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 今朝早くに雪が降った。すでに止んでしまったが、辺り一面に残された白雪を目の当たりにしてリツは目を輝かせて駆け出して行った。
 寒ければ寒いでぼやくくせに、この景色の何がそんなに嬉しいのだろうか。
 どうせ犬のようにはしゃぎ回るならついでに従順さも見習ってくれればよいのだが。尾を振り寄って来てよく懐き……そこまでは良いのにな。

「はーっ、寒い!」
 ひとしきり走って雪原を足跡だらけにすると、頬を真っ赤にして慌てて戻ってきた。起きがけに出てきたからしっかり防寒できているとは言い難い格好だ。僅かな時間で指先まで冷たくなっている。
「風邪をひくぞ」
「大丈夫だよ」
「何を根拠に……」
 リツが風邪に倒れればまたゴルベーザ様やルビカンテが張り切るのだろう。それはまあ、いいのだが。……それは構わんのだが、毒を退けるアミュレットも病までは防げない。
 弱っているリツに私は触れられないだろう。近寄ることさえ危うい。

 人間は極端な暑さ寒さに弱いものだ。リツは基本的に過ごしやすい気候を好むが、時折無茶をしたがる。地底の溶岩の間際を歩いたり、雪山に行きたがったり。
 目まぐるしい変化は体に負担をかける。……嫌でも誰かが見ていなければならないんだ。
 今更「近寄るな」などと言われても困る。だから、後の面倒を避けるために風邪をひかせたくない。それだけだ。

「ねぇねぇ」
「何だ?」
「入ってもいい?」
 どこにと聞き返すまでもなく私のローブの中に潜り込んできた。返答を待たないのなら最初から聞かなければよかろう。どうせ跳ね退けられはしないのに。
 私ごとローブを羽織るように前を合わせ、リツが吐き出した息が白く散った。寒気に当たり体が冷えてもやはり私よりは温かい。自分の身では感じられない「生きている」という実感がここにあった。

「……寒くないのか」
「さむーい」
「いや、そういう意味ではなく」
 寒いのに死体に寄り添っては余計に冷えるのではないかと、そう思ったのだが。こちらの危惧を理解しているのかいないのか、リツはますます張り付いてくる。
 防寒着を取りに一度家へ戻るべきだろうか。それとも私がローブを脱ぎ、それを与えて離れようか。気休め程度にしかなるまいが。

 なんにせよこう密着していては熱が奪われるばかりで体が冷え切ってしまう。とにかく引きはがそうと襟首を掴むと、リツの口から妙に甲高い声が漏れて、なぜか慌てて手を離してしまった。
「スカルミリョーネ手冷たい!」
「す、すま……なぜ私が謝らなければならんのだ」
「って、なんでバンザイしてるの?」
 言われて初めて自分が両手を挙げていることに気づいた。……なぜだろう? こいつが変な声を出すからだ……。
 これではまるで、疚しいことがあって「疚しいことなどない」と主張しているようではないか。
「別に何もする気はない、断じて」
「え、うん。聞いてないけど」
 腑に落ちないといった顔で首を傾げると、まあいいかと肩を竦めてリツはまた私に背を預けてきた。……違う、下心はない、ただ離そうと思って掴んだはずなのに。

 素肌に触れるとまた冷たいなどと言われて妙な心地になってしまう。かといって他に掴みやすい部分もない。
 しがみつかれているわけでもないのに、どうしてこう剥がすのが難しいのか、不思議だ。
「何もぞもぞしてるの?」
「いや……」
 腕だ。腕を掴んで離せばいいんだ。不意に思い至った当たり前の事柄が天啓のように思えて、勢い込んで掴んだ手の細さに硬直してしまった。

 突然の行動にびくりと肩を震わせ、何事かとリツが私を見上げてくる。
「……どうしたの?」
 照れたかのように微笑んで、繋いだ手を握り返された。違う。何かが違う。こういう展開を求めたわけではないんだ。
 いや不満があるわけではないのだが、どうしても思惑通りに進まない。私はただ体を離したいだけなんだ!

