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01


 ブリッツのトーナメントが始まり、人でごった返すルカの町。
 港にあるカフェで目当ての人を見つけた。
「ユウナ様」
 彼女は私を振り向いて、困ったように眉をさげるとお辞儀をした。
「ごめんなさい、今は用事があって……」
 ブラスカの娘、次のナギ節をもたらすと期待される“召喚士様”と話したがる者は多い。
 私もその一人だと思われたのだろう。

「違うんです。アーロンさん、探してますよね」
 さっき連れとそんな話をしているのを聞いたんだ。
 私の瞳を見て、アルベド族であることに彼女は気づいたようだった。
「アーロンさんの居場所を知ってるんですか?」
「はい」
 嬉しそうに顔を綻ばせる彼女に対して罪悪感がわいてくる。でも……仕方ないんだ。
 ユウナは連れのヒトとロンゾ、おそらくガードであろう二人を呼ぼうとして振り返った。慌てて彼女を引き留める。
「すみません、呼ばないでください」
 護衛を呼ばれては都合が悪い。

 彼女は単に、私がアルベドであることを他人に知られたくないと思っている、そう誤解してくれたようだ。
 あの二人は大丈夫だからと安心させるように微笑む。
「アルベドだからって、何も言わないよ」
「……」
 たとえそうだとしても呼ばれては困る。彼らは召喚士のガードで、ユウナを守るのが仕事だから。
 そして私はユウナを彼らから引き離そうとしているのだ。

 ガードの二人は別の客と話していて私たちには気づいていない。
 私が気まずそうに押し黙っていると、ユウナは苦笑して頷く。
「うん。それじゃあ、先にアーロンさんを呼んでこようかな」
 いきなり連れてきて二人をビックリさせるのも楽しそう、なんて無邪気に笑う。
 心の中で平謝りしつつ、私はユウナを連れてカフェを出た。

「アーロンさん、港にいました。ルカを出るかもしれないです」
「急がなくちゃ、だね」
 四番ポートで仲間が待っている。彼らはユウナの姿を見てホッと息を吐いた。
『無事に連れてきたか』
『部屋は掃除した? 女の子を相手にしてるということを忘れないように』
『大丈夫だって、丁重にもてなすから』
 アルベド語で話す私たちを困惑しつつ眺め、ユウナが心許なげな顔をする。

 申し訳ないけれど、私はアーロンの居場所なんて知らない。彼がルカにいることさえ知らなかった。
 嘘をついたことは後で改めて謝罪するつもりだけれど、あまりにも簡単に私を信じたユウナのことが心配でもあった。
 こんなにお人好しだから召喚士になるはめになったのだろうか。
「あの……?」
 そして容易く彼女から目を離したガードの二人も、ガードとしてどうかと思う。
 彼らに任せておくよりはホームに連れて行くのがユウナにとってもいいことなのだと自分に言い聞かせる。
「……」
 ごめんねと心の中で呟いた。彼女の錫杖を取り上げて、その頼りない背中を仲間の方へ押し出す。
 ユウナは助けを求めるような視線を私に向けたまま、無抵抗に船の奥へと連れて行かれた。

 通信スフィアを使ってルカの監視スフィアに干渉し、私がユウナと歩いている映像を削除しておく。
 あとは彼女をホームに連れて帰るだけなのに船は一向にルカを発つ様子がなかった。
 操縦室は無人だ。みんな食堂に集まって中継モニターにかじりついている。
 帰るのはサイクスの試合を見届けてから、というつもりらしい。
 まあ……、試合中にルカを離れるのも不自然だから、時間を置くのが無難だろうか。

『ガードに伝言は?』
 居場所を教えてやるわけにはいかないけれど、ユウナが安全なところで守られていることは伝えておきたいと思う。
 それにルカの町で召喚士が行方不明なんてことになったら、必要以上に騒ぎが大きくなってしまう。
『ちゃんと伝えたぜ? 召喚士は預かってるから、もうガードなんかしなくていいってな』
『それならいいけれど』
 まさにサイクスの試合真っ最中。みんな上の空で、まともに話なんてできそうにない。
 ユウナのガードと本当にちゃんと話が通じているのか不安になる。

 モニターを見ると、エイガーが相手チームのフォワードにタックルを食らわせたところだった。無意味に強烈なアタック。思わず眉をひそめる。
 ボールを持っていない相手にあんな風にぶつかったらファウルをとられても文句は言えない。ましてそんなことをしたのがアルベドとなれば、レフリーによっては即退場を言い渡されるだろう。
 ……しかし、試合は何事もなかったかのように続いている。
 私が呆気にとられている横で、みんなは口笛を吹いて喜んでいた。
『なにあれ……何やってんの?』

 対戦相手はビサイド・オーラカ。万年初戦敗退で、ある意味ではゴワーズと同じくらいの有名チームだ。
 彼らはさっきから防戦一方で、サイクスの反則じみたタックルにひたすら耐えている。
 明らかに変だった。嫌な予感がする。
『お前がカフェに行ってから、あいつらに伝言しといたんだ。召喚士を返してほしけりゃ一回戦で敗けろ、ってな』
 何だと?
『ユウナを脅迫に使った……と?』
 思わず手近にあった頭を思いきり叩いた。
『ってえ! おい、ユクティ!』
『私たちの目的はユウナを守ることだ。そんな卑劣な真似を勝手にするなんて……』

