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🔖目蓋の裏に映る
夜の試合は好きだった。そこにあるのは眠らない街が見る夢だ。ザナルカンド中の人が集まって同じ時間を共有する。
私たちのチームはいつも午前中に試合を終えるから、その時には観客なんてほとんどいない。でも不満はなかった。
ブリッツの本番は夜なんだ。本当の興奮はそこから始まる。太陽の下でのんびり行われる午前中の試合なんかに現を抜かしてる暇はない。
音と光を際立たせるためにスタジアム周辺の照明が落とされて……期待を煽る。
スポットライトに照らされながら幻光虫を溶かし込んだスフィア水が一気に溢れ、熱狂の舞台を形作っていく。
夜の闇に浮かび上がる、あの幻想的なスフィアプール。乱反射する光の海を泳ぐ選手たちは色とりどりの熱帯魚みたい。
目を閉じれば手触りまで思い出せそうなくらい、慣れ親しんだ故郷の風景だ。
弱小チームの負け惜しみというわけじゃないけれど、私は選手としてプールに入るよりも観客席で熱狂の波に呑まれている方が好きだった。
……だった、なんて、まるで遠い昔の思い出のように感じてしまうのはどうしてだろう。
なぜだかは分からないけれど、私はもうあの日常に帰ることができないような気がするんだ。
エイブスとダグルスの試合が始まってすぐの出来事だった。
期待の新星、エイブスのティーダがまさにシュートを決めようとしていたのを覚えてる。彼は何かを見ていた。そして動きが止まった。
一瞬の静けさがあってスタジアムの背後に巨大な影が現れる。そいつの放った閃光が、すべてを破壊し始めた。
私はその場から動くことができずにいた。プールの水が零れ落ち、客席の壁が崩れてみんな大混乱で逃げ惑っていた。
だんだん頭が朦朧としてきて……それから……。
私は気がついたら“ここ”にいた。物々しい格好をしたやつらに取り囲まれて銃を突きつけられる。
何が起きたのか把握できないうちに「どこから現れた」とか「何者だ」とか聞かれて、私は確か自分の席番号を言ったと思う。
ザナルカンドの夜景をバックにスタジアムを悠々と見下ろせる、西ブロックの三階席最前列。プールが遠いせいで人気はないけれど私にとっては特等席だ。
それでもいまひとつ話が通じなくて、少し苛立ちながら私は続けた。北A地区で予選落ちしたザナルカンド・エピオスのディフェンス、ユリです。
あとは何を話したのか覚えていない。けれど私の言葉のどれかが気に障ったらしく、彼らは私を牢へ放り込んだ。
何がどうなったのかさっぱり分からなかった。ある意味で落ち着いていられたのはそのお陰だったかもしれない。
直前に起きた出来事が思考を麻痺させるほどの衝撃だったから、いきなり捕まって牢屋に入れられるなんて危機的状況にあってもパニックに陥らずに済んでいる。
ちらりと牢屋の隅に目をやれば、そこには私よりも十以上は年下であろう少年が膝を抱えて蹲っていた。フードを目深に被っているから表情は分からない。
どんな事情があるのか知らないけれど、幼い子供が投獄されている時点でまともじゃないと思った。
檻の外で話している人たちの声が遠ざかっていく。
「ジェクト様を模倣してるつもりか?」
「だとしたら、なおのこと不敬な輩だ」
「よりにもよってブラスカ様のナギ節が終わってしまったというこの時期に……」
やがて牢から出て行ったようで、話し声は聞こえなくなった。
彼らの言うことはよく分からない。ただジェクトという名前だけが強い印象をもって耳に残された。
そんなにありふれた名前でもないけれど、彼らが言うジェクトと私が知ってるジェクトは同一人物なのだろうか。いずれにせよ今その名前を聞いたら思い浮かべる顔はひとつだけ。
ジェクトが行方不明になって十年、彼の名前を冠したトーナメント。今年は誰にとっても特別な年だった。
あのエース君は無事にスタジアムから逃げられたのかな。
他人の心配なんかしてる場合じゃないのに、ふとそんなことを考えた。
問答無用で私を牢に放り込んだ人たちと真っ当に話し合える気もしないから、彼らの姿が見えなくなったのはありがたい。
再び同室者に目を向けてみるといつの間にか少年の方でも私を見つめていた。その視線を感じてなんだか心がざわざわする。
「ねえ、さっきの人たちが言ってたジェクト様って、どんな人?」
服装も雰囲気もおかしな少年。その口から出てくる声も妙に大人びていて年齢とちぐはぐだった。
『彼は十年前、このスピラにやって来たんだ』
「十年前……」
我らがヒーロー“ジェクト様”が行方不明になったのも十年前。すごい偶然と片づけてしまっていいものか。得体の知れない、奇妙な予感が背筋を抜ける。
少年の言葉にはもうひとつ気になるところがあった。このスピラにやって来た……、ここはスピラっていう街なんだろうか。聞いたこともない名前だ。
ザナルカンドに近ければいいんだけど、と思ったところで最悪の想像が頭に浮かぶ。
あの爆発でザナルカンドは壊滅して、スピラという街から救助隊あるいは調査員が派遣されて来た。そして瓦礫の中から発見された私は事件の首謀者の疑いをかけられ拘留……、なんてあり得るだろうか。
そんなの……冗談にもならない。
この少年は感じが良さそうだ。それでもザナルカンドについて聞くのは躊躇ってしまう。
私は悪いことなんかしていない。ただいつものように試合を観戦してただけ。それは確かだ。にもかかわらず牢に放り込まれるはめになったのは、たぶん“ザナルカンド”と口にしたせいだと思う。
私を捕らえた横柄な人たちの話しぶりからその程度の見当はついている。もう迂闊なことを口走る気にはなれなかった。
大体、ザナルカンドがどうなったのか知らないか、なんて牢に閉じ込められてるこの子に聞いても仕方ないし。
短い会話が途切れると、現実的な不安に目が向き始める。爆発ではぐれてしまった皆の安否が気になった。
いきなり現れてスタジアムを破壊したあれは、巨大な生物にも見えた。あの凄まじい閃光と轟音……街にまで被害が出たかもしれない。
家で観戦してたはずのお父さんお母さん、今夜はかえって悲しくなるから観戦したくないと言ってたジェクトファンのマネージャー、次々と浮かんでくる友人たちの顔。
無事でいるかな。私を心配してるかな。どうにか連絡を取りたいけれど、今の私は自分がどこにいるのかさえよく分かっていない。
落ち着いてたんじゃなくて呆然としてただけなんだ。冷静さを取り戻しつつある今、やっと心が焦り始める。
うちに帰りたい。そんな想いが爆発しそうになった時、少年の呟く声が聞こえた。
『君がそう信じるなら、君は今でもザナルカンドにいるよ』
「え?」
顔を上げると、狭い牢屋のどこにも少年の姿はなかった。煙みたいに消えてしまった。
「……」
幽霊だったりして、という独り言は、さすがに怖すぎて声にならなかった。
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