🔖EXCITING
コーカリ荒野の入り口に血塗れで倒れていたパトロール部隊の兵士さんは、アリスターが足に添え木をして包帯を巻いてあげると自分で歩いてキャンプに帰って行った。
「見た目ほど重傷じゃなくてよかったな」
「うん……」
でも、次の戦闘とその後の展開を彼は果たして生き延びられるんだろうかと不安になる。
出鼻を挫かれる形で始まった最後の入団試験にジョリーの不満はだんだんと大きくなっていた。
「俺たちは新兵候補なんだよな? ダンカンに腕を見込まれて徴兵されたんじゃなかったのか。まだこんな試験があるなんて」
「みっともねえ泣き言を吐くな、騎士様よ。それとも今さら怖じ気づいたのか」
「そんなんじゃない。剣の腕前は分かってるくせに、改まって試験をする必要があるのか?」
「ジジイの思惑なんてどうでもいいさ。これが俺らに与えられた最初の仕事ってこったろ」
ジョリーとは反対に、ダベスの方は長く待たされたことに対する不満も消えていた。やっと体を動かせるからかな。
でも、新兵候補の力量調査にしては効率が悪いし意味がないと私も思ってたんだよね。
いくら徴兵権があるとは言っても人材は有限だ。ふるい落としは洗礼の儀がやってくれるのに、わざわざこんなところで新兵を危険に晒すなんて。
もし万が一ここで命を落としたら無駄死に以外の何物でもないよ。
「正規のグレイ・ウォーデンを出し惜しみしてるのかなあ」
無自覚に口から漏れていた独り言にダベスが反応する。
「じきに本番だってのにウォーデンを危険な任務に出したくない。そんなら新兵候補を使い走らせた方がマシ、と」
「どちみち協定書は必要だし。試験の一環としてじゃなくて失敗した時のデメリットを軽くするために新人を使うんじゃないかな?」
「……それ、何の慰めにもなってないな」
べつに慰めのつもりはないんだけどね。
ふと気づけばアリスターが居心地悪そうに頭を掻いていた。この場で唯一の正規ウォーデンとしては耳が痛い話題だったか。
「あー……まあ、うん。危険なわりに重要性の低い任務だってのは否定しないよ。でもダンカンは死なせるつもりで新兵を送り出してるわけじゃないからな」
「ちゃんとグレイ・ウォーデンの先輩も同行してるし?」
「そうそう。俺がついてるし!」
「アリスターも入団して半年の新米だけど」
「おい、上げて落とすなよ……」
苦笑するアリスターの顔がいきなり強張って、荒野の奥に視線を向ける。
「剣を抜け、来るぞ」
言い終える前にダークスポーンの団体様が物陰から躍り出てきた。
そうだった、グレイ・ウォーデンはダークスポーンの気配を感じ取れるって言うけど、視認できる距離になるまで教えてくれないんだよね。
敵の数は多かったけれど、アリスターとジョリーが前衛になってくれるので私もダベスも自由に動けた。
仲間がいるってそれだけで安心感があるなあ。
そんなに苦戦もせずにダークスポーンを殲滅して、甦ったり穢れを撒き散らしたりしないようアリスターが死骸を焼き捨てる準備をしている。
「ここらにいるのは本隊じゃない。群れからはぐれた雑魚だな」
「それはそれは、ボスに会うのをお楽しみにってな」
気味悪そうに顔をしかめつつ、ダベスはダークスポーンの死骸を足先で小突いている。
それにしてもダンカンが服と一緒に木靴を買ってくれててよかった。
始めは硬くて足が痛かったけど、コーカリ荒野の泥濘でスニーカーのままだったらまともに動けなかったと思う。
まだ探索も序盤で疲れたとは言えないし、小さく息を吐いたらジョリーが水筒を差し出してくれた。さすが既婚者、優しい。
「平気か?」
「ありがと、大丈夫。一匹だけならこの前も戦ったけど、集団になるとキツいね」
「ダークスポーンを見たことがあるのか。道理で落ち着いてると思った」
見るだけなら飽きるほど見たし、ゲームの中では何千匹も倒してましたよっと。
でも今の私が一人きりの時に遭遇したら瞬殺されるだろう。要訓練かな。
種火の用意が済んだのでアリスターがジョリーたちを振り返る。その手に小さな瓶があるのを見て緊張が走った。
「ジョリーとダベスはダークスポーンの血を採取しておくんだ。洗礼の儀で必要になる」
「あの! その前に提案なんだけど、洗礼の儀を中止してオスタガーから逃げるって手もあるよ」
「えっ……」
「はあ?」
いきなり何を言い出すんだって三人の視線にめげず続ける。
「この血は強力な毒だから体に入ると死んじゃうのね。でも血を飲み干して生き延びられたらその瞬間から正式なグレイ・ウォーデンとして認められて、」
