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🔖しっかり者の少女



 魔導船とやらの船内もまたゾットやバブイル、巨人内部のような果てしない技術が用いられた造りだった。それでいて一切の軍事兵器が積載されていないのは少々違和感がある。
 月の遺産というのはどうも分からんな。クリスタルの力で破壊をもたらすばかりの巨人を送り込んで来たかと思えば、この魔導船のようにただ静かで穏やかなものまで造り上げる。
 ゴルベーザと同じように矛盾していた。故郷が欲しいと言いながら世界が憎いと破壊を繰り返し、すべての人間を殺そうとするくせに四天王やベイガン、そして俺を仲間に加えようとする。
 やはり心が一つではないということか。ただ居場所を求めたいだけの者の中に、その苦悩を利用して何もかも破壊しようと企む者が居座っているのだ。
「道具なんてのは使う者次第で何にでもなる」
『……そうかもしれんな』
 あの巨人とて、もし侵略者への防衛兵器として用いたならばあれほど頼りになるものもないだろう。
 きっとゴルベーザも解放されれば彼の力は正しきことに使われる。リツはそう信じて彼のそばに戻ろうとしたのかもしれない。
 で、肝心のゴルベーザはどこへ消えたんだ? てっきりセシルの元へ転移したのだと思っていたが、いなかったな。まさか崩れ落ちる巨人の中に残っていたのではないだろうが。

 魔導船は巨人の残骸を見下ろしたまま停止している。セシルは操縦桿を握って考え込んでいた。リディアは困り顔でその背中を見つめ、エッジは俺の動向を警戒し、ローザがそれを制するように彼を見つめている。
 大部分は俺のせいなんだが……、気まずいな。
「……今更、許してくれとは言うつもりはない」
 リツが口を開くとエッジは激昂した。
「当たり前だ! てめえのせいで巨人が現れたも同然だぜ!」
「やめて!」
『ローザ……』
「ゴルベーザも正気に戻ったから、術が解けたのよ。カインのせいじゃないわ!」
 すぐに止められはしたものの、巨人は何度かの攻撃を行った。大きな被害を受けたのは一番近くにあったエブラーナ王国だ。
 だからエッジが怒るのは当然だろう。しかしローザが声を荒げてエッジを制止する姿には困惑した。
 少し、喜んでしまう自分に腹が立つ。彼女の信頼を裏切った身で……庇われる資格などなかろうに。それでも心が慰められてしまうんだ。
 ……嫌われていたわけではない。もしかしてもっと早くに打ち明けていたら、セシルに出会うより先に想いを告げていたら、報われる可能性もあったのではないかと。
 起こらなかった過去への期待など捨てなければならない。

 ゴルベーザ“も”正気に戻ったとはどういうことかとリツが問う。こちらを窺うセシルの表情が暗くなり、ローザは驚くべき事実を告げた。
「彼はセシルのお兄さんだったのよ……。ゼムスという月の民に操られていたの。体の中に流れる月の血を利用して、ね」
 俺がゴルベーザのもとへクリスタルを持ち去ったあと、セシルたちはこの魔導船で月へ行ってゴルベーザを操る者の存在を知らされたらしい。そしてセシルの血筋についても。
 彼の父親は月からやって来た、ゼムスとやらと同じ月の民だというのだ。そしてゴルベーザはセシルの兄であり、同じ月の血を引いている。
「……そうか。もう半分の血が、弟を殺してはならぬと彼を留めていたわけか」
「ゴルベーザが、僕を……?」
「気づいていただろう。彼は殺せるはずの機会にもお前を殺さなかった」
「……」
 リツの言葉に答えるでもなく、セシルは苦し気に眉をひそめて俯いてしまった。

