06
召喚士の旅の最終目的は、最北の地ザナルカンドで究極召喚を得ること。
でもその前にスピラ各地に点在する寺院を巡って祈り子と交信を計ることになっている。
なので召喚士の旅を阻止して彼らの身柄を確保しようと目論む私たちアルベドも、彼らを追って各地に散っていた。
とはいえ寺院の目が容易に届く場所で派手に活動することはできない。
召喚士誘拐のために私たちが潜伏を命じられているのは目的を実行しやすい複数のポイントだ。
私が派遣された、人混みに紛れやすいルカ。逆に人目がなさすぎるマカラーニャの近辺も狙い目。
そしてこの幻光河も、水中から不意打ちを食らわせやすいので格好のポイントだった。
ここの担当はリュックだ。おそらくシパーフでの移動中を狙ってキャプチャーにでも乗ってくるだろう。
私は対岸で友人と合流するということにして、シパーフに同乗させてもらった。
ゆらりゆらりと河を進むシパーフの上、久しぶりにのんびりとした気分を味わっていた。
ハイペロ族は私たちを拒絶しない。幻光河を渡る時、アルベドでも遠慮なくシパーフを利用できるんだ。
この緩すぎる速度に耐えられない仲間が多いけれど、たまには景色を眺めながらゆっくり旅をするのもいいものだと私は思う。
便利な機械は、ここぞという必要な時に使うからこそ便利なんだ。
どっぷり浸かってしまってはシパーフの良さも分からなくなるだろう。
南岸から離れて河の深いところに差し掛かる。ワッカは水中を指し示してティーダを促した。
「おい、見てみろ」
「何?」
籠から身を乗り出すようにして河を覗き込んだティーダが歓声をあげる。
「街が沈んでる!」
シパーフ乗り場でもかなりはしゃいでいた。
彼はこの辺りに来るのが初めてなだけではなく、幻光河がどんな場所かも知らなかったようだ。
なぜ水中に町があるのかと問うティーダに、ワッカとルールーが答える。
「千年以上前の機械都市だ。河にたくさんの橋を架けて、その上に町を作ったらしい」
「町の重さで橋が崩れて、河の底に沈んでしまったそうよ」
建物の形がそのまま残っていることから、崩壊したのではなく町のあった場所に河ができたのではないか。
それが私たちの定説ではあったけれど、やはりエボンの教えでは違うらしい。
「ま、いい教訓だな」
「教訓?」
「河の上に町を作って、何の意味がある?」
「うーん……。水がたくさんあって便利だから、とか」
悩んだ末ティーダが出した答えに、ワッカは肩を竦める。
「うんにゃ、違うな。ただその技術……力を試したかっただけだ」
「そうかなあ」
試さなければ何も発展しない。失敗がなければ成功には繋がらない。
もっと暮らしを豊かにするために試験を行った。そういう意味では、力を試しただけという彼の言葉も正しいのかもしれない。
「エボンの教えだ。人は力を持つと、使わずにいられない。禁止しなくちゃキリがないってわけだ」
「でもさ、機械使ってるだろ。スタジアムとか、そうだよな?」
「寺院がね、決めるの。この機械は可、あの機械は不可、ってね」
「どんな機械が駄目なんッスか?」
「ミヘン・セッションで見ただろ。ああいう機械だ」
「また戦争が始まるからね」
前々から気になっていたのだけれど、ティーダはエボンの民らしさがまったくない。
アルベドの私と同じくらい教えのことを何も知らないんだ。
彼はビサイドでワッカに拾われたらしいけれど、一体どこから来たんだろうと不思議だった。
まるでスピラのことを何も知らないように見える瞬間も多々あって謎は深まるばかりだ。
戦争って何があったのかとティーダが尋ね、その質問も慣れたことのように皆が答える。
「千年以上前にね、機械の武器をたくさん使った戦争があったんだって」
ベベルとザナルカンドの戦争。
遺跡から発掘した資料から、エボンが抱える矛盾の根源であると見られる機械戦争のことだ。
「戦争の間にも武器はどんどん強力になってな。町だけじゃなく、スピラそのものを破壊できる兵器まで作られた」
私たちの歴史は、それを作ったのがザナルカンドではなくベベル側だったのではないかと疑っている。
戦争の発端が何だったのか、千年の時を経た今や真実は分からなくなってしまっていた。
けれどそれが確かに起こったということだけは、私たちもエボンの民も理解しているところだ。
「このままではスピラがなくなってしまうかもしれない……。それでも戦争は終わらなかった」
「ど、どうなったんだ?」
「突然シンが現れて、町も武器も破壊した……」
「戦争は終わったわ。でも、代償としてシンが残された」
「な? シンは調子に乗りすぎた人間への罰ってわけだ」
エボンの民に限らずスピラに生きる者なら等しく知っているその話を、ティーダは初めて聞いたようだった。
「キツい話ッスね」
