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 寝苦しさに目を開けると、星ひとつない夜空が顔にのしかかっていた。その空は呼吸するたび緩やかに大きく動いて僕の息を封じようとした。両手で押し退けようとしてもびくともしないそれから逃れるため、顔を横に向けて呼吸に励む。
 自分が下敷きにしていたものが目覚めたことに気づかないはずもないのに、彼は相変わらず僕のうえで死体のように脱力していた。
「……ネイサン。眠るなら自分の寝床で、お願いします」
 ちょうど耳の辺りに彼の鼓動を感じながらぽつりと呟いた。もし彼が本当に眠っていたら、魔道士を起こすのは難儀だろう。幸いにもまだ起きていたネイサンは気軽にとんでもない冗談を飛ばした。
「今夜はお前が私の寝床だ」
「微妙に際どいことを言わないでください」
「微妙ではないと思うが……」
 見えないけどきっと真顔だろうと容易に想像できて頭が痛い。こういうくだらない冗談を言うときはいつもそうだ。
 ため息を飲み込みながら体を無理やり起こそうと身動ぎしたら、ネイサンは珍しくも僕の意を汲んで、僕の上から退いてくれた。
 のしかかる重さはなくなったけれど、彼の瞳を見てしまったらもっと大きな苦痛が訪れた。

 もう圧迫されてもいないのにまだ胸が苦しい。ネイサンは傷ついていて、僕はそれを知っている。慰めを欲する彼を退けて自分の要望を通すのは申し訳ないとは思う。……でも。
「僕を布団代わりにしないでください。ネイサンは重いんだから」
「布団の代わりにはしていない」
「では何の代わり……、あの、それは無理ですよ。不可能です」
 聞き終える前に察してしまって、ざっと血の気が引くのを感じた。
「私の孤独の責任はお前にもあるだろう?」
「そうかもしれませんが……えっ、そうかな? いや、関係ないです。責任を押しつけないでください」
 彼の身に起きた一連の出来事を考える。確かに彼の苦悩の原因に僕も関わっていたけれど、責任を負っているかといえば話は別だ。
 ネイサンは、自分の責任において予言を操ろうとし、不相応な領域にまで手を広げて失敗した。それは彼自身の責任だ。もちろん気持ちのうえで同情はしているけれど、だからといって僕の本分をこえて何でもしてあげられるわけじゃない。

 話の内容に我慢できなくなったのはどちらだったか、ネイサンは殊更に明るい声音でこぼした。
「私の孤独をぬくもりで埋めてやろうとは思わないのか、冷たいやつだ」
 そんなもので埋まる孤独ではないと、自分が一番よく分かっているはずだ。
「僕にはできない。それは、僕の役割じゃない。彼女が作った穴を僕が埋めるわけにはいかないでしょう」
 ネイサンの表情は変わらなかった。痛いときにそれをあらわす術を忘れてしまったみたいだ。

 僕にとって苦痛というのは無意味なものだったけれど、普通のひとにとってそれがどんな意味を持っているのか、ジャガンのもとで少し学んだ気がする。
 凄まじい感情の発露を呼び起こす、あの強い力。ネイサンはそれを感じている。自分では癒しようのない傷に苛まれながら、けれど彼は誰にも助けを求められないんだ。
 その傷を塞ぐことができるひとはもう、ベールの向こうへ行ってしまった。
「私はようやく手に入れたんだ。なのに一瞬で喪われた。一体なぜなのだろうな」
「……あなたの求めるものは分かってます。だからこそ、彼女の代わりを簡単に、手近なもので埋めるのはやめてほしい」
 クラリッサは特別だ。僕はただ一時の慰めになることしかできなかったけれど、クラリッサはネイサンの生涯の宝だった。その苦痛は僕の手の届かないところにある。
 間違っても彼の中から彼女を消してしまわないように、そっとネイサンの頬を両手で包んだ。思い出した記憶を切り裂くように、夜気にさらされ肌はとても冷たくなっていた。
「この痛みをすぐに癒したいとは思っていない。ただ、今は慰めてほしいだけだ」
「……」
「私を甘やかしてくれ、リツ。淋しくて堪らないんだ」

 今すぐにでも誰か温かさを持つひとがネイサンを慰めてくれればいいのに。僕のような、消し去り、隔てるだけの冷たい控除の力じゃなくて。
 でなければ、せめて僕が……彼女のぬくもりと優しい記憶を心に引き出せるような魔法を持っていればよかった。
「……僕は、布団の代わりくらいにしか、なれませんよ」
 偽りでも構わないと言うひとに、偽りさえも与えてあげられない。無力なこどもに、それでもネイサンは重さを預けて、「お前はお前でいてくれればいいさ」と呟いた。その声はまるで初めて会ったときと同じだった。




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