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🔖流星のまね事
シーモアが言っていた通り数日後にユウナがベベルにやって来た。
だが、思ってたのと違った。
大召喚士ブラスカ様の娘御であるユウナがエボンの老師にしてグアドの族長であるシーモアに嫁ぎに来るんだぞ。
なんかもっと盛大な歓迎式典があると思っていたんだ。その中からどうやってユウナを連れ去ろうかと考えてた。
……俺の予想は外れた。ユウナは、ひっそりとベベルに運び込まれた。嫁に来たんじゃなくて攫われてきたんだ。
シーモアめ! 結婚するって合意の上ですらないのかよ! この鬼、悪魔、グアド!
それはともかく、ユウナをあいつの嫁にするわけにはいかない。
いや、好きで結婚するなら趣味が悪くても俺がとやかく言うことじゃないけれど、シーモアの目的は結婚の向こう側にあるからな。
結婚式の準備であたふたしているベベル宮を忍び足ですり抜け、俺はユウナのもとにやって来た。
前は姿消しの魔法とかもっといろいろ使えて便利だったのになあ。
スピラでは魔法が作用する仕組みも違うらしくて、テレポートくらいしか使えないのが困りどころだ。
「こんにちは、お嬢さん。お邪魔してよろしいかな?」
扉を開けると錫杖が飛んできたので慌ててそれを掴んだ。な、何事?
見れば着付け係と思われる女官が倒れているではないか。
「リツ!? ど、どうして……」
ユウナが倒したのか。でもって俺も倒そうとしたのね。この一年でより一層、逞しく育ったなあ。
「久しぶり、ユウナ。説明は省くけどシーモアとの結婚はやめておけ。俺の立場もまずくなるんだ」
聞きたいことが多すぎるって顔をしているユウナはさておき、どうするか。
いつにもまして人目の多いベベル宮から彼女を連れて逃げるのは一苦労だな。
召喚獣で強行突破するにしても要らぬ被害を出してしまう。
「かくなるうえは俺が身代わりになるか」
「え?」
で、ユウナはここに隠れおいて式が進行している間に逃げてもらう、と。
戸惑うユウナを無視したまま女官が持っていたドレスを奪って着替える。
こういうのはな、一番大切な時に着るもんなんだ。偽りの結婚式でユウナにウェディングドレスを着せて堪るか。
「……あ、あの、リツ、」
「言うな! 似合わないのは見なくても分かる」
すんげえパッツンパッツンだけど、一応は着られたぞ! 親兄弟や親戚には絶対に見られたくないな!
でもこの格好で現れたらさすがのシーモアだって動揺して隙を見せるんじゃないだろうか。
「あの、そうじゃなくて、どうして……? リツ、無事だったの?」
「ん? 見ての通りだけど」
いや、見ての通りではないな。今の俺はパッと見た感じかなり頭がおかしいと思う。全然無事じゃない。
積もる話があるのはお互い様だけれど今はそれどころじゃない。
とにかくユウナをシーモアの手が届かない場所へ避難させるのが何よりも優先だ。
「リツ、シーモア老師は……」
彼女が何か言いかけたところで部屋の外から聞き慣れた足音が響いてきた。
「やばい来た、隠れろ。後で合流するから、隙を見て逃げてくれ」
ユウナをクローゼットに隠して振り向いたところでドアが開かれた。
「ユウナ殿、仕度は……」
「……ど、どうも」
「……」
いきなりウェディングドレス姿の俺を見たシーモアは、期待したほど動揺してくれなかった。
ただし目を泳がせつつ半笑いだ。
「よくお似合いです」
「嘘つけ!!」
「それでは参りましょう」
「へ!?」
なぜか腕をとられてそのまま部屋の外に連れ出され、俺の方が動揺する。え、ちょっと待って、まさかマジで結婚式場まで行く気かよ。
「あの、シーモア様? 分かってやってますよね?」
「何のお話でしょうか、ユウナ殿」
どこがユウナ殿だ!
言っとくけどべつに本気でユウナの身代わりをするつもりだったわけじゃないぞ。
ユウナが部屋にいないと思わせて、シーモアを一時的に引き離せればそれでよかったんだ。
なのにどうして演説広場に向かってるんですかね?
