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🔖目隠しの道程



 月での戦いを終えてからしばらくは、めまぐるしい日々が続いた。
 王位の交代が行われたファブールはもとより、王が殺され城も破壊されたダムシアンやエブラーナでもかなり混乱があったとは思う。しかし今回の件の渦中であったバロンほどではなかっただろう。
 先の陛下が世継ぎ問題を残したまま逝ってしまわれたので、指導者のいないまま王宮は紛糾していた。相当な代を遡らなければ王族の血を引く者も残されていない。
 更には“秘密裏に王は殺され魔物が成り代わっていた”という事実が明るみになったために、候補として挙げられた者たちが王位に就くのを嫌がったのだ。武勇で鳴らした陛下が無惨に殺されたとあらば恐怖するのも無理はないか。
 世界に戦争をばら蒔いた罪を背負わねばならない。今のバロンはとても難しい立ち位置にある。そんな中で玉座に就くことになったのは、セシルだった。
 彼の過去もあり満場一致でというわけにはいかなかった。しかし他に誰もいない。いっそカインを王にしてしまおうという声もあったが冗談ではないと本人が逃げ出したのだ。俺は賛成だったんだけどな。

 いくら陛下に可愛がられていたとはいえ孤児であるセシルを王として迎えるのは、特に旧い貴族にとっては至難の業だ。説得の要となったのは俺というかカインの発言だった。
 ハイウインド家の当主として会議への参加……つまり国の今後を決定する責任を負うことを求められたのだ。
 俺はセシルを推した。ファブールでは禅譲が行われ、その新たな王はセシルと共に旅をしたモンク僧だ。そしてダムシアンとエブラーナの新王もセシルと個人的に親しくしている。それは彼が孤児で暗黒騎士だった過去を補って余りある恩恵となる。
 クリスタルの争奪戦で世界は力のバランスが乱れてしまった。だがセシルを王にすれば、今後再び他国とも友好的に付き合っていけるだろう。
 血筋についてはセシルを陛下の養子に仕立てあげて納得させた。べつに文書の偽造なんてしていないぞ。それに、彼はすぐにローザと結婚するよう誓わせている。
 ファレル家も旧い貴族だが王族の血はこれっぽっちも引いていない。しかし数百年前の王家と婚姻関係にあった記録も発見した。繰り返すが文書の偽造はしていない。知人の紋章官と少しお話をしただけだ。
 斯くしてセシルは先王の遺児となり、ファレル家は果てしなく遠いが王家の血脈と縁がなくもないことになった。……そういう建前が必要なんだ。
 とにかく御膳立てはした。これ以降のことはセシル自身の腕前によるだろう。俺はもう知らない。関わりたくない。

 新たな王について意見を求められた瞬間、カインはすべてを俺に丸投げしたのだ。お陰さまでとてもとても、本当に面倒な仕事をやらされてしまった。
 近衛時代の人脈を素直に使えればもう少し楽だったのだが、カインとしてはそう自由にリツの過去を使えない。
 だからまずはハイウインド家から俺の故郷に伝手を作って繋がりを持ち、領地にいるベイガンの一族を通じて近衛の元同僚に働きかけて、そこから王宮の権力者の腰を上げさせて……間接的にしか悪巧みできないので不便極まりない。
 いや、悪巧みではなくて国事に奔走したと言うべきだな。とにかくもう、面倒臭かった。大体、カインもセシルもついでにローザと御母上も人脈作りを疎かにし過ぎていたのが悪い。普通の友達しかいないのだから。
 彼らが王宮で確固たる地位を築いていたら王位継承だってすんなり行われたんだ。快く手伝ってくれる貴族さえたくさんいれば……!
 こんな腹黒い裏工作はベイガンの得意分野だった。彼が生きてここにいてくれたらよかったのに。俺は今までで一番、近衛兵長の死を悲しんでいる。
「もう本当にめんどくさかった」
『……すまん。リツのお陰で助かった』
「言葉だけでなく即物的な礼が欲しい」
『そ、そうだな。うちの財産はお前の領地に移してくれて構わん』
 そんなことしようと思ったらまたいろいろ手配しなきゃいけない雑事が増えるだろうが。俺とカインには交流なんてなかったのだから。権力や財産を動かすってのは凄まじく面倒なんだぞ。

