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🔖諦めの悪さ
劇的な変化は精神を疲弊させる。飛空艇で逃げ出してからイサールは疲れを隠せなくなっていた。彼だけじゃなく、ホームに閉じ込められていた召喚士たちはみんな鬱々としている。
薄情だと責められそうだけれど私はアルベド族に腹を立てていた。
ガードさえ一緒にいれば召喚士たちは自分の身を守ることもできたんだ。勝手に仲間から引き剥がしておいて勝手に召喚士を庇って死ぬなんて、甚だ迷惑な行いじゃないか。
何よりも召喚士を馬鹿にしている。アルベド族は、彼らに自分を守る力も権利もないと決めつけたのだから。
ブリッジを覗いてパイロットの手元を観察したところ、この飛空艇はザナルカンド製ではないようだ。
でも自動操縦がとても優秀だった。仕組みを理解していないアルベド族にも動かせるのだから私にだって操縦できるだろう。
船を乗っ取ってしまえば主導権を取り戻せる。それを確認してとりあえず緊張は解けた。
あちこち見て回ってイサールのもとに帰って来ると、ティーダが彼と話をしているところだった。
「何を言われても旅をやめるつもりはない」
「死んじゃうのに、か」
「子供の頃から決めていたんだ。覚悟ならとうにできているよ。僕がやらねば誰がやる……そんなところさ」
ティーダも召喚士に旅をやめさせたがっているのか。ホームで見た限り、旅の終わりにユウナさんが死ぬということも知らなかったらしい。
充分に親しくなってから彼女は死ぬのだと言われたら、そりゃあ反発心も起きるだろうけれど。
「誰も死なねえ方法がありゃ、誰だってそっち取るに決まってらあな」
「じゃあ考えよう!」
「簡単に言ってくれるぜ。でもな、悠長に考えてるうちにシンがみんな壊しちまう。スピラにゃ考える時間なんざねえんだよ」
実際のところ、時間さえあれば都合のいい方法が見つかるんだろうか?
スピラにシンが現れて千年。その間、誰も召喚士が死なない方法なんて見つけられなかった。ああでも何か見落としてる気がしてならない。
考え事に耽っている私に目を留めて、ティーダが苛々しながら言った。
「ユリも同じ意見なのか? シンを倒せるなら、イサールが死んでもいいのかよ」
「すごく不躾なこと言うんだね。本音で語り合えるほどあなたと親しくなった覚えはないけど」
私はシンを倒すためなら命を捧げてもいいという召喚士の覚悟を称賛している。でも決して、イサールの死を快く受け入れてるわけではない。
気まずそうに俯いたティーダの視線が眠るパッセに注がれる。
「……こいつは、知ってんの?」
「言えるわけねーだろ」
「弟には秘密にしておいてくれないか。せめて……その時までは知らせたくないんだ」
「勝手に言ったりはしないッス……。でもさ……」
真実を知る時パッセは傷つくんじゃないのかという言葉は小さく口の中に消えてしまった。
もちろんパッセは傷つくだろう。でも弟を悲しませないためだといってイサールが自分の夢を諦めたら、どちらにしろパッセを傷つける。
それは道を決める責任をパッセに負わせるのと同じだ。そんなのちっともイサールらしくない。
誰だっていつかは死ぬ。その日がいつ来るかは分からない。だから誰にでも好きなように生きる権利がある。
そして自分の人生を自分の責任で選ぶ義務がある。間違っても誰かのためになんて押しつけがましく生きるべきではない。
……惰性で将来を決めた私みたいになってはいけないんだ。
ティーダはユウナさんを死なせるのが嫌で盲目になっている。自分の正義を盲信するアルベド族と同じだ。
それは彼の自由だけれど、私はイサールのガードだから、ティーダの正義をイサールに押しつけられたくはない。
「確か、あなたの御両親が亡くなった時もパッセくらいの歳だったよね。それであなたは可哀想なだけの人になった?」
「俺は……いや、そんなことない。母さんが死んじゃって、辛くて悲しかったけど、俺は俺なりに生きてたし」
「パッセもきっと、そうするはずだよ」
そして私も、そうするつもりだ。
私は召喚士を可哀想だと思わない。彼らは自分の意思で、自分の大切なものを守るために覚悟を決めてる。その覚悟を可哀想だなんて言うのは失礼だから。
べつに思い改めたわけではないのだろうけれど、ティーダは私を見て困ったように笑った。
「ユリって結構、辛辣ッスね。普段おっとりしてんのにさ。試合ん時それくらい積極的に攻撃した方がいいんじゃないの?」
「そりゃあうちのチームは温厚すぎるのが弱点だけど、プライベートは別です。キャプテンなんかキーパーのくせに喧嘩っ早いしあらゆる意味で積極的だし」
思いがけずノスタルジックな気分になって愕然とした。
みんな、どうしてるだろう。私は今も“ザナルカンドにいる”のかな。スピラのこともシンのことも知らない、未だ夢中にある幻の私は。
ティーダがじっと私を見つめていた。我々のヒーロージェクトに似た尊大さを感じさせられることもあるけれど、黙っている時の彼は思慮深くて優しい目をしている。
きっと大部分は母親に似たんだろう。ジェクトが行方不明になったあと、彼女の姿を何度か目にしたっけ。
私が彼の母親のことを考えていたなんて分かるはずもないのに、ティーダも郷愁の念に駆られているようだった。
「なあ、ちょっと……故郷の話ってやつ、したいんだけど」
イサールの方を振り向くと寛容にも「行ってくるといい」なんて笑っている。……二人きりにならないでくれ、くらいは言われたいところだ。
仕方ないので人目を避けて船倉の方へ降りることにした。
飛空艇はベベルに向かっている。そしてイサールと私たちを含めてアルベドのホームにいた召喚士はナギ平原で降ろす予定だとティーダが教えてくれた。
なんでも彼らはエボンの反逆者だから一緒にベベルに行くわけにはいかないのだとか。よく分からない。
ティーダがガードを務める召喚士ユウナさんは私たちよりも数日遅れてホームに連れて来られ、そこから更にグアド族の手で誘拐されてしまった。
彼女には申し訳ないけれど、ナギ平原で降りられるなら私たちが先にザナルカンドへ行けそうだなんて打算的なことを考える。
周りに誰もいないのを確認すると、ティーダはチームメイトに接するような気安さで「どうすればいいと思う?」と聞いてきた。
故郷の話は建前で、単に召喚士が死なない方法について相談したかっただけらしい。
「シンはジェクト。それが何かのヒントになるかもしれないね」
「あー……あの時言ったこと、信じてくれてたんだ?」
「だってそんな嘘つく必要ないでしょう」
それに、人間の罪だなんて建前はさておきシンが生まれる“仕組み”があるはずだと思っていた。
シンを倒すのに召喚士の命が必要ならシンを生み出すのにも似たようなものが必要になるんじゃないかって。
大召喚士となったブラスカが死んで、そのガードであるジェクトが次のシンになった。それはとても自然な成り行きだと感じられたもの。
シンはジェクト。ジェクトはブラスカのガード。ブラスカは召喚士で、召喚士は究極召喚を使うと死ぬ。
たとえば、もしもジェクトがいなかったらどうなっていたのだろう?
