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🔖こま切れアヴァンチュール
浄罪の路から脱出したのはいいが、グレート=ブリッジは既に僧兵で埋め尽くされていた。
「どーやって逃げる!?」
「切り抜けるしかあるまい」
ティーダとアーロンさんが先陣を切ろうとした時だった。
轟音と共に黒い巨体が飛来して、行く手を阻む僧兵を一気に薙ぎ倒した。
「ユウナはヴァルファーレを呼んで、女子はそっちに乗って」
「リツ!?」
慌ててユウナが召喚したヴァルファーレの背中にルーとリュックが乗り込む。
「はい男子はこっちね。んじゃ行くぞ」
そして俺たちは、無造作にバハムートの背中に放り投げられた。
疑問を発する暇もなく巨体が舞い上がり、僧兵の頭上を猛スピードで飛んでいく。
「うわっ! ちょ、飛ばされる!」
「こらこら、翼んとこ掴まっちゃ駄目だぞ。不安定なら俺に掴まっとけ」
「男のナマ足に掴まんのキツいッス!」
「こんな格好を衆目に晒してる俺が一番キツいと思わないか!?」
「知らねーよ! つーかなんであんたウェディングドレスなわけ!?」
「諸々の事情だ!」
……どんな事情だよ。
結婚式場で見た時は幻覚かとも思ったが、それにしちゃふざけた格好だ。
今もバハムートの背中で花嫁衣装の裾をはためかせながら仁王立ちしているリツは。
なんつーか、幻とか死人とかって可能性を疑うには、切なさの欠片もない姿だった。
いろんなことが起こりすぎて脳味噌がギブアップする寸前だった。
追っ手を避けてマカラーニャの森に逃げ込み、ひとまず夜中まで休憩をとることにする。
ユウナは一人になりたいと言って泉に向かい、ティーダたちはこっちを気にしつつもそのあとを追っていった。
俺は……もう、なんつーか、どういう精神状態でいていいのかも分からなくなって呆然としていた。
目の前にリツがいる。
「ワッカ、大丈夫か?」
まるで一年前と変わらねえ姿で俺の目を覗き込んでくる。
生きてたのかと喜ぶより先に疑念が湧いてきた。
なんでシーモア老師やマイカ様と一緒にいたんだよ。こいつ本当に生きてるのか。
……無事だったんじゃなくて、死人として戻ってきたんだとしたら。
俺たちが迷ってたせいだとしたら。
糠喜びすんのが怖くて、不安要素ばかりが浮かんでくるんだ。
俺もルーも何も言えず、事情を知らないリュックも困惑している。
そんな雰囲気を感じ取って、リツもまた戸惑っていた。
「はい!」
「ん? どうぞ」
いきなり挙手したリュックにリツが目を向ける。
「あの、あたしが代表して聞いていい?」
「俺がドレスを着てるのは趣味じゃなくてユウナを庇うためであって普段からこういう服を好んでるわけでは断じて、」
「あーそれも気になるけどあとでいいよ。そじゃなくてさ、……キミ、生きてるヒト、なんだよね?」
「死んでるように見えるのか?」
当然だろって顔でリツがそう言うのを聞いた瞬間、今まで動くのを忘れてたみたいな勢いで心臓が跳ねた。
眉をひそめて首傾げていたリツが、やがて何かに思い至ったように手を打った。
「あ、そっか。シーモア様が死人だったんだもんな。俺も死人じゃないだろうな、ってこと? 違うよ。つーか、仮に死人だとしたら絶対こんな格好では出てこない」
「うん。そりゃそうだよね、感動の再会が台無しだもんね」
「君は正直なお嬢さんだな」
「よく言われまーす!」
ふざけた会話を遮って思わずリツの腕を掴んだ。
「ワッカ?」
「ずっと、どっかで生きてんじゃねえかって……」
「いっ、いた、ちょい待って力強すぎ」
指先に力を籠めれば死者ではあり得ない感触が返ってくる。熱も鼓動も、どう考えても生きてるやつのそれだった。
「異界に現れなかったしよ。都合のいい妄想じゃなくて、本当に信じてもいいんじゃねえかって、思ってたんだ」
死人でも幻でもない。都合のいい妄想でもねえ。紛れもなくリツ本人が、生きて目の前にいるってのに。
