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 こちらの反応の悪さにもめげず何とか機嫌をとろうと頑張っていたエドガーも、ついに諦めていつも通りにエントリーを済ませ、仲間の元へと帰って行った。その背中を見送って登録されたアイテムを交換表と照らし合わせる。……ご愁傷様ですとしか言えない。
 ティナ達は今現在、何か欲しいアイテムがあってコロシアムに留まっているようだ。お気の毒なことに先生相手に連敗中。さらに次の負け越しも決まったようなものだし。
 同情はするがこっちも生活がかかってるんだ、「知り合いのよしみでレートを教えてくれないか」とか、そんなことアッサリ吐く俺なら受付のおねえさん(男)なんかやっていないのだ。
 貴重品を持たない貧乏人はお断り、賭けたアイテムは勝っても負けても没収でカスアイテムには強烈なお仕置きが待っている。負けた悔しさをバネに参加者達はアホみたいに高額な観戦料金を払って客として舞い戻り、こちらのモンスターと挑戦者どちらが勝つかにまた賭けるっと、アホのリサイクルだ。
 コロシアムの儲けは俺達の儲け。大切な資金源たる挑戦者の貢ぎ物……もとい賭けアイテムを目一杯集めるためにも、秘密を漏らすわけにはいかないんだよね。
 まあ実際、ジジイと俺であみだくじ作って決めてるなんて言ったら暴動が起きるかもしれないな。だってどうせこちらが勝つのが前提なんだから、賞品なんて何が何に対応しててもどうでもいいんだよ。

 エドガーが賭けに出したのは、旅の道中見つけたらしい騎士剣だった。使える人間も限られてるし捨ててもいいやって感じか。町に持って行けばそこそこの値で売れるから俺にとっては良品だけど。
 儲けの予感に浮き立つ心を一切顔に出さず、エントリーシートを確認する。ふんふん、戦闘に出るのはマッシュか。まあ誰が相手だってこちらには同じこと。
「せんせー、出番でっすよー」
 背後の控室に向かって呼びかける。………………。あれ? いつもなら2秒でフンガーと出て行くのに、なぜ静まり返っているのだろう。なんぞあったかと心配になり扉を開けてみた。……いねぇ。え、なんで?
 さすがの俺も焦りはじめた。テュポーン先生がいないとこちらの不戦敗になってしまう。ベッドの下もタンスの中も、壁に耳をあててまで探してみたが先生の気配がない。なぜだ、俺を置いてどこ行っちゃったの!
 客どもに気取られんように歩きダッシュで受付へと向かう。頭の中はアイテムを返さなきゃいけなくなったら嫌だなあとそればかり。
 ようやく、図体ばかりでかい紫のシルエットが見えた。
「おいオルトロスー」
「どきっ」
 自分で効果音言ってんなよ。さてはサボってたな。まあそれについては後で問い詰めるとして、だ。
「先生どこか知らん?」
「え、お腹痛いって出て行ったけど」
「ちょ、マジですか」
「やっぱ昼ご飯があかんかったかなぁ」
 ああ。ちょっと緑がかってたものな。そういやお前は食べてなかったね、あの肉。
 火を通してあるとはいえ何ヶ月も経ってるからなあ。滅多にないお肉だからって長く持たせすぎたか。貧乏って悲しいものですね。でもどうして一緒に食った俺は平気なんだ。
「困ったな、いつ復活するんだろ」
「今日は無理かもね」
「そんな呑気な〜!」
 どうしよう。しれっと交換表を書き換えちゃってカスアイテム渡してごまかそうかな。
 いやいや、しかしこのコロシアムに来るのはギャンブル好きの駄目人間ながら一応は歴戦の強者たちばかりだ。場慣れした冒険者にイカサマがばれたら、ちょっと怖い。
 あまり危険な橋は渡りたくない。確実に、損しない方法をとらなければ。
「……よっし、俺が出るか」
「はいぃ!?」
「ちょっくら戦ってくるわー」
「いやいやいや、大丈夫かいな!?」
 俄かに慌てだしたタコを放置して控室へと向かう。まず着替えだ。いやあ、こんなこともあろうかとあれを作っておいてよかったな。
 とにかく“テュポーン”が試合に出さえすればこっちがまるごとアイテムを頂けるのだ。代役、見事勤めてみせようじゃないか。

