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09


 ユウナが求婚の返事を携えて訪れたものの、シーモアは既に邸を発っていた。
 自身が僧官長を務めるマカラーニャ寺院に向かったそうだ。
 こちらの目的地もマカラーニャなので不本意ながら彼のあとを追うことになる。

 渋るリュックを引き摺るように雷平原を歩いてゆく。
 避雷塔を利用しながら、頭上に迫る雷は寸前で避ける。しかし集中力が持たずに私はさっきから何度も雷に打たれていた。
 防具もつけているし、避けきれなくても問題はないのだけれど……。
 あまりにも集中砲火を食らうため、リュックは私から目一杯に距離をとって歩いている。
 ちょっと悲しい。

 またしても私めがけて落ちてきた雷をもう面倒なので属性を付加した剣ではね除けた。
 最初は心配そうにしてくれていたワッカもさすがに呆れている。
「大丈夫かよ。ユクティ、なんかやたら狙われてんな」
「なぜでしょうね」
 白々しくとぼけつつ距離をとると、ワッカはがくりと肩を落とした。
「なにも逃げることないだろ……」
 だって顔を合わせづらいんだもの。彼が悪いわけではないのに申し訳ないとは思うけれど今はそっとしておいてほしい。

 雷が私に向かってくる理由は分かっている。アルベド謹製の拳銃を持っているからだ。
 この武器は火薬も電気も使わず周囲の幻光虫を集めて弾丸として射出する。
 だから水中でも使えて身を守るのに重宝するのだけれど、幻光虫を集めるついでに雷も引き寄せてしまうのは困ったものだった。

 平原の中ほどに差し掛かり、みんな雷を避けるのにも慣れてきた頃、ただ一人いつまでも慣れないリュックがキレた。
「へへへへ……」
 雷鳴の合間に不気味な笑い声。ワッカとティーダが不審そうに振り返る。
「おいおい、どした?」
「変な笑い方すんなよリュック」
 恐怖が限界を突破して壊れてしまったようだ。そんなリュックの間近に雷が落ちる。
「いぃやぁああ〜っ!? やだ! もうやだ〜! そこで休んでこ、ね? ね!?」
 ティーダの足元にしがみついて懇願するリュックに、みんな揃って歩みを止めた。

 すぐそこに旅行公司が見えている。とはいえ、いくら屋根があっても雷平原で一泊しようという客はあまりいない。
「ここの雷は止むことがない。急いで抜けた方がいい」
 必死で歩けば一日で抜けるのも不可能ではない距離なのだ。休息するメリットは薄い。
「知ってるけどさ〜! 理屈じゃないんだよ〜!」
 でもリュックは駄々をこねる子供のように、地面にへたり込んでしまった。

 アーロンが無視して歩き始めたので仕方なく私たちも続く。
「頼むよ〜! 休んでこうよ〜! 雷は駄目なんだよ〜! お願いっ!!」
 必死で叫んでいたリュックだけれどやがて啜り泣きを始めた。
「こんなにヤだって言ってるのにさあ……ヒドイ……ヒドイよ……血も涙もないよ……」

 もう本当に立ち上がらないと置いていくことになってしまう、というくらい離れてもリュックは座り込んだまま。
「ユクティ〜〜!」
「気絶させてその間に運びましょうか」
「うわ〜〜ん!! ユクティの鬼畜!!」
 せっかく代案を出したのに鬼畜扱いされてしまった。
「已むを得んな。うるさくて敵わん」
 結局、今夜は公司に泊まって明日の朝一番に出発することとなった。

 旅行公司に入ると、ユウナは疲れたと言って早々に部屋へ引っ込んでしまった。
 ティーダたちは相変わらず雷に怯えるリュックをからかいつつリラックスさせようと試みている。
 そして私はと言えば、ワッカに通路の隅へと追いつめられていた。

「なあ、俺なんかしたか?」
「何もしていません。私が勝手に卑屈になっているだけです」
「つってもよぉ……異界で、チャップに会ってから変だぞ。理由くらい話してくれよ」
 理由も知らされずに避けられれば彼でなくとも腹が立つだろう。
 不誠実なことをしているのは分かっている。
 分かっているけれど……。

