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04


 ユウナはあちこちで民に声をかけられる。彼らは笑顔でユウナの死を望む。
 でもユウナは、いつも嬉しそうに笑っていた。
 自分の死なんて大した問題ではないかのように、みんなに希望を与えられるのが嬉しいと。
 ワッカやルールーは、そんな彼女に辛そうな顔を見せない。決して「死なないでくれ」とは言わない。

 言い知れない違和感をずっと抱えていた。
 エボンの教えが間違ってるとか、召喚士を生け贄にするのはおかしいとか、そういうことじゃない。
 今、仲間と合流しても……私は族長に従ってユウナを攫う自信がなくなっている。
 彼女を死なせたくない気持ちは変わっていないのに、彼女の意思を阻害するのが嫌なんだ。
 死に向かって歩み続けるだけの道でも、その先に希望があるからユウナは精一杯に生きている。
 スピラのすべてを瞳に焼きつけて旅をする。召喚士であることこそが彼女にとっての生きる道なんだ。

 もうじきキノコ岩街道だ。ここからジョゼ寺院までは一本道。なのに討伐隊が通行を阻んでいた。
 目の前で別の召喚士が追い返されるのを見て呆気にとられる。
「何が行われているんでしょう」
 私がそう呟いたら、ワッカとルールーが答えてくれた。
「作戦のこと、知らないのか? 討伐隊が海岸に展開してんだとよ」
「機械を使ってシンと戦うつもりらしいわ」
「……え?」
 思いがけない言葉に衝撃を受ける。だってその作戦は、一年前にも……。

 質問を重ねようとしたところで邪魔が入った。後ろからやって来た男がユウナに声をかける。
「またお会いできましたね、ユウナ殿」
「は、はい! シーモア老師」
 グアドの族長だ。彼と知り合いなんて……ユウナは本当に顔が広い。

 どうやら彼は討伐隊に招かれていたようで追い返されもせず陣営の中に入っていく。
 そして思い立ったかのようにユウナを振り返り、門番に話しかけた。
「召喚士ユウナ殿も通してもらえないか?」
「し、しかし……」
「君に迷惑はかけない。責任は私が取る」
 困惑しつつも老師には逆らえないのか、門番が頷いた。

 キノコ岩街道に抜けるため、海岸沿いの道を歩く。途中でシーモア老師が演説を行っているのを見かけた。
 驚くべきことに彼はこの作戦を支持し、アルベド族と討伐隊の勇敢さを讃えているのだ。
 ワッカが呆然として呟いた。
「どういうことだ。なんでシーモア老師が激励してんだよ。アルベドの機械を使う作戦だぞ? 教えに反する作戦だぞ?」
 非難がましい彼の言葉に反論したのはユウナだ。
「教えに反していても、シンを倒したいみんなの気持ちは本当じゃないかな。シーモア様もきっと、そう思っていらっしゃるんだよ」
 ……それはどうだろう。

「思いだけでシンは倒せません」
「ユクティ?」
「エボンの老師がこんなことを許してはいけない」
 自分で思っていたより冷たい声が出た。
 ユウナが困惑しているのが分かったけれど、シーモアに怒りを禁じ得ない。
 普段は機械を禁じてアルベドを虐げているエボンがどうして今こんな馬鹿げた作戦を奨励しているのか。

 私と同じくらいシーモアに憤りを感じているらしいワッカが、まともな意見を求めて冷静なルールーを振り向いた。
「……ただの視察じゃない? さすがに、シーモア老師が直接的な援助を行っているとは思えないけれど」
「むしろ彼は作戦を阻止すべき立場ではないですか」
「だ、だよな?」
 戸惑う私たちにアーロンが嗜めるような声をかける。
「本人に聞くんだな」
 見れば演説を終えたシーモアが、ユウナに近づいてくるところだった。

 彼らがどういう知人かは知らないけれど、シーモアがユウナを見る目はなんとなく気に入らない。
「アーロン殿がガードとは、心強いですね」
「は、はい!」
「どうか、そんなに緊張なさらずに」
 グアドのくせに……エボンの嫌なところを凝縮したような目をしている。

