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🔖僕に欠けて、君にあるもの
待ち構えている私を見つけてイサールはあからさまに動揺した。
「ユリ……」
私がここにいるって予想もしなかったんだろうか。言われるままにガード業務を放り出すと思われていたなら心外だ。
「マローダとパッセは、とりあえず家に帰ってる」
「できれば君もベベル宮を離れていてほしかったよ」
「どうして? 反逆者の始末でも頼まれたの?」
そしてそれを、私たちに知られたくなかったとでも言うの。
なんとか誤魔化そうと視線をさまよわせた挙げ句、嘘がつけないイサールは正直に頷いた。
「よく分かるな」
「職業柄、ってやつですよ」
ブリッツ選手になってもオフシーズンには山に入って警備隊の手伝いをしていた。彼らのやり方は、実生活にも役立つ。
危険を察知するための観察と想像。現状を把握して、起こるであろう変化を予測し、それが与える影響を筋道立てて考える。そうすれば大抵のことは分かるんだ。
そして山の秩序を守り、変わらぬ平穏を保つことこそが私の夢見た職務だった。
故郷を守る夢が叶わないなら、私は……他のもっと大切なものを守ることにするよ。
寺院の命令に渋々従う姿を家族に見られたくないという気持ちは理解できる。だけどガードも連れず召喚士が前線に出るのは無謀というもの。
ユウナさんのガードが彼女を守ろうとしてイサールに危害を加えないとも限らない。
「私は一緒に行ってもいいよね」
「ダメだと言っても来るんじゃないか?」
「あなたがダメだと言ったら、私はここで待ってるよ。でも私は一緒に行きたいと思ってる」
一瞬呆然としたあと、彼は力が抜けたように笑った。
「……そうだな。君を頼りにさせてくれ」
イサールに頼ってもらえるのは、すごく嬉しいな。
浄罪の路は巨大な迷路型の牢屋になっているらしい。しかも時間をかけさえすれば脱出できる単純なものではなく、ワープを利用した遊び心のある迷路だ。
随分と面倒な仕掛けを拵えたものだと思うけれど、スピラにはそんなに大罪人が多いのか。
「滅多に使わないなら無駄な施設だね。他に有効活用もできないし」
奥に行けば魔物も出るのだろう。不気味な薄暗がりを見つめながらイサールが言った。
「もしかしたら、大昔には娯楽施設だったのかもしれないな。シンが現れる前なら平和な遊び場として使えただろう」
「なるほど、それはあるかも」
古代のテーマパークが今では処刑場を兼ねた牢獄だなんてあまり楽しくないけれど。
召喚士ユウナ一行は私たちがベベルに到着する少し前に裁判にかけられ有罪の判決が降ったという。イサールは、汚れ仕事を押しつけるのに絶妙のタイミングで現れてしまったわけだ。
浄罪の路を生きて出られたものはいないとされているらしいけれど、数時間もかからず彼女は私たちの前に姿を現した。
「どうしてここに……?」
「キノック老師に呼び出されてね。反逆者を始末しろとの命令だ」
反逆者の呼び名は未だ彼女に苦い気分を味わわせるだけの重みがあるようだ。ユウナさんの傷ついた表情を見やり、イサールも眉をひそめて俯いた。
「寺院の命令は絶対だ。たとえブラスカ様の御息女が相手でも、やらねばならん」
彼女のことを大して知らない私でもそれが冤罪なのは分かる。ユウナさんもイサールと同じ、自分よりも他人のために生きてしまう人に見えるから。
一方で、寺院はどうだろう? 彼女を牢獄に放り込み、始末をイサールに押しつけたエボン寺院にさえ、それでも一抹の正しさはあるはずだと私は思う。
千年もの長きに渡って人々が拠り所にして来た信仰が最初から最後まで間違っているはずがない。ただ、道が別れてしまっただけのこと。
ひとつの正義を通すために、もうひとつの正義が罰を受けるのは、嫌だな。
イサールの役目を果たしつつ、彼が罪悪感を抱かなくて済む結末にできれば一番いい。
「罪人が浄罪の路を無事に出られたら、罪は許されるんだよね?」
「ああ。だが、僕は明確な命令を受けてしまった。見逃すわけにはいかない」
「だけど、もし彼女がイサールに勝てたら脱出できる。つまり彼女は反逆者じゃないということになる。反逆者じゃないなら、始末する必要はない」