 カインはセシルの戴冠式を見届けることなく国を出ることにしたらしい。しかしハイウインド家についてはセシルが“当主が遠征中”で押し通して処理するつもりのようだ。
 彼がゴルベーザに操られていたことは無用な混乱を招くので伏せられている。セシルがミシディアやミストを襲ったこと、赤い翼がダムシアンとファブールを攻撃したこと、誰も責任は問われない。
 城を預かっていた近衛兵たちも同様だ。すべては邪悪なる魔物の意思によって起こった不幸。そうとでもしなければ、王宮から人がいなくなってしまう。それだけ今回のことは根深くバロンという国に絡んでいたのだ。
 断罪されず有耶無耶に赦されてしまうのは生真面目なカインにとって逆に辛いらしい。だから、地位を捨てて国を出ると言うのだろう。
 俺としては彼を新たな竜騎士団長に据える予定だったんだ。竜騎士たちにとってもそれが最善だろうと。
 ちなみに前団長は“急病により故郷で療養していたが甲斐なく数ヵ月前に亡くなった”そうだ。近衛にせよ海兵隊にせよ、ゴルベーザ様が城に入った頃に軍の幹部が姿を消してしまっている。
 その点でもセシル陛下は苦労するだろうな……。彼は統治に関する学もないし、先王様が文官とギクシャクしていたから彼らの目も厳しいだろうし。
 もう少し太いパイプを作っておいてやるべきだったか。しかし俺がそこまで面倒を見てやる義務もないだろう。
 即位前後のごたごたを乗り切れば立派に王として立っていける。そう思って頑張ってもらうしかないな。

「でもカインは、本当にこれでいいのか?」
 正直、セシルが王になったって竜騎士団の寿命が残り少ないことに変わりはない。最後まで見届けたいのではとも思う。そして、カインが不在の間に竜騎士団を解体するはめになるかもしれないセシルが不憫だとも。
 あとはこんな嫌な時期に団長に就任させられる竜騎士の誰かが可哀想だというのもある。
「償いが必要なら、竜騎士団を復活させて権威を取り戻し、セシル王の力になる……という道もあるぞ」
 まあ、カインの性格的にそんな器用な立ち回りができないのは分かっているんだが。
『今の俺には、……セシルたちをまっすぐに祝福することなどできん。バロンの竜騎士という地位を捨て、ただのカインとして修行をやり直し、自分を見つめたいんだ』
「そうか……。まあ、本人がそう言うなら仕方ない」
 やるべきことも終わったので肉体の支配権をカインに返す。彼はこれから、ミシディア大陸の試練の山へ向かうつもりらしい。
『さて、それじゃあ行くか』
「リツこそ、いいのか? お前は自分の家に居たいだろう。俺の私事に巻き込むのも申し訳ないんだが……」
『まあ、たまにうちの様子を見に行ってくれたら嬉しい。試練の山については俺も興味があるから、そこへ籠るのは構わんよ』 
 あそこはアンデッドモンスターだらけだ。研究にはもってこいの場所だろう。

 不意にカインが空を見上げた。その瞳に映る光景が俺にも見える。
『月が……』
「ゴルベーザも眠りについたようだな」
 永遠ともいえるほどの長き眠りに。……遠ざかる月がいつ帰ってくるのかは分からないが、俺はゴルベーザ様を待っていようと思う。
 とりあえずの目標はカインの肉体から離れることだが、ここまで生き延びておいて今さら成仏してしまうのも癪だ。モンスターになってもいいからまだ生きていたい。それが本音だった。
 もちろん、今後どうなるのか不安もないわけじゃない。カインは俺の存在を受け入れてくれたが、彼の体を離れれば“俺”は消滅するかもしれない。
 モンスターとなってあのエブラーナの王と王妃みたいに狂ってしまう可能性もある。それでも……残された時間を限りなく自由に使いたい。
 生きていれば勝利は掴める。ただ生きてさえいれば、きっとあの方の帰る場所にもなれるだろうから。


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