「無理無理無理、どう考えてもおかしいだろ!」
「恐れることはありません、ユウナ殿には私がついております」
「俺はユウナ殿じゃねえっ! あいつはもうベベルの外に逃がしたから、式は中止だ!」
「おかしなことを仰いますな、ユウナ殿」
ちょっとこの人マジで何考えてんの?
意外と腕力のあるシーモアは青褪める俺を引き摺り、ベベル中の僧兵と老師様方が揃う結婚式場へと連れ出した。
「……」
ほらぁ、皆ドン引きしてるって! マイカ総老師なんか顔引き攣ってるし!
「し、シーモア老師、その者は」
「我が妻、召喚士ユウナ殿です」
「しかし……」
「ユウナ殿です」
「違います!」
「違うのは見れば分かる」
うおお、総老師の冷静な突っ込みが胸に刺さる!
正直、シーモアは自暴自棄で面白がっているのかと思っていた。
だが今しがた俺たちの出てきた扉がもう一度開かれ、ユウナが駆け出してくると彼の唇が酷薄につり上がるのを見た。
「シーモア老師!」
出てきちゃ駄目だろ。俺が偽者だってバレ……るまでもないけど、それはともかくとして囮になった意味がないじゃないか。
くそっ。俺はユウナを誘い出す人質に使われたのか。
俺だけ逃げるのは簡単だ。テレポートしてしまえばいい。しかしそれではユウナを置き去りにすることになる。
どうにもできずにいると、ユウナは俺の瞳をじっと見つめ、覚悟を決めたように舞い始めた。……異界送り?
「そうまでして私を送りたい、と? 強情な方だ」
俺の腕を掴んだままシーモアが挑発的な笑みを浮かべた。
「……シーモア様? あなたは、」
死んでいる……死人になっているのか。一体いつから。どうして。ユウナは……結婚するためじゃなく、彼を送りにベベルまで来たのか。
俺がようやく事態の一端を把握しかけた時、凄まじい突風が吹いてユウナがよろめいた。
「ユウナ! 大丈夫か!?」
手を伸ばそうとしたがシーモアに阻まれた。轟音が響いてベベル宮が揺れる。背後を振り返れば、巨大な船が横付けされている。
おい待て、この建物はベベルの高台に建ってるんだぞ。なんだよ船って!
船の横っ腹からワイヤーフックが射出され、そこから人が滑り降りてくる。
彼らは僧兵を薙ぎ倒しながらまっすぐこちらに向かってきた。
……ユウナが召喚士なら当然、攫われた彼女を救うためにガードが乗り込んでくるわけだ。
キマリはともかく、見知らぬ三人はともかく、ワッカとルールーが俺を見留めて瞠目する。
再会シーンとしては最悪だ。
あーもうすっげえたくさんの疑問符が見える。なにこの羞恥プレイ、ほんと泣きたい。
「ど、どういう状況ッスか?」
そんなこと俺の方が聞きたいくらいだよ、少年。
ユウナを助けに来た彼らは程なくして分厚い僧兵の壁に阻まれた。
当たり前だ。どうやって到達して、どうやってユウナを連れて逃げるつもりだったんだよ。
そしてユウナは俺から少し離れたところで錫杖を手に迷っている。
シーモアは俺を見下ろし、余裕の笑みを見せた。
「さて、どうなさいますか?」
ユウナが異界送りを強行すればワッカたちは殺される。よって却下だ。
ならばユウナをシーモアに引き渡すか? そんなことしたって事態は解決しない。却下だ。
ガードの連中から見ればユウナと俺を人質にとられ、逃げることも戦うこともできない状態だった。
弱りましたね、こりゃ。
「分かった。俺があなたに協力すればいいんだな」
「リツ、駄目! シーモア老師は、」
「分かってる!」
彼が死人だとしても同じことだ。いや、もっと事態が悪化したかな。もはや殺しても止められないってことだろう?