「……屁理屈のように聞こえるな」
しかし一理あるとイサールも頷いた。召喚士同士で殺し合う必要はないし、彼だって本当はそうしたくないんだ。
じゃあ、ね。運命に聞いてみればいいでしょう。彼女にここを通る資格があるのかどうか。
「ユウナ君。そういうわけだ、互いの召喚獣で対決といこうじゃないか」
「は、はい!」
言うなりイサールはコブシを召喚した。そして律儀にユウナさんが準備するのを待っている。
あちらに先手を打たせれば有利な召喚獣を選ぶこともできたのにと私が歯噛みしていたら、ユウナさんが召喚したのはユリ……じゃなかった、マカラーニャのお色気召喚獣だった。
炎と氷でフェアな勝負になるだろう。やっぱりユウナさん、性格的にイサールと似てる気がする。
ところでひとつ気になってしまったので、激しい召喚獣バトルを横目にユウナさんのガードであろう女性に話しかけた。
「参考までに聞きたいんですけど、あの召喚獣はなんて名前ですか?」
「そうね……ユウナは確か、シヴァという名前をつけていたわ」
「なるほど。もしかしてあなたのお名前と同じなのでは?」
見たところユウナさんのガードの中で彼女だけが色っぽいお姉ちゃんだから。でも彼女は「そんなまさか」と首を振った。
「祈り子様に私の名前なんてつけられたら、居心地が悪すぎるわよ」
「そういうものですか」
じゃあ私はもっと居心地悪くあるべきなのだろうか。イサールがあれに私の名前をつけたこと、気恥ずかしくもあるけれどちょっと嬉しいと思ってしまう。
コブシの方が僅かに早く倒れた。
続いてイサールが呼び出したのはツバサだ。ユウナさんが心なしか悔しそうにしているから、彼女もあのビサイドの召喚獣を呼ぶつもりだったのかもしれない。
そういえばユウナさんはビサイドの寺院から旅立ったと聞いたっけ。長く親しんだ召喚獣に愛着があるのだろう。
ほとんど力が残っていなかったシヴァはすぐに倒れ、ユウナさんは続いてジョゼの召喚獣を呼び出した。
だだっ広いとはいえ天井の低い牢獄内、ツバサの機動力を活かしきれず不利な接近戦にもつれこみ、負けてしまう。最後にイサールが呼んだのは……ツルギだった。
一人はここから脱出したくて、もう一人も半ば以上脱出させてやりたいと思っているくせに、どちらもまったく手を抜かない。相手に最上級の敬意を払った全力の真剣勝負。
小賢しく立ち回ってしまう私にはない、その不器用な誠実さが心から愛しい。
壁をいくらか破壊しつつもお互い満身創痍で勝負が決した時、先に膝をついたのはイサールだった。
「……この先に地上への通路がある」
額から流れ落ちる汗を拭い、イサールに向かって一礼すると彼女は自らのガードと共に地上へ駆け去っていった。
寺院に敵対したとはいっても彼女が反旗を翻してエボン教の転覆を目論むとは考えられない。ではユウナさんは、ここを脱してどうするんだろう。
「やっぱり、ザナルカンドに行くのかな」
「……おそらくは。彼女の意思はとても強いようだね」
「イサールの頑固さも張り合えると思うけど」
「もう少し他の言い方をしてほしいな……」
「生憎ですが他に言い様もないくらいあなたは頑固です」
短時間に多くの召喚術をこなして心身ともに疲れきったイサールは、らしくもなく膝を立ててその場に座り込んでしまった。
ザナルカンドを目指して旅を続け、最果ての地で……。ユウナさんが究極召喚を得ることをティーダは望まないだろう。
彼女を守るためだけじゃない、今はシンとなっているジェクトのためにも、ティーダは別の方法を探し続け、辿り着くはずだ。エボン=ジュのもとに。
私は自分の手で終止符を打つ勇気がない。今だって何も知らずに夢の世界で生きている人々の顔が思い出されるたびに、彼らを消してしまう決断なんてできなかった。
夢だから、本当の命ではないから、慎んで消えてくれなんて。
「ねえ。もう……召喚士の旅、やめちゃおうか?」
スピラを救う使命は浄罪の路を歩みきった彼らに任せてもいいんじゃない。
私がそう言ったら、イサールは小さく「それもいいな」と呟いた。
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