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🔖同情からでいい
俺はべつに聡くも鈍くもないつもりだけれど、チャップがルールーに惚れているってことくらいは見てればすぐ分かった。
ビサイドの長老方の態度からしても「あの二人はいずれ結婚するもの」という扱いだ。
しかし……なんか、全然恋人っぽく見えないのはなぜだとは思ってた。
「付き合ってるんだよな?」
「い、一応……」
「一応って」
チャップの方は「一緒にいられるだけで幸せなんだ!」って感じで、あんまり好意を押し出してくることはない。
そしてルールーの方でも素直になれず「あんたが言うから仕方なく一緒にいるだけなんだからねっ!」って雰囲気だ。
好き合っているのは見れば分かる。だけどなんていうか、もどかしい二人だった。
ルールーは現在、ビサイドに支部ができたばかりの討伐隊宿舎で黒魔法の講義を行っている。
それを羨ましそうに見ながらチャップはうっとりとため息を吐いた。
「結婚とか、申し込んだりしないのか?」
「うーん」
二人の正確な年齢は知らないけれど、たぶんまだ二十を越えたか越えないかってところ。
結婚なんてまだまだって気もするが、スピラの婚期は俺のいた世界より早いらしいんだ。
十五を越えたくらいから将来のことを考え始める。つまり、チャップとルールーみたいな二人はとっくに家庭を築いているべき年頃なのだ。
結婚について、考えてはいるとチャップは言った。
「トーナメントで勝てたら申し込むつもりだよ」
「それは一体いつのことになるのであろうか」
「ま、まあ、そのうち?」
まだ実際に試合を見たわけじゃないけど、ビサイド・オーラカは最弱のチームなんだろ?
ワッカが生まれてから今までずっと初戦連続敗退記録を更新し続けているとか。
そんなもんプロポーズの条件にするなよ。結婚してから勝てばいいじゃん、って俺なんかは思っちゃうけどな。
チャップにとっては、ブリッツで勝つことが自分を一人前と認めるラインなのだろうか。
結婚したい、しようと思ってる、自分も周りも“その時期”だと認めている。なのにチャップは申し込むのに躊躇している。
「もしかして、ワッカに遠慮してるとか?」
「遠慮ってわけじゃないよ」
でもそこで即答が返ってくるってのは、チャップもそれを考えてたってことだろう。
「……俺より兄ちゃんのが先に結婚すべきなのに、全然そんなこと考えてないしさ。爺様たちも最近は諦めて何も言わないし……」
「兄貴がこのまま生涯独身になりそうで不安ってわけねー」
物心つく前に両親を亡くしたっていうんで、ワッカは自分をチャップの親代わりと自負している。
改めて思い返せば、確かにワッカは自分のことそっちのけでチャップの心配ばかりしてるよな。
結婚なんて話が出るのはいつになるやら。
そんな風に自分を蔑ろにしてる兄貴が心配で、弟であるチャップも結婚に二の足を踏んでしまうわけだ。
お互いへの愛情ゆえの悪循環ってのは不毛だなあ。
「ワッカって恋人いるのか?」
俺がそう聞いたらチャップはため息で返事をした。
「いないかー」
朝起きて寺院で飯炊きを手伝って、トレーニングして浜で漁師の手伝いして、トレーニングして寺院で子供の面倒見て、家帰って寝る生活。
どこで恋人なんか作るの? って感じだな。
ビサイドの年齢層的にもワッカは積極的に島の外へ遊びに出ないと結婚なんてできない気がする。
しかしまあ、言っては悪いがそんなのワッカ自身の問題だ。
「ワッカのことはワッカが考えるよ。チャップは気にせず自分の思うようにやればいいんじゃない?」
「リツは兄ちゃんが自分のこと考えてるように見えるか?」
「いやまあ、考えないのも含めてワッカの自由っていうかさ」
どうやら俺がワッカの肩を持っているように聞こえたらしく、チャップはムッとした顔になった。
好き合ってるなら周りなんか無視して結婚しちゃえばいいのに、結局はチャップも兄貴を気にしすぎてるんだ。問題は根深い。
「でもさ、チャップの幸せがワッカの幸せなんじゃないの? 親の目線ってそういうもんだよ」
「でも兄ちゃんは俺の親父じゃない」
「ワッカが親代わりでいたいなら甘えてやるのも弟の務めかもよ」
