×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
05


 ジョゼ寺院の雷キノコ岩が再び轟音をあげて開いていく。
 これは召喚士が祈り子と接触した時だけの動きらしいから、先に寺院を去った召喚士に続いてユウナも交信に成功したということだろう。
 私は試練に同行せず、海岸からひっきりなしに訪れる負傷者の治療を手伝っている。
 さすがに寺院の中には入れないだろうし、入りたくもなかった。

 寺院に入る前、アーロンがサングラスを貸してくれたのでアルベドであることは周囲にバレずに済んでいる。
 ……どうも、彼には気づかれていたらしい。
 ワッカは相変わらず私がアルベドであると知らない。他の人はどうなのだろう。
 特にルールーが知っているのかどうか、とても気にかかる。
 それにしても彼らはユウナの母親がアルベドだということも知らないんだろうか?
 寺院が隠していたとしたら、あり得なくはないけれど。

 ミヘン・セッションを逃れ、ジョゼ寺院まで来るのは後詰めにいて無事だった討伐隊の面々だけだ。
 避難者の中にアルベド族の姿は見当たらない。
 尤も、生き残っていたとしてみんなが寺院に助けを求めるはずもないけれど。
 うまく逃れた者が、せめて数人でもいることを願う。一年前の私みたいに……。

 祈り子との交信を終えたあと、ユウナは寺院を発つことなく負傷者の治療に尽力した。
 ジョゼ寺院はすぐに重傷者と死体で溢れかえった。
 私は治療薬を作ることに専念して、安静を要しない軽傷者の面倒を見る。
 一年前に比べると生き残った人数も多いようだ。けれどそれは被害が少なかったからじゃない。
 ただ作戦の規模が一年前よりも大きかったというだけだ。戦死者も、前回の作戦よりずっと多かった。
 兵器のそばにいた者は文字通りの全滅だ。……教えに反する機械の存在を、やはりシンは見逃さなかった。

 いつの間にか日が沈んでいた。ルカから届く物資の運搬を手伝っていたワッカが私を呼びに来る。
「ユクティ、お前も寺院に入って休めよ」
「……いえ、大丈夫です」
「あんま無理すんなって」
「体力には自信があります」
 本当はただ寺院に入りたくないだけだったりする。
 ワッカは頑固に拒絶する私に苦笑しつつ、軽食と水筒を手渡してくれた。
 まあ、寺院に足は踏み入れなくても心身ともに休憩は必要かもしれない。

 階段の脇に腰かけて軽めの夕食を口にする。ワッカはなぜか私の隣に座り込み寺院の中には帰らなかった。
 彼がアルベド嫌いだと知ってしまったから、とても気まずい。
「つーか、それ似合わねえな」
「……? あ、サングラスですか」
「アーロンさんは様になってるけどよ、ってことはユクティに似合うわけねえんだよな」
 ゴーグルに慣れているから私自身は暗い視界に違和感もないのだけれど、端から見ると変なのだろうか。

「無理して悪ぶってるって感じだぜ」
 そう言って彼はサングラスを奪い取り、自分でかけてみる。
「ワッカも似合わないですね」
「やっぱそうか?」
 苦笑しつつ外したサングラスを返してくれる。それを受け取りながら、どうにも彼の顔が見られなくて俯いた。
 私と違ってヒトの視線が怖いわけではないのだろうけれど、アーロンはなぜこんなものをかけてるんだろう。

 ワッカはアルベドの特徴、瞳の渦巻き模様を知らない。だから私が言わない限りアルベドだとバレることはない。
 それは分かっているのだけれど、視線を合わせると気づかれるんじゃないかと焦ってしまう。
 打ち明けなければいけないのに、差し伸べられた腕が消えるのが悲しくて、知られたくない。
 最初は誤解だったけれど今はただ嘘をついているだけだ。

 罪悪感から目を逸らしつつ、月光を浴びて聳え立つジョゼ寺院を見上げた。
 今は雷キノコ岩も閉じているのでやけに頑なな印象だ。
 拒絶されているように感じるのは私が卑屈になっているせいか。
「ユウナはちゃんと休んでますか?」
「いや、負傷者の治療と……異界送りとで忙しくしてる」
 明日の朝には出発だ。しっかり休んでおかなければいけないのに、ユウナは怪我人を横目に眠ることなどできないらしかった。

 この先の幻光河では何もしなくてもシパーフが対岸へと運んでくれる。
 だからワッカたちは、ユウナが無茶をするのをある程度は許しているんだ。
 それに怪我が癒えて活力を取り戻した人の姿を見るのはユウナにとってもいいことだろう。
 ……ミヘン・セッションで目の当たりにした絶望が少しは救われる。
 すべてが喪われてしまったわけではないと、信じられるから。

 海岸から続いていた負傷者の列は途切れたようだ。
 すでに寺院の中に運ばれた怪我人の治療が終わればユウナも休むことができる。
 異界送りはともかくとして、他にも癒しの魔法を使える人がいたらよかったのだけれど。
「ガードも白魔法を覚えないとですね」
「あー、まあ、そうなんだけどなぁ」