 彼らが月で出会ったフースーヤという男が巨人の心臓部でゴルベーザの精神を解放し、ゼムスの支配から逃れた彼は次元エレベーターで月へと向かったのだそうだ。
 自身の人生を乗っ取り利用された、その復讐を遂げるために。
『やはり世界の破滅は“ゴルベーザ”の望みではなかったようだな』
「ならば俺も、ゼムスとやらに借りを返さねばなるまい」
 ゴルベーザに罪はない、とは我が身を顧みれば尚更言えることではないが、それでも報いを受けるべきはゼムスの方だろう。
 知り合って間もないにもかかわらず裏切られたエッジは俺を疑いの目で見ていた。
「また操られたりしなけりゃいいんだがな」
「……その時は遠慮なく“俺”を斬るがいい」
『言っておくが、その“俺”には二人とも含まれているからな』
 どうにも一人で罪を被るつもりでいるような気がしてリツに念を押すが、彼の返事はなかった。俺の中に芽生えた感情は俺自身のものだ。リツに利用されはしたが、それで俺の犯した罪が消えるわけではない。

「俺も行くぜ。そいつに一太刀浴びせなきゃ、気が済まねえ!」
「エッジ……」
 ゴルベーザとフースーヤは、これは月の民の問題だからと二人で月へ向かったようだ。しかしもはや俺たちも骨の髄まで関わっている。ゼムスはすべてを憎み、すべてを破壊するつもりだ。ならばこれはこの星に住むもの全員の戦いなのだろう。
「……ああ、行こう。僕も……月に行く!」
 兄を助けるためにとセシルは小さく呟いた。そして操縦桿を握り、こちらに背を向けたまま断固とした口調で告げる。
「今度ばかりは生きて帰れる保証もない。ローザとリディアは残るんだ。僕ら三人だけで行く」
「セシル!?」
「何それ、そんなのひどいよ!」
「さあ、魔導船を降りるんだ」
 セシルに掴みかかる勢いで反論しようとした二人だが、エッジが腕を掴んで強引に船外へと放り出す。まあ、連れて行きたくない気持ちは分かる。だが生きて帰れるかどうかも分からないからこそ、ローザが大人しく引き下がるとは思えん。
「じゃあな。ガキはいい子でお留守番してろよ」
「ばかっ!」
 リディアの短い罵倒を残して魔導船の扉は閉ざされた。
「いいのか。今生の別れになるかもしれんぞ」
「……行くぞ、カイン! エッジ!」
 魔導船が上昇し、月へと出発する直前……転移魔法が発動する気配を感じた。なるほど、確かに精神だけの存在になっている間はこういった気配に対して感覚が研ぎ澄まされるな。リツほどうまくは感じ取れないが。
 ローザたちが忍び込んでいることを告げるべきか迷ったが、黙っていた。リツもどうやら気づいているようだ。

 魔導船を操る飛翔のクリスタルは月の館に安置されている八対のクリスタルと連動しているようだ。ものの数時間で月面に着陸し、ゴルベーザのもとへ向かおうとした俺たちの前に彼女が立ち塞がる。
「ローザ! どうして……いや、言わなくていい。そこを退くんだ」
「いいえ、どかないわ」
「君を危険な場所に連れて行きたくないんだ。分かってくれ」
「危険な場所だからこそ、ついて行くのよ。私がいなければ回復はどうするつもり?」
 相変わらず口では彼女に勝てないセシルに笑ってしまいたくなるのと同時、リツも口許に笑みを浮かべた。
「フッ……お前の負けだ、セシル。守りたい気持ちは同じなんだ。彼女の想いを無下にするな」
 腑に落ちない顔をしてどうにか反論しようと考えていたセシルだが、やはり何も思いつかなかったらしくため息を吐いてローザの手を取った。
「……そうだな。確かに君の力が必要だ。一緒に来てくれ、ローザ」
「やった! うまくいったね!」
 途端に飛び出してきたリディアにエッジがぎょっとしている。
「お、お前もか! ガキの来るとこじゃねえってのに」
「関係ないわ。いつか言ったじゃない、これはみんなの戦いだって。それに幻獣たちを呼べるのは私だけよ! 私がいなかったら召喚はどうするの?」
「んなっ……」
「あなたの負けね、エッジ」
 まったく頼もしいやつらだな。だが、お陰できっと帰れる気がしてきた。ゼムスを倒し、因縁を断ち切って……。
 セシルは魔導船の扉を開く。この先に未来が待っている。
「行こう……僕らの戦いに!」


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