「ユウナ、大丈夫でしょうか」
 あからさまに目を逸らして関係のないことを言う。ワッカはため息を吐きつつも乗ってくれた。
「そのうち自分で言い出すって。俺たちガードは、それまで待ってやろうぜ」
「じゃあ私のことも、言えるまで待ってくれますか」
「そ……それは、……わーったよ。お前が言いたくないってんなら、待つ」
 彼がそう言ってくれたので私もホッとした。
「頑張って、近いうちに言いますから」
 打ち明ければもう一緒にいられなくなるだろう。だからもう少しだけ心の準備をさせてほしい。

 夜が明けても雷平原の空は暗い。リュックは絶望的な表情で窓を見つめていた。
「雷、止まないね」
「期待していたわけでもあるまい」
 冷たく言い捨てるアーロンを睨みつけようとしたものの、またしても窓の外で瞬いた光にリュックは耳を塞いで踞る。
 すぐに轟音が響いた。公司の近くに落ちたようだ。
「一生やっていろ」
 そう言い放つとアーロンはさっさとドアに向かって歩き出した。
 
「い、行けばいいんでしょ、行くよ……でも! そんな言い方しなくたっていいじゃんよ! もっとこう、やっさしく励ますとかさあ! あるでしょ!? 全然分かってないんだもんな〜、もう!」
「リュック、アーロンもういませんよ」
「……」
 拳を握り締めてぷるぷるしていたリュックは、この怒りを活力に代えようとしているらしい。
「負けないぞ〜! ふぬぬぬぬ……負けるかっちゅーの!」
 幻光河では一旦別れて、マカラーニャで合流した方がよかったかもしれないなんて思う。

 少し離れたところに青空が見える。雷平原もじきに終わりというところでユウナが足を止めた。
「みんな……ちょっと、いいかな」
「どうした、ユウナ」
「聞いてほしいことがあるの」
「ここで?」
「もーちょいで終点でしょ。さくさく行っちゃおーよ」
 困惑する私たちをよそに、ユウナの表情は硬かった。
「いま話したいんだ」

 避雷塔の近くに崖が競り出して雨宿りできる場所があった。
 そこに移動してユウナの話を聞くことにする。
「私、結婚する」
 彼女がそう言うと、リュックとルールーは「やっぱり」という顔をした。
「そう来たッスか……」
 異界で心を決めた時には、ユウナの意識は結婚しない方向にあったはずだった。
「な、どうしてだ? 気ぃ変わったのか?」
「スピラのために、エボンのために……そうするのが一番いいと思いました」
「説明になっていない」

 話をするとは言いつつもユウナは心の内を明かそうとしない。結婚しようと考えるに到った理由があるはずなのに。
「もしかして、ジスカル様のことが関係してるの?」
「あ! あのスフィア!」
 彼女の様子がおかしくなったのはグアドサラムの異界でジスカル=グアドを見てからだ。
 ティーダによると、旅行公司で部屋に引きこもったユウナはジスカルが遺したスフィアを見ていたらしい。

 アーロンがユウナに向かって手を差し出した。
「見せろ」
「できません。まずはシーモア老師と話します。これは……個人的な問題です」
「なんだよ今更、水くせえなぁ」
「ごめんなさい……」
 どうやらここで問いつめても彼女がすべてを話すことはなさそうだ。
 巻き込みたくないとでも思っているのだろうか。ガードは召喚士に命を預けているのに、本当に水くさい。

「だが、ユウナ。今一度聞くぞ」
「旅は止めません」
「……ならばよかろう。好きにしろ」
 簡素なアーロンの言葉にティーダが食ってかかる。
「ちょっと待てよ、旅さえしてればあとはどうでもいいってのかよ!」
「その通りだ。シンと戦う覚悟さえ捨てなければ何をしようと召喚士の自由。それは召喚士の権利だ」
「でも、なんか……そんなの変だろ……」

 スピラにとって明るい話題になる。そういう理由で結婚を決めたのなら、何も隠すことはないはずだった。
「ユウナが結婚したいと思うならいいんです。でもそれ、お父さんに報告できますか?」
「父さんに……」
 平穏のために命を捧げる彼女の覚悟、それに見合うほどの価値があるのだろうか。
「なあ、シーモア老師と話すだけじゃ駄目なのか? 結婚しねえとマズイってか?」
「……分からない。でも、やっぱり覚悟は必要だと思う」

 自由は何かと引き換えにして誰かに与えてもらうものではないだろう。
 召喚士だって好きなことをする権利がある。覚悟と引き換えにしなくても、だ。
 雷平原を抜けて轟音が止んでも重々しい空気は晴れなかった。




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