×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
 死後の世界のイメージってどういうものだったかなあ。
 確か、花が咲き乱れて年中しあわせ能天気な極楽と、餓鬼が入り乱れて血の池が沸き立つ地獄と……そんな感じ?
 ところがまあ実際死んでみるとあっさりしたもので、死後の世界は生きてる時に見てた世界と何も変わらなかったんだ。
 死んだ私の周りには、今まであったものが今まで通りに存在してる。
 私の死は世界を変えない。変わるのは私だけだった。私は今も世界を見てるのに、世界からはもう見つけてもらえないんだ。
 ここにいるのに、通り掛かる人はみんな私を素通りしていく。……認識してもらえないのって悲しいな。
 生前の行いを誰かに裁いてもらえるわけでもなく、地獄でお勤めが待ってるわけでもなければ極楽で面白おかしく暮らせるわけでもない。
 何をしようか迷うほど選択肢もなく、とりあえずスカルミリョーネのところへ向かった。助けてもらえなくても、何か展開を望めるんじゃないかと思って。
 もうホントにね、あなたにすら見えないのは予想外でした。

 実体のない体を漂わせてスカルミリョーネをストーキングしてみる。全く気づいてもらえそうにない……。
 やっぱり、ただ普通に死ぬだけじゃモンスターにはならないんだね。そりゃそっか。死んだ人間がみんなアンデッドになってたらこの世はゾンビだらけだもんね。
 でも私は、どうせなら魔物になっちゃいたかったなあ。
 一人黙々と本を読んで、スカルミリョーネは時々何かに気を取られて辺りを見回していた。
 私の存在に気づいてるわけじゃない。見えない何かを探してる感じじゃなく、単に何か気掛かりがあるだけみたい。
 いつもなら横で喚いても纏わりついても気にしないくらい没頭してるのに、今日はなんだか集中できないんだね。
 私が死んだって知ったらスカルミリョーネはどうするだろう。やっぱり無関心なのかな。
 怒ってもらえれば嬉しいし、悲しまれると胸が痛いし……どっちもありえないだろうけど。

 不意に視線を感じて部屋の隅を目をやると、ゾンビーが頭をふらつかせながら私を見つめていた。
 ん? いや気のせいかな……でも視線が素通りしない。やっぱ見えてる? 人間にも、スカルミリョーネにさえ見えてないのに?
 もしかして動物の直感ってヤツなのかな。知性がないからこそ野性に優れてる、猫やなんかが何もない空間をじっと見つめているあれ。
 そんなシーンを想像したら改めて自分が幽霊なんだって自覚して、ちょっと悲しくなった。
 無意味に過ぎていく時間がもったいなくて、どうにかして気づいてほしくて穴があくほどスカルミリョーネを睨む。
 死者の親玉ならせめて気配くらい察してよ!
 その怨念が届いたのかは分かんないけど、重々しく溜め息をついてスカルミリョーネが本を閉じた。立ち上がって、どっかへ出かけるみたい。
 困ったな、テレポされると追いかけるの大変なんだよねー。
 特に目的もないらしく、ぶらぶらと外を歩くスカルミリョーネの背中に淡い期待を寄せる。
 それにしても、誘ったら乗ってくれないくせに自分一人ならのんびり散歩もするのか! って腹立たしさはある。
 一緒に歩きたかったな。もう、どうしようもないけど。

 私の体、できれば腐る前に埋めてもらいたいよ。お墓を建てて毎日お祈りしてなんて言わないから、野ざらしになるのだけは勘弁してほしい。
 獣の餌になって風に曝されて、誰にも知られないまま忘れられて土に還る。それは自然の正しい姿なのかもしれないけど、悲しいんだもん。
 死に物狂いで逃げて、結果的に死んじゃったけど、モンスターすら通らないひっそりした場所へ駆け込んでしまったから私の体は奥まったところに倒れてる。
 そこで風に当たってぼけっとしてるスカルミリョーネに言いたい。もうちょっと東に進んでくれたら出会えるんだよ。
 届かない声の代わりに小さな呟きが聞こえた。それは一瞬、通じ合えたのかと思うくらいに私の心をあらわしていた。
「……妙に心細いな」
 本当に、心細いよ。
 どうすれば連れて行けるだろう。どうにかして伝えられたら……。風がざわめくのに苛立ちながら、なくした頭を懸命に捻る。
 取り憑いて操る、のは無理か。腐っても四天王だもん。でも、やたらめったら死人が居残ってる世界じゃん。私だって、その気になれば──!

