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🔖神は償えるものを罪と呼ばない
結婚するのなんてずっと先のことだと思っていたけれど、まさかユウナの結婚に悩む方が早いだなんて考えもしなかった。
きっとユウナはシーモア老師のお話を断ると思う。
結婚は確かにスピラにとって明るい話題にはなるだろうけれど、あの子は旅を求めている。
夫となり絆を結んだ人を置いて、死出の旅をすることはできないに違いない。
私だってきっと……チャップと明確な約束をしていたとしたら、一緒にここへ来ることはできなかった。
異界に立っているともしもの可能性ばかり考えてしまう。
もし両親が生きていたら、こんなに迷うこともなかったのかしら。
もし彼が死んでいなかったら、私とチャップは結婚していたかしら。
きっとリツが生きていたら、ユウナだって召喚士になる決意を固めずに済んだんじゃないか……。
だけど、無駄よね。この世にシンが存在し続ける限り、ユウナは召喚士の使命を捨てられない。
それでもリツがいてくれたなら、私やワッカやチャップよりずっとうまく、あの子を言いくるめてくれた気がするけれど。
ブラスカ様の幻と語り合うユウナからは少し離れて、ワッカも崖に向き合っていた。
まだ決心がつかないのか幻は現れていない。
けれど、ワッカはなぜか深刻な顔をして私を振り向いた。
「……ルー、ちょっと……来てくれ」
「何?」
一年前にリツが死んで、何度か異界を訪ねるべきじゃないかとも思ったけれど、結局は来られなかった。ズーク先生の旅に同行した時も……。
彼が現れるのが怖くて、呼ぶことができなかった。
「あいつ、呼んでみてくんねえか」
一瞬、自分でその真実に向き合うのが怖くて私に押しつけているのかと思ってしまった。
怒ろうとして、呆然としたまま崖を見つめているワッカに気づく。
強いて集中してみるまでもなく意識はリツに向いていた。
なのに幻光虫はふらふらと辺りをさまようばかりで何も形作ろうとはしない。
「出てこない、わね」
リツが現れるのが怖かった。本当に死んでしまったのだと実感するのが嫌だった。
でも……出てこなかった時の痛みなんて、考えてはいなかったわ。
「ワッカ……」
どう声をかけたらいいのかも分からなかった。
「ここに来れば答えが出るかと思ってたんだけどよ。……やっぱ、キツいな」
いっそのチャップを責めることができれば二人とも楽になれたでしょうに。
そんなこと、できるわけがないから……二人ともただ傷を膿ませるばかりで、過去からどこへも行けずにいる。
煩悶を圧し殺してユウナを見守っているワッカの背中を見やりつつ、ティーダが小声で尋ねてくる。
「リツに、会いに来たんだろ?」
「……そうね。でも出てこなかった」
「じゃあどっかで生きてるってことじゃないのか?」
「あるいは……」
どこかで魔物になっているか。口に出せず迷っていたら、ティーダは容赦なく疑問を突きつけてきた。
「何?」
本当にスピラについて何も知らない様子の彼に分かりきったことをいちいち説明していると、なんだか自分の知識が矮小なものに思えてくる。
私だって“本当のこと”なんて知らないのだと。
考えるべきことも考えたくないことも、もう一度よく考えさせられてしまう。
「キーリカで言ったでしょう。どうして異界送りが必要なのか」
一年前の戦死者は異界送りをされていない。重傷を負いつつも一命をとりとめ、ジョゼ寺院に運ばれた者は後に亡くなっても丁重に送られたけれど。
異界を訪ねた遺族の中でも、死者と会えた人より会えなかった人の方が多かった。
彼らは無念の中で朽ちていったから。
「魔物になってるかもしれないってことかよ……」
いつだって生きることを楽しんでいた。チャップと私の将来について、チャップとワッカの仲について、ユウナの未来について、思いを馳せていた。
あんなに“生きて”いた人が、唐突に訪れた死を受け入れられなかったとしても……無理はないのかもしれない。
「で、でもさ、リツってそんなやつなのか? 生きてるやつを羨むとか、命を憎むとか」
「あんた、死ぬ時に『もっと生きていたい』って思わない自信あるの?」
