。

 人波に呑まれずに済むよう、ルールーは従業員通路から送り出す。
 こんな騒ぎは起きないのが一番、とはいえこの場に召喚士とガードがいたのはラッキーだ。
 観客席ではユウナやキマリも戦ってるだろうし、貴賓席にはシーモア老師がいらっしゃる。
 酷い大混乱にはならないだろう。

 私はフロントカウンターからメガホンを手に飛び出し、連絡橋で誘導係を務めることにする。
 こっちにもちょろちょろと魔物が溢れてきていた。
 サハギン……は、陸の上でなら私にも殴り倒せる。ヴィーヴルがちょっと厄介だな。
 戦闘は討伐隊に任せよう。
「えー、みなさーん! 安全な広場に移動してくださーい! 通路で立ち止まると危険ですー!」
 私の声を聞きつけて討伐隊の一人が剣を掲げながら広場に向かっていく。
 恐怖に駆られている観客たちは、安心感を求めて武装した人の後を追おうとする。
 よしよし。

 ここで大勢の人が転倒して折り重なっては大惨事。
 しかしなんともいい感じでサハギンが紛れ込んでくるため群衆が団子にならずに済んでいた。
「中央広場はこっちですよー! 討伐隊が安全を確保しまーす! 落ち着いて避難してくださーい」
 間違えてシアターの方に走ろうとしていた人も、ちょっと気が抜けた表情で駆け戻ってくる。
 敵は大して強くないし、スタジアムの外に這い出てくる魔物は数もそんなに多くはない。
 避難さえ無事に済めば死傷者は出ないだろう。

 逃げてくる観客の焦りの表情から見るに、中はまだ少しキツい状況みたいだ。
 というところで、スタジアムの方から轟音が響いた。
 幻光虫が舞い上がる。
 うわ、なんだあれ? 召喚獣にしては禍々しいなぁ。
 べつの巨大な魔物が出現したかと群衆の目に動揺の色が走ると同時、その召喚獣は眼光一閃で多くの魔物を焼き払った。

「あーっと、シーモア老師の召喚獣が守ってくだされます! 落ち着いて避難通路へ!」
 見慣れない召喚獣にビビっていた人たちの間にざわめきが広がった。
「シーモア老師……」
「シーモア様の召喚獣か?」
「助かった!」
「シーモア様が守ってくださる!」
 立ち止まるなっちゅーに。
 それに、あれはデモンストレーションというか威嚇の意図が強い。
 実際にスタジアム内の敵を排除してるのはシーモア老師じゃなくてユウナや討伐隊の人なんだけどなぁ。
 まあ、シーモア様がいらっしゃるからマイカ総老師は安全だろう。それに関してはありがたい。

 二時間ほどで騒ぎは治まった。
 まだどこかに紛れ込んだ魔物が残っているかもしれないけれど、討伐隊が念入りに探し回っているから問題ない。
 観客が集まっていたので、優勝杯の授与はそのまま港で行われた。
 式は簡素になってしまったけれど、オーラカの優勝が誰にとっても忘れられない出来事となったのは間違いなかった。

 やれやれ。それにしてもなんだっていきなり魔物が侵入してきたんだろう?
 まるで警備の討伐隊がいつもより少ないのを見計らったみたいに。
 それに、襲撃ってわりには規模も小さかった。
 被害がほとんどなかったのは何よりだけど、なんか不自然で気味が悪いなぁ。

 ともかく、これでお仕事完了。
 ワッカとルールーにとやかく言われる前に、預けていた装備を取りに行く。
 家も引き払ったし、もう何もやり残したことはない。
 さて……ミヘン街道で鉢合わせを避けようがないから、ユウナたちより先に出発しちゃった方がよさそうだ。

 急いで町の出口の大階段に向かうと、物陰にちらりと金髪が見えた。ティーダが誰かと話している。
 あの赤い着物はもしかすると、アーロン様じゃないだろうか。
 背格好に大太刀、謎の徳利。たぶんそうだ。
「おー……ぃ?」
「あれに接触した時、お前もジェクトを感じたはずだ」
 声をかけようとしたのに途中で引っ込んでしまった。
 な、なにやら込み入った話をしていらっしゃるような。

 ティーダは呆然と目を見開いている。ころころ表情の変わる明るい子なのに、あんな顔は珍しい。
「まさか……」
「そうだ。シンはジェクトだ」
 シーン。
 ……え? 何を言ってるんだ?

 ジェクトって、ジェクト様? そういえば彼の父親もジェクトという名前なんだったか。
「くっだらねえ! なんだよそれ! 馬鹿馬鹿しい!」
 ほんとだよ。
 でも、ザナルカンドでティーダの後見人をしていたのはアーロンという人で。
 そのアーロンは、ブラスカ様のガードだったあの御方で。
 つまり、彼のザナルカンドは実在する、そしてスピラとの往き来も可能だということ。

 あー、ジェクト様の話は、聞かないでおこう。
 どういうことなのかものすごく気になるけど、深く考えるとプライバシーに土足で踏み込んでしまう。
 たぶんティーダだっておいそれと他人には知られたくないだろう。

 今のうちにと言ってはなんだけど、さっさと街道を先に行ってしまうことにする。




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