 と、奮闘すること数時間。疲れる体もないのに眩暈がするほど頑張ったけど進展はなかった。
 形だけでも体があればスカルミリョーネを押したり引っ張ったり、もう少し自由がきいただろうに。
 それでも何か引き寄せる力だけは働いたのか、私の体への距離は縮まっていた。あんなに頑張って結局偶然に頼るのは悔しいけどもういい。
 見つけてほしい、私のところに来てほしい、願うのはそれだけだ。
 あとちょっと、もどかしいところでスカルミリョーネの足が止まる。
「……何だ?」
 もし探してくれてるんだとしたら、すぐそこで茂みに突っ伏してる私を、どうか。
「──……!」
 私を見つけて、スカルミリョーネの体が強張った。口元が微かに動いて、名前を呼んだように見えて。
 何を感じたのかすごくすごく気になったけど窺い知ることはできなかった。

 葬ってくれたり死体を持ち帰ってくれたり、あわよくば……なんて考えた私が浅はかだったのかな。
 スカルミリョーネはさっと私の死体から目を逸らすと、そのまま魔法でどこかへ消えてしまった。
 私が死んだことへの衝撃なんて一瞬だった。一秒後には忘れられるくらいの希薄な関係だったのか。たった一瞬、驚いてくれただけでもマシ?
 本当のこと言えば悲しんでほしかったんだよ。私が死んだこと、大きな事実として受け止めてほしかったな。どんどん気分が沈んできた。
 死体を見てちょっとびっくりして、ああやっぱりすぐに死んだなってその程度。泣き出したいのに泣けないし。
 重くなった心に合わせて足まで動かなくなった。あ、足はもうないんだっけ。
 消えたスカルミリョーネの後を追っかけてうらめしやって呪ってやりたかったけど、もうそれもできない。
 心細くなって空を見上げる。日が傾きかけてた。見つけてもらえたけど無駄だったね。じゃあもうこれから先、私は永遠に一人……?

 それから、そんなに時間は経ってないと思う。太陽がすっかり沈んで辺りが真っ暗になって、まだ次の太陽が昇る前。
 私の死体にまで月の光は届かなくて、周りの土との区別もつかない肉の塊が何となく恨めしそうにこっちを見てた。
 ……寂しいな。このまま地縛霊になっちゃうのは嫌だ。誰か、ほんのちょっとでいいから惜しんでくれないかな。
 生きてれば悲しすぎてさぞかし胸が苦しかっただろうなって思えば、死んでてよかった。苦痛なんか……感じない。先のことを考えて不安になりもしない。
 死体に未来なんかないから。
 だから、大きな黒い影が近寄ってきた時もぼんやり見つめてるだけだった。何だろう、熊かな。
 これで私の体が食べられるなら死んだふりは無意味って証明されるなぁ。
 月明かりも届かない薄闇の中で、その影はまっすぐ私のもとへ歩いてくる。
 死体の傍らに居る“私”には気づかないまま、小さく舌打ちして「馬鹿が」って呟いた。なんか、聞き慣れた声で。
 え、もしかして、って淡い期待が芽生えた瞬間、ぐーっと地面に引き寄せられた。
 慌ててみたところで抵抗するための手足もなく、そのまま地の底に吸い込まれて──何かが一気に弾け飛ぶ。そして急速に萎まって元の場所に落ち着いた。
 言いようのない気持ち悪さはテレポで転移した時の感覚に似ていて……ん? 感覚?