 本人に聞けというアーロンの言葉に従い、ワッカが意を決して問いかけた。
「あの、シーモア様は……なぜここに、いらっしゃられマスのでしょうか?」
「普段の言葉でどうぞ」
「ええと、エボンの教えに反する作戦、止めないとマズくないっすか」
 シーモアは思案げに首を傾げる素振りを見せた。
「確かにそうですね。しかし皆、平和を真剣に願っています。彼らの願いがひとつになり、ミヘン・セッションは実現するのです」
 でもその願いは叶わないことが定められている。なぜ黙って行かせるんだ。

「願いがひとつなら、なぜここにすべての種族が集まっていないのですか? 失敗するのが分かっているから? アルベドなら何人死んでも構わない?」
「彼らの志は純粋です。エボンの老師として教えに背くことを否定するのではなく、等しくスピラに生きる者として……シーモア=グアド個人として、私は声援を惜しみません」
「……」
 もしかしたら彼は何も知らないんじゃないかと思うほどに迷いのない言葉だ。
 エボンは一年前の失敗を忘れたとでも言うのだろうか。何のためにまた同じことを繰り返すんだ。

「でも、アルベドの機械はまずいっすよ」
「見なかったことにしましょう」
「老師様がそんなこと言ったら、みんなに示しがつかないっすよ!」
「では聞かなかったことに」
「マジっすか!?」

 シーモアは司令部に呼ばれ、去っていった。その言葉を反芻すれば嫌な笑いが込み上げてくる。
 見なかったことにされているのか。
 教えに反する作戦だから。死んだのがエボンの民ではないから。
 一年前の作戦なんて、なかったことにされている。
 同じ過ちを繰り返して何人が死のうと知ったことか。……そう思っているわけだ。

 シーモアの計らいでユウナは司令部に招かれた。
 惨劇をわざわざ見届けたくなどないけれど、万が一にもユウナが巻き込まれないよう私もついていく。
 司令部の手前で青年が二人、口論していた。若い方が前線に立たせろと文句を言っているようだ。
 当然ながら聞き入れられず、憤慨したまま彼が去ると、残った方がユウナたちに気づいて苦笑する。
「ユウナちゃん、通行許可が降りたのか」
「はい。シーモア老師の口添えで」
 シーモアに対するよりも親しげだから、彼は同郷の人なのかもしれない。

 血気盛んな少年が去っていった方を見つめ、ティーダが呟いた。
「ガッタ、可哀想だったな」
「戦わずに済んで運がいいじゃねえか。大体なんで戦うんだ? 主役はアルベドの機械だろ」
 吐き捨てるようなワッカの言葉に討伐隊の青年が答える。
「言ってしまえば俺たちの戦いは、機械の準備が整うまでの時間稼ぎだな」
「けっ! けーーーーっ!! 何だよそりゃ!」
 そう、ただの時間稼ぎ。皆で揃って死ぬまでの無意味な戦いだ。

 前線に配備されたらしい彼は、少し迷うような顔をしつつも居住まいを正してワッカに向き直る。
「もう話す機会がないかもしれない。謝っておきたいことがある」
「ルッツ、駄目!」
 なぜか焦ったようにルールーが割って入るけれど、彼に退けられた。
「何だよ」
「お前の弟を誘ったのは、俺だ。……すまん」
 一瞬、空気を引き絞るように緊張が走って、次の瞬間にはワッカが彼を殴り飛ばしていた。
「ワッカ! 落ち着けって!!」
 倒れた彼を見てなお気の収まらない様子のワッカをティーダが羽交い締めにして押さえ込む。

 この間ワッカが話してくれた、シンに殺されたという弟。討伐隊に加わっていたのか。
 ……一年前、彼もこの地に立っていた。そして死んだ。
「一緒にブリッツやっててよ。大会で勝てたらルーに結婚申し込むって……それがある日突然、討伐隊に入る、だもんな」
「好きな女と一緒にいるより、シンと戦ってそいつを守る。そっちの方がかっこいいかもって、あいつは言ってた」
 ワッカは俯いているルールーを振り返る。
「知ってたのか」
「この旅に出る前にね……聞いた」
 彼女もやはりワッカのように怒ったのだろうか。

