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08


 一人で控え室のモニターを睨んでいる時間は地獄のようだった。
 ハーフタイム、レッティとジャッシュに抱えられてワッカが控え室に戻ってくる。
「け、ケアルを……」
「駄目だ。試合中の回復魔法は反則になる」
「でも!」
 アルベド・サイクスのやつらは、反則すれすれ……いや、完全に反則級のタックルを執拗に仕掛けてきた。
 それも、こっちが抵抗できないのを分かっててワッカばかりに。

 痣だらけでぐったりとベンチに横たわる姿を見てたら、頭のどこかがフツッと切れた。
「対戦相手の控え室に毒ガスを撒いてはいけない、っていうルールはなかったよね」
「馬鹿、やめろっての」
「このまま黙ってらんないよ」
「こっちまで向こうと同じ卑怯者になるこたねぇ」
 それは、そうかもしれないけど……。
「俺たちは、合図を待ってりゃいいんだ」
 ルールーたちがユウナを助け出す前にワッカが壊れてしまったら?
 今だってもう限界なのに、まだ試合は半分残ってる。

 理性が行方不明にならないように拳を握り締めて自分を捕まえておく。
 私の後ろでメンバーが憤慨している。
「でもやられっぱなしなんて悔しいよな」
「大体、レフリーはなんで止めないんだよ? あんなの絶対ファウルだろ!」
 ……そうだよね。いつもなら絶対にファウルだ。
 ゴワーズ贔屓のレフリーはたまにいるけど、相手はアルベド・サイクス。
 ここまであからさまに肩入れする審判はどう考えてもおかしい。

 ああもう、何もかも、許せない。
 元スタッフとしてもこんな不正行為は許せない。
 ブリッツ好きとしても、こんな反則行為は許せない。
 何より、ワッカが理不尽な暴力に晒されていることが、どうやっても許せない。
「私ちょっと行ってくる」
「へ?」
「お、おいメル!」
 戸惑うメンバーを押し退けて扉を蹴り開け、通路を駆け上がる。
「勝手に暴走すんなっ……いっ、ててて!!」
「あーー、ワッカ! いきなり動いちゃ駄目だって!」
 後ろでいろいろ聞こえてるけど、とりあえず無視だ。

 試合の最中なのでカウンター周辺には誰もいない。一人、フロント係が残っているだけだ。
「今スフィアプールに入ってるレフリーは誰? そいつの控え室に行かせて」
「何言ってんだよ。関係者以外は立ち入り禁止だ」
「あんたは関係者なんだから平気でしょ!」
「勘弁しろよ……、お前はもう辞職してっからいいけどさ」
 渋る元同僚の胸ぐらを掴んで凄む。悪いけど、今は君を気づかってる余裕なんかない。

 レフリーの控え室に押し入って、合鍵でロッカーを開ける。
「アルベド語辞書と、空のスフィア……くそっ、録画消去してある」
 当たり前といえば当たり前だけれど、取引の記録でもあれば首を飛ばしてやれたのにと歯痒い思いをする。
「それだけじゃ何の証拠にもならないぜ」
「疑わしきも罰せよ」
「無茶言うなって、メル!」

 ゴワーズじゃあるまいし、サイクスがあんな力業タックルで強引に攻めてくるのはおかしいんだ。
 彼らは理不尽な警告を受けやすい。だからプール内では紳士的なのに。
「いつもならアルベドにはちょっと不利な審判するくせに、今日に限って全然ファウルをとらない……そのレフリーがアルベド語辞書を懐に入れてんだよ」
「俺だって100%怪しいと思うけど、それだけで糾弾するわけにはいかないって」
 それだけ? それだけなものか。

 部屋を出て、通路の天井に下がる横断幕を指差した。
「御前試合だよ。総老師の名を冠するトーナメントで、レフリーの挙動が不審って時点でもう評議会に報告すべき案件だ。何もしないなら匿名で委員会に通告してやるから! ……不正を見逃してるスタッフがいるってのも含めて」
「おい、脅かすな! 分かったよ。でも、これと彼の数日間の行動記録を提出するのが精々だ。たぶん、重くても今シーズンの謹慎処分程度にしかならないぞ」
「それでいい。やったことの報いさえ受けさせられるなら」