 仮にビサイド・オーラカがこちらに従って試合に敗けたところで、ユウナを返すつもりなどないんだ。
 私たちがユウナを連れ去るのは彼女を守るためであり、ブリッツは関係ない。
 ……こんな卑劣なことをして、ユウナが私たちを好意的に見てくれるはずがないじゃないか。
 第一、普通に戦ったってオーラカには勝てるだろう。
『自分で自分を貶めてどうするんだ』
『でもよ、オーラカのキャプテンも召喚士のガードらしいぜ』
『ユウナが死ぬと分かってて連れ回してるんだ、ちょっとくらい痛めつけても構わないだろ』
『馬鹿なことを!』

 エボンのやつらにはできない過酷な練習で鍛え抜いて、いつかゴワーズにも勝って見返してやろうと言っていたのに。
 私があいつらを鍛えてきたのは、こんな勝利を得るためではなかった。
 エイガーもブラッパも、みんな、こんなことに同意したなんて信じられない。
 脅して縛りつけなきゃオーラカにさえ勝てないんだったらトーナメントに出場するのなんかやめてしまえ。
 ただホームのプールで楽しくブリッツをやってればいいんだ。
 召喚士の身柄を楯にして脅迫して、そうやって得た勝利に何の価値がある?
 アルベドはやっぱり卑劣で薄汚い存在だと、そんな風に思われたいとでも?

 中継モニターには意識も朦朧としているビサイド・オーラカの人たちが映っている。そこに向かって、銃をぶっぱなした。
『うわっ! ば、馬鹿お前なにやってんだよ!?』 
 慌てふためく声を無視して船室を出る。
 ふと視線を落とし、思い立ってドアにも発砲しておいた。
 枠から歪んでしまって簡単には開けられない。これで時間を稼げるだろう。
 無意識の行動だったけれど、お陰で心が決まった。ユウナのいる船倉へと降りていく。

 やっぱり、リュックと一緒に来ればよかったな。無神経な男連中に期待した私が馬鹿だった。
 ユウナが閉じ込められていた船室は控え目に言っても“急いで掃除した倉庫”の趣だ。
 あいつらにしてみれば目一杯きれいにしたつもりなんだろうけれど、居心地がいいわけもない。
 鍵を開けてユウナに声をかける。
「ヨヨアナシデセ」
 きょとんとしてる彼女を見て、自分がアルベド語で話していたことに気づく。
 かなり頭に血がのぼっているみたいだ。
「えと、あー、ここから逃げてください」

 さっき取り上げた錫杖を返すとユウナは戸惑ったように首を傾げた。
「オーラカの人に、無事を知らせてあげてください」
 ユウナが戻ってくれば彼らも反撃に移れるだろう。
 それでサイクスが勝ってもオーラカが勝っても、結果は結果だ。仕方ない。
 とにかく彼女を脅迫の材料にするのだけは絶対にやめさせなければ。

 ユウナはおずおずと部屋から出てきたけれど、私を振り向いて呑気なことを言っている。
「もしかして私、誘拐されたのかな?」
 あんまりな言葉を聞いて、ガクッと崩れ落ちそうになった。
 今ごろそんなことを言っててどうするんだ。私たちが……彼女を案じているからよかったものの。もし害意を抱いていたら、殺されていたかもしれないのに。

 とにかく、まずは彼女をガードのもとへ返すのが優先だ。
「どうしてこんなことを?」
「あなたが死ぬのは、嫌だからです」
「それじゃあ、シドさんが私を……?」
「……」
 きっと何を今さらって思っているんだろうな。

 召喚士をホームに匿うというのは族長が言い出したことだった。
 でもそれはいつしか私たちの総意となっていた。
 他の召喚士の居場所も探っているけれど、一番の目的は彼女だ。
 亡き小母さまと、エボンの僧との間に生まれた娘。
 彼女が遠くビサイドにいるうちは合わせる顔もなくて会いに行けなかったけれど、死に向かう旅に出るというなら黙っていられない。
 エボンの膝元へ行くのを許したせいで小母さまは死んでしまったんだ。
 せめてユウナのことだけは、守りたい。

 いまひとつ危機感のないユウナの手を引いて甲板に連れ出した。
「話すの上手だよね」
「勉強しました。ユウナと話すために」
「……そっか」
 この船からは逃がしてあげる。でもそれは脅迫行為をやめさせるためだ。試合が終わったら……。
 これから先ザナルカンドに向かうまでに、私たちはまたユウナを狙うことになる。
「旅……やめませんか?」
 このままビサイドに帰ってくれたらいいのにと思う。
 けれどユウナは私の顔を見て、微笑みを浮かべたまま小さく首を振った。

『ユクティ! 召喚士を逃がしたのか!?』
 彼女を船から降ろす寸前で仲間に見つかった。ドアが破られてしまったようだ。
 振り向くと、中央広場の方からさっきのヒトとロンゾ、それにもう一人黒魔道士らしき女の人が走ってくるのが見える。
 あれがユウナのガードだ。
「ユウナ、船を降りてください!」
 彼女がポートに跳び移るのを見て舌打ちした仲間が、シューターを起動させるべく甲板を走る。
 私は操縦室に駆け込んで、船を沖へ向けて発進させた。

「あ……!」
 ユウナがこっちに向かって何かを叫ぼうとしている。
 構わず船のスピードをあげ、ハンドルを固定させたあと操縦室を出て海に飛び込んだ。
 すぐに戻って来られるだろうけれど、とりあえずガードと合流した今や同じ方法でユウナを攫うのはもう無理だろう。
 船が港から遠ざかっていくのを見届け、海中に潜った。仲間に見つからないように深いところへ。

 ……勢いでとんでもないことをやってしまった。族長の命令に逆らったという事実に今さら動揺している。
 もちろんユウナに旅を続けさせるつもりはない。けれど、私もしばらくホームには帰れないだろう。
 母さんが代わりに怒られないといいなぁ……。




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