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🔖返す返すもヒトデナシ
前略、ビサイドの皆様。あれから一年が経ちました。お元気でお過ごしでしょうか。
俺は元気です。もうすんごく元気になりました。
そりゃあ始めの一ヶ月は半死半生っていうか、八死二生くらいで、八割方死んでる感じだったけれども。
声が出ない。瞼も開かない。最後に見たのは脳髄を焼き切るような真白い閃光だった。
ああこりゃ死んだなって思ってた。
でもじきに優しい声が聞こえてきたんだ。
「無理はなさらぬように。すぐに良くなりますよ」
そういって何か温かなものが俺の額に触れた、そこから痛みが消えていった。
あとは安らかな眠りが待っていた。
世界を転々としてきたけれど、いつだって俺を助けてくれる人のところに飛ばされるんだ。だからきっと大丈夫。
……ただ今回ばかりは、元いた場所が恋しくて堪らなかった。
そんな風に意識朦朧で死体のごとく転がっていたのは二週間ほど。
目を開いてぼんやり部屋の景色が見えるようになって、誰かが熱心に白魔法を唱えているのを感じるようになった。
さらに一週間が過ぎて意識がハッキリしてきた。
俺を助けてくれたのはグアド族の青年だった。つまり、俺は今でもスピラにいるんだ。
それを理解した瞬間、喜びのあまり意識を手放した。
シンに吹っ飛ばされてから一ヶ月、ようやく周りのやつと意思疏通ができるようになった。
死に瀕したあの一瞬、俺は他の世界へ行くことを拒絶したんだと思う。
そして異界に近いグアドサラムにテレポートしていた。
魔力の塊みたいな人たちが大勢いるから誰かが助けてくれるかもしれないって無意識に考えたんだろう。
期待通り、俺は白魔法の使い手に拾われて介抱された。
だが俺を拾ったのは一筋縄ではいかない相手だった。
シーモア=グアド。
前族長であるジスカル老師とヒト族の女性との間に生まれた、グアドの後継者だ。
俺を拾った時シーモアはまだマカラーニャの僧官長補佐に過ぎなかったけれど、一年過ぎた今では彼が僧官長となっていた。
……この一年、俺はベッドにかじりつくばかりの日々だったけれど、にもかかわらずシーモアのせいで退屈している暇はなかった。
彼はなぜだか俺がスピラの外から来たことを始めから知っていた。
意識を取り戻してから俺はベベルに移され、看病を受けながらひたすらシーモアの話を聞かされていた。
シンについて。究極召喚について。エボン=ジュについて。ザナルカンドについて。
生まれながらのスピラの住民であればおよそ信じられないような、信じたくないような馬鹿げた“真実”だ。
しかしいろんな世界を巡ってきた俺はすんなりとそれを信じた。
シンの存在についてはやけにシステムじみていると思っていた。黒幕がいるだろうとは思ってたんだ。
半年の間に粗方の傷は癒え、部屋の中くらいは自由に動き回れるようになっていた。
シーモアは俺にドス黒い野望を語って聞かせるようになった。
彼は、シンになりたいらしい。
将来の夢としてはだいぶマイナーな方だと思う。
八ヶ月が経ち、俺はほとんど快復していたが、シーモアは部屋から出ることを許さなかった。
いわく“人知れず匿っているので彷徨かれると自分の立場が危うい”とのことだ。
俺が寝こけてる間に、あのジョゼ海岸防衛作戦は寺院の中で繊細な扱いが求められる厄介な案件となっていた。
教えに反した機械を使うことを強行して失敗……何の対策もせず明るみに出れば討伐隊が大バッシングを受けかねない。
生存者である俺を容易く自由にするわけにはいかない、と言われれば納得せざるを得なかった。
