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 偉大なる我が師クロウリーを追って辿り着いたのは、キナ臭いを通り越してすでに血生臭くすらある、戦争の只中におかれた反乱軍の根拠地だった。
 戦争は苦手だ。それは意思のぶつかり合いだもの。感情のある限り人は戦う。力を求める。憎み合い、愛し合ってしまうのも、へたに心など持って生まれてくるからだ。何も感じない道具として創造されたかったと常々思う。誰にも関心を抱かず何も求めずに、無限の平穏を生きたかった。
 私が魔術に望むのはまさしくそれ、感情からの脱出なのだった。しかし道程は未だ遠く、私は師の足元にも及ばない。
 私たちが居候する湖畔の城の主やその敵の思想に興味はないけれど、クロウリーに振り回されていつも巻き込まれてしまう私も彼らと同じ、愚かな人間のひとりだという自覚はある。“命を持って生まれ、愚かでなかったのは私だけだ。”傲慢そのものである我が師の言葉に一片の真実を嗅ぎとってしまい絶望した。

 クロウリーが言うにはこの戦争は紋章に関わるものらしい。星が動いているのだと、再会の挨拶もないままもっともらしい顔で彼が私に告げた。そういう話はろくに聞かず「はあそうですか」と頷いておくのが一番だ。
 占星術の講釈など聞いても頭が痛くなるばかり。星を見て何が分かると言うやらさっぱり理解できなかった。まあそれに限らず私はどの魔術も不得意なのだけれど。我が身の魔法はただひとつ、それはクロウリーを探し求める以外に働かないのだ。

「……戦争は嫌ですね。怖いです」
「殺しても死なないだろうお前が、こんな小競り合いを怖がるのか」
 国と国が血を流しあうような戦争は小競り合いとは言わないのではないですか。だいたいそもそも私は殺しても死なないのではなく、あなたが未練で縛りつけて死なせてくれないだけじゃないか。言いたいことはいろいろあるが無駄だと知っているので口をつぐむ。
 魔術の才能などこれっぽっちもないただのひとが世界の法則さえも無視してさまよう彼を求めて、ただ彼を探し当てるためだけに時間の流れから足を踏み外したって、彼はその事実に目もくれない。
「あなたがどこにいるのか、場所も時代も分からないのに師匠を探して私がどれほど苦労していると思ってるんですか……」
 ああ閉ざしたはずの口が開く。感情が漏れ出てくる。言い負かされるのは始めから分かりきっているのにまたつっかかってしまった。クロウリーは待ちかねたと言わんばかりの笑顔で私の肩を叩く。
「我が弟子ならばワシを探す程度で苦労していてどうする。そうも才能がないのならやめてしまえ」
 そんなこと、不可能だと分かっていて言うのだからひどい人だ。

 私はクロウリーから逃れられない。最初に魅入られてしまったときから永遠が定められたのだ。
 私の欲っする感情が彼から与えられることは決してなく、然りとてこの無意味な想いを今さら捨て去ることもできずに、人間を超越した狂気の魔術師に焦がれ続けなければならないのだ、私は。
「……あなたが好きです、クロウリー」
 手に入ることがないと知っていても。感情を持ち生きることがどれほどつらくても。あなたがどんなにひどい人で、愛しているのと同じだけ憎んでいたとしても、私は彼が好きなのだ。
 枯れ枝のような細い指は見た目に反して力強く私のあごを掴み、からかうように鼻梁に口づけられた。ひどい子供扱いに立腹するより早く恥ずかしさが募り、こんな戯れにさえ頬が熱くなる。
 純情かれんな生娘でもあるまいに、赤面して黙り込む私にニヤニヤと笑いかけたクロウリーは、耳に唇をくっつけて、呪文を唱えた。
「行こうか、リツ」
 そうして彼の魔法が全身を覆い尽くす。

 どんなに自堕落で変態で無神経で、他人の気持ちに虫けら程度の価値も認めてはおらず、高尚な精神さえいやらしく下世話な興味で隠して運命の探求だけに明け暮れ、好奇心がねじ曲がった方向へしか発揮されない人間的欠陥だらけの、悪口なら尽きることない最低な男でも、私は彼に恋せずにいられないのだった。




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