 号令が響き、前線に兵が集められる。いよいよ作戦が始まるんだ。
「悪い。時間だ」
「ルッツ! 死ぬんじゃねえぞ」
「殴り足りないか?」
「全っ然足りねえ!!」
 笑って背を向けた彼の前にユウナが立ちはだかる。
「ルッツさん、行っちゃ駄目」
 せめて彼だけでも引き留めることはできるかもしれない。けれど他の者が死ぬのに変わりはない。

「通してやれ。お前の覚悟と、その男の覚悟は同じだ。邪魔はするな」
 アーロンの言葉を受けてユウナは項垂れたまま引き下がる。
 シンを倒し、未来を切り開くというまやかしの希望を抱いて、彼は海岸に去っていった。

 作戦の準備は着々と進んでいる。
 キノコ岩の上に並べ立てられた兵器を忌々しげに見つめ、ワッカは長々と悪態をついていた。
「くそったれ!」
 言葉が尽きると砲台を蹴り飛ばし、痛みに踞る。
「台座は頑丈なのでやるなら離れたところから砲身を破壊した方がいいです」
「ユクティ、そういう問題じゃないでしょ?」
 この場に用意された兵器をすべて破棄してやりたい気持ちは私にもあった。
 暮らしを豊かにするための機械は好きだけれど、過剰な死と破壊をもたらす兵器は要らない。

 怒りにうちひしがれているワッカを見つめ、ティーダは困ったように頭を掻いている。
「ほんと機械嫌いなんだな」
 それも仕方ないとため息を吐いたのはルールーだ。
「チャップはね、ワッカがあげた剣を置いていったの。そしてアルベド族が作った機械の武器を手に入れた」
「関係ねえだろ! 教えに反する機械が嫌いなだけだ!!」
 チャップ……? 一年前のジョゼ防衛作戦に参加していたワッカの弟、チャップという名前なのか?
「ユクティ、どうかした?」
「……いえ」
 何でもないと首を振りつつ、確かに何かが引っかかっていた。

 海岸線に隊列が組まれる。司令部からそれを見下ろし、ワッカが吐き捨てた。
「ちっ。失敗確実だっつーのによ」
「もうやめようよ」
 ユウナはこの作戦を見届けるつもりでいるようだ。命を擲つ彼らの姿が自分と重なるのだろうか。
「無謀かもしれない。教えに背いてるかもしれない。だけど、みんなすごく真剣だよ。心からシンを倒したいって願ってる。その気持ちは私たちと変わらない。そう思わない?」
「……へっ、わーったよ。でもな、俺は機械を認めない。教えに反することは認めない!」

 さすがにもう分かっていた。弟が兵器を使ってシンに殺され、ワッカは、アルベドを憎んでいる。
「私のこと、気づいてなかったんですね」
 知っていたら決して受け入れてはくれなかっただろう。あの寛容さは私に向けられるものではなかった。
「ユクティ……ごめんなさい」
 だからわざと言わせなかったのだとユウナが頭を下げる。
「大丈夫」
 彼がアルベドを毛嫌いする気持ちは理解できる。私だって、エボンの民が大嫌いなのだから。

 前線に合図が送られ、戦いの火蓋が切られた。海岸ではシンのコケラが痛めつけられ悲鳴をあげる。
「馬鹿みたい」
 軽蔑も露な私の言葉を咎めるようにユウナが見つめた。
「覚悟も希望も意味はありません。シンが来たら海岸にいるヒトは帰ってこない。さっきのあの人も、もう永遠に会えない」
「ユクティ……」
「彼らとユウナは、同じではないです」

 一縷の望みに懸ける、そんな尊い戦いですらない。
 この作戦が失敗に終わるのは一年前から分かりきっていたことだ。
 囮なんて必要ない。シンは必ず現れるだろう。あの時と同じように……。
 そして兵器のそばにいるものは、何人たりとも逃れられない死を賜る。
 アルベドの過ちを証し、エボンの正しさを証すデモンストレーションのために彼らは死ぬ。
 二度と見たくもなかった悪夢が寸分違わず繰り返されるだけなのだ。




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