「……俺は……、俺だって兄ちゃんに幸せになってほしいんだよ」
「そりゃまあ、そうだよな」
「好きでやってんならいいけど、ワッカは……諦めて、仕方なくやってるだけなんだ」
そうなのかな。ワッカがチャップの親代わりでいるのを苦にしてるようには思えないけど。
いきなり現れた俺のことも面倒見てくれてるし、島の年少組だって余計な世話まで焼いてやってるし。
根っから人の世話すんのが好きな部分もあるんじゃないか。
ただそれは、ワッカ自身が物心つく前に親を亡くして誰かに甘えるってことを知らなかったせいでもあるんだろう。
しっかりせざるを得ない状況に置かれ、そうやってできあがった人格を簡単に“可哀想”だなんて言えないけれど。
お前こそもうちょっとガキになれよ、と思うチャップの気持ちも分からないではない。
チャップと別れて浜に行くと、魚を干す手伝いをしていたワッカを見つけた。周りは子持ちのおっさんばかりだ。
まあ、この風景にこんなに溶け込んでるのを見たらチャップが「俺だけ結婚するのは気が引ける!」って思うのも無理ないか。
「ワッカ、今からルカに遊びに行こう」
「へ? 何だよいきなり」
「ルカに遊びに行って女の子ナンパしてそのままゴールインしよう」
「いや、意味分かんねえ」
暇なら手伝えと言われたのでなぜか俺も魚を干すだけの簡単なお仕事に加わった。
よし、これを終えたらルカでアバンチュールだ!
「ワッカだって老けてるけど一応若いんだから、女の子と遊びたいって時くらいあるだろ?」
「言葉にいちいちトゲがあんな、お前は」
ビサイドに遊び相手がいないなら、キーリカにでもルカにでも行けばいい。
心が枯れててもまだ体は若いんだ。心身ともに干からびてから遊びたいと思ったって、その時にはもう遅いんだから。
遊べるうちに遊んでおかないとな。
「なあリツ、なんかめちゃくちゃ失礼なこと考えてねえか?」
気のせいです。
とりあえずさっさと仕事を終わらせるべく高速で魚を捌いていく。その傍ら、ワッカを説得だ。
「ワッカって、好きな人いないのか?」
「いねえよ?」
「じゃあ作れよ!」
「なんでキレてんだ」
「だって今はいいけどこれから先どうするんだ? 恋に浮かれていられんのは若者の特権なんだぞ」
「お前、年寄りくせえなぁ」
はあ? それワッカにだけは言われたくないな!!
「ワッカだってさ、もう結婚しててもいい歳なんだろ? ちゃんと考えてるのか?」
「俺はチャップが家庭を持つまで考える気がしねえよ」
だああっ、この兄弟は、まったく……!
お互いに気遣うばっかで足踏みしてんなよ。二人が二人とも自分勝手になれば簡単に済む話だろうに!
「チャップの気持ちも考えてやれよ。自分のために兄貴がいろいろ我慢してたら、あいつだって辛いだろ」
「俺は我慢なんかしてねえって」
「相手にどう見えるかの問題だ」
手際よく魚を捌きながらワッカはため息を吐いた。
「んなこと言ってもよ。結婚なんかしたくねえんだから仕方ねえだろ」
「なんで? べつに人間嫌いってわけじゃないだろ」
恋愛や結婚に興味ないやつもいるし、その気持ちは俺にも分かるけれど、ワッカはそういうタイプじゃないと思う。
スピラは人がよく死ぬこともあって、“子供を作るのが若者の務め”ってな古めかしい考え方が残ってる。
そしてワッカもそういう価値観に肯定的だから、将来的にも結婚したくないとは思えないんだけど。
「誰か好きなやつができたって、チャップになんかあったら、たぶん俺は……そいつのこと放ったらかしちまうからな」
「はあ?」
「無責任だろ、そんなの。だから俺はチャップが独り立ちするまで、」
「あのなあ! 仮に恋人ができたとしたらそいつはワッカのことが好きなんだよ。ブラコンで過保護なとこも含めてワッカが好きなんだよ!」
「……お、おう」
目を逸らされた。うん。なんか、あれだよな。俺がワッカに告白してるみたいで恥ずかしい感じになってしまった。
「だ、だからさ、人を好きになるってそういうんじゃないだろ。もっと、どうしようもなく誰かが欲しいって気持ち、ないの?」
「いや、べつにねえよ」
「んもー! なんでだよ!」
「なんでって言われてもなあ」
もっと解き放てよ、パッションを!