「う……」
私だったらきっと迷ってしまう。
遺してきたものが心配で、彼を守りたいがために、死にきれないに違いない。
リツが迷っているとしたら私たちが頼りないせい。……そう思ったら、なんだか……。
本当は、ここに来て答えが出るはずだった。
リツが現れて、彼はもう異界の住人なんだと、諦めと共に受け入れて、楽になれるはずだった。
そうして自分が生きていくことを前向きに考えるはずだった。
でも前向きって何なのかしら。
ユウナは究極召喚を得るための旅を続ける。彼女がザナルカンドに向かう限り、私たちに未来なんてない。
前を向いたって、その先にあるのは妹みたいに思ってきた娘の死が待っているだけ。
リツがいない現実を受け入れたって、私たちはユウナのナギ節で生きていく未来を考えられないのに。
面会は、長くはかからなかった。
ブラスカ様との対話を終えたユウナのもとにティーダが歩み寄る。
彼の前にも見知らぬ女性の幻が現れる。……母親、かしら。
ちゃんと家があって、家族がいたのね。当たり前のことなのになんだかホッとした。
彼の言うザナルカンドについては何も分からないけれど、スピラに来るまでいたはずの“どこか”は確かに存在したのだと。
キーリカでワッカが言っていたことを思い出した。
リツは死んだんじゃなくて、どこかに消えてしまっただけ。
彼が元いた世界に帰っただけ。
……そうだったらいいのに。
もしかしたらスピラには戻って来ないかもしれない。二度と会えないかもしれない。
それでも、異界に現れないことが彼の生きている証であればよかったのに。
きっとどこかで生きていてくれると信じられたら、残された者も救われる。
けれど、都合のいいばかりの夢はすぐに打ち破られた。
ユウナが心を決め、私たちが異界を出たその後ろで騒ぎが起きた。
「ジスカル様!?」
異界との狭間から今にも這い出て来ようとしている。つい先日亡くなった、ジスカル=グアド老師……。
ユウナが駆け寄って異界送りを始めると、彼は苦しげに身悶えながら儚く消えていった。
「どういうことだ? なんでジスカル様が?」
「ジスカル老師ほどの方が、送られずに亡くなるなんて……」
異界に近しいグアドの族長にしてエボンの老師でもあるジスカル様が、異界送りをされなかったはずもない。
「送られたのかもしれないわ。それでも……スピラに留まった。強すぎる想いに縛られて、逝けなかったら……そういうこともあるらしいわ」
「まともな死に方をしなかったということだな」
切って捨てるようなアーロンさんの物言いに胸がずきりと痛んだ。
ユウナは求婚の返事をするためシーモア老師の邸に戻った。
もしかしたら、ジスカル様の件が彼女の心を変えてしまったかもしれない。
シンを倒すこともだけれど、異界送りだって召喚士の大切な仕事だから……ユウナは、この問題を解決するためにシーモア老師と話をしたがると思う。
それならそれで私は構わなかった。義務のために結婚しても、どんな理由でも、ユウナが旅をやめてくれるなら。
それに、異界に逝けなかった人の姿を見て……心が乱れていた。
安らかに眠ることも魔物と化すこともできなかった者。死人となってこの世に留まる者もいる。
……もし、リツが……そうだとしたら。
もう一度会えるかもしれない。ユウナは彼を送りたがるだろう。そのために旅を中断してでも。
そうして目の前でリツを送れたなら、きっとこの迷いに答えを出せる。
だから……だけど、そんな理由で、リツが留まっていることを望むべきではないのに。
私、チャップが帰ってきてよかったと思ってしまった。
リツがチャップを庇ったと聞いて感謝してしまった。
死んだのが自分の恋人でなくてよかったなんて……一瞬でも考えた自分が許せなかった。
チャップが生きていることを喜びたいのに、未来を考えて前を向きたいのに、どうしても悲しみに縛られて身動きがとれなくなる。
死者ですら迷うのなら生きている者が迷わないはずもない。
魔物でも死人でもいいから、戻ってきて……罪を償わせてほしい。
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