「あのさー、なんかもしかして迷惑がってる?」
「……そういうわけでは、ない、が」
「いっつも何でも嫌そうに見えるもん。……ホントに嫌なことだけはちゃんと言ってよね」
 リツが掴んだ私の手が、きつく握られ抱きすくめるように体にまわされた。

 自分が無愛想なのは承知している。それが不安を与えていることも分かっている。だが、自覚していたからといってすぐに正直になれるものでもない。
 お前の身が心配だから離れろなどと、柄にもないことを零せば口が腐りそうで……まあ既に腐っているのだが。
「迷惑ではない。だからそこらを走り回ってこい」
「なにそれペット扱いっていうか子供扱いっていうか、すごい失礼だね」
「……へばり付くなと言ってるんだ」
 膨らませた頬を押し潰すように掴んでそのままローブの外へと追いやる。リツの抜け出た部分に冷たい空気が舞い込んできた。

「寒いじゃん! なんでそんな意地悪するの?」
「だから、寒いのだろうが。私に触れていてはいつまでも温もるまい」
「寒いからくっついてるんだよ! ローブの中でじっとしてたら暖かくなるもん」
 それはお前の体温だ。己より冷たいものに抱きすくめられて暖をとれるわけがない。
 ……一応気遣っているつもりなのに聞き分けのないことを言われると、こちらも苛立ってくる。しかし私が寛大にならなければ……。
「お前は動いていれば自分で体温を上げられるだろう、人間なのだから」
「……」
「……」

 リツが歩み寄ろうとしていることはとうに分かっていた。だからこそ、思いやって吐いた積もりの言葉で彼女の顔が曇ると、戸惑うしかない。
 何がこいつを悲しませたのか、私には分からなかった。

「人間だからって、言わないでよ」
「……リツ」
「寒いと私が風邪ひいちゃうかもだけど、暑いとスカルミリョーネがしんどいかもしれないけど」
 そばにいたいと呟いた。同じになれないけどそばにいたいんだ、と。

 馬鹿娘が。誰がそばにいてはならないと言ったんだ。今だけの話ではないか。寒い中、そんな薄着で体を冷やすのは良くないと、ただそれだけのことが……怖いのか。

「……何も心配するなとは言えん」
 追い出され立ち尽くすリツに手を伸ばせば、怖ず怖ずと差し出されたてのひらがそこに重なる。
 触れることすら叶わなかった時がある。それを取り戻すように離れたがらぬ想いがあり、二度とそうならぬよう離したがる想いもある。最後に辿り着くのは同じ場所だ。
 永く、そばにいたい。
「お前が離さない限り、私は勝手に消えはしない」
「……信用できないもんー。だからずっとこうしとくんだよ!」
 擦り寄せられた肌はやはり冷たく、赤く染まった頬が人間らしさを取り戻そうと必死に足掻いているようだった。

「お前が体調を崩せば私は近寄らんぞ」
「丈夫いから平気だよ。風邪ひかないように馬鹿になるし」
「それはわざわざ努力する必要もないが」
「……殴っていい?」
 駄目だと制しながら体内に魔力を練り上げる。苦手な系統だからあまり効果は望めないだろうが、少しはマシだろう。
 放たれた魔法は二つにわかれ、小さな炎が私達の両側から微かな熱気を発した。魔法を持続させるのはそれなりに得意だ。ただ、根本的に炎は苦手だった。
「……ファイアなんて使って、大丈夫?」
「死ぬかもしれん」
「……」
「いや、その、もう死んでいるから平気だが」
 ジト目で睨まれ取り繕った言葉にリツが溜め息をつく。
 私に気の利いたことを言わせたいという願いを持っているとしたら、頼むから早々に諦めてくれ。生まれつきだからどうしようもないんだ。

「暖かいか」
「うん」
 家に帰れば寒さも退けられよう。死の冷たさを気にすることもないし、大嫌いな炎に身を曝す必要もなくそばにいられるのに、ここで二人いつまでも苦心している理由は……まあ、言うまでもないな。




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