彼がスピラに来なければ、新しいシンは生まれてこなかったのかな?
「もしもジェクトがスピラに来なかったら、もう一人のガードがシンになっていたのか、それともブラスカがシンになったのかな」
「究極召喚を使ったらシンを倒せるけど、術者が次のシンになる……。なんか、ありそうな話ッスね」
本来は召喚士がシンになるはずが、手違いでガードが身代わりになったのかもしれない。
だとしたらまた別の身代わりを用意することで、ジェクトの二の舞は演じずに済むだろうけれど。
「でも、そうじゃないかもしれない」
「なんだよ。結局、分かんないってこと?」
「スピラの人が千年かけて分からなかったのに余所者の私たちがいきなり分かるわけないでしょ」
「そりゃそーだけどさ。だからって諦めらんないだろ」
一応、ティーダに共感する気持ちもある。シンを倒してイサールも死なずに済むならそれに越したことはない。そんな方法があるなら……。
千年かけて見つからなかったんだからスピラの人々には分からないようになっているんだ。
余所者の視点でしか気づけないことがあるだろうか?
シンを倒す方法。シンが生まれる仕組み。召喚術のこと。スピラの秘密。……シンは、どこからやって来るのか。
「ザナルカンドスタジアムに現れたシンは、ジェクトなんだよね」
「……うん」
「よく考えたら、それって私たちのザナルカンドと千年前にあった都市とは別物ってこと?」
しばらく呆気にとられたあと、ティーダはそういやそうだなと頷いた。
「親父がタイムスリップして俺たちを千年後に連れて来たってのも、なんか信じらんねーし」
だけどそうなると、私たちのザナルカンドって何なんだ?
私たちはシンの力によってスピラにやって来た。なぜシンがザナルカンドに現れたのかは、もう分かった。
それがジェクトの意思だというなら彼はティーダをここに連れて来ようとしたんだろう。
じゃあ……違う視点で見てみよう。
シンはどうしてザナルカンドに行くことができたのか? あるいは、私たちのザナルカンドは“どこ”にあるのか。
「ねえティーダ。この船って何だと思う?」
「飛空艇だろ」
「そう。私たちはこれを知ってる。ザナルカンドには航空機なんかありふれてたし、こんなのむしろ旧式と言ってもいいくらい」
機械仕掛けの巨大都市、眠らない街ザナルカンド。大昔スピラにあった街とよく似ている。でも、絶対に同じではない。
こんな機械も大昔のスピラでは当たり前に使われていたんだ。でも私は……飛空艇の存在を知っているのに、使った経験がない。
ルカで抱いたのと同じ違和感。
「ねえティーダは、飛空艇に……船でもいいけど、何かに乗って遠くに出かけた経験ある? ザナルカンドではない場所に」
「へ? うーん。そうしてみたいって思ったことならな。でも練習あるし、試合もあるし」
「そんな遠くに行けないよね。行こう、行きたいと思っても、実際には行ったことがない」
ティーダは何が言いたいのかという顔で私を見つめる。私自身、よく分からなかった。
「大会の時、スピラ中からチームが集まってるのを見て不思議だった。ザナルカンドでも連日連夜ブリッツの試合があったのに、他の街からチームが来ることはなかったじゃない」
「そりゃ地区ごとに予選してるんだし、他から余計に呼ぶ余裕ないじゃん」
「でも“他”ってどこなの?」
「どこって……」
「もし本当に飛空艇でどこかに出かけるとしたら、どこに出かけるの? 私には行き先なんて思いつかない。ザナルカンドの外にどんな街があるか、知らないんだもの」
山の向こう、海の果てに、他の街があるはずだ。でも私たちは知らない。知らないということを気にも留めていなかった。
ザナルカンドではない場所について、頭の隅にも浮かんだことがないのはどうしてだろう。
まるで誰かが思考を塞き止めようとするみたいに飛空艇が大きく揺れ、船内に魔物が現れたとのアナウンスが響いた。
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