俺がシンに吹っ飛ばされて約一年、今この時より二週間前、シーモアの父であるジスカル=グアドが亡くなった。
部屋で俺にそれを語ったシーモアは笑顔でこう言った。「私が殺しました」と。
この時になってようやく、彼の野望が、シンになってスピラに破滅をもたらすという夢が、マジなやつだと思い知らされた。
そして老師殺害の事実まで打ち明けられてる俺は、どっぷりシーモアと関わってしまっているのだと。
で、今に至る。
正直なところ、瀕死の重傷から救ってもらった恩もある。父親殺しとかそういうプライベートなことは見ざる聞かざる言わざるのつもりだ。
しかしそれ以上の協力は何もできそうにない。俺は彼と違って生に絶望なんかしてないし、スピラを破滅させる片棒なんか担ぎたくないのだ。
それより早くビサイドに帰って健康的に日焼けしたマッチョな男女を見て心を癒したいんだ。
「あの〜、シーモア様? 俺そろそろビサイドに帰りたいんですが」
あれからちょうど一年。ブリッツシーズンも始まる頃だし、ほんともう限界だから。
迂闊なことを言えば消されるだろうと重々分かってるし、俺が分かってることもシーモアは分かっている。
べつに秘密を漏らしはしない。強いて彼を邪魔するつもりもない。
だから、何をさせたくて俺を助けてくれたのかはともかく、ビサイドに顔を見せるくらいは許してほしいんだ。
そう言ったら彼は、人が良さそうに見える笑顔で頷いた。
「リツ殿の治療には多大な労力を払ってきました。何を返してくださるのでしょうか」
うん……。ですよね。即座にテレポートしたとはいえ本気で死にかけてたんだ。助けるのは大変だったと言われれば心の底から感謝しかない。
シーモアの人格的な問題はひとまず置いといて、だ。
「恩返しするつもりはある。俺に何してほしいっすか?」
「では召喚士になってください」
え……やだ……。
俺はたぶん、彼の最も重要な言葉を聞かされた唯一かもしれない人間だ。
ジスカルが死んだ今やシーモアの目的を知ってるのは俺だけだろうと思われる。
死こそが至上の救済。それをもたらすシンとなってスピラからすべての苦しみを消し去るのだと。
彼がシンになるには、まず究極召喚獣とならなければいけない。召喚士が必要なのだ。
つまり彼は、俺にそれをやれと言っている。
召喚士になってザナルカンドに行って究極召喚を得て彼を召喚して死ねと。
「……まあ、召喚士になるだけならいいんだけど」
「ならば今はそれまでに」
くっ、この強かさんめ。
はっきり「僕と契約して大召喚士になってよ!」と言われたら即座に断って逃げ出してやれるのに「とりあえず召喚士になっといて」だと。
俺が断りにくいのを見透かしていやがる。
でもほんと、召喚士になるだけだからね。その先は御免だ。
もし本当に究極召喚がスピラを救うなら手伝うのも吝かではなかったけれども、真実を知った今やそんなことに手を貸す気はない。
まずはベベルの祈り子に会ってこいと彼は言った。その他の寺院はいずれ一緒に行こう、と。
「聞いた通りなら俺を拘束してザナルカンドに連れてっちゃえばいい気がするんですけどね」
なぜそうしないのかと聞いたら彼はいい笑顔で答えた。
「今のままでは究極召喚となるほどの絆もありますまい? 私はこれでも、リツ殿と寺院を巡る旅をするのを楽しみにしているのです」
わお、殊勝なこと言ってるように見えて怖ーい。
父親の死で一気に出世したシーモア様は今日も忙しく、身支度を整えてどこかに出かけるようだ。
「私はルカに行って参ります。トーナメントのセレモニーに呼ばれているので」
「えっ、ずるい!」
俺がなりたくもない召喚士になるためにベベル宮の地下へ潜ろうって時にあなたは優雅にブリッツ観戦か!