「ああ。キツいな」
「そんでも、機械が悪いわけじゃないだろ?」
「そう。使う側の問題ね」
「アルベドみたいなのがいるから駄目なんだよな」
「……」
耳に馴染んだ批難であるはずなのに、冷ややかなワッカの言葉に動揺してしまう。
「ユクティ……、あの」
心配そうにユウナが声をかけてきた時のこと。シパーフが動きを止めた。
「何か変だ〜ぞ?」
御者が水中を覗き込み、何事かとユウナが立ち上がる。
「座っていろ!」
「は、はい」
アーロンに叱られてユウナが腰をおろそうとした瞬間、河の中から飛び出してきた人影がユウナを連れ去った。
「アルベドだ!!」
考える間もなく即座に彼女を追って水中に飛び込んだ。
案の定、キャプチャーがユウナを捕らえて河底を這うように進んでいる。
私のすぐあとにワッカとティーダも飛び込んできた。
関節を狙うようにと身振りで示すと、彼らは頷いて左右からキャプチャーを追い込むように泳ぐ。
海底作業用の機械だからスピードはさほどでもない。それに、ユウナを気遣って殊更にゆっくり進んでいるらしい。
ワッカとティーダが正面から進路を阻み、それぞれアームを攻撃する。
私は背後から忍び寄ってスクリューを破壊してからハッチを狙った。
はっきり言って、機械を壊すのは簡単だ。でも“無事に”抉じ開けるのは難しい。
ユウナが囚われているうえに操縦者はリュックだから、派手に壊して爆発させるわけにはいかない。
二人がかりの攻撃によりキャプチャーの両腕が折れたところでハッチが開き、ユウナを助け出した。
キャプチャーは河底でピクリとも動かない。……リュック、無事だといいんだけど。
ここで彼女を救出するわけにもいかないので、解放されたユウナを抱えてシパーフに戻る。
河面から顔を出したら、ルールーたちが籠に引っ張りあげてくれた。
「怪我はない?」
「うん」
ただ、四人ともびしょ濡れになってしまった。
もう出発しても良さそうかとのんびり問う御者に、ユウナが慌てて頭を下げる。
「すみません、大丈夫です!」
「ユウナ、座れ!」
「あ、はいっ」
またしてもアーロンに怒られ、元気よく自分の座席に戻った。
そんな光景を微笑ましく感じたのも束の間。
「ちっ! アルベドめ、何だってんだあ? ルカでのことと関係あんのか? ユウナを襲ってどうすんだよ。試合に負けた腹いせか! あ!? ミヘン・セッション失敗の腹いせか!?」
当たり前のことではあるけれど、ワッカは相当怒っている。
口にはしないだけで他のみんなだって、何度も召喚士を狙われて不快に思わないはずもない。
ジリジリと焦げつくような痛みに耐えて、最低限のことだけ口にする。
「腹いせ、ではないと、思います。ユウナに危害を加えそうには見えませんでした」
「だよな。ルカでも無事だったし、ただ連れて行きたいだけって感じ?」
ティーダが同意してくれたので少しホッとした。
目的は分からないけれど、攻撃してきたわけではないだろうとルールーも言ってくれた。
「キマリの知り合いが言ってたこと、聞いたでしょ。最近、召喚士が消えるって」
「それがアルベド族の仕業か! くっそう……アルベドめ、何考えてやがる」
……私たちはただユウナを守りたいだけ。やり方が良くないのは分かっているけれど……。
「どーでもいいって。アルベド族のことをここで話しても仕方ないだろ」
苛立ちも露な言葉を打ち切ったのはティーダだった。
彼は静かになった河面を見つめつつ、あくまで淡々と言ってのける。
「誰が相手でもユウナを守る。それだけ考えて、俺はやるッスよ」
「そりゃあ、そうだけどよ……」
その言葉にルールーが微笑み、ユウナは聞こえないよう小さくありがとうと呟いた。
ティーダはユウナの素性を知っているみたいだ。知っていてなお、そう言ってくれる。
誘拐の当事者としてそれを喜んではいけない立場だけれど、ユウナのそばに彼がいる事実はとてもありがたかった。
不意に振り向いたティーダが私を見つめてくる。
「でもユクティって、泳ぐのめちゃ速いッスね」
「ああ、それは俺も思った。陸より水中のが強いんじゃねえか?」
「えっ」
「もしかしてブリッツやってたとか?」
選手ではないけれどフィジカルコーチをしているし、水中でなら選手と同じくらいは動ける。
でも「どこのチーム?」と聞かれるわけにはいかないから何も答えられない。
「……いえ、ブリッツは、してません」
「なんで? もったいねえ!」
「オーラカにスカウトしちゃ駄目か?」
「あんたたち、ユクティが困ってるでしょ」
本当に、困る……。敵意の欠片もないキラキラした瞳で私を見ないでほしい。
真実を隠し続けている自分が嫌になるばかりだ。
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