なのに。
「お前の、その、格好のせいで! 感動し損ねてんだよ!!」
「す、すんません……」
なんで一年ぶりの再会で女装してんだよ! ちくしょう、いろんな意味で泣けてきそうだ。
もう張り詰めてた緊張感もなんもなくなって思わずしゃがみ込んだら、リツが困ったように見下ろしてくる。
「……なあ、俺も聞きたいんだけど……、なんで二人なんだ?」
「何が」
「や、その……」
口籠ったリツの言いたいことに察しをつけたルーが、俺の代わりに返事をした。
「チャップは無事よ。オーラカに復帰して、ルカにいる」
ああ、なんでチャップがいねえのかって、意味だったのか。
そうだな。俺たちはリツが生きてるってこと知らなかったが、リツもチャップが助かったかどうかずっと不安だったのかもしれない。
なるべく早いうちに、どうにかしてチャップに知らせてやらなきゃいけない。
そう思うと同時、なんで今の今まで姿を現さなかったのかと怒りが湧いてきた。
そしてリツの嬉しそうな声にキレた。
「そっか! よかったー、俺も頑張った甲斐があっ、」
「良くねえよ馬鹿!」
「え、なんで怒ってんの?」
「怒るに決まってるでしょう。私たちがどんなに心配したと思ってるのよ」
俺とルーに両側から睨まれ、さすがにリツもばつの悪そうな顔をした。
「あー、ごめん。でも無茶したのは死なない算段があったからで」
そんなもん何の宛にもなんねえだろうが。チャップが……俺が、この一年どんな想いで過ごしてきたと思ってんだよ。
だが、続くリツの言葉に怒りが消えた。
「ていうか、俺が生きてるってビサイドに連絡入れてもらったんだけど、やっぱ握り潰されてたのか」
……どういうことだよ。
「握り潰されたって、誰に?」
「シーモア様」
事も無げに言ってのけたリツに愕然とした。なんでシーモア老師が、リツが生きてるってことを俺たちに隠すんだよ。
「帰すつもりなかったってことだろうなぁ」
そもそもなんでリツが老師と一緒にいたのかって疑問がまた蘇ってきた。
アルベドのホームから連れ去られたユウナを助けるためにベベルに来たんだ。
老師は死人になってまでユウナと結婚しようとしていた。
なのに式場にいたのはユウナと、なぜか花嫁衣装を纏ったリツだった。
意味が分かんねえ。分からんなりに、さっきとは違う得体の知れない怒りがふつふつと沸き上がる。
「なんか、されたのか?」
「されたっていうか一年前に命救われて今まで面倒見てもらってた」
「……シーモア老師が、あんたを助けたの?」
「うん」
沸いてきた怒りのやり場が見つからなかった。
リツが言うには、一年前シンに吹っ飛ばされて死にかけた時に無意識の魔法でグアドサラムに飛んだらしい。
そこでシーモア老師に……まだ老師じゃなかった彼に拾われ、半年近くかけて治療を受けていた。
その恩を返すためにリツはずっとベベルにいたんだそうだ。
「ごめんな。シーモア様といろいろあったと思うけど、俺に免じて今回だけ見逃してやってほしい。次にまた彼がなんか企んだら、俺も戦うから」
「……命の恩人って言われたらさ、仕方ないよね。どうせあたしたちも一回シーモアをやっつけてるんだし」
ね、と振り返るリュックに頷けなかった。
死にかけてたリツを助けたってのには感謝してる。そこにどんな思惑があったとしてもだ。
ミヘン・セッションの惨状を思えば一年前にリツが受けた傷も酷いもんだったに違いない。
老師の助けがあったから、こいつは今ここにいるんだ。その恩に免じてと言うならわざわざこっちから剣を向けはしねえ。
一番あの方に恨みがあるはずのリュックでさえそう言ってるしな。
でもよ。老師がなんで、リツが生きてるってことをビサイドに知らせなかったのか。……まだ聞いてねえ。
それを考えた時どうしようもなく気持ちの悪いもんが胸の辺りに渦巻くんだが。
気まずそうにキョロキョロしていたリツが、俺を見て表情を綻ばせた。