 実を言うと、対戦者としてコロシアムに立つのはこれが初めてだ。大観衆の沸き立つ中にたった一人で敵と相対する。俺はけっこう無神経な人間だと思うが、それでもすごく緊張するもんだな。
 着ぐるみに守られていなければ動くことすらできず、プレッシャーに負けていた……かもしれない。
「なあ」
「フンガー?」
「それ何なのか、聞いてもいいんだよな」
「フンガー!」
 会場の熱狂をもまったくもって気に留めず、余裕綽々のマッシュが頭を掻きつつ俺を見た。それ。つまり俺。テュポーン先生の着ぐるみを身に纏った俺を。
 アイテムを賭けて出てくる相手が何者なのか、戦いが始まるまで挑戦者には分からない。テュポーンが来た場合はその時点で負け決定、もっといいアイテム持って出直してこいってことになる。それが俺たち運営側にとっては一番いいリザルト。
 だからここに立っているのはテュポーンでなければならないのだ。今に限って俺はリツではない。テュポーン大先生なのである!
「着ぐるみだよなぁ。無駄に出来がいいなー」
「フンガー!」
「それしか言えないのか?」
 そうだよだから無駄に話しかけるなよ、と頷こうとしてもうまく首が動かない。作る時には面白かったが、いざ自分で着るとそこはかとない虚しさがあるな、このコスプレ。
 さて、対戦相手がテュポーンだという体裁が整ってさえいればそれでいいんだが、生憎と俺はマッシュの巨体を吹き飛ばせるようなとてつもない“はないき”を持っていない。つまり真っ当に戦って勝たなければいけないわけだ。
「これって、いつものヤツだよな?」
 空気が読めないというか若干悪あがきをしているような顔で、マッシュが問いかける。まあ遠くで盛り上がってる観客と違って、間近で見てるこいつには俺が誰だか丸分かりだから。そっちの都合で相手を変えてるのかよ、じゃあ外れなんて作らず何かしらアイテムくれよ、と考えるのは当然だ。

 あー、うまいことスパイラルソウルで自爆もしてくれないだろうし、どうしたものか考えあぐねていると、離れたところで成り行きを見守っていたオルトロスが心配そうに近寄ってきた。
「なあリツ、“はないき”できるんか?」
「フンガー」
「だよねー。ってどないすんねん! お前弱っちいじゃん!?」
「フンガー!」
「そんなこと自慢になるかい、この筋肉ムキムキとは訳が違うだろ!」
 俺だって日頃あっちこちうろついてる分それなりの腕前になっているのだ。少なくともコロシアム周辺の雑魚に負けたことはない。けど確かに、マッシュは雑魚どころじゃないしなー。ま、考えてはいるんだけど。
「フンガー」
「えー、でもなあ」
「おいタコ、リツは何だって?」
「自分がどうにかするから大丈夫ゆうてますけど」
「自信満々だな! ……しかし、お前たち、どうして会話が成り立ってるんだ」
 ホント。俺の心の声が聞こえてるかのようにスラスラと通訳するオルトロスに、マッシュだけでなく俺まで感心しっぱなしだった。俺フンガーしか言ってないのに、あまりにも普通に通じるものだから気づいてなかったよ。
 なんで通じてるの。
「フ、……ンガー」
「もしかして賢いのって何やねん、失敬な」
「フンガー」
「なんでって、慣れや慣れ」
 そうか慣れか。なにげに本物の先生ともちゃんと会話してたもんな。俺なんか八割方なに言ってるか分からんのに。それで不便に感じたこともないけど。