兄貴に悪いから先に結婚なんかできないとか、弟を一番に考えちゃうから結婚なんか考えられないとか。このブラコン兄弟め!
正直「ワッカが結婚しないせいでチャップはプロポーズできないんだ」と言えば彼は瞬く間に相手を見つけて結婚するだろうな。
でも、それって違うだろ。なんか絶対に、違うと思う。
「自分の家庭を持ちたいとか思わないの? 島の子供の面倒見てる時とか、あー俺も父親になりたーい! って思わない?」
そんで若夫婦の姿なんか見てたら俺も可愛いお嫁さんが欲しい! とか思わないのか。
でもワッカは、深刻な顔でぽつりと溢した。
「父親になんのが、怖いのかもな」
それはシンプルなだけに彼の本音って感じで、どうにも胸が痛む言葉だった。
「ワッカ……」
「俺には見本なんかねえだろ。どうすりゃいいのか、分かんねえんだよ」
父親とか母親とか夫婦とか、“家庭”ってものの正しい在り方が分からなくて怖いのだと。
……そんなもん、好きになったやつと一緒に探していけばいいじゃないか。
べつに親と同じようにする必要はないんだ。ワッカはワッカの、彼が求める家族の像を作り上げればいいだけなのに。
「だったら、親の愛情たっぷり注がれて順風満帆に育った可愛らしいお嬢さんを嫁にもらえ!」
「そんないいお嬢さんはとっくにどっかへ嫁に行ってるっての」
「探してみなきゃ分からないだろ」
もうちょっとでいいから自分のことだけ考えて身勝手になってみろよ、ほんと。
「ルカの裏通りにいいお店がある」
「は? ちょっと待て、お前そんなとこで遊んでんのか!?」
「いや、おっちゃんから聞いただけだ」
でもそのうちお金に余裕ができたら行ってみたいなと思っているよ。
「誰かと肌を合わせるのは悪いことじゃない。あったかいし気持ちいいし、優しい気持ちになるんだ」
「……」
ワッカはとりあえず、誰かに頼って縋って甘えることから始めた方がいい。
行きずりの相手だっていいと思うぞ。それで愛情に慣れ親しめば、恋をするのに躊躇いもなくなる。
「大体、恋愛に興味なくたって性欲はあるだろ?」
「せっ……、そりゃ……まあ、な」
冷静さを崩さず魚を捌き続けていたワッカの手がそこで初めて止まった。
なるほど。聞いといてなんだけど、あるんだ。ちょっと安心した。
「俺が女だったら相手してやるんだけどなあ」
「んなっ、アホか!」
「ていうかワッカが男でもいいなら俺はべつにいいけど」
「……妙なこと言うんじゃねえよ」
若干ながら頬を赤らめつつ動揺したように顔を背けたワッカに首を傾げる。
気持ち悪いこと言うなってもっと怒るかと思ってたんだけど……。
「まさか満更でもない?」
なんて聞いたら捌いたばかりの魚を投げつけられた。生臭い!
「つーか、お前もしかして、経験あんのか?」
「どっちの?」
「ど……、え? どっちって何だよ?」
「女か男かって意味。まあ両方あるけど」
「!?」
だから抱きたいのでも抱かれたいのでも対応可能だと言ったら今度は顔面に魚を投げつけられた。だから生臭いってば!
俺は真面目に言ってるんだけどなぁ。
仮に性欲だけで繋がるのも、悪いもんじゃないんだぞ。
何も考えずに目の前の相手がほしいって欲だけに突き動かされる。求めたものを与えられ、自分を求められてるって実感して、心が満たされるんだ。
他者への思いやりに凝り固まってるワッカに必要なのは、自分が“誰かを欲しい”と思うことじゃないのかな。
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