「そうそう。ワッカ、優勝おめでとう」
一瞬なんのことかと思ったが、オーラカのことだった。リツはそれもシーモア老師に聞いて知ったらしい。
「遅えよ」
俺の知らない一年間、俺がリツを喪ったと思って過ごした一年間を、こいつはシーモア老師と共に過ごしてたんだ。
そう考えると無性に腹が立つ。
「ごめん。言うべきことが多すぎて、何から言ったらいいのか」
……それは俺も同じだった。あまりにも思いがけない再会だったから驚きばかりが前面にきて、まだ……うまく喜べてもいない。
それでも、いっこだけどうしても聞きたいことがある。
「あの時、なんて言おうとしたんだ?」
いつの話かと首を傾げるリツに繰り返した。
「お前がチャップと一緒にビサイド出る時のことだ」
「ああ、あの時か」
討伐隊に入ってシンと戦って、未来を変える、だから……、その続きは帰ってから言うと笑ってリツは去った。
そして、帰っては来なかった。
確かに未来は変わったよな。一年前のあの戦いから、俺もチャップもルーも、あるべき姿を見失ってギクシャクしたままだ。
リツがあの時になんて言おうとしたのか、ずっと気になってたんだ。
もう尋ねる相手もいないなら忘れちまおうと思ってたのに、どうしても忘れられなかった。
リツは口を開き、その答えを言いかけて、
「は……はっくしょーい!!」
「おい」
盛大なくしゃみで場の空気を掻き乱した。
んっとに、こいつは……変わってねえなあ。
本当にリツなんだ。生きて戻ってきたんだ。やっとそれを実感できた気がするぜ。
「やばい風邪引きそう。この格好めちゃくちゃ寒くて」
そりゃそうだろうな。肩も足も出しっぱなしで、日も暮れ始めたマカラーニャの森を彷徨く服じゃねえ。
「も、もうちょっと、ちゃんとしてからでいいっすかね?」
「……わーったよ」
確かに、こんなふざけた格好で聞く話じゃないかもな。俺は本当にずっとそれを知りたかったんだ。
手持ちの着替えからリツの着られそうな物を探すが手間取った。俺の服はでけえしティーダのじゃ小せえし、微妙なんだよな。
アーロンさんの着替えを勝手に貸すのはなんつーか気が引けるし。といってナギ平原まであの格好させるわけにもいかねえ。
「リツ、ガードになるの?」
「そうだな。ユウナがいいって言ったら」
まあ俺の着替えでいいか。丈が足りないよりは余ってる方がマシだろ。
なんて考えながら服を取り出したところで、後ろの会話に凍りついた。
「でもさ、召喚獣、呼んでたよね?」
「臨時雇の召喚士だからね」
そうだ。何を浮かれそうになってんだ俺は。自分がどこに向かってるかも忘れたのか。
寺院に裏切られてもユウナは旅を続けるつもりでいるってのによ。
結局、何かが変わったわけじゃねえんだ。償いは未だ終わってない。
それにリツは召喚獣を呼び出してたじゃねえか。臨時雇の召喚士なんてもんがあるのかよく分かんねえけど、リツは祈り子様に認められたんだ。
ベベルでもシーモア老師がユウナに向かって、お前が死んだらリツが代わりになるだけだと言っていた。
……どういう意味だったんだ。こいつ、今度はユウナを庇って代わりになるつもりじゃ、ねえよな……。
「ところで君、アルベド族だよな。ベベルに突っ込んできたのって君の船?」
「リュックだよ。あたしのってわけじゃないけど、オヤジ……族長が責任者」
「そうか。じゃあリュック、対シンに使えるような強力な兵器って積んでる?」
「……うん」
不安そうなリュックに、何でもない、ちょっと確かめたかっただけだと言ってリツは笑った。
「一応ザナルカンドに行かないとな」
「リツ、お前……」
今度はどこへ行くつもりなんだ。
「大丈夫。心配しなくていいって言ったろ」
そうやっていつもと変わんねえ笑顔で出かけていって……お前、帰って来なかったじゃねえかよ。
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