 本当は引退に追い込みたいくらいだけれど、それをやろうと思うとアルベド族がユウナを誘拐した証拠もあげなければならない。
 監視スフィアに映ってるだろうからレフリーの挙動と合わせてアルベドの犯行を証明するのは簡単だ。
 ……でも、あまり追い込んでしまうと、どこまで飛び火するか予測できない。
 サイクスが解散されるかもしれない。それだけで済まず、更なるアルベド弾圧に繋がってしまう可能性もある。
 そもそもブリッツ公式大会にサイクスが参加しているのだって、組織委員会としてはかなりの妥協を重ねた末のことなんだから。
 彼らはいつもアルベドを排除する隙を窺っている。
 アルベド族への批難はすぐに過熱してしまうから、妥協は必要だ。

 控え室に戻る道すがら、モニターから試合の結果が流れてきた。
 オーラカが勝った。ということは、ユウナも助かったんだ。
「次の試合で勝ったら、優勝……」
 勝ち残るのはきっとゴワーズだ。でもなんだか、勝てる気がしてきた。
 ……うん、負ける気がしない。

 控え室をノックすると、他の皆はいなくてルールーとワッカだけだった。
「お、お邪魔しましたっ!」
「何言ってるのよ。それよりメル、どこに行ってたの?」
 ここにいるように言ったのに、と眉を寄せるルールーに慌てて弁解する。
「あのくそやろ……疑わしいレフリーの素行を調べてもらいに行ったんだよ。アルベド族と接触してたのは間違いないけど、そっからどう転がるかは分かんない。でもなにがしかの処分は受けると思う」

 スポーツにとって観客の声というものは影響力が大きい。それが今回はオーラカに味方してくれている。
 あのレフリー何なんだよ? と思った人は多いはずだ。委員会もそれなりの対応をせざるを得ないだろう。
「あんたって、たまにすごい行動力を発揮するよね」
「まあね」
 どういう取引があったか知らないけれど、せっかく味方してくれる人がいたのに、こんな結果。
 アルベド族も馬鹿だよ。ユウナ誘拐だけで終わっておけばよかったのに……。

 ふと視線を落とす。寝てるだけかと思ったら、ワッカは気を失ってるみたいだった。
「だ、大丈夫なの!?」
「すぐ起きるでしょ。頑丈さしか取り柄がないんだから」
「ルー、ほんとワッカには厳しいな……」

 決勝戦にはティーダが出るようだ。
 最後まで戦いたかっただろうけれども、あの初戦でワッカは充分頑張った。
 ブリッツ選手としてもガードとしても、どっちの使命も果たしたんだ。
 オーラカのために。そして、ユウナのために。全力で戦って、勝利を掴んだ。
「かっこよかったよ」
「そういうメルは、ワッカに甘いよね」
「そうかな?」
 今回は問答無用で褒めていいところだと思う。

「あ、ルー、もうちょいワッカに寄って」
「何?」
「走り回って疲れただろうからケアルしてあげる」
 この回復魔法は選手でも何でもないルールーに向かって唱えてるだけだから、反則にはならない。
 たとえ近くにいるワッカまで巻き込んでしまったとしても、そんなことは関係ないのだ。
「あんたって、本当に」
 ルールーが何か言いかけたところでワッカが小さく呻いた。
 意識を取り戻したかな?

「いっ、て……あぁ? メル、戻ってきたのか」
「まだ起きない方がいいよ」
「大丈夫だ。それよりお前、無茶してないだろうな」
「ワッカほどのことはしてないよ」
「う……」
 もうちょっとケアルをかけておきたいんだけど、また気絶してくれないかな。
 なんて考えてたら、モニターからコールが聞こえてきた。
「え?」
 ワッカも驚いて顔を上げる。その歓声はだんだんと大きくなってきた。
 プールの中ではティーダがタイムをとり、こっちに戻ってこようとしている。

「ワッカ、みんなが呼んでる」
「あ、あぁ……」
 ルールーに支えられて立ち上がり、ふらつきながらもスフィアプールへと歩いていく。
 水の中に入ってしまえば大丈夫。ブリッツをしてる時のワッカが一番、強くてかっこいいから。
 ……それも、もう見納めかぁ。
 勝っても負けても、なんて言ってたくせに、最後に大きな希望を見せてくれた。
「これは、私も頑張らないといかんですなぁ……」




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