俺だって観に行きたいのに。……でもまあ、仕方ないな。恩返しのためだ。
「あの、シーモア様にひとつお願いがあるんですけど」
「何か?」
「俺の代わりにビサイド・オーラカを死ぬほど応援してください」
去年の試合がどうなったのかは分からない。でも俺がいなくなった状況的に戦死か行方不明として伝えられただろうし、あまり芳しくない。
ワッカの心を乱したであろうことを考えると責任を感じてしまう。
どっちにしろオーラカは敗けただろうが、それでも、だ。
俺が行方不明になっても問題なく平常通り動けてたよ、と言われたらそれはそれで悲しいけれども。
今年は、帰れこそしないものの俺が生きてるということはビサイドに一報を入れてもらったし、優勝……できなくともいい線までいってほしいと思う。
あーでもシーモアは一応グアドの長老だしな。やっぱグアド・グローリーを応援しなきゃ駄目か。
「リツ殿はビサイド・オーラカがご贔屓で?」
「ええ、まあ」
チームとしてはロンゾ・ファングとキーリカ・ビーストも好きだけどな。
でもやっぱりオーラカは特別なんだ。俺の帰りたい場所はビサイドだから。
「……分かりました。立場上、表立っては応援できませんが、心の中で優勝を祈っておきましょう」
「わー、ありがとう! シーモア様って性格ねじ曲がってるけどいい人だな!」
「一言余計ですね」
グレート=ブリッジまで彼を見送り、あんな人だが留守にされると妙に淋しい。
一年間ずっと一緒にいたせいで情が湧いたかな。だとしても、俺の心はシーモアのもとにはないけれど。
ひとまずベベル宮の地下に向かうことにした。
召喚士になるには過酷な訓練が必要だというけれど、そもそも祈り子とは何なのかを聞く限り、対話の意思さえあれば才能は必要ないんじゃないか。
要は祈り子の力を借りる代わりに、こちらも彼らの願いを叶えてやればいいんだろう。
試練を潜り抜けて祈り子の間に足を踏み入れる。待っていたのはフードを被った子供だった。
ベベルの祈り子様は古くからいる……エボン=ジュに身を捧げたザナルカンドの民の一人だ。
こんな子供だと思わなかったから少し動揺してしまった。
「あーえっと、初めまして」
『君は……運命の外から来たんだね』
「ん? ああ、別の世界っていう意味ならそうですね」
やっぱりそういうの、分かるもんなのか。
『どうしてここに来たの?』
「召喚士になるよう頼まれたので」
『そう。でも君は、シンと戦う気がないのに』
戦う気がないってわけじゃない。ただ究極召喚を使うつもりがないだけだ。
「俺はスピラに大事な場所ができてしまったから、できればシンは倒したいな」
『誰も犠牲にすることなく?』
「手段を問わなきゃできないことはないと思う」
俺がそう言ったら、祈り子は微かに笑った。
『もうすぐ君の知ってる人が来るよ。それと、螺旋の外から来たあの子』
「んー……運命の外と螺旋の外ってどう違うんですか?」
『彼は螺旋を断ち切れる。君は運命を変えられる』
「よく分かんないな」
『君に助けてとは言えないんだ。でも、あの二人を見守ってあげて……』
それって「助けて」って言うのと同じだろ。見守ってたら助けたくなるに決まってるんだから。
というかそもそも、俺の知ってる人って誰……?
祈り子との対話は、呆気なく終わった。これで俺も召喚士ですか。
寺院巡りを口実にビサイドに行きたいけど、今ごろワッカはルカにいるはずだし。
それに他の寺院へはシーモアと一緒に、と言ってたから勝手に行くのも気が引ける。
結局ここでシーモアが帰るのを待ってるしかないのかな。
それと……その、もうすぐ来るという俺の知ってる人。
祈り子が言うんだからきっと召喚士なんだろう。でも召喚士の知り合いなんていないぞ。召喚士になりそうなやつなら……。
ああ。なんか、すっごい嫌な予感がする!
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