「ふーん、誰にも特技があるもんだな」
「失礼な筋肉ダルマやなあ」
「……いや、お前に言われたくないぜ」
 なんだかんだでオルトロスも先生に関しての経験値は高い。つまりそういうことなんだろう。ともかくここはガチバトルの場である。いつまでも保護者に居られると困るから。
「フンガー!」
「あー分かった分かった。大丈夫かいなほんまに」
 試合時間だからさがって見ててくれという言葉を正確に読み取り、ぶつぶつ言いながらも紫の後ろ姿が去ってゆく。改めて向き直ると、マッシュはもう戦士の顔になっていた。手加減しようなんて微塵も考えていなさそう。
 あのさ、俺ね、お前のそういう正々堂々としたとこ、ちょっと苦手。
「フンガー!」(こっちも加減する気はないけどな)
「手に持ってるそれが、なーんか嫌な予感がするんだよな」
「フンガー?」(何だよ棄権するなら25,000ギル払えよ?)
「いや俺は何言ってるのか分からないって」
 引き攣り気味にマッシュが指差すのは俺の左手、炎の意匠が施された大きな盾。まともに勝てるわけがない俺が勝ち抜くための秘密兵器その一だ。ちなみに、ティナに借りた。
「まあいいや、何とかすれば何とかなるだろ。……行くぞ!」
 試合開始の合図と同時にマッシュが一気に距離を詰めてきた。いろんな意味で接近戦は避けたい相手だ、こちらも合わせて退がり、大技を放てる位置へ逃げる。にもかかわらず、奴の拳から真空波が飛んできて俺の頬を掠めた。思うにこいつらほとんどバケモノだね。

 背後に擦り抜けていった見えない刃が地面をえぐる。一撃で決めなけりゃ数週間は働けなくなりそう。悪くすれば再起不能? そこまで鬼じゃないと思いたいね。
 俺は着ぐるみの懐から、やけに熱を持った石を――ちなみに、ティナに借りた――取り出して掲げる。盾を構えて更に後ろへ跳躍すると、マッシュが追い縋ってきた。
「フンガー!」
「使わせねえ!」
 どちらが速いか、間に合うか。鬼気迫る、いや危機が迫っていた。間に合わんと死ぬ。一瞬錯乱したのか、スローモーションで見えたマッシュの拳が眼前に届く直前……、手中の魔石が耐え難い温度になり発光した。
「終焉なき闘争の炎よ、魔を人を、神をも巻き込み虚無へと帰せ。ジハード!」
 あっ、しゃべっちゃった。まあいいか。
 うげっと呻いたマッシュの声が業火に掻き消え、視界の隅々まで赤く染まる。炎を防ぐ盾のおかげで俺にダメージはないが、視覚的に何となく焦げそうだった。着ぐるみ大丈夫かなぁ。
 三闘神の幻影が暴れ回り、嵐が去ったあとにマッシュはいなかった。これ加減できないしやべえんじゃないか……と思ったが、よくよく見れば客席の一角に医療班が突入している。どうやらあの辺に吹っ飛ばされたようだな。

 沸き起こる歓声に先生の短い腕で応え、そそくさと控室へと戻った。まあ、マッシュは大丈夫だろう。だってマッシュだから。
 テュポーン先生の着ぐるみを半分剥いで、セコい勝利にホッと一息ついた。あ〜……借金増えずに済んでよかった。なんて。安心したのも束の間で、ふと視線を感じて振り返る。
 いつの間にか部屋の隅には可愛い女の子のようなものが立っていて、お年玉を待つ子供みたいな素晴らしい笑顔で、俺に向かって両手を差し出していた。
「おめでとうリツ。そしてありがとう。盾と魔石のレンタル代に、わたしの好きなものを何でもくれるんでしょ?」
「え……ティナさん……タダでいいって……え……」
「そう言ったって、証明できるの? 私が魔石を貸してあげたって証拠ならあなたがその手に持ってるけど」
 眼光鋭く見据えられ、結局は彼女らの目的のアイテム数点に加えエリクサーもいくつか持って行かれた。ジジイには儲けを減らしたと怒られた。借金が増えた。オルトロスにも「だからタダより高いものは無いとあれほど以下略」お前には言われたくないと焼いておいた。
 テュポーン先生はお腹の調子が悪いからお休みしますという書き置きを残して一ヶ月ほど姿を見せなかった。死期かと思って焦った。

 ……結局、何だったんだ。虚しさに襲われたところで思い出したことがある。俺と先生が食べたあの緑っぽい肉、ティナが調理してくれたんだよなー。あまりのカスアイテムの連続に、「しばらく滞在しそうだからご飯作ってあげる」と言ってさ。
 俺を食ってもオルトロスを食っても平気な先生が、腐った肉ごときで参るなんておかしいじゃないか。あの肉は何だったのか。
 俺は、俺たちは、彼女の手のひらで踊らされていたに過ぎないのかもしれない。
「ティナ……恐ろしい子……!」
 喜べマドリーヌ。あんたらの子供、それはそれはしっかり者の娘さんに育ちましたよ。




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