「俺はあなたに従う。だから、まずはユウナとガードをベベルの外へ。話はそれからだ」
「いいえ、できません。リツ殿、あなたが役目を果たすまで、彼らにはここにいていただきましょう」
この根性曲がり! もう後からユウナに本気でプロポーズしたって俺は絶対に応援してやらないからな。
三竦みを打破したのはユウナだった。隙をついて鐘塔に駆け寄る。
「武器を捨ててみんなを解放してください。でないと私、飛び降ります!」
「やめなさい。落ちて助かる高さではない。あなたがいなくなれば、彼が代わりになるだけです」
だからぁ、俺を人質にすんじゃないっての。
「ユウナ、俺は大丈夫だ。全員やれることをやろう」
「……分かった!」
逃げる手段はある。ユウナにも、俺にも。あとはワッカたちだが……。
振り返れば、ワッカと目があった。そんな顔しないでくれよ。もうちょっと様になる再会にしたかったんだけどな。
「ワッカは心配しなくていいって、言ったろ。俺はちゃんと帰ってくるから」
「リツ……」
「今度は一年もかからない」
逃げるならチャンスは一度きりだ。全員で一斉に。やるしかない。
「ユウナ!」
彼女が鐘塔から飛び降りると同時にバハムートが飛来し、シーモアを突き飛ばして俺を拾い上げる。
「みんな、目瞑って!」
ガードの少女が閃光弾を投げ、踞って悶える僧兵の間を縫って皆はベベル宮の内部に逃げ込んだ。
ユウナはといえばヴァルファーレに乗って同じくベベルの奥深くを目指しているようだ。
さて……彼女が祈り子に会う前に、バハムートの背中から降りないと危ないな。
グレート=ブリッジを見張っていればユウナたちと合流するのは簡単だろう。
だがすぐには出てこないはずだ。俺はその前に、シーモアに与えられた部屋に戻ることにした。
十分ほどで彼が帰ってくる。
「……リツ殿。お戻りになるとは意外ですね」
「あなたこそ」
さっさとユウナを追って祈り子の間を封鎖するかと思ったんだが、部屋に戻って一服とは余裕だな。
まあ、それはともかく。シーモアの人格と邪悪な目的はともかく、だ。
「一年前から今まで。助けてくれてありがとう。お世話になりました」
「……」
まさかそれを言いに来たのかとシーモアは呆れた顔をしている。でも、こういうの気になっちゃうんだから仕方ないだろ。
「俺はあなたに協力したくないけど、できれば敵対したくもないんだよな」
「我儘な方ですね」
「我儘が通るうちは我儘言っといた方がいい。あなただって、自棄になる前にもっと人生謳歌してみろよ」
「死人にそれを言いますか」
そうは言うけど、ユウナが異界送りを始めるまでシーモアが死んでるなんて気づかなかった。
彼は死人になっても目的を果たすために苦心してたんだろ。それって、生きていくことと何が違うんだ?
総老師様だってあんなナリでなんだかんだ五十年も人生楽しんでるし。開き直ってセカンドライフ始めてみるのも手だと思うよ。
「あなたの過去を救ってやることはできないけど、俺は運命ってやつなら変えられるらしいんだ」
シンの復活がスピラの理なら、世界の在り方ごと変えてやるよ。
そうそう、祈り子いわく螺旋の外から来たっていう協力者もいるらしいし。
「シンのいない世界をあげる。人生に文句つけるなら、その景色を見てからにしてくれないか」
そしてもしもその世界で生きるのが楽しかったら、破滅をもたらすのは諦めてほしいんだ。
「駄目かな?」
立ち尽くしていたシーモアは小さく息を吐いてベッドに腰をおろした。
「幼い頃、バージ島に迷い込んできた猿を飼っていました」
「ん……?」
「黒い瞳が可愛かった」
おう、なんか嫌な予感。
「リツ殿によく似ていて」
「う、うん」
やっぱりか。猿ねぇ。犬とか猫ならまだしも格好がついたんだけど、猿かー。まあいいけどさ。
「じゃあ、そのお猿さんと俺に免じてもう少しだけ生きてみてよ、ご主人様」
苦しかった過去のために残りの人生消費するなんてもったいないだろ。
誰だって自分に自由に生きていく権利があるんだ。
一年前、彼に拾われていなければ俺はたぶん死んでいた。
だからさ、あなたにも幸せってのを味わってほしいんだよな。
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