「──……ぶはーっ! うっなにこれ、なんか入っ、ゲホッ、うぇぇ」
 ガバッと体を起こすと口の中に土と草の味が広がった。まずい? や、よく分かんないけどもさもさして気持ち悪い。
 ぺっぺっと残らず吐き出して、突き出した舌を指先で払って一息つく。……あ。
「生き返った!?」
「違う」
 頭上で響いたのは呆れ気味の声。驚いて見上げる前に顔の両脇へ腕が伸びてきて、力一杯顎を持ち上げられた。
「いだだだだ痛い痛い」
「嘘を言うな。痛覚はないはずだ」
「いっ、痛くないけど気分的に痛い!」
 首が曲がっちゃいけないとこまで曲がりそう。
 適当にいたぶって満足したらしいスカルミリョーネは私の顔を離して、そのままゲンコツで殴られた。うん、痛くない。
「……こんなところで勝手に死ぬ奴があるか、馬鹿」
 その声の震えから、起きた事実のどうしようもなさを痛感した。生き返れたわけではないんだ。でも、ついさっきまで私を包んでいた寂寥は跡形もない。
 スカルミリョーネは怒ってくれた。悲しんでもくれた。それどころか、私をこの世界に連れ戻してくれたんだ。
 辺りを見回しても死体はもうどこにもなくて、また自分の意思で動くようになった手をじっと眺める。……私の体だ。私のものだ。
「あ、なんか青白いね」
 血が通ってないんだから当然かな。そっと首筋に手をあてて、次は胸に置いてみる。鼓動は感じられない。やっぱりそうだ。今の私は生ける屍。
「不満なら送り還してやるが」
「ううん! これでいい」
 ちょっと後ろめたそうなスカルミリョーネに私の方が慌てた。せっかく会話ができるようになったのに、また物も言えない死体に戻るのは嫌だよ。
 心臓止まってたって息してなくたって体温なくたって、気にしない。だってスカルミリョーネも同じなんだから。

「……手を挙げて回って見せろ」
「はい」
 なんか、考える暇もなく従っちゃった。逆らおうって気持ちが全然ない。いつも連れてるゾンビ達みたいに支配下に置かれちゃってるのかも。
 バンザイしたちょっと間抜けなポーズのままくるりと回ると、私の全身を確認したスカルミリョーネはしんみりと呟いた。
「外傷が無いのは幸いだった」
 まあ、毒で死んだからね。モンスターからは逃げ切ったけど町まで辿り着けずに力尽きるなんて、低レベルではよくあること。
 スリップダメージで死ぬのってつらいね。あのゆっくり死んでいく感じ、思い出しても血の気が引く。いやもう引くほどの血の気もなかったか。
 だけどそれだけ、毒を纏ったスカルミリョーネが普段どれだけ私を気遣ってくれてたのか、知ることができた。
 そばにいるのを嫌がってたのも、その方が安全だからだ。……ああ、死なせたくないって思ってくれてたのに、どうして分からなかったんだろう。
「言うな。そうやって放っておかなければ、お前を死なせずに済んだのに」
「ん……」
 でも私は、思われてたって事実だけで満足だよ。ってにまにましてからふと気づいた。口に出してもないのに言うなってのは、変だよね。

「なんで考えてること分かるの?」
「……お前はもう、私の配下だからな」
 そういうもんなんだ? そっか。アンデッドの思考を把握してなきゃ君臨できないもんね。じゃあ私の考えてることもスカルミリョーネには筒抜けってこと。
 たとえば、うーん……そうだ、熱愛光線を出してみよう。
 先を歩く背中に向かって好き好き大好き愛してる、きゃースカルミリョーネ様かっこいい! 抱いて! って見事に無反応なんですけれども。
 なんだよ分かんないんじゃないか、嘘つき。スカルミリョーネのばか、あほ、根暗。変態、むっつりスケベ、童貞!
「わぷっ」
 思いつくまま悪口を並べ立ててたら、突然立ち止まったスカルミリョーネの背中に勢いよく顔をぶつけた。衝撃は感じるのに痛みはないって、変な感じ。
「どうしたの?」
 生きてた時の習慣でぶつけた鼻を押さえながら、その顔を覗き込む。ゆっくりと私を振り返ったスカルミリョーネの全身から、なんか黒いものが立ち上っていた。
「調子に乗るなよ……リツ……」
「あは、は。ごめんなさーい」
 やっぱり通じてたみたいだ。だったら前半にも反応してくれればいいのに、ケチ。

「あのね」
「何だ」
 甦らせてくれてありがとう。連れ帰ってくれてありがとう。またそばにいられて嬉しいよ。
 思いの丈を、言葉に乗せずに差し出してみる。スカルミリョーネも無言で受け取って、少し歩調を緩めて私に合わせてくれた。
「……帰るぞ、リツ」
「うん!」
 境目が曖昧で、生きてるのか死んでるのか分からない。
 この時が永遠に続いても、手を繋いで二人で帰ることができるなら。ずっと一緒にいられるなら、生きてても死んでてもどっちでもいいよ。




menu|index