「ユリ!」
皮肉なことに、アリスターが焦って遮ったのでジョリーたちは私が本当のことを言ってると分かったようだった。
「洗礼の儀で必要になるって……これを飲むのか? ダークスポーンの血を?」
「そう。こんな探索任務じゃなくて、本当は血を飲んで耐えられるかどうかが入団の試験なんだ」
「そんなのは戦士の資質と関係がない、ただの運試しじゃないか!」
困惑を深めるジョリーと比べて、ダベスはすぐにその事実を受け入れた。
「同じこったろ? 今だっていつ殺られるやら分かったもんじゃねえんだ。獣に食われるよりデネリムで首を括られるより、正義のためだと思って死ぬ方がまだマシさ」
そりゃあ徴兵される前は処刑されかかってた身だもの、ダベスにとっては試練が命懸けでもあまり関係ないだろうけど。
「ジョリーも同意見?」
「……戦って死ぬことは覚悟していた。しかし、その話を聞くと名誉ある死には思えないな」
潔さはダベスの美点だ。でもジョリーが逃げるとしたらダベスはあっさり便乗すると思う。そうであってほしい。
なのに……ジョリーは少し目を閉じて考え込むと、アリスターの手から小瓶を受け取った。
「逃げ帰ったらヘレナに合わせる顔がない。どうなるかは分からないが、自分の運命を見てみることにするよ」
その運命がどんな結末を迎えるのか、私は何度も見て知ってるんだよ……。
血が少ないダークスポーンに四苦八苦している二人から距離を取って、アリスターは険しい表情で私の腕を引いた。
「重要な秘密だってのは分かってるはずだろ。あいつらのどっちかでも逃げ出して、この件を言い触らしたらどうするんだ」
「洗礼の儀が終わった後なら話そうと思えば誰にでも話せるんだよ。先に打ち明けても関係なくない?」
「それは……そうだけど……うん? いや、でも、ダメだって」
理に適ってないけどそういう決まりだから話しちゃダメ、なんてその方が変だと私は思う。
ウォーデンの犠牲がどんなに尊いものであれ、何も知らない相手を騙して命を懸けさせるなんて。
洗礼の儀に失敗すれば死ぬ。成功してもアーチデーモンを倒したら刺し違えて死ぬ。ブライトがない期間にさえ数十年で穢れに耐えられなくなって死ぬ。
知っていたら誰がグレイ・ウォーデンになりたがるのかと自嘲気味に溢したのはリオーダンだった。……アリスターは、ウォーデンになって後悔したことはないのかな。
「な、何だよ?」
「ううん……」
もしもアリスターが半年前の儀式で死んでたら、彼はここにいなかった。
ジョリーやダベスにだって生きて歩むはずの道があるのに。
「血を飲んだらジョリーとダベスは死ぬよ」
「……そりゃあ俺も、その可能性がないとは言わないさ。だがどうしてそう強く言い切れる?」
「勘かな」
なーんだ、ただの勘か。そう言おうとしたのは表情で分かる。でもアリスターは私の真剣さに気づくと口を噤んだ。
「私の勘って、当たるんだよ」
ダークスポーンの死骸を始末して、小瓶を手に荒野の奥へ進んでいく。
途中にあった神殿風の廃墟で修道士の死体を発見した。
「おっ、化け物どもの御手付きじゃない死体だな」
ならず者根性を発揮したダベスが早速近寄ると、生真面目なジョリーが眉をひそめる。
「やめろよ、遺体の荷物を漁るなんて不謹慎だ」
「カタいこと言ってんな、騎士さんよ。遺品を役立ててやるのが本当の親切ってもんだぜ」
一理ある気もするけど言ってるのがダベスだから説得力ないや。
「遺言状があったら私にちょうだい。遺族に届けてあげたいから」
「けっ、奇特なやつらばっかりかよ。……金目のもんは持ってねえな。ん? こりゃ隠し財宝の在処か?」
私にちょうだいって言ってるのにダベスは遺言状を勝手に開封してしまう。ああもうほら、ジョリーがめちゃくちゃ渋い顔になってるよ。
ダベスの手から遺言状を引ったくって確認する。詳しい場所は覚えてないけれど、キャンプの近くに行けば思い出せるはずだ。
「隠し箱は森の西側にあるんじゃないかな」
「どうして分かるんだ?」
「勘だよ」
「勘かよ! 宛にしていいんだろうなあ」
胡散臭そうなダベスの後ろでアリスターが不安そうに私を見つめていた。
これで言う通りの場所に隠し箱があったら私の“勘”を信用してくれるだろうか。
でも、己の運命に抗えるのは己だけ。ジョリーとダベスが自分の意思で決めてくれなければ私には彼らの運命を変えられないんだ。
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