 ワッカやアーロンやキマリにティーダは見てくれの通り。黒魔法に長けたルールーも白魔法は使えない。
 一行の中で怪我の治療ができるのはユウナだけなのだ。
 彼女の負担を減らしてあげるべきではないかと思う。
「魔法ってのは、どうもややこしくて苦手だぜ」
「私も使えないです」

 つい機械に頼ってしまうのでアルベドも基本的に魔法は不得意だ。
 ただ、私たちはそれに代わる技術を持っている。
「ワッカは水と相性がいいから、いきなり魔法を覚えるよりも水に癒しの力を与える方が向いてるかもしれません」
 アルベドは昔から海中に没した遺跡を発掘し、太古の機械を甦らせてきた。
 水の中で活動することに長けているのは幻光虫の扱いをよく学んできたお陰だ。

 手にした水筒から手のひらにほんの少し水を垂らす。意識を集中させ、水に含まれる幻光虫を活性化させた。
 ただの飲料水は瞬きをする間に白魔法にも似た治癒の力を持つ“いやしの水”へと変化した。
 これをうまく調合すれば病でさえ癒せるエリクサーを作ることもできるのだけれど……。
 あきらかにアルベドの技術だと分かるものなので、そこまで披露する勇気はなかった。

 私の手のひらで月光のような輝きを帯びる水を眺め、ワッカが感心している。
「こりゃすげえな。いやしの水なんて自然にしかできないもんだと思ってた」
「その自然現象を再現してるだけですよ。スフィアプールの中で幻光虫を取り込むのと、やり方はあんまり変わらないです」
 ワッカもブリッツ選手なら水の中で昼寝だってできるはずだ。それと同じ。
 呼吸する代わりに体内と水中の幻光虫を溶け合わせる。そうして息を維持している。
 幻光虫が生命をあるべき形に保つ、そのシステムを体で理解しているなら同じことができる。

 手のひらの滴を飲み干して、ワッカに水筒を手渡した。
 彼はじっとそれを見つめたものの「いやいやいや」と首を振った。
「俺には無理だろ? まじで魔法は苦手なんだって」
「できますよ。私だって白魔法は全然使えないし、これは魔法じゃないです」
「でもなぁ……」
「ケアルほどの効果はないですけど、便利です」
 いやしの水を作れればユウナの負担も減ると重ねて言えば、ワッカは改めて水筒に意識を集中させ始めた。

 水の中にいれば自在に幻光虫を支配できるのに、ワッカはなかなかいやしの水を作ることができない。
 まあ、ブリッツ選手はその原理を理解しないまま本能的に泳いでいる人も多いから仕方ないだろうか。
 我らがサイクスでも水中の幻光虫を完璧に操れるのはルムニクくらいのものだ。
 エイガーだって、いやしの水は作れないし、ブラッパも調合がへたくそだし。
 自分の体なら容易に操れる。でも他者に干渉するのは難しいものだ。

「むむむむ……」
 眉間にシワを寄せて唸りながらワッカは水筒を睨みつけている。
「ふふ」
「……人が真剣にやってんのに、笑ってるしよ」
「すみません」
 なんだか一生懸命なのが面白くて。馬鹿にしたわけではないのだと慌てて弁明する。

 幻光虫は彼の手中に集まっているけれど、それが水に溶けていく気配はなかった。
「やっぱ、よく分かんねえな。水ん中で自由に動くってのは簡単なんだけどよ」
「仕方ないです。向き不向きもありますから」
「ティーダなんかできるんじゃねえか」
 そうかもしれない。
 なんといってもティーダは、つい先日初めて剣を握ったらしいのに立派にガードを務めているほどだ。
 あの柔軟な思考と幻光虫への適応性の高さは素晴らしい。彼に対しては同胞のような親しみを感じている。
 でも、なぜだろう。どうしてかこれをティーダに教えようという気は起こらなかった。

 もう月も随分と高いところにある。
 ワッカは立ち上がって腰を伸ばし、そろそろ寺院に戻って寝ようと言う。
「私は避難者の仮設テントで休みます」
「なんでだよ」
 寺院に入るとアルベドであることがバレかねないから、とも言えずに押し黙る。
「ガードじゃないから遠慮してんのか? 連れなんだし、気にすんなよ。……つーか、このままガードになってくれりゃありがたいんだけどな」
「え、えっ?」
「まあそれはユウナと相談するとして、だ。お前もずっと働いてたんだ、ちゃんと休んどけ」

 当たり前のようにワッカに腕を引かれ、私も立ち上がらざるを得なかった。
 大きな手のひらに掴まれてそこだけがやたらと熱い。
 その瞬間、察してしまった。
 どうして自分がアルベドだと彼に打ち明けられないのか。
 どうしてティーダには教える気になれないことを彼に指南したのか。
 視線が合うことに戸惑い、触れただけでのぼせあがってしまう理由を。

 あたふたしてる間に、ワッカに引き摺られるようにしてジョゼ寺院へ足を踏み入れてしまっていた。
 慌ててアーロンのサングラスで目を隠す。
「ついでだからユウナもいい加減休ませ……って、またそれかけてんのか」
「に、似合います?」
「いや全然」
 もう、あまり気軽に笑いかけないでほしい。居た堪れない気分になる。
 頬の赤さを隠すためにもアーロンには朝までサングラスを返せそうになかった。




|

back|menu|index